第25章 ── 第38話

「大丈夫だよ、トリシア。

 このドーンヴァースはティエルローゼとは時間の流れが違う」

「時間の流れが違うだと……?」


 俺はドーンヴァースはティエルローゼの一二倍の早さで時間が流れている事を説明する。


「ふむ。時間属性魔法が世界に掛かっているという認識で良いのか?」


 違うけど、似たようなモノではあるな。


「そんな感じ」

「ふむ……

 だが、だとしても野営用の食料などは買い入れていないのだし、早めに目的を達成するのが良いだろう?」


 まあ、確かにな。

 フィールドでも食べられる食料は多々手に入るが、野菜関係は畑でしか栽培できない。

 今日は見学ツアー的な意味合いが強いし、手っ取り早く目的地に向かってもいいだろう。


「よし。では出発しよう。こっちだ」


 俺はスレイプニルを駆り、ドラゴンが生息する一番近い山へと向かう。

 一日ほど進めば、山の麓まで辿り着けるだろう。



 途中、何度もモンスターとの遭遇戦を片付け、とある森の中の開けた所で野営を始める。


 こういった開けた場所は、プレイヤーたちが野営に使えるようにフィールドの到る所に存在している。


 しかし、俺はあまりこういう場所で野営はして来なかった。

 モンスターの襲撃があるのは勿論だが、プレイヤーの襲撃も多いからだ。


 今回は仲間たちもいるので、問題はないとは思うが……


 そんな希望は儚くも崩れ去った。


 俺たちが野営を始め、仲間たちが夜番を残して寝入った頃だ。

 音もなく忍び寄る影が現れた。


 最初の夜番はハリスとアモンだったのが幸いしたと言える。

 二人はすぐさま、その気配に気付いたが、そんな素振りも見せずにパーティ音声チャットで寝ていた俺たちに警告を発した。


「賊じゃと……?」

「身の程知らずが現れたようだな」


 トリシアはいつも通りだが、マリスは寝入りばなに起こされたからか物凄い不機嫌そうな声だ。


「我が主よ。どのように動きましょうや?」

「主様の安眠を妨げるとは愚かな」


 フラウロスが何故か嬉しげな声色だ。

 アラクネイアは深い溜息を吐き呆れているようです。


「そうだな。逆に包囲して殲滅しようか」

「了解だ……」

「ふふふ……プレイヤーが相手ですか。腕が鳴りますね」


 ハリスの短い了解の言葉とは正反対にアモンは楽しげに笑った。


「よし、方針は決まったな。

 マリスはテント内で戦闘態勢を。

 アナベルは……おい、アナベル?」

「もう食べられませんよ……」

「やっぱり寝てたか」


 トリシアが嘆息する。


 どうりで音声チャットに返事が無かったわけだよな。

 以前も似たような事が何度もあった気がするし。


 仕方ないのでマリスにアナベルの護衛を任せて、他の仲間と俺は音を出さないように慎重にテントから出た。


 うまい具合に影から影に移動し、襲撃者を包囲するように陣形と整える。

 大マップ画面で確認しながら俺たちは慎重に動く。


 敵の動きを逐次確認しているが、相手は俺たちが動いている事に気付いていないようだ。

 ミニマップ画面と自らの視覚でしか確認していないのだろう。

 俺たちがテントを出た時点では、まだミニマップにテント付近は映っていなかったのが幸いといえる。

 索敵能力の高いハリスのお手柄です。


 テント内はマップ画面の対象外だから、既に俺たちがテントから出ている事に気付かれていないのは俺たちにとって良い傾向だ。


 パーティ・チャットで敵の位置と自分たちの位置を調整しながら、完全に敵集団を囲むのに一〇分と掛からなかった。


「準備は?」


 トリシアの確認に仲間たちが「完了」と答える。


「こちらも完了だ。いつでも良いぞ」


 俺がそういうと、トリシアがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。


 この戦いは初のプレイヤー戦だ。

 プレイヤーという存在の強さを知っているトリシアも緊張しているのだろう。


「掛かれ!」


 トリシアの号令で、一斉に襲撃者に襲いかかる。


 トリシアの波状連続射撃、アモンの広範囲剣閃、アラクネイアのピアノ線のような捕縛網、フラウロスの火炎魔法、ハリスの分身暗殺技、そして俺の範囲剣撃スキル。


 五人いた襲撃者は、突然の逆襲撃に浮足立った。


「気づかれてた!」

「ど、どうするんだよ!」

「ち、散れ!! オールラウンダーの仲間だ、レベルはそれほど高くはない!」

「か、囲まれてるんだけど!?」


 反撃を受け流したり、避けたりしている襲撃者の何人かは見覚えがあった。


「ウロボロスの奴らか……」


 この「ウロボロス」とは、俺の事を目の敵にしているクランの事で、ストーカー集団と言った方がいいかもしれない。


 こういったクランはいくつかあったが、ウロボロスは最も鬱陶しいクランなのでウンザリする。


 俺だけをターゲットにするならともかく、俺の周囲に近寄って来たヤツら標的にするので困るのだ。


 ウロボロスの行為は基本的にハラスメント事案なので、運営にアカウント凍結されるメンバーは後をたたない。

 しかし、BANまでされたメンバーはいないようで、立ち回りや言い訳が得意なのかもしれない。

 PKが許されているフィールドでの嫌がらせが基本なので、運営は手の出しようがないとも言えるか。


 だが、今回は違う。

 俺はレベル一〇〇になったし、強力無比な仲間たちもいる。

 泣き寝入りするつもりはない。


「マリス! 一人逃げるぞ! テントから出ろ!」

「合点承知じゃ!」


 ウロボロスの一人が比較的手薄に見えるテント側に逃げたが、マリスが飛び出して来たのを見て足を止める。


「スィフト・ステップ! デストラクション・チャージ!」


 疑似分裂状態の各マリスが、逃げ出した襲撃者の一人に総攻撃を掛けた。


「ぎゃぁあ!!」


 攻撃を受けた襲撃者は一瞬で砕け散り光の欠片となる。


「マチりんが殺られた!」

「余所見はいけませんね」


 アモンの剣が一人の首を跳ね飛ばした。

 飛んだ首は信じられないモノを見るように目を見開いて空を舞う。

 そしてパンと光の欠片となって夜空に散った。


「馬鹿な! レベル七〇だろが!?」


 忍者ニンジャの襲撃者が吠えた。


「散れ……絶……」


 影に溶け込もうとした忍者ニンジャだったが、その影からハリスが現れ背後から刃に首を貫かれた。

 忍者ニンジャは何が起こったか判らない内に光の欠片と化していく。


 襲撃者はあと四人。

 既に抵抗する気力もないようで武器を捨てて両手を上げている。


「負けです!」

「降参だ!」

「もう勘弁してください」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 周囲を見回しつつ大マップ画面を確認する。

 他に襲撃者はなし。


「状況終了。敵の制圧を完了」


 俺の宣言に仲間たちは攻撃を止めた。

 しかし、武器は降ろさず、油断なく四人の敗残者を取り囲んだ。


「ウロボロスと言ってたな。ケントの敵はこんなものか?」

「ああ、そうだ」


 じろりと四人を睨むと「ひっ」と小さい悲鳴が上がる。


「ウロボロスを撃退できたのは初めてだ。

 みんな、感謝する」


 俺がそういうと、仲間たちはニヤリと笑った。


「お役に立てて光栄に存じます」

「逃げられないように縛っておきますね」


 アモンは胸に手を当てて恭しくお辞儀をし、アラクネイアはクモの糸のようなロープを何処からともなく出して四人を縛り上げた。


「して、こやつらをどうするのじゃ?」

「普通なら衛兵に突き出す所だが、ここでの作法を知らんな」

「滅殺処分……だろ?」


 マリスの問いにトリシアは首をかしげるがハリスの兄貴は物騒この上ない。


「滅殺処分であれば、我の炎でこんがりと行くのはどうですかな?」


 お前も怖い事言うなよフラウロス。


「いや、とりあえず事情を聞きたい」


 物騒な仲間たちを諌めつつ、俺は四人の前にしゃがんだ。


「で、申し開きはあるのかな?」


 実のところ、ウロボロスの連中とこうやって話すのは初めてだったりする。


「えーと、ゼキウス、アルノート、コルたん、メル?」

「草薙くん……ごめんなさい」


 一人、コルたんという女キャラがそう言った。

 俺の頭は突然の事に真っ白になってしまう。


「は?」

「今まで本当にごめんなさい……」

「いや、ちょっ、ま……何で俺の本名知ってるんだよ?」

「よ、よせ! しゃべるな!」


 俺がコルたんの胸ぐらを掴み、グイッと顔を近づけると、アルノートという剣士ソードマスターが食って掛かるように言った。


「何か知ってるみたいだな? 尋問するなら私がやろうか?」


 トリシアは黒い笑顔で義手をワキワキと動かした。


「お、俺は何も知らない!」


 ゼルギスという騎士ナイト系のヤツが激しく首を振る。


「ど、同級生です! 私たちは高校で草薙くんの……」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。

 息をしようとするが、肺に空気が入っていかないような気がする。


 俺はハァハァと必死に息を吸う。

 嫌な脂汗が体中に滲み出る感覚が襲う。


 そして俺は目の前が真っ暗になった。

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