第25章 ── 第36話
ティエルローゼの商店や露店と違い、値引き交渉も在庫も気にする事なく定価で買えるドーンヴァースのショップに仲間たちは大いに感心していた。
「使う貨幣がゴルド金貨というのが
容器のガラス瓶などはティエルローゼには存在しないし、地面に叩きつけてもポーション容器は壊れることがない。
よって敵に攻撃されても消費アイテムが壊れるなどという事はないのだ。
「ま、フィールドに出てモンスターと戦えば、ゴルド金貨が必ず数枚手に入るんだし高くはないよ」
「それだ……そのところが……理解できない……」
ティエルローゼではゴルド金貨、いわゆるゴールド通貨はオーファンラント金貨で四枚分の価値がある。
雑魚敵ですら二~三ゴールドをドロップするドーンヴァースとは通貨の感覚が全く違う。
「そうだね。
でも、その代わり結構頻繁に使う割にこっちの消費アイテムは高いんだよ。
何年もプレイしてきたけど、俺の所持金は数千ゴールド程度しか貯められなかったんだよねぇ……」
ティエルローゼに持っていけば物凄い価値になるかもしれないが、こっちでは中級プレイヤーでも下の下程度の所持金だ。
殆どがソロ活動だったため無理はできないし、基本的に回復などは消費アイテムに頼りきりだ。
冒険中の消費アイテムの使用率が異様に高くなるのは仕方のない事なのだ。
HPに余裕があっても確実に直しておかねば、思わぬところでコロッと死ぬ。
デス・ペナルティを考えると、ほいほい死んでいられないからね。
なのでHPやMP、SP回復ポーションだけでなく、毒や麻痺、鈍化などのデバフ解除薬などを大量に持ち歩く事になる。
パーティでプレイなら、そういう部分を回復役である
「以前、話した事があるが、この世界の各種回復ポーションには下級、中級、上級、特級の四種類が存在する。
その内、ショップに売り出されているのは中級までだ。
上級、特級は他のプレイヤーがクラフトした物しかない。
特級ポーションは一〇〇〇〇ゴールドとかする物まであるんだよ」
「高いのう。自分で作ったら楽なんじゃろ? なんでそうしないのじゃ?」
はい。問題はそこです。
「えーと、この世界ではスキルの習得は簡単じゃないんだ。
スキルを習得するにはスキル・ストーンというアイテムが必要になる」
「あー。前にソフィアさんから貰ってたヤツですね!」
「正解。
クラフト系のスキル・ストーンは非常に貴重だ。
大抵の場合、クエスト・ボスやフィールド・ボスなどがドロップする。
以前の俺だと入手はほぼ不可能だったわけだ」
フラウロスが「ふむ」と考え込む。
「では、我らでクエストを制覇すれば、そういった貴重なスキル・ストーンを入手できそうですな」
「その通りだな。
ティエルローゼでも鍛冶スキルなどは、そういった作業に従事しているものでしか手に入れることは難しいが、この世界なら俺たちが頑張れば手に入るかもしれない」
「ほう。では『執事』スキルを手に入れたいですね」
アモンが荒唐無稽な事を言い出したよ。
そんなスキルは聞いたこともない。
「うーむ。『執事』というスキルはないかもしれないな……攻略サイトでも見たことないしな」
アモンが膝から崩れ落ちる。
どうやらアモンは『執事』を自称しているためか、リヒャルトさんに対抗心があったらしい。
だが、あの有能執事に全く勝てずにいるらしい。
「まあ、あれはスキルじゃないからな……」
主人への気遣いや仕草、行動などはスキルでは表現できないだろう。
どっちかというと『行儀作法』的なスキルなんじゃないかな?
でもドーンヴァースには、そんなスキルは実装されていない。
「あの……機織りのスキルなどは……」
アラクネイアがおずおずと手を上げた。
「ああ、布を作成するスキルはあったかな。麻、毛、綿あたりがスキル・レベルが低い頃に作れる布だね。
中級になると絹や科学素材なども作れるようになるんだったかな。
最終段階までいくと金属布なども作れるらしいね」
もちろん魔法金属の糸でも布が織れる。
魔法金属布は中級以上の魔法職とかに重宝されるんだ。
俺の説明にアラクネイアは目を輝かせる。
さすが、布を織る事に特化したアラクネーの創造主というべきか。
「あれ? でもアラネアさんは『機織り』のスキルを既に持ってるんじゃないの?」
「はい。取得しています」
「なら、この世界で手に入れる必要ないじゃん」
「そ、そうですね……」
なんだか少しガッカリした顔をしているが、あっちで手に入れてるなら、こっちでも普通にクラフトで使えると思うんだがね。
あとでクラフト関連の講座を開くべきかな?
「まあ、スキル・ストーンは手に入ってから考えよう。まずはフィールドに出て狩りをしようじゃないか」
「ふむ。狩りか。久しぶりだな」
トリシアがニヤリと笑う。
やはり森のエルフは狩りが好きなんだろうか。
まあ、生態系を守ったりしているようだから、好きって感覚ではないかもしれないが。
「あー、ゲームの世界を知らない君たちに一つ言っておく事がある。
この世界の動物、植物、モンスターだが、いくら狩り尽くしても構わない」
「なん……だと……?」
長年、
「いや、狩り尽くしてもリスポーンするからな」
「初めて聞く素敵用語じゃな」
「そうだったっけ? まあ、それはいい」
マリスの茶々を適当にあしらい、俺は言葉を続ける。
「この世界において、動物も植物もモンスターも無限に湧くんだ。
だからといって、それらで世界が溢れかえるという事もない」
「どういうことだ?」
トリシアが理解不能という顔をする。
「生態系は世界のシステムが管理している。
ある一定数を割ると、別の場所でその生物が勝手に湧いてくる。
そして、上限値まで増えると、増殖は止まる」
アナベルがキラキラした目をして聖印を切った。
「創造神様は、素晴らしい法則を作り出したんですね!」
「いや、ゲーム・デザイナーがな」
住良木の作り出したドーンヴァースは確かに素晴らしいが、他のVRMMOも同じように生態系のバランスは決して崩れないので、彼の世界だけが素晴らしいわけじゃない。
「そのゲーム・デザイナーというのが創造神なのかや?」
「そうだねぇ。開発チームのトップが創造神って事になるのかな?
このドーンヴァースという世界だと住良木というヤツが創造神になるんだろうか」
確かにマジで創造神の子孫だったりするしな。
「おー、創造神スメラギ様というのですか」
「いや、話によると、住良木氏はもう死んでしまったらしいけど、その部下たちが今でもドーンヴァースを拡張しているようなので、彼だけが創造神というわけでもないな。
ちなみに、この世界における神はさっきも言ったように、ウルド、マリオンなど、名前だけは出てくる。
でも、ティエルローゼみたいに実在しない。神話という設定のみの存在なんだ」
「良く解りません……」
アナベルが悲しそうな顔をするが、俺は肩を竦めてみせる。
「ま、そこは余り気にしなくていい。
とにかく、フィールドに出てみよう。
言うよりも見た方が早い」
こうして、俺たちはフィールドへと繰り出した。
「マリス! 敵を集めろ! ハリスとコラクスは集まった敵を殲滅!」
「行きますよ~!
アナベルの魔法が発動した瞬間、敵の各種属性ブレスが俺たちを飲み込む。
しかし、防衛魔法によって、殆どダメージはなかった。
『よし! この色々な色の寄せ集めどもめ! 色、色と何度も言わせるでない!!』
マリスの
集まってくる敵をハリスとアモンの範囲攻撃スキルが殲滅する。
「フラ! ケント! 後ろにまた湧き出した!」
「お任せを」
「行くぞ!」
俺とフラウロスも後方に現れた敵に魔法をお見舞いする。
ズドンと
『
トリシアは周囲のフィールドに索敵魔法を使って警戒する。
「どうやら全滅させたようだね」
「何じゃアレは。とんでもない数じゃったぞ!」
一度に一〇〇匹以上のモンスターに囲まれたマリスはご立腹です。
「ああ、モンスター・ハウスの罠だな」
「ここ、外ですよ?」
アナベルが訝しげな声を上げた。
「確かにここはフィールドだが、この世界ではどこでも起こり得る罠なんだよなぁ……
これに出会うと普通は死にかける」
俺は苦笑するしかない。
モンスター・ハウスの罠はソロ・プレイヤーには即死級の罠になるが、パーティ・プレイなら乗り切る事はできる。
ただ、アイテムの消耗率は跳ね上がるが。
「それにしても、あれだけ大蜥蜴が現れるとは思いませんでしたね」
「全部
コラクスとアラクネイアが周囲を見回す。
もう、モンスターの死骸は消えているので、ただの平原が広がるばかりだ。
「確かに~
アイス・サラマンダー、マッド・サラマンダー、サンダー・サラマンダー……」
やれやれと肩を竦めながら説明する。
普通、サラマンダーと言ったらティエルローゼでは火蜥蜴だけなのだ。
氷属性のサラマンダーやら雷属性のサラマンダーなど、ゲームでしか出てこない種類なので説明が難しい。
「でもさ、良いタイミングで各種サラマンダーの皮が大量にゲットできただろうね。
あの山に登ると各種ドラゴンがいるから、各種属性のマントを作っておけばブレスに対処できそうだよ」
まあ、対処といってもブレスを一回だけ防げるかどうか程度の気休めでしかないが。
俺がインベントリ・バッグのアイテムを確認しているのを見て、みんなも俺の真似を確認しはじめる。
流石に一〇〇匹以上潰したおかげで、二〇〇ゴールドほど増えてるな。
全員分を合わせれば一六〇〇ゴールドも増えたわけだ。
レベル一八の各種サラマンダーからドロップした皮も結構な数だ。
モンスター・ハウスは死ぬ確率も非常に高いが、実入りもいい。
仲間たちと一緒なら結構稼げそうですな?
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