第25章 ── 第34話
俺とアースラは仲間たちにログインのやり方を教える。
「いいか、転送されたら動き回らず、出たところにジッとしているんだ。解ったか?」
これに付いては口を酸っぱくして言い聞かせておく。
右も左も解らないドーンヴァースに飛ばされて迷子にでもなられたら、どんな問題に発展するか想像もできない。
「解ったのです!」
「心配することじゃろか?」
いや、君たち二人が一番心配なんですよ!
「まずは……こういう仕草をしてみてくれ」
俺はドーンヴァースのメニュー画面を開く動作をしてみせる。
「こうすると、能力石のような文字盤が出るだろ?」
「出たのう」
「出ました!」
全員が出たのを確認してから次へと進む。
「そこに二つの入力欄があるのが解るか?」
俺は全員が入力欄を確認するのを待ってから続ける。
「これはログイン・ダイアログという画面だ。
そこに俺がさっき渡した紙の文字列を、下にあるキーボードで打ち込むんだ」
みんなは紙を取り出して画面を見比べている。
全員の目が真剣で、予想以上にドーンヴァースへのアクセスに期待しているのが解る。
「上がアカウントID、下がパスワードな。渡した紙もその順番になってるから間違えるなよ」
マリスから久々に「素敵用語じゃ」と小さい声が聞こえたが、軽く流しておく。
これから行くところは、その素敵用語の塊だからな。
「では、間違えないように入力してくれ」
全員がジックリと見比べつつ入力している。
「入れ終わったら……これじゃろか?」
その言葉を発した途端、マリスがログイン部屋から消えた。
俺は目の前が真っ暗になり額に手を当てた。
「言わんこっちゃない……」
ガックリと力が抜けそうな身体にムチを打って、俺もログイン作業を急ぐ。
「アースラ、他の者のログインは任せた。俺は先に行くぞ」
「了解だ。あのドラゴン娘をしっかり調教しておけ」
俺はすぐさまログインした。
目を開けるとステインの町に転送が完了した。
周囲を見回すが、やはりマリスの姿は見当たらない。
「世話が焼けるなぁ……」
俺はメニュー画面を開いて大マップを確認する。
プレイヤーを示す光点が幾つか存在するが、どれがマリスか解らない。
やはりティエルローゼの大マップ画面はこっちより便利だな。
ドーンヴァースではマップ画面でプレイヤーなどを検索する機能はない。
フレンド登録したプレイヤーを探すことはできるが、まだマリスたち仲間をフレンド登録できてないのだ。
周囲を見回して一番近い光点へとダッシュしてみたが、赤の他人の猫人族のプレイヤーだった。
マップをもう少し拡大してみると、少し先のポータル付近に人だかりのような光点が見つかった。
まさか、コレじゃないだろな?
俺はとりあえずポータルに向かってみる。
現地に到着すると想定とは別の光景が目の前にあった。
マリスが屈強な男性プレイヤーたちに囲まれている。
「なんじゃお前たちは!?」
「おお、のじゃロリだぞ?」
「お嬢さん可愛いね? フレンド登録しない?」
「我はケントの盾じゃ! 貴様らなどに用はないのじゃ!」
「そんな事いわないでさ。一狩りいこうぜ?」
まあ、マリスは可愛いので男どもが声を掛けたという感じなんだろうが、命知らずだなぁ。
俺は男どもの円陣へと近づいて行くと、マリスが俺に気付いた。
「おお、ケント! こやつらが邪魔なのじゃ! 追い払っていいかや!?」
「あー、町の中では戦闘はできないよ。無視するか運営にハラスメント報告だな」
それを聞いたマリスは「何じゃそれは?」という顔になったが、逆に男どもは「チッ」と舌打ちしてマリスから離れていく。
「晴らす面倒とは何じゃ?」
「ハ・ラ・ス・メ・ン・ト。意味は『嫌がらせ』って感じかな?
町では戦闘もできないし、追い払うというのは難しいんだ。そこで運営と呼ばれる管理者たちに報告することで、迷惑なプレイヤーを追い払うわけだな」
「ほうほう。管理者とやらは中々優秀じゃな?」
「まあ、この世界ではティエルローゼの神みたいなもんだからな」
ティエルローゼの神ほど自由じゃないだろうし、権限行使にもルールとかあるんだろうけど、まあ神と同じくらいの力はあると思う。
「ところでマリス」
「何じゃ!?」
「転送されたら動くなと行っておいたはずだな?」
「あ……うん、そうなのじゃが、周りが物珍しくてつい走り出してしまったのじゃ……」
少々手加減抜きで脳天にチョップを落とした。
「あだっ!
戦闘は出来ないんじゃなかったのかや!?」
「これは戦闘じゃない。エモーションだ」
ツッコミ・エモーションには数種類あるが、チョップを落とすエモーションが含まれている。もちろん課金だが。
俺はマリスの首根っこをむんずと掴むと、仲間たちが転送してくるであろう場所へと戻る。
俺とマリスが戻ってくると、既に仲間たちが転送を終えて集まっていた。
「ケントさ~ん!」
アナベルは嬉しげにジャンプしながら手を振っている。
「ああ、やっぱりマリスは、どっかに行ってたか」
トリシアは引きずられるマリスを見てニヤリと笑った。
「まあな。早速、男プレイヤーどもに絡まれてたよ」
「治安が……悪いのか……?」
ハリスが周囲に鋭い視線を投げる。
「いや、プレイヤーの男女比は圧倒的に男が多いんだよ。
可愛い女性プレイヤーのアバターを見かけたら、まず声を掛けるという習慣がな……」
俺はしたことがないけどな。コミュ障にそんなリア充スキルはない。
「我は平気じゃ。あんな男どもには負けぬ!」
そういう意味ではないが。
マリスはお子様なので、そういう話は早いだろうし詳しい説明はしない事にしよう。
「まあ、少々脱線したが……ようこそドーンヴァースの世界へ!」
俺は手を広げてそう大きな声で言った。
しかし、仲間からは何を言ってるんだ? という顔をされてしまう。
ぐぬぬ。やはり初の異世界なんだし、このセリフは基本じゃねぇか?
何の感動もされないので少々恥ずかしいですよ。
「ところでケント。何やら視界が霞むというか、見えるモノが少し……」
トリシアが目をこすっている。
「ああ、そりゃそうだね。
現実世界とは違って、ここは電子の世界なんで、情報量が圧倒的に脆弱なんだ。
ちょっと見にくいかもしれないけど、慣れればそれほど問題ないよ」
「でんしの……世界とは……?」
「んー、説明は難しいな。ここは仮想世界なんだ。
君たちに解りやすく言うと、ここは魔導装置で夢の世界を作り出したって感じか?
人工的に作るから情報量を小さくしないと、どうしても処理が追いつかない。
一番処理が重くなるのが視覚情報になるので、少し解像度を下げているわけだね」
ハリスとアナベルはまるで解ってない感じで首を傾げている。
トリシアとマリスは頷いているが、完全には解ってないだろう。
「あれですな。サッキュバスのスキル『夢魔』を魔法装置で作り出したという事でしょうかな?」
「フラさん、それに近いです! 流石ですな」
俺はビシッとフラさんを指差す。
「お褒め頂き恐悦至極に存じます」
心底嬉しそうにフラウロスは口元を歪めた。
最近、解ってきたけど……コレ、牙剥いてるんじゃないよ。
知らない人が見ると、失禁するかもしれない表情だけどね。
「さて、全員が無事にログインできたようなので、まずはメニュー画面に慣れる意味でもフレンド登録をしておこうか?」
「素敵用語じゃな」
「まあ、フレンドが増えるのは素敵な感じがしないでもないが、コレをしておかないと、君たちが逸れたりした時、二度と出会えない可能性が……」
俺がそういった瞬間、魔族三人の顔が絶望に染まる。
「いや、そこまでにはならないと思うけど、面倒なので……」
「で、どうするのじゃ?」
君の為に言ったのに無反応ですか、マリスさん。
「まずはさっきの白い部屋で行ったのと同じ仕草をしてみてください」
「おお、さっきとは違うのじゃ」
「はい。これがメニュー画面ですね。
この画面でステータスの表示、大マップの表示、インベントリ・バッグの管理、スキルや魔法のリスト、設定やログアウトなどが行なえます」
そう説明すると、全員が「おお」と短く歓声を上げる。
「ケントの
「ケントさんの
はい、そうです。
こっちでキャラを用意したので、彼女らのアバターにもインベントリ・バッグが追加されました。
ティエルローゼに戻ったときに、どうなるかも実験対象の一つです。
ま、課金してなければ、俺のように無限に入ることはありませんが、上級
俺のWebコインを譲って課金するって事もできますが、それは必要になったらでいいでしょ。
仲間たちは思い思いにメニュー画面を弄り回している。
「ステータスは、ティエルローゼと変わらないようだな?」
「ああ、配置も一緒だろ?」
「レベルも一緒じゃな!」
俺はマリスのステータス画面を覗いてみる。
「うん、一緒みたいだね」
そういうと仲間たちも一安心といった顔になった。
ま、いきなりレベル一とかに落ちたら涙目になるだろうしな。
「では、フレンド登録を開始する。
手順は先程のメニュー画面の上から……」
俺とアースラでフレンド登録の仕方をきっちりと教え、全員で相互にフレンド登録をやっておく。
これで逸れた仲間が出ても探すのが楽になりますね。
それにしても、仲間たちはメニュー画面の言葉とかを説明していないのにしっかりと読解しているみたいだね。
自動翻訳機能、マジでいい仕事してますな。
異世界人にも通用するとか、高性能過ぎる気がするが、多分アレだ。
創造神の力で繋がってるからとか、ご都合主義な理由だと割り切っておくよ。
説明する事が減るし俺も助かる。
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