第25章 ── 第32話

 怒りは隙を生む。

 無駄な力みも同様だ。


 ティエルローゼで殺し合いをしてきた俺やアースラにとって、本当の生死を掛けた事もないドーンヴァースのプレイヤーが発する威圧や殺気など、そよ風みたいなものだ。


 俺はポンと威圧によるフェイントを入れ、イグナシオの攻撃をそこに誘い、彼の身体が通る軌道に右拳を置いた。


 吸い込まれるように拳はイグナシオの鳩尾に決まった。


「うぐっ!」


 いや、ぶん殴られた気分になっているようだが、このゲームでは痛覚はないだろ。大げさだなぁ。


 俺は鳩尾に決まった右拳を引き戻す反動を利用して、回し蹴りを放つ。


「武龍回転脚」


 久々にカチリと脳内で音がなる。


 あらら……?

 ドーンヴァースでもコレあんの?


 回し蹴りは妙な速度とエフェクトを発しながらイグナシオを襲う。


──ドガン!


 強烈な激突音と共にイグナシオが二〇メートル以上吹っ飛び壁に激突する。

 イグナシオのHPバーが三分の一以上減った。


 新技で三分の一か……

 やはりレベル差かね?


 では第二弾。


 俺は拳を握り、右脇腹へと引く。

 意識を集中してそこに炎が集まるようなイメージをする。


「秘奥義……焔竜の息吹ファイア・ドラゴン・ブレス……」


 脳内でカチリと聞こえた瞬間に、右の拳をイグナシオに突き出す。

 真っ赤に燃えるような拳から猛烈な火炎放射が吹き上がる。


「ぐああぁぁぁあ!!?」


 イグナシオは一瞬で燃え上がり、チラチラと見えるHPバーが一瞬で吹き飛んだ。


 そしてイグナシオは砕け散る光の粒になり闘技場から消え去った。


「何だよ……あいつすげぇじゃん……」

「あのスキル何……?」

「見たこと無いスキルだな! 前回のアップデートで導入されたのかな?」


 試合を見ていた観客が口々に言う。


 こりゃ俺もティエルローゼ人って事かもしれんな。


 ドーンヴァースにおける既存のスキル体系には囚われないスキルの習得は、俺も含めて仲間たちも一緒だ。

 課金しても四〇個程度のスキル習得個数の上限は、どうやらティエルローゼには当てはまらないようなのだ。


 習得したスキルの数が増えれば増えるほどに習得しにくくなるみたいだけど、トリシアは未課金なのに習得スキルは五〇を超えていると聞いた。


 ハリスなんかはもっと習得したらしい。

 失敗スキルもあるっぽいけど、隠密系スキルは状況に応じて各種使い分けられるようにと一〇種類くらい作ったらしい。


 それだけでもティエルローゼ人のアドヴァンテージは、ドーンヴァースのプレイヤーよりも遥かに高い。


「さて、次は誰かな?」


 相手が出てくるはずの鉄格子を見るとカラカラと上がっていくが、対戦相手の姿がない。


「……早く行けよ……」

「……ま、待てよ……アイツ可怪しいよ……」

「……いいから……行けよ……」

「……ちょ……ま……」


 何やら揉めてるっぽいなぁ……


 漸く出てきたのはフルプレートに身を包んだ聖騎士パラディンだ。

 データを見ればレベル一〇〇だ。


 スラリと剣を抜き相手に向けた。


「こ、降参です」

「はぁ?」


 流石にポカーンとしてしまった。

 いや。それだけじゃなく観客たちも口を開けて唖然としている。



 その後、ほとんどの対戦相手が同じように試合を辞退してきたが、一二人目は違った。


 出てきたのはメイサ副団長。

 レベル一〇〇の大魔法使いウォーロックのようだ。


「よろしくお願いしましてよ」

「ああ、よろしく」


 俺は剣を鞘に戻す。


「貴方は確か魔法剣士マジック・ソードマスターでしたね?」

「ああ、そうだ」

「オールラウンダーだけあって珍妙な育ち方をしているようですが、純正魔法使いに勝てると思って?」

「どうだろうな。やってみなきゃ判らんよ」


 メイサは杖を取り出して構えた。


「なら魔法比べといきましょうか」


 杖の先から火炎射出ファイアショットが飛んできた。

 俺はそれを掌で受けて握りつぶす。


 それを見たメイサが驚愕する。


「な、何なの、それは……?」


 驚くのも無理はないかな。

 ドーンヴァースのシステムでは、魔法は命中すれば普通はダメージ・エフェクトが発生しHPが減る。掌に当たった瞬間にそうなるはずなのだ。


 しかし、俺は火炎を握りつぶし、そしてダメージも受けていない。


「あ、貴方非常識ですわよ! いえチートなの!?」

「んー。チートではないよ。俺もレベル一〇〇だし、珍しいスキルも色々手に入れたんでね」


 苦しい言い訳だが、ドーンヴァースでは未だに新しいスキルが発見され続けているため、こういう怪しい事が起きても不思議じゃないんだ。


「では、次は俺の番ね。

 ところでメイサ女史は炎系魔法使いスペル・キャスターなのかな?」

「そうよ。暴虐の火焔と呼ばれているわ」


 なるほど俺と同じ火属性魔法使いスペル・キャスターだったか。

 ま、今の俺は火属性だけじゃないけどな。


「では、同じ火属性魔法使いスペル・キャスターとして俺の最大魔法を使ってみよう」


 俺は左手を前に出して呪文を唱える。


「誓約を交わせし炎の精霊イフリートよ。我が命に従い……」


 そこまで言うとゴワーと地面から炎が上がり始めた。


「姿を現せ! 『上級火炎精霊召喚サモン・グレーター・ファイア・エレメンタル』」


 最後まで唱えたところでイフリートが姿を現した。


「主の命により参上仕った。ご命令を」

「おい……こっちでもマジモンが出るんかよ」

「当然です。してアヤツが敵でしょうか?」


 俺とイフリートのやり取りを顎が外れんばかりに大口を開けたメイサが見つめている。

 そしてイフリートの強面が自分に向いているのに気づいた彼女は後退りを始めた。


「何で……イフリートって喋るの……?」


 イフリートはメイサに向き直り音もなく前に出た。


「我が主に対し行った尊大な態度……この大精霊イフリート許すわけにはいかん」


 猛烈な熱気にメイサは腰を抜かして尻もちをついてしまう。


「我が業火に焼かれて悔改めよ」


 突然吹き上がった炎の柱にメイサは飲み込まれた。


「ぎゃあぁあぁぁぁ!!」


 猛烈な悲鳴は直ぐに収まり、炎の中に砕け散る光の粒が見えた。


 ちょっとやり過ぎたか?


 イフリートは俺の所に戻ってくると跪いてから、姿を消した。

 それを見つつ俺はポリポリとアースラのように頭を掻いた。


 その途端……


「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」


 突然、湧き上がる大歓声。

 周囲を見舞わせば、観客席はスタンディング・オベーションで溢れかえっている。

 一般客だけでなく、正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスのメンバーも総立ちのようだ。


 アースラも嬉しげに拍手している。


「この勝負! オールラウンダーの勝利ぃ~~~!!!!!!」


 アナウンスが歓声に掻き消されながらも耳に届いた。


 やっと終わったか。

 俺は自分が出てきた鉄格子の奥へと戻った。


 控室まで戻ると正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスのメンバーが数人待っていた。


 どうやら幹部じゃなく末端メンバーって感じだ。

 データを確認してみたら全員レベル八〇台だったけど。


「お疲れ様です!」

「ああ、どうも」

「素晴らしい戦闘でした!!」

「そうかな?」

「握手をお願いしてもいいでしょうか?」

「ああ、いいよ」


 拳闘士フィスト・ストライカー系女性メンバーが俺の手を力強く握りしめてブンブンと振っている。

 周囲のクラン・メンバーも非常にフレンドリーに見える。


 さっきまで敵対的だった気がするんだが?


「何か対応変わったね?」

「対応ですか?

 私たちは強いものには敬意を払うべきだと思っています。

 最近の幹部会は少し可怪しかったので、スッとしました!」


 彼らに案内してもらい、さっきの円卓ホールに連れて行ってもらう。


 既に一二人の幹部は戻ってきており、アースラも王座に付いていた。


「お疲れさん」


 俺がそう言ってもアースラが軽く手を上げただけで、幹部たちは俯いたまま雰囲気は暗い。


「ん? どったの?」


 アースラがフッと笑いながら口を開いた。


「コイツらはお前に負けて意気消沈してんだよ」

「何でまた。アースラん所はPvP常連だろ?」

「格下だと思ってた奴に完敗だぜ?

 それも戦わずに逃げたやつもいる」


 ジロリとアースラが見回すと、棄権した幹部はビクリと身体を震わす。


「これが俺のクランかねぇ……少し見ない内にとんだ体たらくだ。

 つうか、戦わずに逃げた奴は幹部から外れろ。いや、クランから消えろ」


 一〇人の幹部が懇願するような表情で頭を上げた。


「実力もねぇのにデカイ面してる奴など俺のクランにはいらん。

 メイサ、解ってるよな?」

「はっ。当然です。私も副団長の任を辞退したく思います」


 メイサがそう言うとアースラは片眉を上げた。


「いや、副団長はメイサのままでいい。後衛職でケントの威圧に良く耐えた。あのイフリートは反則だったがな」


 流石のアースラもあの現象には苦笑するしかなかったようだ。


 俺も驚いたけど、あのイフリートってティエルローゼのだよな。


「あとイグナシオも幹部に残留だ。あの戦いは見事だった」

「はっ! 今後も精進する所存!」


 どうやら幹部総入れ替えに近いっぽいな。


「俺の理念を曲解し、傲慢に振る舞うようでは困る。

 メイサ、お前もだ。

 弱きを守り、強くあれ!!」

「「弱きを守り、強くあれ!!」」


 幹部残留が決まったイグナシオとメイサが大きな声で復唱する。


「よし。幹部以外の一〇人は退室しろ」


 幹部でなくなった一〇人はションボリしながら退室していく。


「メイサ、それにイグナシオ」

「「はっ!!」」

「お前たちに伝えておく事がある」


 幹部二人は静かにアースラの次の言葉を待った。


「リアル・ワールドの俺は既に死んでいる」

「は? 冗談でしょうか?」


 メイサは困惑した顔だ。


「いや、事実だ。今の俺は魂だけこの世界にいる」

「そ、そんなバカな」

「本当だ。ゲーム開発者、住良木の所為でな」

「!?」


 アースラはティエルローゼからやってきた事を伏せつつ、住良木の転送プログラムについて説明する。


「そ、そんな! 何で事件になってないんです!?

 もし本当なら開発、いや運営会社の犯罪ですよ!?」


 メイサがいきり立つが、アースラが手を上げてそれを制する。


「いや、俺は世知辛いリアルから開放されて呑気にやってるよ。だからこの事件が表沙汰になってドーンヴァースが運営停止される方が困る。

 よって今の話は他言無用だ」

「団長がそうおっしゃるなら……」

「俺も団長の指示に従います」


 二人の言葉にアースラは頷いた。


「こんな情報は知ってる奴が少ない方がいい。頼むぞ?」

「お任せを」


 どうやらアースラのカリスマで情報漏洩は防げそうだな。


 となると定期的にアースラには転送してもらうべきかもしれない。

 定期的にアースラが転移してきていれば、このクランをコントロールできそうだしな。

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