第25章 ── 第31話

 アースラの視線にメンバーたちはたじろぐ。


「団長! 何をなさるのです!?」


 メイサは切り飛ばされた杖を握りしめてアースラに抗議の声を上げた。


「何をするだと……お前たちこそ、ケントに何をしていた?」

「何をって……団長がお逃げになるから団長の行方を問いただしていたのです!」

「問いただす?」


 アースラの視線が鋭く光る。


「一部始終を見ていたが、問いただすって感じじゃなかったがな。どう見ても尋問だろが。

 挙げ句に……クランに対して不遜な態度だと?

 ケントがレベル七〇の雑魚?」


 アースラの周囲に「ゴゴゴゴ」という文字が浮かびそうなほどの殺気に似た雰囲気が吹き出した。


「俺のクランがいつそこまで偉くなった?」

「は、半年もインしてこなかった団長が何をいうのです!

 私たちは必死でクランを維持してきたのですよ!?

 貴方の理念通り、初心者を保護し、そして強さを維持してきた!」


 アースラ信者にしては高慢な言いようだな。


「その驕り高ぶり、俺が四万年留守にしているうちに、随分増長したものだ。

 その鼻柱、この俺が叩き折ってやる!」


 アースラが剣を青眼に構えた。


「ちょーっと待ったぁ!!」


 飛び出そうとしたアースラがピタリと動きを止めた。


「ハァ……止めるなよ、ケント……」


 アースラはポリポリと頭を掻き呆れる。


「まぁまぁ。

 捕まった当事者は俺だし、俺の力が及ばない状況になってから助けてくれよ」

「相変わらずマイペースだな。

 なら、この場は任せるぜ?」


 肩を竦めてアースラは剣を引く。


「何を二人で話してますの!?」


 何故かメイサ嬢は顔を真っ赤にして怒っている。


「ああ、失礼した。

 さて続きをしようか」

「なんて傲慢な!」

「高レベル・クランが他人を拉致して凄んでる方が傲慢じゃないかな?」

「我々は貴方をずっと守ってきたのですよ。少しくらい恩人の頼みを聞いてもバチは当たらないでしょう」


 メイサは変な性癖の女王様みたいだな。


「いやぁ、どうかな。

 俺は神々の加護を色々受けてるんで、マジでバチが当たるかもしれないよ?」


 やれやれポーズでそう言うと、メイサは馬鹿にされたと思ったのか目を吊り上げた。


 綺麗な顔が台無しですよ。


「団長……貴方が命じたオールラウンダーの陰ながらの保護。もう反故にしてよろしいですか?」

「いいんじゃねぇか?」


 アースラがニヤリと笑いながら頷く。


「では、そのように」


 メイサはアースラに切り飛ばされた杖をしまい、別の杖を装備した。


「団長の許しも出た。ならば、ここからはPvPで決着を付けましょう」


 そら来た。

 まぁ、負けるつもりはありませんが。


「一対多でのPvPなど我ら正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスの尊厳に関わる。

 ここに参集する幹部メンバー全員と一対一の対戦を行ってもらおう。

 半分のメンバーに勝つことが出来たならば、貴方の無礼を不問と致しましょう」


 意地悪そうに笑みを浮かべるスイカ美人に少し肌寒い感覚を覚える。


 でも、単騎勝負なら何の問題もないだろう。

 俺も今やレベル一〇〇だし、武装もスキルも十分手に入れている。

 どれもこれもドーンヴァースのモノじゃないのがアレですが。



 PvP会場は正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスの練兵場。


 ドーンヴァースの大きなクラン・ハウスには、様々な付随施設を設置する事ができる。

 クラン員用の個室、食堂、風呂などの基本施設の他にも、販売施設、工房施設、訓練施設などなど。


 これら施設は、クランの建築機能によって様々な様式で建てる事ができるのだ。


 正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスの練兵場は、闘技場に似た造りだったりする。

 多分、PvP大会の練習用なんだろう。


 正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスというクランはPvP上位ランカーがゴロゴロいるからね。


 練兵場に入ると客席はほぼ満杯。

 正式なPvP会場よりも小さいとは言え闘技場だけに、数百人を収容できる大きさはある。


 一クランの持つ闘技場にしてはデカイと思う。

 しかし、それを満席にするってのは大変だ。


 四分の一はクラン員のようだが、その三倍もギャラリーを集めるとは、さすが大手クランだね。


 初心者の保護などを積極的に行っているクランだけあって、中級以下の冒険者たちに絶大な人気を誇る。

 多少高慢ちきな奴らだとて、助けてもらった者たちには恩人には違いないし憧れ的存在なのかもしれない。


 ふと、貴賓席の一番上にアースラが玉座のようなモノに座っているのが見えた。


 アースラは俺の方を見ながら小さく笑った。


「これよりオールラウンダー、ケントと我ら正義の円卓ラウンド・オブ・ジャスティスとのPvP訓練を開始します!」


 俺の対面にある鉄格子が開くと、拳闘士フィスト・ストライカーらしい奴が入ってきた。


 ガシガシと両の拳を打ち付けながら拳闘士フィスト・ストライカーは名乗った。


「この豪なる双腕クラフティグ・ツヴァイアーミグイグナシオがお相手申す」


 客席から歓声が上がる。


 ただの拳闘士フィスト・ストライカーじゃねぇな……


 俺は敵をマップでクリックしてHPバーを表示させる。

 ピッと頭上に敵の名前、職業、レベル、赤いメーターが表示される。


 げぇ……レベルは九二だが拳聖フィスト・セイントかよ!


 拳聖セイント・フィストとは拳闘士フィスト・ストライカー職の最上位のレア・クラスだ。

 

 この格闘を主体とした職業クラスは、拳闘士フィスト・ストライカー職を基本職とし、格闘家マーシャル・ストライカー拳豪フィスト・マスターと上がっていき、最終段階として拳聖フィスト・セイントへと到達する。


 拳闘士フィスト・ストライカー職は、軽装防具しか装備できず、武器も素手かナックルなどの拳闘士系の専用武器しか使えない。

 しかし、各種パッシブ・スキルや攻撃スキルは非常に強力だ。

 拳聖フィスト・セイントともなると、パッシブに掛かるクラス・バフが半端なく、無手にてオリハルコン級の武器に匹敵する攻撃を繰り出してくるのだ。


 レベルが一〇〇になっていないのが救いだが、剣士ソードマスターでしかない俺とは職業ランクが二つほど上の存在だ。

 さすがはアースラの作ったクランのメンバーだけはある。


 だが、俺も簡単に負けてやる気は毛頭ない。

 神の加護をいくつも受けて、かつレベル一〇〇は伊達ではない事を見せて置かねば。


 相手が構えたのを確認して、俺も剣の柄に手を置き姿勢を落とす。


 いつもよりも姿勢を低くし、居合の構えをとる。


「ほう、居合か……」


 俺の構えにピンと来たのか、イグナシオは構えを変えた。

 斜に構えているのを見ると、攻撃されるポイントを減らしたという事だろうか。


 緊張した雰囲気が辺りを包み始め、観客からの歓声もピタリと止んだ。


 グッとイグナシオの脚に力が入ったのが見えた。

 その瞬間、一瞬で間合いを詰めてきた。


「オラァ!」


 猛烈な右の正拳が飛んできたのだが、俺の目には巨大な拳が襲いかかってくるように見える。


「チッ!」


 俺はその正拳に向け、攻性防壁球ガード・スフィアの一つを飛ばした。

 そして、正拳の軌道の下に潜り込むように身体を移動させる。


「流水閃……地走り……」


 倒れ込むほどに身体を反らし駆け抜ける。

 地面スレスレに抜き放った剣閃が、イグナシオの踝を刈り取りに行く。


──ガキン!!


 物凄い金属音が鳴り響き、攻性防壁球ガード・スフィアと刃がほぼ同時に弾かれた事を知る。


 駆け抜けつつ振り返ると、やはりダメージは与えられなかったようだ。


「見たこと無いスキルだな……」


 イグナシオの目には警戒の色が浮かんだ。


 それはそうだ。

 何せドーンヴァースには無い俺のが作り出した剣撃スキルだからな。


 以前キマイラ戦で使った『流水閃』の派生スキルで、流水閃のレベルが五まで上がったら使えるようになった。

 より鋭角に敵の脚を刈ることができ、かつ速度も増している技だったりする。


 初見でコレを防御できたという事は、一瞬で気を脚に集中したのだろう。

 拳へ向かわせた攻性防壁球ガード・スフィアも有効打にはならなかった。


 やっぱり拳闘士フィスト・ストライカー系には斬撃は効きにくいようだ。

 剛体術とかいうパッシブ・スキルがあるのだが、コレが斬撃系に特化した防御スキルなのだ。

 要は金属の全身鎧を着ているような感じになるそうだが、他の操作系スキル

 気操作コントロール・キという拳闘士フィスト・ストライカー系専用スキルを習得すると、自分の思う所に気を集中させられるらしい。

 気を集中させた部位は、通常よりも高い防御効果を発するようになる。


 敵の反射速度は相当なものだ。

 間違いなくリアルにおいても格闘技を齧っているに違いない。


 イグナシオは警戒しつつ俺の左へと回り込もうとジリジリと動き出す。

 それに合わせ、攻性防壁球ガード・スフィアも敵と俺の間に移動するように自動的に浮遊する。


「魔刃剣!」


 牽制として剣撃を飛ばしてみる。


「ふん!」


 だが、イグナシオは左足を踏みしめただけで剣撃波を踏み抜いた。


「小細工は効かぬ」


 そうかよ……ならば俺も本気でやるしかねぇな。

 折角だからカッコ良く勝ちに行こうかね。


 俺は剣を鞘に収めて足を踏み変え、そして構えた。

 俺の構えを見てイグナシオの目が細く、厳しくなる。


 少し怒ったかな? 青筋立ててるし。


 それもそのはず。

 俺の構えはイグナシオと同じように格闘技の構えだからだ。


 通常、剣士の構えは、時代劇や剣道などで確認すれば解るように右足が前。

 だが、今は左足が前だ。


 もちろん、剣道などの構えでも左足が前のように構える事もあるけど、武器を抜いていない状態でコレはあり得ない。

 居合で抜き放つ剣の軌道を考えれば斬撃に向いてないしね。


 そして腕はファイティング・ポーズなんだから、どう見たって剣で戦うようには見えないだろう。


 これは「同じ土俵で戦ってやるよ」という相手をバカにしているようなポーズということ。

 腕に相当な自信があるはずのイグナシオには挑発でしかない。


「舐めやがって……」


 よし、いい感じに怒ってるね。

 俺の術中に嵌ったな。


 俺はニヤリと笑った。


 イグナシオの目は血走り始め、ギリリと歯を噛み締め、鬼の形相。


 俺は駄目出しに、左手の甲をクルリと回し、相手に向けた。

 そして、クイクイと指を曲げたり伸ばしたり。

 帝国軍の基地でもやった、カンフー映画によくあるアレです。


「死ねぇ!!」


 イグナシオが猛烈な勢いで突進していた。


 狙い通りだよ!


──ボシュッ!


 俺も後足を強く蹴り、イグナシオの胸元へと飛び込んだ。

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