第25章 ── 第30話
大きなホールには円状にテーブルと椅子が並べられている。
俗に言うドーナツ状だが、真ん中には空間があり、一つだけ椅子が置かれている。
俺はその真ん中の椅子に神妙に座ってた。
周囲の円卓の椅子には一人ずつ屈強そうなプレイヤーが陣取っている。
一つだけ豪華な椅子があるが、そこだけ空席なのはアースラの席だからだろうか。
ここはアースラが団長を努めていたクラン『
「副団長。団長が戻ってきたのはホントなんですか?」
「メンバー・リストはオフラインなんすけど?」
何人かのクラン・メンバーの言葉にメイサはフッと微笑む。
「本日一五時二六分、クラン・チャットのログに団長のログイン・メッセージが表示されました」
「おお?」
「既に本人の姿も確認しております」
「でも、今はフレンド・リストもメンバー・リストもグレー・アウトしてますけど?」
「
「はあ? 何故です? ログインしたのなら、まずクランに顔を出すのが本当でしょう!?」
ここに集まっている
そりゃそうだ。
メイサのセリフから知ったけど、半年も前からログインしてないというし文句の一つも言いたくもなるだろうね。
もっとも、アースラは現実世界では死んでしまったわけだし、ログインできない事情があったんだけど。
やはり彼らはアースラのリアルを知らないんだな。
確かに有名ソフトウェアの敏腕プログラマなんて知れたら色々面倒なのかもしれないね。
「団長と同行していた者を連れてきました」
メイサが俺を手で指し示した。
ジロリと幹部連に睨まれ、俺は肩を竦めた。
「こいつ、どう見てもオールラウンダーですよね?」
「報告では昨日、下級ドラゴンにソロで挑んで死んで以降オフライン状態だったはずだ」
ああ、俺の死んだタイミングが昨日に変わっているな。
これは俺の肉体も死んだか……
ま、未練もないし問題ない。
ドーンヴァースの「ブラウザ機能」を使って銀行口座もクリーニングしておくか?
半分をドーンヴァースのWebコインに変えて、半分はどっかに寄付しておけば、俺の肉親に利用されることもないだろう。
死亡直後のタイミングだし丁度いいな。
「さて、オールラウンダー。申し開きを聞きましょうか?」
スイカ美人は遥か高みから問いかけてくるね。
ある意味、尋問ですな。
「申し開きって、人聞き悪いな。
俺は
ギッと副団長の目が釣り上がる。
マジで怖ぇ……
「この半年、団長は貴方に掛り切りだったのではないですか?
団長は貴方を守る為に長い間クランを動かしていました。
それは貴方の罪でしょう」
「俺の預かり知らないところで俺を守っていたといわれても、正直お節介のありがた迷惑だ」
つーか、スイカ美人ってアースラ好き過ぎじゃね?
あいつは妻帯者で子供もいるんですけど?
「それで、俺を影から守って感謝してほしいってか?
笑わせるなよ。アースラはそんな狭量じゃねぇ」
俺の挑発的な言動に周囲の幹部たちが怒気を発しながら立ち上がった。
だが、メイサはなぜか歓喜に満ちた表情だ。
「やっぱり!
貴方の今の発言で確信したわ、オールラウンダー。
団長は今、貴方と共に行動しているのね?」
どうして、そんな結論になるのか。
まあ、確かに今日は一緒だけどさ。
「団長のお考えが解らないのが癪だけど、団長の無事が確認できたのだけは収穫ね。
貴方、団長の探索に協力してくださらない?
悪いようにはしないわ。
そうね。今後も貴方を守ってあげるというのはどうかしら?」
一方的、かつ高圧的だな、おい。
上から目線過ぎて、全く有り難く感じないんだが。
「いや、お断りしておくよ。
アースラにもアースラの事情があるんだろうし、俺はお前らとアースラのどちらかを選べと言われたら、アースラに味方するよ」
とうとう幹部たちが抜剣した。
「我らクランに対しその不遜な態度、ゆるさん」
「高々レベル七〇台の雑魚が」
あらら。
アースラと比べて、こいつらの選民思想は度を越している気がするね。
アースラっていう象徴がいなくなって変質したか?
人間の心なんて弱いもんで、半年程度でこれだけ変わってしまったのだとしたら、アースラも泣きたくなるだろうな。
彼の理想はクラン名からも推し量れる。
円卓を囲む事で独善に陥らず、みんなで話し合って正しき道を歩みたい。
そんな理想を掲げていたんじゃないだろうか。
そして守る力も手に入れようとしていたに違いない。
アースラがPvP個人戦でトップを維持したのも、正義を貫ける力を欲してだろう。
力なき正義は無力であり、正義なき力もまた無力……
そんな言葉を残した格闘家がいたと聞いたことがある。
だが、アースラという象徴を欠いた、彼のクランは傲慢で高慢、そして独善的な道を歩み始めている。
これは少しお灸を据えてやらねば、アースラの理想を汚すことになりかねないのではないだろうか。
ま、仕方ない。これだけの手練が揃っているんだから負けるかもしれないけど、一矢報いねばなるまい。
「やる気っぽいね。良いだろう。
全員で掛かってこい。アースラの理想を汚すお前たちに鉄槌を下してやる」
俺はヤマタノオロチに貰った例の剣と
「中級を卒業する程度のレベルで装備だけは一端だな」
一人、赤い全身鎧に身を包んだ幹部が出てきた。
「貴様一人に全員で攻撃しては
このペックス『ジ・アトラス』一人で十分だ」
「何だ? 世界一周特別料金って事? 随分とお得感のある名前だな?」
瞬間的にペックスのバトル・アックスが俺の首を薙ぎに来た。
その攻撃は
防御ついでに氷霜効果がカウンターとしてお見舞いされ、ペックスの足は氷によって身動きが取れないほどに氷結した。
「な、何だ? その装備は……」
「これかい? 鍛冶の神ヘパーエストが設計し、伝説のドワーフ工房のマスターが打ち出した特別な防具さ」
幹部たちに動揺が走る。
「ヘパーエストのレジェンド・クエストだと?」
「聞いたことがない」
「神はフレーバーでしかないはずだぞ?」
「神関連のクエストなんていつ実装された?」
そうでしょうね。
ドーンヴァースにおいては神の名はフレーバー・テキストでしか語られない。
それは信仰として選択した神々によって、神聖魔法の効果が違うなんて事になりかねないからだ。
神聖魔法を使う職業に多大な影響が出てしまうし、選択した神によって有利、不利が起きたらゲーム・バランスや世界設定的に問題があるからだ。
ティエルローゼにおいては、信仰する神によって効果に様々な違いが発生するのは二年ほど生活してきてよく判っている。
そんな理由から、神の名や力が関係するクエストは、ドーンヴァースにはないし、
俺が転送してきた事で、アイテムIDに記録された可能性が高いね。
装備の性能もシンノスケが使っていたような暗黒剣『グラム』などと同等クラスのレジェンド・ウェポンだろう。
「まだ、やるかい?」
俺はヤマタノオロチに貰った『
「そこまでだ」
不意にホールの入り口から声が掛かった。
俺も含め、ホールにいた全員が振り向いた。
「だ、団長!!」
「おお、本当に団長だ!」
「団長がお戻りになられた!」
全幹部がアースラに跪いた。
「ケント、済まん。団員たちが迷惑を掛けたようだな」
「いや、構わないよ。詫びは後で物質的にな」
「そこは精神的にと言ってほしかったんだが……」
ポリポリと頭を掻きながらアースラは溜息を吐く。
「団長! 今までどこに行っておられたのです!?」
メイサが嬉しげながら、アースラを問い詰める。
「ああ? 野暮用だよ。
ところで、お前ら、今まで何をしていた?」
そんなメイサの質問を一言で片付けたアースラの視線は鋭い。
「は。団長のご命令通りです。この半年は、腕を磨きつつ、陰ながら治安の維持などをしておりました」
幹部の一人がそう言うとアースラは再び頭を掻く。
「そういう事を聞いたんじゃねぇよ。
ケントに何をしていたかと聞いたんだ」
ジロリと幹部たちを見回すアースラは黒いオーラを纏っているような威圧感を感じる。
「はい、ですから、オールラウンダーと団長が一緒にいたと聞き、団長との関係など尋問しておりました」
別の団員が何故か得意げに言った。
「尋問?」
「そうです。
しかし、このオールラウンダーめは、我らクランに不遜な態度。
少々教育が必要だと思い、ペックス殿が制裁を」
アースラは深い溜息を吐いた。
「何だこの体たらくは……」
「申し訳ありません! 直ぐにペックス殿に代わり私が制裁を!」
剣士っぽい幹部が大太刀を俺に向けた。
「この馬鹿野郎どもが!」
アースラが一瞬で剣を抜き、そして消えた。
キンキンキンと猛烈な音が周囲で鳴り響いたかと思うと、幹部たちが構えていた武器が真っ二つになり、バラバラと床に落ちていった。
幹部たちは唖然として切り落とされた武器を見つめた。
気づけばアースラは俺の横に立っていた。
速ぇ……
俺の目でも捉えるのにやっとだった。
英雄神アースラ・ベルセリオスは伊達じゃねぇな。
このアースラの行動と、俺とペックスとの戦いで解った事がある。
ティエルローゼとドーンヴァースを比べた場合、どうもティエルローゼの方が武器などの戦闘力は上っぽい気がする。
転生したばかりの頃はドーンヴァースのプレイヤーの方が強い印象があったんだが、こうやってドーンヴァースに来てみると、ゲーム・システムに囚われない成長が見込めるティエルローゼの方が強くなる可能性があるんじゃないだろうか。
まあ、良くは解らないところだが、仲間たちを連れてきて調べてみるのも良いかも知れない。
純正ティエルローゼ人がどう感じるかも聞いてみたいしね。
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