第25章 ── 第27話

 ほぼ一ヶ月の研究で糸口を掴むことができた。


 シミュレーション内でのゴーレムのパーソナル・データ双方向転送実験に何とか成功したのだ。


「ハイヤーヴェルのリンクの仕組みは相変わらず判らないが、まずまずの結果だろう」


 アースラは満足そうに転送ログを見て笑った。


 実際は、転送リンクに俺がちょこっと細工したんだけどね。


 例のドーンヴァースでの出来事は秘密にしたまま、研究所のサーバにハイヤーヴェルのリンクの力を少し改変して繋げたんだよ。


 それをしてから、転送プログラム実験は劇的に上手く行き始めた。


「これを俺の能力石ステータス・ストーンに転送して起動したら、ドーンヴァースに行けそうかな?」

「判らない。

 ケントは能力石ステータス・ストーンの仕組みを知っているか?」

「いや、知らないよ。

 なんか糸みたいなのが指に絡みついたのは覚えている。気持ち悪いヤツだった」


 俺がそういうとアースラはクククと低く笑った。


「あれはな。神々の呪いだ。

 ま、他の呪いのような不利益はないけどな。

 アレは一度契約すると、普通は解除できない。

 神々の呪いは強力だからだ」


 なんとも物騒な事を言い出したよ。

 そういえば、あの時ウルドの神官が、一人に一つしか契約することができないから、紛失すると厄介なことになるとか何とか言ってたっけ。


「下界の人間だと儀式魔法でなければ解除できないだろう。

 魂に掛ける呪いだからだと聞いている。

 俺たちがハイヤーヴェルの子孫だとすると、彼の力を俺たちは宿している可能性が高い。

 そこにこの転送プログラムを起動した場合、どんな挙動になるかは未知数だな。

 だが、今までケントの中で無事に動いていたとすると、双方向で起動する可能性は低くない。

 ま、やってみない事には判らない事だが」


 アースラはそう言うが、起動実験をしようなどとは言い出さない。

 俺で実験する事に不安があるのだろう。

 何が起こるか判らないわけだし、下手をすると俺が俺でなくなるなんて事もありえるからね。


「よし、実験してみようぜ」


 俺はニヤリと笑いながら提案する。


「おいおい。簡単に言うなよ。

 何が起こるか判らないんだぞ?」

「大丈夫だよ。俺は住良木幸秀を……いや、アースラの技術力を信じるよ」


 技術者として信じると言われ、アースラは少し顔を赤らめて頭をポリポリと掻いた。


「俺を信じてくれるのは嬉しいが、何か異変が起きた時は直ぐにプログラムを停止するんだぞ?」

「了解だ」


 俺はサーバ上の改造した転送プログラムを自分の能力石ステータス・ストーンに転送する。


 コンフィグ画面を開いて、管理者画面にしてプログラムを確認する。


 ちゃんと転送されているな。よしよし。


 俺はプログラムの実行ステータスを「オン」に切り替えた。


「……何も起こらないな?」


 オンにして暫く待ってみたが何も変わらない。


「ちゃんと実行しているか?」

「ああ、コンフィグのステータスでは『オン』になっている」

「何かトリガーになる要因が必要なのかもしれないな」


 うーむ……トリガーか。

 俺が転生した時は、ドラゴンに焼き殺された時だったが……


「もしかして、死ぬ必要があるのかね?」

「ハァ? それじゃ本末転倒だろうが」


 アースラが呆れた声を出す。


「うーむ。確かに。

 死亡以外のトリガーが必要か。

 あれかな。こう、必殺技みたいに声に出して言うとか?」

「ああ、お前がスキルを発動させる時にやってるアレだな」

「厨二病みたいだけどさ……『異世界転送』! とか叫んで……」


 目の前が一瞬ブリンクした瞬間、俺はステインの街の中で特撮のウルトラ・ボーイに変身する主人公のようなポーズで立っていた。


「うぉ! マジで転送できやがった!」


 俺は周囲をキョロキョロと見回してみるが、俺を怪訝な顔で見る通りがかりのプレイヤー以外は、ステインの街なのは間違いなかった。


 例のGM部屋のドアがある建物の前なので間違えることはない。


 俺は自分の身体に異常はないか確認する。


 普段着ている平服にインベントリ・バッグという出で立ちで、変わったところはない。


 ステータスを呼び出してみると、ティエルローゼのというより、ドーンヴァースのステータス画面だった。


 ただ、見覚えのない歯車マークがティエルローゼのステータス画面と同じところに存在していた。


 コンフィグを確認すると管理者画面へのボタンも存在し、例のプログラムのステータスはオンになっていた。


「ここまでは、実験成功といっていいよな。

 後はティエルローゼに戻れるかどうかだな……」


 俺は人気のないところまで移動して、再び変身ポーズのように右手を拳にして青空へと突き上げた。


「異世界転送!」


 叫ぶと同時に、さっきのように視界が一瞬点滅した。


 目を瞬かせつつ見ると、アースラがハラハラした感じでさっきのところにいる。


「アースラ?」

「おお、戻ったか! いきなり何の反応もしなくなってビックリしたぞ!」


 どうやら転送は魂だけで行われるらしい。

 遺った肉体は完全に動きを止めるようだね。

 心臓も停止するし、死んだのと同じ状態になるって事か。


 だが、そんな事は無視だ。

 今重要なのは成功したってこと。


「実験は……成功だ!」


 俺がガッツポーズで言うと、アースラの動きがピタリと止まった。

 そして数秒後、ガクリと身体の力が抜けて椅子へと崩れ落ちる。


「お前が消えた時、本当に焦ったんだ。

 マジでオールラウンダーは心臓に悪い」


 俺はアースラの肩に手を置く。


「心配させたな。悪かったよ。でも実験は成功したよ。

 ちゃんとドーンヴァースに転移できたんだ」

「ティエルローゼの似たような場所ってことは無いな?」

「いや、あそこはステインの街だったよ。間違いない」


 俺がそういうとアースラは顔を上げ目を光らせた。


「ステインか……懐かしいな。あそこはギルド仲間とよくドラゴンを狩りに行った場所だ」

「俺もドラゴンを狩りに行くのに最後に立ち寄った街だよ」


 アースラが懐かしげに目を細める。


「よし実験は成功した。後はケント以外の者がどうやってドーンヴァースに行くかだ」

「んー、ティエルローゼ人が転送した場合はどうなるか判らないな」


 俺がそういうとアースラがキョトンとした顔をする。


「お前、仲間もドーンヴァースに送るつもりなのか?」

「え? みんなで行った方が面白くない!?」

「いや、面白いとかそういう問題かよ……」

「ま、転送している間は、身体を安全な場所に置いておかないとマズそうだけどね」


 ただ、変身ポーズのまま直立不動なのはいただけませんな。


「ベッドか何かを用意して、寝た状態でやった方がいいよな。無防備で倒れて怪我したら困るし」


 俺の脳天気な心配にアースラは呆れ顔をする。


「ま、複数人で転送できるなら、それに越したことはないだろう。

 だが、転送実験は、まず俺とお前だけでやる。どんな不測の事態が起きてもいいようにだ」

「ああ、心得た」

「ところで、ケント」


 アースラは彼のインベントリ・バッグをゴソゴソと漁り、何やら紙を一枚取り出した。


「この設計図通りのモノを作れるか?」


 受け取った図面を見ると、それは小型のコンピュータの設計図だった。


「小型コンピュータ? この二本のベルトは何?」

「ああ、リスト・コンピュータだ。左腕にベルト二本で固定して使うんだ」


 設計図によれば、俺の腕に装備している小型自動翻訳機を大きくした感じだ。


「ああ、部品を用意できれば比較的簡単に作れそうだよ」

「ドーンヴァースに転送後、プログラムの修正とかが必要な時にその場で修正できると便利だろう。

 用意しておく必要がある」


 用意周到ですな。

 小型化が難しくて今まで手を付けてなかったガシェットの設計図だろうけど、確かにあると便利だろう。


「このゴーレム用の小型自動翻訳機に似ているから、部品はCPUくらいだな。

 材料もあるし明日までに用意しておこう」

「相変わらず早いな。頼むぜ?」

「ああ、任せろ」


 俺は早速作業に取り掛かる。


 ここんところアースラと研究ばかりしているので、仲間たちが少しご機嫌斜めなのだが、仲間をドーンヴァースに連れて行ったらきっと喜んでくれるに違いない。

 なので、今はコレに集中する。



 CPUで使う素材はオリハルコンと極細のミスリル糸。

 これをミスリルの魔導回路に組み込んでCPU基盤とする。


 オリハルコンは非破壊属性なのだが、加工前のインゴットは簡単に加工が可能なのだ。

 ティエルローゼのオリハルコンも同じかどうかは判らないが、ドーンヴァース製のオリハルコン・インゴットはそんな性質なので製品として完成しなければ加工は容易なのだ。


 後でティエルローゼのオリハルコンの製造方法をマストールかヘパさんに教えてもらおうかな。

 ドーンヴァース製のインゴットが手に入るなら、別に必要ない事かもしれないけど、様々な技術は仕入れておいて損はないからね。


 極細の彫刻刀でオリハルコンをスライスした板に設計図通りに細工しつつ、俺はそんな事を考えていた。

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