第25章 ── 第26話

 地上の楽園計画は、ほぼマストール率いるドワーフ隊に任せっきりにして、俺はアースラと例の転送プログラムの研究に没頭した。


 プログラムの検証、改造をアースラと進めていたが、それとは別に俺個人でハイヤーヴェルの「創造の力」について色々と影で試行錯誤を繰り返していた。


 最初にやったのは無から有を作り出すこと。


 何もないところに意識を集中させ、世界に満ちる精霊の力を借りる。

 すると借りた精霊力に連なる物質を作り出すことができるのだ。


 この現象を再現出来た時「パネェ! マジ、チート!」と叫んでしまい、近くにいたハリスに怪訝な顔をされてしまった。


 ただ、この能力を使えば何でもかんでも作り出せるわけではない。

 非常に単純な物質の生成は可能だが、量も質も集中力に左右される。

 作り出した物質も不安定で、気を抜くと霧散してしまったりする。


 もっともっと訓練が必要だね。



 次に行った実験は、既に存在する物に命を吹き込む事。


 石で出来た五センチ程度の人形に生命を吹き込む事に成功した。


 この実験は執務室でマリスと何気なく石の人形でママゴトをしていた時にできたので、明確にこうやるという方法論は確立できていない。


 俺の推論は、人形を生きている者のように手を使って行動させていた時に起きたので、どういう命を持つものか明確なイメージを持つことが必須だろうということだ。


 ちなみに、動き出した石人形は、マリスに持ち去られてしまった。

 今はどこにあるのかも解らない。

 マリスに聞いてみたら、友達に譲ってしまったらしい。

 マリスは石人形を「超小型ゴーレム」と呼び、俺が魔法で作ってくれたと思っているようなので、命を吹き込んだ事は黙っておく。


 石の人形に本当に魂が宿ったかどうかは解らないけど、ティエルローゼにいる自然発生型ゴーレムの原型がアレなんじゃないかと思う。



 次に実験したのは、ハイヤーヴェルの力を感じ取るという事。

 世界をあまねく包み込むハイヤーヴェルの気配を感じ取るのは非常に骨の折れる作業だった。


 空気の存在を認識するのは難しいでしょ。

 大気の中で生きている生物にとって、空気はあって無きが如し。

 ロウソクの火を消したり、汗を掻いた肌をなでるそよ風によって、漸く認識できる程度の存在感だ。

 もっとも、ティエルローゼにおける認識では風の精霊のイタズラという認識なのだ。


 そんな力を感じ取るのが難しいのは当たり前だろう。


 夜、ベッドの上で寝転がり、目を閉じて暗闇の中で自分の意識を広げていく。

 集中しながら風呂敷のように意識を広げていくという作業は骨が折れるが、なんとかモノにできた。


 この状態でどんどんと更に広く意識を闇の中に伸ばしていくと、色々なモノを感じ取れる。


 それは人の営み、ただそこに存在する石の肌触り、木々の息吹。

 終いには、精霊たちの力の本流すらも感じ取れた。


 そんな世界を構築し、まとめ上げる力が見えた。

 それこそがハイヤーヴェル自身の力、いや魂や肉体なのだろうか。


 そんなハイヤーヴェルの存在を辿っていった時、ティエルローゼが存在する空間とは違うところに繋がる一本の流れを発見した。


 その流れは空間を突き破り、次元の向こう側に繋がっていた。


 その向こう側へ更に意識を広げてみたら、そこには光子フォトンが乱れ飛ぶ世界だった。


 最初は驚きとその荘厳な光の流れに圧倒されて解らなかったのだが、その光子フォトンの流れに一定の法則があることは、唖然としつつもしばらく観察していた時だ。


 光子フォトンが寄り集まっているモノが、何かを形作っていることが感じられた。


 色々と考えた結果、俺の見ているモノは別の視点で見ることで、違うものとして見ることができると推測した。


 視点を切り替えるというのだろうか、脳内のチャンネルをあわせていくという感じだろうか。

 あるところでその調整していたチューニング・ハンドルを止めた。


 ああ、これだよ……


 俺の目の前には「ドーンヴァース」の仮想空間が広がっていた。


 壮大な森の中に佇む「世界樹イグドラシル」。

 フィールドを闊歩する巨大モンスター。

 空を飛ぶワイバーン。

 ゴブリンと死闘を繰り広げる冒険者たち……


「おお、懐かしいな!」


 俺は周囲を見回し、現在位置を確認する。


 ここは……ステインの街の近くの雑木林だな。


 俺が最後に立ち寄った「ドーンヴァース」の街「ステイン」。

 中規模の街だが、近くの山脈にはドラゴンがスポーンするので中級から上級のプレイヤーたちが活動拠点としている事が多い。


 俺はステインの街へと歩き出した。


 途中、プレイヤーらしきパーティとすれ違ったので、手を上げて挨拶をしてみたが、彼らには俺の姿が見えないのか無反応だった。


 どうも精神体でしかない俺は認識されないらしい。


 ステインの街に辿り着いた時、門を守る衛兵NPCに「ここはステインの街です」と話しかけられた。

 突然何もない(俺はいるが)方向に話し始めたNPCを他のプレイヤーが不思議そうな顔をして見ていたのが可笑しかった。


 どうやらNPCは俺を認識するらしい。

 プレイヤーには相変わらず見えていないようだが。


 やはりパーソナル・データたるキャラクターIDがないと、他のプレイヤーには認識されないのだろう。


 俺は街をウロウロしてみた。

 精神体なので壁などのコリジョンを無視できるので、プレイヤーでは窺い知ることのできない内部構造などを見ることができた。


 プレイヤーが絶対見ることができない部分は、内部処理を軽減するためか作りが荒かったり、何もない事が多く、「開発チームの苦肉の策で、こんな事になってんのな」ってのも見られて面白い。


 そんなプレイヤーが絶対入ることができない場所に、石造りだが、明らかにパソコンのコンソールのようなモノがある部屋を発見した。


 部屋の入り口は扉があり、特殊な鍵が掛かっていて普通は開ける事ができない。


 コンソールとプレイヤーが開けられない扉。

 他にも椅子やソファ、机、本棚、テレビのようなスクリーンなどの家具もある。


 明らかに人が使う事を前提に作られているのに、プレイヤーは入ってこられない不思議な部屋だった。


 GM用の部屋かも?


 俺がそう思うや、突然コンソール前に人が現れた。


「おわ!?」


 俺はビックリして声を上げた。


 現れた人物は、身体をビクリと震わせ周囲を見回している。

 だが、彼は俺を見ることはできなかった。


 仕切りに首を傾げながら、その人物は入り口の扉を開けて外に出ていった。


 見た感じは戦士系のプレイヤーのようだが、俺の脳裏に流れ込んできた情報は、彼の装備は全て破壊不可能オブジェクトで固められていて、伝説級レジェンダリー装備のようだった。


 あんな装備は見たこと無い!

 見た目はノーマル装備で、中身は伝説級レジェンダリーかよ……

 GM用装備ってやつかもしれん。


 俺は仕入れた情報を吟味しつつ、コンソールに触れてみた。


 肉体はないが、普通に操作している感覚で使うことができた。


 ログイン画面が出てきたので俺のアカウントIDとパスワードを入れてみたがエラーが表示される。


 当たり前だな。

 これは多分ゲーム内に設置されたGM用のコンソールだ。

 GM用のアカウントか、開発者用アカウントが必要なのだろう。


 俺は俺の能力石ステータス・ストーンのコンフィグにあったアカウントIDとパスワードを試す。


 案の定、ログインに成功する。


 俺はセキュリティの甘さに深い溜息を吐く。


 画面には各種データの設定メニューや様々なアイコンが表示された。


 色々調べて見るとプレイヤー・データなどを見る事も可能なようなので、プレイヤーの情報画面を呼び出し、自分のアカウントのデータをチェックする。


 俺のキャラクター・データは未だにアクティブになっていた。


 最終ログインは……?


『キャラクター・ステータス:オンライン』


 え?

 まだログイン中だと!?


 俺は俺のキャラクターの現在位置を確認する。

 その場所は俺が最後に訪れた神殿内になっていた。


 マリオン神殿だよ……

 なるほど、俺がドラゴンにやられた時のまま神殿にいるわけか。


 コンソールの日付と時間を確認すると、俺がティエルローゼに転生した日と同じ日付、死んだ頃と変わりない時間だった。


 ティエルローゼに転生してから二年も経過しているのに、こちらでは数分も経ってない。


 時間の流れ具合が全く違うって事か……

 ハイヤーヴェルが言ってたっけ、どこに繋がるか解らないって。


 今は俺と繋がった時の時間で止まってる感じだな。

 このまま肉体に戻ったら生き返れるんじゃ……?


 俺は恐る恐る自分のログイン・キャラクターを強制ログアウトさせようとコマンドを打ち込む。


 震える手でエンターキーに指を伸ばす。


「ええい!」


 俺は意を決してエンターキーを叩いた。


 コンソール上のステータスがオフライン状態になる。


 しかし、俺自身に何の影響も効果もなかった。


 俺はガッカリしつつも深く安堵していた。


 それほど上手く行くわけないよね。

 というか、ティエルローゼの生活を捨てて現実世界に戻るなんて、本当に俺の望んでいた事じゃないからな。


 ただ、これで現実世界に戻るって事はできないって事は解った。

 アースラには諦めてもらうしかない。

 ドーンヴァース内には来ることができそうなので、絶望って事はないだろうし。


 俺はコンソールでアースラたち他のプレイヤーの情報も調べておく。


 アースラはオフライン。

 シンノスケ、タクヤもオフライン。

 セイファードは……プレイヤー・データすら無かった。


 セイファードは仕方ないね。

 ベータテスターだったしな。


 そういや、ソフィアは?


 NPCデータを調べてみると、ソフィアは死亡状態だった。

 ログを確認してみると、ズラリと「クエスト・リセット」の命令が並んでいて、刻々と同じ文言が増え続けていた。


 あー、クエストを初期化してもソフィアが生き返らないわけか。


 死蔵クエストになってるようだな。


 作業ログを調べると例のサブ・クエスト『魔法の塔』は、数ヶ月前からシナリオ一覧で非実行クエストに指定されていた。

 プレイヤーからは実行できないクエストにしているらしい。


 そりゃボスがいないんじゃクエストとして成立しないからな。


 開発者である住良木幸秀がいないんで直せなかったんだろうな。

 今の開発チームも頭を抱えただろうなぁ。


 とりあえず、俺は自分の本来のアカウントIDの他に別の俺のアカウントIDを作成し、属性を住良木幸秀のアカウントと同じものにしておいた。


 アースラのIDも別に用意しておいてやろうかな?

 いや、別にいいか。彼のは今もあるわけだし。


 俺のは管理者権限有りと無しの二つが必要だろ?

 何か問題が起きた場合、管理者権限ないと詰むからな。


 とりあえず必要だと思う事をやった後、意識をティエルローゼの自分の身体に戻した。


 俺は暗闇で目を開き、深く深呼吸した。


 ティエルローゼにちゃんと戻ってこれたし、双方向転送は実現できそうだ。

 後は触媒になる双方向転送プログラムをアースラが開発すればいいだけって事だ。

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