第25章 ── 第20話

 アースラは転送された仕様ファイルを読みつつ、プログラムのソース・コードをじっくりと読み解いている。


「他人のソースを読むのだけは苦痛以外の何ものでもないな」


 渋面を作るアースラの言葉に苦笑してしまう。


「そんなにスパゲッティ・コードなの?」

「いや、そうでもないが……変数が多すぎるな」


 似たような名前の変数が大量に設定されているらしく、どれがどう関連しているのか判別が難しいらしい。


 アースラは二時間ほど格闘していたが、お手上げだと降参した。


「んじゃ、どうする?」


 このプログラムの解析は、ドーンヴァースからの転生現象の解明が目的だ。

 これが解析できれば、元の世界に戻る手段が手に入るかもしれないのだ。


 ここで、何らかの解決策を出せなければ、解析作業はここで終わってしまう。


「そうだなぁ……」


 アースラは端末前で腕を組み「うーん」と唸る。


「俺はプログラマーじゃないから、的確な提案はできないけど、こんなのはどうかな?」


 俺は現実世界での電子機器やプログラム開発における一般的な知識を脳内の引き出しから引っ張り出す。


 門外漢で聞きかじった程度の知識だが、アースラに解決策の方向性を示せればいい。


 で、俺の提案はこうだ。

 データベース内に隔離された仮想空間を設定し、その中でプログラムを走らせてみて、内部処理がどのように動いているかトレースする。

 外部から各種変数や動作を監視できるエミュータを用意するわけだ。


 電子機器などの開発において使われるIn-Circuit Emurator、いわゆるICEアイスを再現するわけだ。

 ICEアイスはゲームの開発などでも使われ、プログラムのトレースやレジスタ、メモリ内容の監視、データを解析する事にも使える。


ICEアイスか……機材が足りないな」

「俺が作れるモノなら用意するけど?」

「そうか……そういや、ケント。お前、魔導回路とか精密なの作れたな」


 アースラはトラリアでPC型魔法装置の修理に付き合った時の事を思い出したようだ。


「まあ、仕様が解れば作れると思うよ」


 アースラは頷くと、データベース端末で必要なモノの仕様書を書き始める。

 結構色々と必要っぽいので仕様書を用意するのに時間が掛かりそうですな。


「じゃあ、仕様書ができたら念話なりしてくれ。俺は他の神様に協力してもらうことがあるので出かけるよ」

「ああ、了解した」



 俺は館に戻った。


 館には今、アースラを除いても五柱の神々が未だ滞在中なのだ。

 アルテル、アイゼン、マリオン、ウルド、ラーシャだ。


 俺はこの五柱の神を会議室へ集める。


「えー、神々の皆様に集まってもらったのは、是非とも協力を仰ぎたい事があるからなんだ」


 アイゼンが不満そうに鼻を鳴らす。


「ふん。なんで俺がお前に協力してやらなきゃならないんだ」


 よほど模擬戦に負けたのがご不満らしい。


 しかし、その途端アイゼンの左右に陣取る二柱の神が彼の脇腹に強烈な肘鉄をお見舞いした。


「うごっ……」

「あんた、ケントに負けたじゃない」

「そうですよ。ケントには無条件で協力してやりなさい」


 アルテルとラーシャにジロリと睨まれ、アイゼンはタジタジになる。


「で、でもよぉ……俺に何のメリットがあるんだ? ケントは俺の擁護すらしてくれなかったんだぞ」

「でももヘチマもありません」

「あんたに擁護してもらう部分なんか一つもないじゃない」


 取り付く島もなく却下される。


「それに、神々はケントに多大な恩があります。あなたもその一人ですよ」


 ラーシャがそういってアイゼンの身体をツンツンと突きまくる。


 羨ましい。

 超美人の奥さんに囲まれてツンツンされるアイゼンに少し嫉妬を覚えますな。


「兄貴はコレだから困るっす」


 マリオンは俺に肩を竦めて見せる。


「羨ましいですな」

「目の毒っすよね?」


 マリオンと苦笑いしているとウルドが立ち上がった。


「そんな事はどうでもよい。

 ケントの頼みとやらを聞かせてもらいたいな。

 事と次第によっては聞いてやらないこともない」


 姿と言動が不一致過ぎる。


 美少年のウルドが、偉そうな堅物っぽい物言いをするのに吹き出しそうになる。


「えーと、神界の神々は自由に下界への降臨ができない規則があると聞いています」

「無論だ。

 下界の者に不公平な干渉をしては問題が多い」

「そうっすね。

 例外を除いて、信者数の均衡を崩す要員になるっすからね」


 この例外は俺や俺の周囲の者の事だろう。

 俺は過分に神々の加護を受けている。


「ケントの仲間たちも、いずれ神界に招くつもりですから、干渉にはあたりませんでしょう」


 そうなの?


 俺はラーシャの言いように少し戸惑う。


「え? 俺だけじゃなく?」

「当然だろ。お前の仲間は既に人類種を越えているじゃん」


 アルテルがクスクス笑う。


 確かに仲間たちのレベルは既に八〇以上だし、レベル九〇を越えている者もいる。

 いつまでも下界に留めておく理由はないのだろう。


 アルテルは自分の作ったエルフ族の超越者であるトリシアを部下にしようと画策しているのかもしれない。


「ま、まあ……それは今は置いておこうよ。今すぐって話じゃないだろ?」


 神々たちが頷いたので話を元に戻す。


「俺がお願いしたいのは、土地の浄化」

「浄化だと?」


 ウルドが怪訝そうな顔をする。


「えーと、この地図を見てもらいたい」


 俺は大マップ画面を全員に見られるように設定する。


「ほう。これは、この地付近の見取り図だな?」

「そうだよ。ここがトリエンね。北に行くとドラケン、南はカートンケイル、東はアルテナ大森林だ」


 覗き込む神々に地図の各所を指差して説明する。


「んで、ここなんだけど」


 俺は某廃砦のある部分を指差す。


「ここは昔、ホイスター砦と言われた場所だ」

「ああ、見たことあるっすよ。

 古代竜に破壊された砦っすよね」


 マリオンの相槌に俺は頷いてみせる。


「そう。ここの土地をまっさらに均すんで、浄化してほしいんだ」


 アンデッドの巣窟になっている廃砦をなんとかしたいわけ。

 実際、ここ付近はトリエンの住民や街道を行き来する商人たちにとって非常に危険な地域になっている。


 夜の往来は基本的にできないし、砦を神殿などに依頼して浄化するにはあまりにも広い。


 ならいっその事、神々にやってもらえれば俺としては助かるわけだ。


「ここを浄化して何をするつもりですか?」


 ラーシャが非常に可愛げに首を傾げる。


 むむう。愛の女神だけあって、どんな仕草も可愛く見えるな。


「えーと。ここに神々がいつでも降臨できる施設を作りたいと思っているんです」

「いつでも!?」

「降臨できるんすか!?」


 ウルドとマリオンが食いついた。


「そう。神々のバカンスって感じかな? いつでも降臨して骨休めができるようなリゾート地を作ろうかとね」


 俺がそういうと、アイゼンがポンと手を打った。


「あれか! 神界でヘパーエストが言ってたやつ!」


 どうやらヘパさんが地上の楽園について「いつでも供物を食べることができる」とか「人間の信仰を集められる」とか触れ回っていたらしい。


 うーむ、ヘパさんの願望丸出しですな。


「いや、そこまで自由にしてもらってはマズイと思うけど……

 まあ、神々も地上との接点が神託の神官オラクル・プリーストだけだと色々弊害があるんじゃないかと思ってね」


 例えば、アンデッドは生物の敵とかいう話が人間たちには広く信じられている事を例に上げた。


 本当は死の神の眷属という側面があるらしく、死の神の力の源なんだとか。

 死者は欲望に忠実になりすぎ人間を襲うことがあるので、誤解を招いていたりするのだが。

 俺もゾンビとかグールは嫌いだったりするし。


「しかし、あそこは闇と死を司る神の領域だろう?

 我らが浄化してしまっては、彼女たちに恨まれよう」

「いやぁ、そこはもう解決済みでね」


 実は、死と闇の神であるタナトシアとレーファリアの身体を作った後、彼女たちと色々話したんだよね。


 地上の楽園を作る上で、あそこのアンデッドを浄化する件については了承を得ていたりする。


 この二柱の神は、俺の提案を二つ返事で許可してくれたんだよ。


 理由は、シュノンスケール法国に関する人間たちを殲滅した事に由来する。

 彼の国の者の大量の魂を送った事で、この二柱の神を大いに満足させたらしいんだよね。

 ホイスター砦の浄化程度なら何の問題もないんだと。


「なるほど、あの戦か。

 中々痛快な虐殺劇だったな」


 ウルドが腕を組みつつ、首を縦に振る。


 非情な戦ぶりを見られたウルドも大満足だったそうだからな。


「アレっすか。私はもう少し個人の妙技が見たかったっす」

「いや、アレはアレでいいだろ。ウルドが満足してんだから。

 俺としてはトラリアの貴族相手の戦闘が面白かった」

「ああ、アレは良かったっすね! みんな輝いてた!」


 アイゼンとマリオンはあの戦いがお気に召したらしい。

 俺はベリアルとの戦闘にしか参加してなかったけど。


「ケントにはああいう戦いをもっとやって欲しいっすね」

「特に今まで無かった新技が出るのが俺らも楽しめるからな」


 個人戦闘系の神だから攻撃スキルとかが生み出される事が面白いのようだ。


 厨二病スキルを発案している俺としては判らんでもない。

 しかし、上からじっくり見られていたとすると少し恥ずかしい気もする。


「私としましては、ケントの周囲の乙女たちの動向を楽しく拝見しています」


 恥ずかしがる俺を楽しそうに見るラーシャから爆弾発言が飛び出す。


「へ? 俺の周囲の?」

「ええ。大好物なんです」


 ニッコリと微笑むラーシャを俺は唖然として見る。

 そして次の瞬間には俺の顔は茹でダコ状態になってしまう。


 いや、そんなのを上から見んなよ!

 恥ずかしいったらありゃしない!!

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