第25章 ── 第19話

 翌日の朝食は俺が作った。

 卵とそぼろの二色ご飯と味噌汁、季節の野菜と鴨肉の煮物、人魚に運ばれてきたマグロの香味焼き、手製の香の物、ほうれん草のサラダ、デザートにオレンジ・シャーベット。


 出された料理にアイゼンが目の色を変え、いただきますの号令前に手を出そうとしてアルテルに引っ叩かれていた。


「んじゃ、いただきます!」

「「「いただきます!!」」」


 食べながらアースラに話しかける。


「ちょっと相談に乗って欲しいんだが?」

「何だ? 例の楽園の話か?」

「いや、元の世界のあんたの正業方向の話だ」


 俺は昨日の夜発見した例のプログラムについて、現実世界で凄腕プログラマーだったアースラに相談しようと考えたわけ。


「実は謎のプログラムを発見したんだ。午後にでも工房の研修室に来てくれないか?」

「プログラムだと?」

「ああ、俺たちの転生に関係しているかもしれない」

「何だそれ?」


 俺は大まかに例のプログラムの話をする。

 俺のキャラと住良木幸秀のアカウントの関連性とかについては確信がないので黙っておいた。


「研究室のサーバで実験してみるか」


 掻い摘んで説明したらアースラは協力を約束してくれた。



 朝飯が終わった後、俺は街へ繰り出した。

 次の仕事の目処を立てるため、石材屋に話を通しておきたい。


 神々が気軽に降臨できる場所を用意するとなると、部外者が勝手に出入りできないような壁でぐるりと囲む必要がある。


 ま、小さな町くらいの大きさになるし、大量の石材が必要になるのだ。


 カートンケイル南、今では「ケントズゲート」とか呼ばれている商業特区を作った時にも結構な石材が必要だったからね。


 今のトリエンは中都市ほどの大きさになり、街づくりに大量の石材を必要としているだけあって、石材屋がいくつも出来た。


 石材は王都のずっと北、グリンゼール公国とオーファンラント王国の国境にそびえる巨大な岩の山脈あたりから運んできているそうだ。


 トリエン周辺なら、一〇〇年くらい前までアルシュア山から取ってくるのが普通だったそうだが、グランドーラの住処がある事が知れ渡ってから、アルシュア山採石場は閉鎖されてしまった。


 そのうちグランドーラと話し合いという名のボディランゲージを駆使する必要があるかもしれないな。


「マリス様の主よ」


 不意に裏道へ続く小道から声を掛けられて振り返ると、建物の影にダイア・ウルフが鎮座していた。


「ん? ブラック・ファングの手の者か?」

「左様です。緊急でお知らせしたき儀が」


 俺はダイア・ウルフに連れられて、町の東にある林まで影渡りで運ばれる。


 林の中にはブラック・ファングとその配下が二〇匹ほど集まっていた。


「ご足労感謝を」

「いや、何かあったみたいだね?」

「私の仲間が二〇匹ほど殺されました」

「なんだと?」


 ブラック・ファングによるとアルテナ大森林内において、冒険者らしき者にやられたという。


「その冒険者たちはどんな奴らだ?」

「仲間たちはまだ若い者ばかりで冒険者には詳しくありません。単独であった事、鎧は黒一色と生き残った者から報告が上がっております」

「黒一色? 忍者服かな?」

「いえ、ハリス様のような装備ではないようです。どちらかというと、マリス様のような鎧であったそうです」


 何だそれ?

 その情報から推測すると守護騎士か暗黒騎士のように聞こえるんだが?


 俺はティエルローゼに来てから暗黒騎士は見たことがない。


 闇の神を信奉する事で黒く染まる暗黒騎士は聖騎士の正反対の存在だ。

 ドーンヴァースでいう闇の神は、いわゆる邪神や悪魔の王の事だ。


 ティエルローゼには、そういった邪神や悪魔は存在しない。よって暗黒騎士は存在できないのではないかと推測している。


 暗黒騎士を装った者の仕業か?

 いや、そもそも暗黒騎士が存在しないのに、装えるわけないな。

 となると……


 ふと、前領主の手下の事を思い出す。

 しかし、俺は首を横に振ってその考えを脳裏から締め出した。


 ヤツは既に王都で処刑されてしまっている。ヤツの可能性は皆無だ。


「ブラック・ファング、了解した。

 こっちでも調べてみよう。

 冒険者だというなら冒険者ギルドに聞いてみるのが早いしな」

「よろしくお願いします」


 手下に元いた場所に送ってもらい、ギルドに向かう。

 その道中考える。


 冒険者ギルドにも王国にもトリエン周辺のダイア・ウルフは敵ではなく俺の配下にいることは伝えてあるし、周知されているはずだ。

 それに、若いといえど、ブラック・ファングの配下のダイア・ウルフは普通のダイア・ウルフよりもレベルも基礎能力も高い。


 リーダーが存在する群れは通常よりも強くなるらしいんだよね。


 そんなダイア・ウルフを二〇匹も倒せる冒険者が、今のトリエン支部にいるだろうか?

 生き残りがいたそうだし、二〇匹殺されたにしろ、もっと数がいたはずだ。

 そんなダイア・ウルフの群れに単独で突っ込んでいけるほどの度胸と腕前を持つヤツを俺は知らない。


 今、トリエンは外国から流れ込んできている者が大量にいる。

 そういった者の中で腕の良い冒険者がいたのかもしれない。


 そういや、ルクセイドから来た冒険者もいると聞いたような?


 ルクセイドは迷宮があるだけあって冒険者のレベルが平均的に高い。


 事情をしらない凄腕冒険者ってこともあり得るな……

 ルクセイドにおいて、フソウから流れてくる冒険者は総じて凄腕だ聞いたし、もしかしたら、例のフソウで聞いた世直し隠密とかいうヤツかもしれん……


 色々と厄介な想像をしているうちにギルドに着いた。


 すぐにギルド・マスターと面会をして情報の共有を図る。


「お久しぶりでございます、領主閣下」

「ご無沙汰でしたね」

「それで本日のご用件は……」

「東の森でダイア・ウルフの群れが襲われました」

「なんですと!?」


 俺は知り得る情報をギルド・マスターに伝える。

 ギルド・マスターは書記の職員を呼び出して、すべての情報を書類としてまとめた。


 それと共に、トリエン支部の冒険者在籍名簿を持ってきて該当者の洗い出しをした。


 しかし、該当者は全くいなかった。


 当然だと思う。

 二〇匹のダイア・ウルフを単独で倒せる冒険者は三〇レベル以上必要だろうしな。


 それも無傷とは行かないだろう。

 しかし、ブラック・ファングたちは敵への損害などの情報は出さなかった。

 無傷とは思えないが、それほどの重症は与えていないという事だ。


「とりあえず今後、それらしい情報があったら知らせてください」

「畏まりました。森へクエストに行く冒険者に情報提供を頼んでおきましょう」

「では、情報料はこれで」


 俺は金貨を数枚テーブルに置いて席を立った。


 正式な依頼という訳じゃないが、冒険者に仕事をさせるには先立つモノは必要になる。

 いかに民間防衛組織といえど、金を積まなきゃ仕事は疎かになるからね。


 館に戻り、軽い昼食を執務室で書類仕事を片付けつつ摂る。


 午後に工房へ向かうと、アースラが酒瓶片手に、データベースへの端末に改造を加えていた。


「おう、ケント。端末に処理用の増設をしておいたぞ」

「流石だな」


 アースラは大雑把なようで結構手回しが良い。

 いつも気まぐれに降臨してきているようで、神界の取りまとめをしている神に許可を取り付けていたりするからな。


「で、例のモノのソース・コードはどこだ?」


 頭の中なんですよ……


 どうやってデータベースへ転送すればいいか頭を抱えてしまった。

 あれこれ考えたが、解決策をサッパリ思いつかない。


 一つだけ手はあるが、非常に面倒な作業となる。

 それに間違う可能性も高い。


 手打ち作業で複写なんて現実的じゃないだろ?


 ボケッと考えていると、フロルが目に入った。


「あ、思いついた」

「解決策が降ってきたか」


 酒を呷りながらアースラはニヤリと笑った。


「まず……フロルをパーティ・メンバーに入れてだな」


 俺はフロルをパーティのメンバーとして登録し、フロルのHPバーを表示させる。


「んでだ。この貼付ファイルをこのHPバーにドロップ!」


 俺は端末に向かい、ゴーレムの情報データベースを開く。

 フロルの記憶フォルダを開くと……


「よし、転送できたな」

「なるほど。ゴーレムを経由したわけか。そういう使い方ができるとは思わなかった」


 俺の作業を見てたアースラも感心した。


「だろう? 俺のステータス画面は、すげぇ使い勝手が良くてね」


 アースラにステータス画面を見せつつ例のプログラムの仕様書ファイルも転送して、使い方を説明する。


「俺の能力石ステータス・ストーンにはない機能だ。ほとんどドーンヴァースのステータス画面と一緒か」


 アースラも俺のステータス画面の機能を欲しがったが、そもそもウルド神殿で買っただけだし、俺が改造したわけじゃないんだよねぇ。


 他の人にも使えるようになればいいとは思うが、便利すぎて悪用されたら大変だとも思う。


 なので俺が独占していてもいいかな。


 それでなくても神々にはあまり必要じゃないだろう。

 そもそも、神は神界から見たいものを見ることもできるし、異次元にモノを仕舞ったり取り出したりと普通にやってるしな。


 アースラに聞いたら、あの異次元ポケット的な技は身体を失った神々が編み出した技らしい。

 自分たちがアストラル体になったお陰で、次元の壁を操る術を編み出せたのだそうな。

 ちなみに、肉体を持っていてもコツさえ掴めば使えるそうなので、後で教えてもらおうかねぇ。

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