第25章 ── 第18話

 目の前の映像がガラリと変わった。


 見える。

 全てが見える。


 アイゼンの動きが。

 息遣いが。

 そしてその思考が。


 全てが目の前に展開され、全ての情報が脳に流れ込んできた。

 そして理解するより早く身体が動いた。


 アイゼンの目の動き、四肢の筋肉の動き、身体のバランス、それから導き出される剣の動き。


 全てを愛剣で迎撃していく。


 目の前で展開される攻防の中で光り輝くスポットが幾つか見えた。

 考えるよりも早く、そこに剣先を突き入れる。


「うぐっ!」


 アイゼンの短い悲鳴が聞こえた。


「ああ。ありゃもうダメさね」

「解るんですか? お師匠様」


 ソフィアとエマの声が聞こえた。

 彼女たちも俺とアイゼンの模擬戦を見に来ているみたいだ。


「アイゼンの負けさね」

「でも戦の神さまですよ?」

「その上の存在が降りて来ちまっちゃ、戦の神も何もないのさ」


 その上の存在?

 何のことだ?


──ガギギン!!


 猛烈な金属の衝突音が鳴り、アイゼンの二本の剣が宙に舞った。


「そこまで! 兄さんの負け!!」


 マリオンが高らかに宣言する。


「くそっ! いくらプレイヤーが相手だからって神が負けるなぞ!」

「いい加減にしな、アイゼン。どう見たってあんたの負けじゃないか」


 アルテルが呆れたように言った。


 剣を鞘に納めると、俺の身体が戦闘モードから通常モードに移行したのが解った。


「ふう。何とか勝てたな」


 ため息を吐いて息を整えていると、マリスが突進してきた。


「うぉぉぉ! ケント! 神に勝ったのじゃ! やはり我の嫁は世界最強じゃ!」


 テッカテカに笑いながらマリスは俺の肩によじ登る。


「最後の方は何かよく判らなくなったけど、途中まで必死だったよ。

 やっぱり神は強いなぁ」

「そうかや? 確かに途中から目も髪の毛も色が変わっておったのじゃ」

「何それ?」


 トリシアとハリスも近づいてきたが、少し顔が心配そうだ。


「ケント、あれだけ素早く動いて身体はなんとも無いのか?」

「途中から……ケントの動きが……見えなかった……」


 二人が何を言っているのか解らない。

 確かに戦闘モード時は通常より遥かに早いスピードで動けるけど、それは君たちも一緒だろうに。


 戦闘における体感速度に関しては以前、仲間たちと話して彼らにも同様に起こる現象だと確認しあったはずだ。


「いや、そんなレベルの話じゃないんだ。こう、腕が瞬間移動してるというか」

「そうだ……マリスのタクティカル・ムーブを……もっと早くしたような……」


 マリスのタクティカル・ムーブは、緩急をつけた素早い動きで、あたかも分身しているように見せるスキルだ。


「うーん。確かに後半、妙な感覚だったんだよなぁ」


 俺は先程の現象を必死に言葉に落とそうとしてみたが、説明しづらくてうまくいかない。


「ケント、そろそろ人間をやめ始めたんじゃないのかい?」


 後ろからソフィアがニヤリと笑いながら言う。


「それは俺が神にでもなったとでも言うつもりですか?」

「いや、神……ではないさ。

 神は等しく創造神に作られたにすぎないのさ。

 ケント、あんたはGM、いや、その上の存在と同じなんだよ」


 言ってる意味が判りません。周囲の仲間たちも怪訝な顔をしているし。


「GMってのは何となく解る気がするんですがね。その上ってなんです?」


 俺の能力石ステータス・ストーンの管理画面に『管理者パスワード』という項目があったので、もしかするとGMとかと同じようなアカウント仕様が実装されているんじゃないかと思ったこともあるからな。


「私の目に狂いがなければだけどね、さっきのあんたは開発者権限を持つキャラクターのソレだったよ」


 元NPCのソフィアの目はキャラクターのレベル等を見抜く能力がある。

 その彼女がそういうなら、間違いではないのかもしれない。


「開発者……? それってドーンヴァースの?」

「そうだよ。住良木幸秀のアカウントって事だね」


 住良木幸秀。それはドーンヴァースの生みの親の事だ。


 彼はゲーム業界で天才と呼ばれた人物で、数々のゲームを世に生み出した。

 ゲームデザイナーであり、シナリオライター、そしてプログラマーでもあった。


 その彼はドーンヴァースの開発途中に命を落とした。

 過労が原因とゲーム雑誌などでは言われていたが、詳しくは誰も知らない。


 生前の彼のインタビュー記事を読んだことがある。

 彼のゲームのアイデアは「空から振ってきた」のだそうだ。


 ドーンヴァースも例外ではなく、夢で見た世界をゲームに落とし込んだだけという話も聞いたことがある。


 今回の出来事とソフィアに言われた事が、心の中で全くリンクできず、俺は戸惑った。


 俺は、模擬戦も終わったし、疲れたという理由で早々に館の自室に引っ込んだ。


 少し考え事をしたいのと、例の管理者パスワードという部分を調べたいというのもあったからだ。


 ベッドにゴロンと転がりつつ、ステータス画面のコンフィグを呼び出す。


 管理者パスワードの設定部分をクリックしてみる。

 するとパスワード入力画面になる。


 ドーンヴァースのアカウントのパスワードを入れて見るがエラーが出た。


 やはり住良木幸秀のパスワードじゃなきゃ開かないのだろうか?

 適当に入れて開くとも思えないしなぁ……


 当たりをつけて住良木幸秀関連の情報をパスワードとして入れてみる。


 彼の生年月日はいつだっけ?

 彼の作ったゲームの名前とかか?


 色々入れてみても全く開く気配はない。

 まあ、そんなの当たり前だよな。


 ハァと一つ溜息を吐いてから適当にパスワードを入れた。


「admin」


 目を閉じてもう一つ溜息を吐く。


 ふとナイトテーブルの上の水差しを手に取ろうと目を空けた瞬間、我が目を疑った。


「管理者設定画面」


 そんな文字が目に飛び込んできたからだ。


「はあ? 『admin』なのかよ! どんなセキュリティ感覚だよ! 住良木幸秀!!」


 普通、こんなパスワードはありえない。

 どこのルータの初期設定だよ。


 俺は管理者設定画面とやらを調べてみる。


 基本的にはパスワードの変更や自分のアカウントの設定などだが、いくつかフォルダなどもあり、中には個人ファイルがいくつか登録されていた。


 ゲームのアイデアや世界設定などが書き込まれたファイルが殆どだが、その中に「オールラウンダー」についてと「スピリット・トランスファー・プログラム」なるものの仕様、それと「遺言」という気になるファイルがあった。


 それらを詳しく調べてみると、住良木幸秀の計画が見えてきた。


 彼は子供の頃からティエルローゼの夢を見ていたらしい。

 ティエルローゼは彼が夢見る理想の世界だった。

 そんな理想世界を実現させるために彼はゲームを作り始めた。


 ドーンヴァースを作ったのは、まさにティエルローゼを旅するためだったようだ。


 彼はドーンヴァースというゲームの中に、自分の霊を閉じ込め、ずっとドーンヴァースの中で生きていけるように計画を立て始めた。


 それが「スピリット・トランスファー・プログラム」だ。

 彼は、ゲーム内のAIに、自分の脳波から抽出したデータを転写複製するプログラムを混入させた。


 調べてみると、この管理画面からそのプログラムの実行と停止が行えるようだった。


 俺はすぐさま停止のボタンをクリックした。


 このプログラムの所為で俺を含めたプレイヤーがティエルローゼに転生させられてきたんじゃないかと思ったからだ。


 これ以上、事情も知らないヤツが命を奪われ、ティエルローゼに送られてくるのも困るからな!


 ちなみに、オールラウンダーについてだが、彼がドーンヴァース内に人格を転写した後に自分のキャラクターで使おうと思って用意した特別なユニーク・スキルだったようだ。


 確かにドーンヴァースを遊び尽くすにはスキル制限は問題があるもんな。

 通常ならパーティなどを組んで、複数のプレイヤーたちで冒険を共有するものだからね。


 つまり、住良木幸秀はソロ・プレイするつもりだったみたいだな。

 確かにこんなチート級のユニークはソロ・プレイでもするつもりがなければ必要なかっただろう。


 ゲーム制作者の思惑は解った。

 だが、なんでティエルローゼに転生なんて事になったんだ?


 この仕様書通りならば、ドーンヴァース内に魂を持ったNPCができるはずだろう?


 現実は転送された魂はティエルローゼにやってきている。

 それもドーンヴァースのキャラクターと同じ仕様でだ。


 何かバグがプログラムにあったんじゃないだろうか?


 俺は添付されていたソースコードを調べてみた。


 三〇分ほどあっちこっち見てみたが、サッパリわかりません。

 俺は簡単なプログラムしか解らないんだよね。


 ここまで複雑なコードは何が何やら……


 流石に飽きてきて俺はベッドの上で目を閉じた。


 解らねえもんは仕方がない。

 転送プログラムは止めたんだし、もう俺たち転生者みたいな犠牲者はもう出なくなるはず。


 そこだけは不幸中の幸いですかな。

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