第25章 ── 第17話

 工房前広場の両端に俺とアイゼンは立った。

 左右の壁には俺の仲間たちや古代竜、まだ神界に帰っていない神々たちが陣取っている。


「戦闘の神とケントの対決か。ハリス、どちらが勝つと思う?」


 トリシアの問いにハリスは肩を竦める。


 ま、神と人間じゃ普通、神が勝つしな。


「何を言っておるトリシア。ケントが負けるわけないのじゃ」

「私もそう思いたいがな、相手は神だぞ? それも戦のな」

「ま、今のケントならいい勝負するんじゃねぇかな」


 いつの間にか降臨して来てるアースラが腕を組んでニヤリと笑う。


 さてと、期待している奴らもいることだし、神相手にどこまでやれるか試してみるか。

 以前、アースラと訓練した時は圧倒的な差を感じさせられたが、俺だっていつまでも弱いままじゃないからな。


 アイゼンを見ると余裕綽々といった感じで、アルテルに投げキッスなどを放っていたりする。


 緊張らしい緊張はしてないようだね。

 俺も場数を踏んできたからか、それほど緊張はしていないけど、アイゼンが侮れない相手なのは肌に感じている。


「準備はいいようだな、アイゼン」

「ああ。ケント、いつでも来い。一撃目はお前に譲ってやろう」


 そいつはどうも……ならば一撃で仕留めてやるかね。


 俺は剣の柄に手を掛けて前傾姿勢になる。

 そして、渾身のちからを脚に溜め込んだ。


 相手は腐っても戦の神だ。長期戦に持ち込まれたら技の引き出しの数で負ける可能性が高い。

 ならば短期決戦がいい。


「せーのっ!」


──ドン!


 いっきに脚の力を開放する。


 ヌメッとした大気を掻き分けつつ突き進む。


 剣はまだ抜かない。

 交差する一瞬が勝負だ!


 ぐんぐんとアイゼンが近づいてくるが、アイゼンの顔には薄ら笑いが浮かんだままだ。


「秘剣……無刃斬!」


 すれ違いざま、キラリと三本の剣閃がアイゼンを襲った。


──ギンギンギン!!


 強烈な金属音と共に無数の火花が散る。


「見え見えだろが!」


 ヒャッハーという声と同時に俺の背中に焼け火箸を押し当てられたような痛みが走る。

 俺は慌てて振り返りつつ足を踏ん張る。


 ズザザッと足が滑り、俺のスピードが落ちる。

 そして油断なく剣を構えた。


 ヌルッとした感覚を背中に感じる。


 ニヤニヤした俺をバカにするような表情だったはずのアイゼンの目は油断なく鋭くなっている。

 唇の片方だけが少し上がっていた。


 やられた……

 ヤツは油断している風を装っていただけだ。


 いや、これは俺の油断だ。

 レベル一〇〇になって少し驕っていた……


 神と言えど相手もレベル一〇〇だし、それほどの差はないと考えていたが、それは間違いだ。

 俺は確かにレベル一〇〇だが、アイゼンとは場数が違う。

 人魔大戦を経験しているアイゼンが、そこらのモンスターなどと同じわけがない。


 天下分け目の決戦だった大戦の経験はステータスや数値に現れるようなものじゃないのだろう。


 そして俺はアイゼンに隙を見せた。

 切られて当然だな。


 態勢を整えつつ、アイゼンの左へと回る。


「なんだ? もう終わりか?

 なら、こちらの番だな!!」


 アイゼンは一瞬で俺の前まで移動してくる。


 うおっ!


 俺は慌てて剣を構え直す。


 しかし、その構えの隙間からアイゼンの剣先が攻め込んでくる。


 よっ! はっ! とっ!


 余裕があるわけじゃないが、パリースキルがあるからかそれほど切羽詰まった感じじゃないな。

 。


 五分ほど攻防を続けていると、アイゼンの目が座って来た。


──シュパッ!


 思わぬ方向から剣閃が襲ってきた。


 うぉ! なんでコッチから!?


 よく見ればアイゼンの左手にはもう一本の剣がっ!


 アイゼンって二刀流なんかよ……やばい。


 今まではパリーだけで済んだが、スウェーやバックステップを織り交ぜなければ回避が難しくなってきた。


 ぐぬぬ。負けたくねぇ……


 通常の剣士は片手剣での戦闘が基本だ。

 といっても完全な片手専門というわけではない。


 バスタード・ソードやツーハンデッド・ソードなども普通に使える。


 ドーンヴァースのシステムで説明すると、片手剣を両手で使うとプラス10のダメージ・ボーナス、プラス5の命中ボーナスを受けられる。

 反対に、両手剣を片手で使う場合、マイナス5ダメージ・ペナルティ、マイナス10命中ペナルティを受ける。


 だが、魔法剣士である俺は別だ。

 魔法を使うために左腕を完全にフリーにしておかないといけない。


 よって両手剣は基本的に使えない。

 ペナルティを覚悟すれば使えないことはないが。


 なので、鍔迫り合いなどは非常に不利だ。

 片手と両手でやったら、まあ俺が負けるわな。


 ちなみに、俺は本気を出していない。

 いや、本気は本気なのだが、スキルの使用に制限を掛けている。

 俺の攻撃スキルは一撃必殺過ぎて、使ったが最後アイゼンを殺しかねない。

 せっかく作ってやった身体を破壊しちゃったら材料が無駄になるからだ。


 スキル制限、おまけに盾もないのに二本の剣を相手にしなきゃならんのだから大変だ。


 このままではジリ貧だと焦り始めた時、俺は自分のアホさ加減に気づく。


攻性防壁球ガードスフィア!」


 俺の掛け声に背中の球が飛び出した。

 四つの球は、左腕に盾のようにクルクルと回る。


 アイゼンは突然飛び出てきた攻性防壁球ガードスフィアに警戒し、距離を取る。


「珍しいモノもってんな」

「ああ、ヘパさんとマストールの合作装備だ」


 俺は剣をもう一度構え直す。


 アイゼンは強い。

 アースラとはまた別の意味で華麗な戦い方と言っていいだろう。

 戦の神なのは伊達じゃない。


 ならば、俺も性根を据えて掛かるか。

 まずは呼吸を整えよう。


「魔刃剣!」


 俺は魔刃剣を連発してアイゼンを牽制する。

 だが、アイゼンは魔刃剣を悠々と躱して踏み込んでくる。


 くそっ! ならば!


 俺は剣先を閃かせた。


「ムッ!」


 アイゼンの踏み込みが止まった。


 その場で剣を結ぶ。


──ギンギンガキン!!


「な、なんだ? 突然剣筋が変わったな!」

「いや……まあ、そうかもな!」


 俺は極力大振りを避けつつ、剣先を使うように戦い出しただけだ。


 これはあるアニメの剣豪が使ってた技を参考にしてみた。


 その剣豪はよくある豪の剣というわけじゃなく、剣の妙技というか軽妙な剣を使う。

 パッと見た感じ豪快じゃないから人気キャラじゃなかったし、逆に姑息キャラ的に扱われていた。


 片手剣しか使えない俺には合ってる剣術かと思ってやってみたわけ。

 殊の外、悪くない。


 アイゼンの額に汗が滲み始めている。


「仕方ねぇ……ここまで剣を使える奴だとは思わなかったぜ」

「そりゃどうも」


 剣を結びながら、途切れ途切れに言葉をかわす。


「これじゃ埒が明かないな。奥の手を使わせてもらう!」


 アイゼンが大きくバック・ステップした。


「ふんぬ!」


 アイゼンが両の手を広げて身体を強張らせた。


「うぐぐぐ! うぉぉぉおおぉ!」


 アイゼンが某有名超宇宙人よろしく力んでいるこの場面は、どうみても隙だらけだ。


 本当だったらこの隙に攻撃してもいいんだが、ここは特撮ヒーロー的お約束だ。

 なんらかの変化が完了するまで攻撃ができないのだ。

 これはオタクとしての矜持といえよう。


 唸るアイゼンを見守っていると、両脇腹あたりがゴポッと膨らんだかと思ったら二本の腕が生えてきた。


 うわー! 四本腕!?


 どっかのアニメで見た! うん! 見たことある!

 何だっけ? 甘栗みたいな名前の?

 あれ? タコ剣術だったっけ?


 まあいいや。


 猛烈なアイゼンの四連撃。


 さっきまでのアイゼンとは全く違う。


 そりゃそうだ。剣を二本の手で操ってるんだからな。

 さっき説明した通りだ。


 攻性防壁球ガードスフィアを四つ合わせて防御しているが、アイゼンの攻撃力はその防壁を突破しそうな程の苛烈さだ。

 そして、攻撃速度もどんどん上がっていく。


 その時だった。

 俺の脳内でパキンと何かが鳴った。

 いつもの音とは違う何かが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る