第25章 ── 第15話

 アルテルは可笑しげに腹を抱えて身を震わせている。


「随分とウブなんだ。人妻の接吻に慌てちゃって!」


 なんか笑いものにされてるようで、少しイラッとする。


「あ、怒らせっちゃった? ごめんね。

 でもお礼は本当だよ?」

「お礼されるような事はしてないんだが?」

「旦那の浮気を教えてくれたじゃない?」


 旦那の浮気……

 神の不義ってーとアイゼン関係だな。


 そうか。アルテルはアイゼンの奥さんだっけ?


 俺が「ふむ」と納得顔になると、アルテルは笑いを抑えて少し真面目な顔になった。


「神々が人間の女性に手を出して良い時代だったのは遥か昔。

 今は下界への干渉に当たるから、本当ならご法度なんだよ。

 あの地域の監視が自分なのを良いことに掟に触れたアイゼンの情報には、神界も助かった。

 あいつの妻として君にはお礼をしておきたかったんだ。

 お陰で、旦那は謹慎程度で済んだからね」


 そりゃ良かったね。

 ま、浮気性の旦那を持つと奥さんは大変ですな。


 そういや、アイゼンには何人か人奥さんがいるんだっけ?


「第一夫人だったっけ?」

「そう。私がアイゼンの最初の妻。

 五人も妻を娶る好色男だなんて思わなかったよ」


 アルテルが右手で拳を作ってギリギリと歯を鳴らす。


 五人もか……


「随分と甲斐性があるんだなぁ……」


 前に帝国での隠し子問題が起きた時に念話してきたアイゼンを思い出す。


 奥さん五人の他に隠し子……

 男としてはクズだな。


 さすがに苦笑が漏れる。


 ティエルローゼは一夫多妻は認められているし、地域によってはその逆もあるらしい。

 さっきの話からして、同性婚すら認められてそうだしな。


 しかし、やはり結婚相手が他の女に色目を使うのは、女として微妙にイラつくのだろう。


「まだまだ増えそうだね」

「これ以上増えたら堪らないよ! だから今はラーシャと共闘戦線を張っているんだ!」


 おお、奥さん同士で!

 奥さん同士で仲がいいのは旦那的には助かるだろうね!

 いや、共闘されて浮気できないのでアイゼン的には迷惑なのか?


「ま、深くは関わらないようにしよう。

 で、お礼の内容は? 加護的なモノが俺の身に宿ったって事なんだよな?

 どんな効果が?」


 実は、話を聞きながらステータスを確認してみたんだが「アルテルの御印」って称号が増えてただけで、ステータスが爆上がりしているわけでも、ユニークが増えたわけでもないんだよね。


「ああ、あれは何か困ったことがあったら、私の名前を呼べばいいよ」

「呼ぶとどうなるんだ?」

「私が助けに現れる!」


 それ、ただ降臨するだけじゃん……


 俺がジト目で見ていると、アルテルが慌てる。


「あ、私が直接来るんじゃないよ!? 思念体! 思念体を送り込むんだよ!」


 おお、神は分身の術みたいな事ができるのか?

 でも、思念体か……ハリス並に分身を出せるのかねぇ?



 アルテルは身体に満足したようで、ウルドたちの模擬戦を見に行くと研究室を出ていった。


 神々とこんなやりとりを続けるのかと思うとウンザリするな。


 んじゃ、四体目の素体の準備を……

 ん? 四体目って誰だ?


 念話スイッチオン!


「おい、アースラ!」

「ん? 何だ?」

「四人目はどの神だ? 全然続報が入ってきてねぇぞ!?」

「あー、すまん。四人目だな……まだ決まってない」


 アースラがそう言った時、アースラの声の向こうから「ウォオオオォォォ!」という甲高い雄叫びのようなモノが小さく聞こえてきた。


「お、四人目が決まったらしいぞ」


 アースラ! 他人事じゃねえぞ! お前ら神々の事だろうがよ!


「で、四人目は誰だよ!」

「マリオンだ」

「おお、マリオンか」


 さっきの雄叫びはマリオンか。

 神々の中でアースラの次に良く遭遇する神がマリオンだからなぁ。


「よし、じゃ準備に入るとするか。夢に出てきたマリオンの姿でいいのかな?」

「おーい、マリオン! 身体の仕様書はできてんのか?」


 アースラはマリオンに話しかけているらしい。


 アースラの声の向こうから「ちょい胸! 胸をちょい大きく!」というのが聞こえてきた。


 早速、身体のイメージ映像が送り込まれてきた。

 確かに夢で見た部活少女そっくりの映像だった。

 聞こえてきた声の通りに胸の大きさが二カプほど大きい映像だったがな。


 ま、神がそうして欲しいんだから、要望は叶えてやろうかね。

 俺も大きい方が好きだしな。


 などとモデル・データを入力していると、製造ラインの方からアラクネイアがやってきた。


「主様、さっき入力されたデータですが、胸を少し小さくしないと難しいです」

「え? どういう事? モデルデータ通りに作ると不具合出るの?」

「はい。肉体の生成において、成長過程データの作成が重要になります」


 その後、生物学的な難しい説明をされた。

 あまり理解できなかったが、入力したデータでは成長過程に不備があるという事らしい。


 アラクネイアは今、製造ライン側の端末で入力データの査定や調整をしている。

 そして製造ラインで神輝石やカルシウムなどの物質から神の骨格フレームを作ってもらっている。


「了解した。じゃ、このくらいでどうだ?」


 一カプ分だけ胸を減らしてみる。


 アラクネイアが目を細めてジッとモデル・データをチェックする。


「このくらいなら、誤差の範囲ですね。大丈夫そうです」


 俺はホッと胸をなでおろす。

 顧客の要望通りにできないのは作り手としては不満が残るな。

 もちろん顧客側も不満に思うだろう。


 作る前にマリオンに報告しておくか。


 念話リストからマリオンを選択する。


「ケント! 早く作るっす!」

「あ、いや。送ってもらった映像だが、製造段階で問題があるようだぞ」

「なんで!?」

「なんでと言われてもな。胸が大きすぎるらしいぞ?

 要望通りには作れない。少し小さくなるがいいか?」


 マリオンが声にならない悲鳴を上げているのが感じ取れた。


「お、落ち着け!」

「落ち着いてられないっす!

 いっつも兄貴に奥さんと比べられるっす!

 少しくらい大きくなりたいんす!」


 血の涙を流すマリオンが脳裏に浮かぶ。


 うーむ。

 確かに夢で見たマリオンの胸はアルテルより小さかったな。

 中学生くらいにしか見えなかったし。


 でも、修正したモデルデータなら、アルテルより少し小さいくらいまで大きく出来たと思う。


「いや、少しは大きく出来そうだよ。

 要望よりは小さいが……」

「うぐぅ……」

「神の肉体は成長しないのか?

 作った後に成長すれば、もっと大きくなるんじゃないか?」

「成長なんかしないっす!

 作られた時の姿のままなんすから!」


 それはそれで可愛そうですな。

 創造神の匙加減一つですからな。


「どうだ? もう少し成長させたくらいの身体にしてみては?」


 マリオンは見た目が一三~一五歳くらいだと思う。

 これを一五~一七歳くらいで作れば、もう少し胸を大きくできるんではないかな。


「でも……

 創造神さまが作って下さった身体を……

 そこまで改変していいんすかね?」

「別にいいんじゃね?

 今、その創造神は姿を隠して出てこないじゃんか。

 それに、自分が作った子供が成長してたら親としては嬉しいんじゃないかな?」

「そんなものっすか?」

「いや、俺は判らんけど……」

「そこ! ハッキリして欲しいっす!」

「うーむ。マズかったら、作り直せばいいじゃんか」


 ま、不要になった身体を処理するのが、死体遺棄みたいで気分悪そうですが。


「じゃ、それで」

「相変わらず随分軽いな、部活少女よ」

「部活少女じゃないっす! 女神っすよ!」

「あー、はいはい」


 俺はモデル・データを修正する。


 こー、ちょいちょいと……

 よし、こうすれば、それなりの胸の大きさでも問題はないだろう。

 この年頃の身体なら、ちょっとグラマラスな女子高生チックな体型にできる。


 ただ、戦闘の女神だけあって引き締まった体つきだから、ボンキュッボンという感じにはならない。

 非常に均整の取れたスポーツ少女といった感じになる。


 なので、胸の大きさはDより少し大きいくらいだ。Fまでは行かないけど。

 それでもアルテルよりは大きいぞ。


「おー、いいっすね! それで! それで行くっすよ!」


 念話を繋いだままなので、俺が脳内で想像している身体の映像が伝わっているらしい。


 アラクネイアを見上げると「問題なさそうです」と耳打ちしてくれた。


 という事で、マリオンのモデル・データの決定稿をデータ・ベースへと送る。

 アラクネイアは製造ラインへと戻っていった。


 よし、これで四号機の試験ができるぞ。


 すぐにフィルとテレジアが骨格フレームを運んできたので、四号機へとセットして培養液を注入。


「では、製造開始!」


 スイッチを押すと培養液が泡立ち始める。


 これでマリオンの身体もちゃんとできるだろう。

 もちろん、培養過程は監視しなきゃだけどね。

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