第25章 ── 第14話
研究所の机で早速、ハルト・エッシェンバール侯爵への手紙を書く。
少し遅れたが、まだ問題が起こるほどではないだろう。
俺は書き上げた手紙を
チラリと培養槽を見れば、まだナータの肉体は出来上がっていない。
「ちょっと席を外すよ。すぐに戻る」
培養槽をジッと観察しているテレジアとフィルにそう声を掛けたが、何の反応もなかった。
横に静かに控えているフロルがお辞儀をしたので、俺は転送室へと向かった。
転送室から執務室へと移動し、部屋の呼び鈴を鳴らすと、すぐにリヒャルトさんが現れる。
「お呼びでございますか、旦那様」
「ああ、この手紙を早急にエマードソン商会に届けてもらいたいんだ」
ズイと執務机の上に手紙を滑らせる。
リヒャルトは手紙を素早く受け取ると、上着の内ポケットに仕舞い込んだ。
「トリエンのエマードソン商会でよろしいですか?」
「問題ない。商会の支部長がどう判断するかは解らないけど、トリエン領主から、モーリシャス領主への手紙だし、すぐに届けようと思うはずだよ」
リヒャルトがお辞儀をして執務室を出ていった。
よし、これでモーリシャスの領主に義理は果たしたな。
以前、エマードソン伯爵に暗殺未遂犯の名前を教えてもらった恩もあるし、借りは返せたと思う。
何せ、少なからず麻薬のドーガがモーリシャスに運び込まれているという情報だしな。
一仕事終えたので工房へと戻る。
研究室に入ると、非常に美しいグラマラスな女性がちょうど布で身体を隠すところだった。
むむ! 惜しい! あと二秒早ければ!!
「ケント殿ですね」
爽やかな美人の微笑みにクラリと来る。
「ああ、ナータさんですよね。リアルでは初めまして」
「リアル……? ええ、初めまして」
つい、ネットのオフ会で初めて会った人と話す風に挨拶してしまった。
「身体の具合はいかがですか?」
クリクリと腕や足首などを動かしつつ女神ナータは自分の身体を見下ろしている。
「少し胸が大きくなったような……」
「すみません! ほんの出来心です!」
ちょっと大きくしただけなのだが、気づかれて俺は土下座してしまう。
「まあ……」
ナータは驚いたような声を上げたが、表情は爽やかな笑顔のままだ。
「殿方のイタズラですね。本当に殿方には困ったものです」
チラリと顔を上げてナータの様子を窺ったが、胸をポムポムと下から弾ませて具合を確かめていて別に困った風には見えない。
「以前と少々平衡度合いが変わりますけど、問題なさそうですね」
この人も戦闘系に属する守護の神だけあって、戦闘時におけるバランス感覚とかを重要視しているっぽい。
「ケント殿、お立ち下さい」
ナータが手を差し伸べて促してきたので、俺はその手を取って立ち上がろうとした。
瞬間、グイと腕を引っ張られ、そして足を掛けられた。
俺の身体は綺麗にポーンと宙を舞う。
あまりにも綺麗に投げられたので、俺はクルリと空中で回転してから、スタッと華麗に着地した。
「中々いいようです。ありがとう」
ニッコリとナータが笑った。
やっぱりこいつも脳筋か。
「今、工房の玄関の外でウルドとベヒモスが模擬戦をしています。
どうです、彼らと一緒に身体を動かしてみては?」
俺がそういうと、ナータは爽やかな笑顔をさらに輝かせる。
「良いですね。久しぶりの肉体です」
美人なのに残念だ。やはり戦闘がお好きらしい。
ナータは何もない空間に手を突っ込んだ。
勝手に空間に亀裂が入り、手はそこに吸い込まれた。
うわー……何だあれ?
ナータが突っ込んだ手を亀裂から引き出すと、大きな盾が亀裂から現れた。
おお、盾の神器か!
そのタワーシールドの内側には幾本もの小剣が備え付けられている。
全てが虹色に輝いているので、ヘパさんの手による武具かもしれない。
「では、行ってまいります」
ナータはそういうと案内もしてないのに正確に正面玄関の方へ続く扉にある行っていった。
神界から神々が工房の中を覗きこんでいる映像が脳裏に浮かぶ。
なるほど、全ての神がしっかり見ていると考えた方が良さそうだな。
「よし、次だな。アルテルだったっけ……」
俺がそう呟くと、ナータの時のように女性のイメージが、無理やり押し込まれるように脳裏に浮かぶ。
俺は苦笑が漏れてしまう。
待ちきれないって感じだな。
脳裏に送り込まれたイメージは、ファルエンケールの女王を思わせる美女だ。
女神は美女が多いなぁ……
早速、培養槽三号機に素体のパラメータを正確に入力する。
さっきのようにモデル・データにイタズラしないようにしておこう。
怒られたら困るしね。
アルテルの身体はほっそりしていて、それほどグラマラスではない。
どちらかというとエルフの体系に近い。
それでも胸はトリシアくらいはあるね。
狩猟の女神というだけあって、非常に素早そうな感じだ。
全ての準備が整ったので、培養槽第三号のスイッチを入れる。
さっきのように泡が立ち、どんどん肉体が培養されていく。
俺は念話をオンにしてトリシアに連絡を入れる。
「ん、ケントか?」
「ああ。今、アルテルの肉体を作っている」
「お……! や……! うぉーーー!」
念話の向こうからトリシアの言葉にならない叫び声のようなものが聞こえてきた。
「肉体が出来上がったら、直ぐに降臨してくると思う。
どうする? トリエンに戻るか?」
トリシアは、少し逡巡するように沈黙した。
「アルテルさまにはお会いしたいが……いや。まだ、任務が終わっていない」
「一日くらい大丈夫だと思うけど」
しかし、トリシアは固辞して戻るのは決められた夕方にすると言い張る。
うーむ。責任感が強いですな。さすがトリシア。
二時間後、アルテルの肉体が完成し、培養槽から出したアルテルの肉体を毛布を敷いたベッドへと移した。
テレジアが綺麗に培養液で濡れた肉体を拭いていると、アルテルの目がパチリと開いた。
「う、う~ん♪」
アルテルは身体を起こすと機嫌良さげな声を上げつつ伸びをする。
大きくもなく小さくもない胸がプルリと揺れるのが目に入って、俺は顔を背けた。
「ケント!」
「ぐえ」
スッと音もなく動いたアルテルが俺の後ろから素っ裸で抱きついてきた。
長くほっそりとした腕が俺の首にガッチリと決まる。
俺はアルテルの腕をタップする。
すぐに腕から力が抜けたので何とか息ができるようになった。
「この身体、非常にいいぞ!」
とても嬉しそうな声が聞こえてくるが、顔を上げると素っ裸が目に入ってしまうので俺は下を向いたままだ。
「服を着てくれ……」
そういうと、アルテルは自分の身体を見下ろした。
「おお。済まない。スッポンポンだった」
あははと楽しげに笑うアルテルは、トリシアによく似たイタズラ小僧のようだった。
「よし、もう大丈夫だ」
そう言われたので顔を上げると、緑色に染められたピッチリとした革製の服をきているアルテルが見えた。
「ふむ。まさにエルフだね」
俺がそういうと、アルテルは首を振った。
「いや、エルフが私に似ているんだよ」
まあ、そうだよな。自分に似せてエルフを作ったんだろうからね。
「そうそう。ケントにはお礼を言いたかったんだよ」
「ん? 女神にお礼を言われるようなことをしたかな?」
俺が首を傾げると、アルテルがニッコリと笑った。
「ほら、ニンフたちの事だよ」
ニンフ? どっちの? 海の? 沼の?
俺はさらに首を傾げた。
「まずは沼のニンフの事。そして西の海のニンフの事も」
「西のニンフは助けたというより、こっぴどくぶっ飛ばした感じだったような?」
「そうだね。でも、彼女らは人間と無用の争いをしていたからね。私は争いはあまり好きじゃないんだ」
ほう。狩猟の女神も戦闘系の神だと思うが、そういう性格なのか。
「ん? あれ? ニンフもアルテルが作ったの? 水の女神の眷属じゃなかったっけ?」
俺はふと疑問に思ったので聞いてみると、アルテルは笑いながら頷いた。
「そうなんだけど、水の神は私が作ったエルフを真似たいって言ったんだよ。
だから、彼女らは私と水の女神の子供たちなんだよ」
なるほど……二人の神の子供ってことか。
「水の女神? 女同士で子供が作れるのか……?」
アルテルはイタズラっぽく「ふふふ」と笑った。
「そうだよ。神はあまり性別は問題じゃないんだよ」
へぇ! そりゃトランス・ジェンダーに優しい世界だな!
「それと、ケント。もう一つお礼」
そういうと、アルテルは俺の右頬にチュッとキスをした。
「ななな。何をする!」
「あれ? 嫌だった? 女神の口づけを受けた君には、特別の能力が与えられるんだけど」
一体今度はどんなチート能力が与えられたのだろうか。
と、いうか「もう一つお礼」ってどういう意味?
俺が混乱して目を白黒させていると、アルテルがプーッと盛大に吹き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます