第25章 ── 第13話

 俺は呪文に手を加えてから次元隔離障壁ディメンジョナル・アイソレーション・バリアを広間全体に掛ける。


「よし、絶対障壁でこの空間を囲んだよ」


 ベヒモスが興味深げに障壁面をゴンゴンと叩いている。


「絶対障壁か。本当に壊れないのか?」

「ああ、多分ね」


 俺の答えを聞き終わりもしないのに、ベヒモスが渾身の右ストレートを障壁にお見舞いした。


 周囲に猛烈な衝撃波が発生し、俺とレイ、ウルドが吹き飛ばされる。


「うわぁ!?」

「うほぉ! これは良い!」


 俺は驚きの声を上げたが、ウルドは何故か嬉しげだ。


 俺はくるりと空中で回転して地面に着地する。

 ウルドも似たように華麗な着地を決める。

 レイは、転倒したまま地面を滑っていった。


「ふむ、壊れないな」


 ベヒモスは満足げに言う。


「突然やるなよ! ビックリするだろ!」


 俺が少し不機嫌に言うと、ベヒモスがニカッと笑う。


「ケントは既に人間の範疇ではなかろう。この程度は何の問題もあるまい?」

「確かにな。アレを受けて無傷の人類種などおらぬ」


 俺が何の被害も受けていないのを確かめると、ウルドまでニヤリと笑いやがった。


 まあ、確かに無傷だけどさ……

 俺、もう人間やめちゃった?


 いや、レベルがカンストしたからだよ!

 うん、そうに違いない!!


 レベル一〇〇の人間なら誰でも平気だろう。

 アレを直接当てられたら別だろうけどね。


 ベヒモスに殴られた障壁に目をやる。


 その部分は波紋が広がるような干渉光が発生しているものの、直ぐに元の状態に戻った。


 さすが絶対障壁だ。

 俺が全力で破ろうとしても不可能に近いからな。


 もっとも、あの空間を破って移動するベヒモスの技ならこの障壁内から普通に出られるんだろうけどな……


 俺としては次元隔離障壁ディメンジョナル・アイソレーション・バリアの欠点を気付かされて少々苦い思いだ。


 障壁が力のある者には無力だとすると、神話級の敵が現れた場合に使い物にならないだろう。

 改良するにしても、あの技のメカニズムがサッパリ判らんので、対処方法を思いつかない。


 ま、そうそう神話級の敵など現れないだろうから、当面は大丈夫だけどね。


「ケントもどうだ!?」


 準備万端のウルドがウキウキ顔で言う。


「いや、俺は忙しいから無理。

 次の神さま……ナータだっけ? 彼女の身体作りをしなきゃならん」

「テレジアに任せておけば問題なかろう」


 ベヒモスも俺と戦ってみたいらしい……

 全力でお断りする!

 破壊の権化と模擬戦するほど酔狂じゃねぇよ!


「あと四回分は培養を見守らなきゃならんのよ」

「四回? 何故だ?」


 ウルドが首をかしげる。


 美少年に作ってやっただけあって、お姉さんにモテそうな可愛らしさだな。戦闘系のバリバリ脳筋神様なのにな。


「俺が作った新型培養槽は五つあるんだよ。

 ウルド、君に使ったのが一号機。

 五号機分の培養実験を監督しとかなきゃ、何らかの欠陥があった時に対処できない。

 解るか?」


 五台作ったのに、一人ずつ培養している理由がコレね。

 一度に使って、複数の不具合が同時発生したら困る。

 材料もタダじゃねぇんだよ。


 特に、今回神輝石なる物質を手に入れるために、派遣している仲間たちには、 金で解決できる場合に使えるように金貨で一〇万枚ずつ渡してある。

 なので培養の失敗で材料を無駄にしたくないのだ。


 骨の芯に使っている神輝石は、培養槽に入れて受肉する時に、骨と融合し、その後全身の肉体に神輝石の不思議パワーが肉体に行き渡るらしい事が、データベース内のシミュレーション実験で判明している。


 一度培養を始めてしまったら、途中で装置を止めたら培養失敗となる。


 装置を動かしつつ、作動に不具合が出たら、動かしつつ修理する!

 その為には、魔法道具の魔力操作に慣れた俺が現場にいた方が良いわけだよ。


「んじゃ、ごゆっくり。

 あ、くれぐれもゴーレムのレイを壊さないでくれよ?

 作成時の設計図も仕様書もないから、直し方わかんねぇし」

「うむ。ワシは手加減がは苦手なのだが、肝に銘じておこう」


 立ち去り際にベヒモスが背後から掛けてきた言葉に不安を覚えつつも、実験室に戻る。


 実験室ではテレジアとフィルが培養液の準備を完了していた。


「あ、もうできた?」

「もちろんです、領主閣下」

「もう、二度目だからな。既に三体目も準備も進めている」


 テレジアが顎でしゃくった先は、シャーリーが作った方の培養槽だ。

 フロルを作ったり、大量の魔法薬を作る時に使っているヤツだが、今回の神々の身体を作る作業には使えない。


 俺が設計した魔導回路を増設できる構造じゃないからね。

 だから、培養液の作成に活用しているんだよ。


 さて、ナータの身体は俺好みのグラマラス・ボディなので、ウキウキでパラメータの最終調整に入る。


 この調整は、送信してくれたイメージを少しいじったヤツだ。俺好みにな。


「んじゃ、スイッチ・オン!」


 培養槽の魔導回路に魔力が注ぎ込まれ、培養液の下からゴボゴボと泡が立つ。


 中に入れた骨格に筋肉などの生成が始まる。


 時間調整回路は問題なく作動中。他の動作パラメータに異常なし。

 培養は順調だ。


 培養動作中は普通に暇だ。


 次の培養の準備を始めようかと思ったが、テレジアとフィルが頑張っている。


 次の骨格の用意を……こっちも無駄か。


 教えてもいないのにアリーゼが、手際よく準備を開始している。


 リペアラーといえど、手際が良すぎねぇか?


 気になってアリーゼのステータスを確認して、俺は頭を抱えた。


 俺の周りは非常識なヤツが多すぎる!


 アリーゼの職業が「研究助手」に変わっていた。


 通常、ドーンヴァースでは一度選んだクラスの変更は。同系統の上級クラスへのクラス・チェンジ以外にはできない。

 別のクラスをプレイするには、新しいキャラを作るか、高額な課金をするしかない。

 一万円もするジョブ・チェンジ課金にはペナルティも存在し、経験値をごっそりと持っていかれてしまうのだ。


 なのに、アリーゼは以前と同じレベルのまま、別の職業へと変わっている。


 非常識すぎるだろ。

 いや、ティエルローゼでは普通にできることなのかも?


 現実世界では、全く違う業種に転職することも可能だし、経験不足で仕事や作業を失敗することもあるけど経験値ペナルティはない。


 もしかすると、そういう事なのかもしれない。

 彼女は魔法道具の発掘者だったし、魔法道具の研究自体は趣味でやってた。

 なので、この工房で研究などの助手をしはじめたから、そっちがメイン・クラスとして表示され始めたって事かもしれない。


 しかし、それなら表示はハリスみたいになるんじゃないか?

 ハリスはマルチ・クラスとして、今でも野伏レンジャーと忍者のレベルに半分ずつ経験値が入っている。


 同じ現象とは思えないんだよなぁ……

 ま、ここはティエルローゼだし、ドーンヴァースでは考えられない事象が起きても不思議ではないんだけどさ。


 ちょっとやることもないので、インベントリ・バッグ内の整理でもやるか。


 インベントリ・バッグを開き、ショートカット登録画面も呼び出す。


 「食材」フォルダ、「クラフト素材」フォルダ、「武器」フォルダ、「防具」フォルダなどを順次呼び出し、「その他」フォルダに入った雑多なアイテムを振り分けていく。


 ん? あ、これ全く調べてなかったなぁ……


 フォルダ内にあるアイコンをクリックし、アイテムのダイアログを開いた。


『レイス・ブラームスの日記

 レイス・ブラームスがシャーリー・エイジェルステッドの事を研究して、情報を書き溜めた研究日誌』


『モーリス・ブラームス侯爵の日記

 ブラームス侯爵家の当主モーリスの日記』


 レイスねぇ……ブラームス侯爵って誰だよ。


 表示されているフレーバー・テキストを読んでも意味がわからない。


 俺はレイス・ブラームスの日記の最後のページを開いて読んで見る。




──創世二八七一年、アミエルの月、六日


 とうとう見つけた!

 やはり曾祖父さんの日記に嘘はなかった!

 あのエイジェルステッドの研究室は霊廟の下にある!


 まさか霊廟の裏側に秘密の入り口があるとは思っていなかったな。


 モーリシャスの情報屋め、霊廟の前のどれかの墓から地下に行けるなんて嘘をいいやがって……

 曾祖父さんの日記にもそんな事は書いてなかったし。


 秘密の入り口の中にはシャーリー・エイジェルステッドの石棺があったが、あれが怪しい。明日にでももっと詳しく調べてみなければ。



 なるほど。

 死んでた墓泥棒は、シャーリーの工房を探していたわけか。


 ということはブラームス侯爵とやらはシャーリー暗殺事件の関係者か。

 よくまあ、一流の冒険者であるトリシアの捜査から逃げおおせたものだねぇ。感心々々。


 んで、ひ孫がその侯爵の日記の情報から、エイジェルステッドの遺産を手に入れようとしたって事だろうけど、レイに関する情報は無かったようだね。


 普通、ゴーレムといったらストーン・ゴーレムとか、ウッド・ゴーレム、強力なモノでもアイアン・ゴーレムくらいのモンだが、ここのゴーレムはオリハルコンだ。

 神話級の存在に通常のティエルローゼ人が太刀打ちできるはずがない。

 ゴーレム支配の指輪リング・オブ・コマンド・ゴーレムでもない限りねぇ。


 俺はインベントリ・バッグから指輪を一つ取り出した。

 シャーリーの隠された引き出しから出てきたヤツだ。


 レイスとやらが、この指輪を盗み出すことが出来てたら、話は別だったんだろうけどな。

 もっとも、あの頃はまだ館もトリエンも前男爵が領主の頃だ。


 とても泥棒には入れなかっただろうけどな。


 暇つぶしにブラームス侯爵の日記を読む。


 ブラームス侯爵家は、七〇年ほど前までモーリシャスを領土とする貴族だったようだ。

 そのブラームス家は、王家と敵対する勢力に所属していたようだ。

 王家の秘事を探る事がブラームス侯爵の仕事だったらしい。


 王家で重鎮のフリをしていたようだが、裏では様々な悪事に手を染めていたようだ。

 嬉々として自分のやった悪事を日記に書き留めているところを見ると、相当な悪だったって事だろうな。


 ま、今はその子孫も死んだようだし問題はあるまい。


 それと、今のモーリシャスの領主は別の貴族になっている。

 東の大貴族エッシェンバール侯爵が、今はモーリシャスの領主だからだ。

 彼の臣下には、あの商人貴族ルイス・エマードソン伯爵がいたりする。


 以前、王城の昼食会でエッシェンバール侯爵には会った事があるが、服装で嫌味を言われたっけ。

 貴族としての身だしなみを整えてからは特に何も言われてないし、悪意も持たれていない印象だったな。


 ブラームス侯爵家と彼が関わっているとも思えないし、今のトリエンはエマードソン商会と良好な関係を築いている。


 あ……忘れてた!


 シュノンスケール法国の工作員がモーリシャスに潜伏してる情報を流してない!


 こりゃ、早急に手紙を書かないとな!

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