第25章 ── 第12話
培養液が抜けると、中からウルドが転げ出てきた。
「ゲホッゲホッ……死ぬかと思った……」
いや、神は死んでも大丈夫だろ。
ま、俺がせっかく作った身体を死なせたら、次は代償を払ってもらうがな。
素体に降臨した神は、あまり人間と変わりないように見える。
もっとも、アースラもヘパさんもヘスティアも普通の人間にしか見えないけどね。
神力が外に漏れないように本人が調整しているんじゃないかと思う。
じゃないと、下界にどんな影響があるか解らないからなぁ。
「培養槽にいる段階で降臨したらそうなるな」
俺は顔を上に向けた。
「いいか、神界の神々ども。こうなりたくなかったら培養槽から出した時に降りてこいよ」
聞こえてるか聞こえてないか判らんが、十中八九下界を覗いていると思うので、多分通じてるだろう。
「で、ウルド。身体の具合はどうだ?」
息が整い始めたウルドに俺は問いかける。
「うむ、悪くない……」
身体のあちこちを動かしているウルドは、ずっと顔がニヤけたままだ。
「何分、四万年ぶりなのでな。どこまで、元の身体と同じように動かせるか解らぬ」
それにしても素っ裸のまま動き回るのは辞めて欲しい。
アリーゼが目のやり場に困って手で目を覆っているじゃないか。
指の間からコッソリ覗いてるのは目を瞑っておく。
「服を着ろ。ここには女の子もいるんだ」
「あ……ああ、そうだな」
ウルドは周囲を見回してから、右手の指をパチンと鳴らした。
途端に白い古代ギリシャの衣装みたいな服が現れた。
うーむ。神界の服はこういう感じなのか?
アースラは普通に冒険者風なのだが。
軍神だからか、黄金の兜みたいなのを付けている。
そういえば、トリエンのウルド神殿の前の像が、似たような兜を付けていたな。
あの像は大人サイズだし、鎧や武器なんかも装備していたけど。
「ケントよ。どこまで使える身体なのか少し試したいのだが、相手しろ」
「はぁ?」
俺は心底呆れた声を上げた。
「却下だ!
他の神の身体も作らなきゃならんのに、お前の相手なんかしてられるか!
俺が言い放つと、ウルドがショボンと身体の年相応の表情で肩を落とした。
「オリハルコン・ゴーレムのレイかベヒモスにでも頼めよ」
ウルドの顔がパッと明るくなる。
「おお、そうか。其方はベヒモスとリヴァイアサンを伴っておったな」
「待て、ここいら一帯をお前の楽しみのために破壊でもしようものなら、神々は俺を敵に回すと思えよ」
ゴゴゴと威圧が乗った俺の視線を受け、ウルドの動きが止まった。
ウルドはダラダラと脂汗を吹き出し、無言でコクコクと頷いた。
「それなら、よし。
レイは工房の外だ。ベヒモスは念話で呼んでおく。
あぁ、始める前に魔法唱えてやるから、声をかけてくれ」
「わ、解った……」
ウルドはフロルに案内されて、研究室を出ていく。
「神を威圧するとは……上から見た以上に凄い存在だな……」
退室直前にウルドの囁きを聞き耳スキルが拾ってくる。
ふむ。レベル一〇〇に達しただけあって、神にも威圧が効くらしい。
最高レベルってすげぇな。
俺は次の素体の準備を始める。
次はナータってヤツだっけ。
「アナベル。ナータってのはどんな神だっけ?」
アナベルは初めてウルドという本物の神を見た為か跪いていた。
「えーと、ナータ神さまは守護の女神さまですね!
男装の女神さまで、すごい勇ましいらしいですよ!」
ふむ。男装の……女神ね……
俺の脳裏にはヅカジェンヌ姿のトリシアが浮かんでしまう。
一応、アースラに念話してナータへの中継を頼む。
「どうも、ケントです」
「初めましてですね、ケント」
守護を司る男装女神と聞いていたのだが、非常に優しげな女性の声に少々緊張する。
「どのような身体がお望みですか?」
俺がそういうと、俺の脳裏に少々ふくよかな美しい女性の映像が浮かんできた。
「こういう感じですの」
「ふむ……」
俺は脳内に浮かんでいる映像を元にパラメータの調整を行う。
ボンキュボンの典型的体系……Fカプですかな?
アナベルには遠く及ばないものの、非常に目の保養になりますな。
「これでよし。二時間程度で出来上がりますので、少々お待ちを」
「待っております」
そう言って念話は切れた。
こういう風にイメージを送信してくれると非常に楽だ。
今後もこうあってほしいものだ。
神々の素体が培養される時間は、おおよそ一時間程度。
準備を入れても二時間に一体だ。
どれほどの神が肉体を失っているのか解らないので、全部作るのに何日掛かるかサッパリ判らんな。
「おい、アースラ」
俺はアースラに念話を繋げる。
「ケントか。今度は何だ?」
「必要な素体は何体だ?」
「そうだな……およそ四〇〇人分だ」
四〇〇か……
人魔大戦時、それだけの神がティエルローゼを守るために身体を失ったわけだ。
命を失った人類種は、その何倍だろうね?
相当大規模な戦争だったのだろう。
神話の時代の出来事だし、正確な記録もない。
混沌側の死傷者も考えれば、この世界最大の戦争だったのは想像に難くない。
本当に戦争というのは非生産的行為だよ。困ったもんだ。
準備を進めているとウルドが完全武装でやってきた。
「ケント、準備ができたぞ」
ラウンド・シールドにグラディウス。
防具は革製のサッシュにグリーブ、ブレス・トプレート、そして真っ赤なマントだ。
映画で見たギリシャのスパルタ兵っぽいですなぁ。
ただ、マントやサッシュ以外はどれも虹色に輝いているので、オリハルコン製の武具だ。
「あ、ちょっと待って」
俺はベヒモスに念話を入れて工房に来るように伝える。
「ほう。ウルド神さまがな。すぐに向かう」
ベヒモスとの念話が切れると、研究室の空間に異変が起きた。
グニッと空間が歪んだかと思うと、亀裂が発生する。
「何だ!?」
その亀裂から腕がニューッと現れる。
そして、ポンとベヒモスの顔が腕の後に突き出てきた。
「よっこらしょ。お待たせ!」
亀裂からベヒモスが這い出てきた。
俺は目の前が真っ暗になり、額に手を当てた。
空間の亀裂は塞がる気配がない。
「この馬鹿者! 空間を割って移動するとは何事か!」
俺が怒り出す前にウルドが顔を真赤にして怒り出す。
「ケントの迷惑も考えよ!」
「いや、直ぐに来いと言われましたので」
激怒するウルドに比べ、ベヒモスは全く悪びれない。
他人が自分以上に怒っていると、かえって冷静になるって本当なんだな。
「全く! 面倒を掛けよって!」
ウルドが割れた空間に手を当てると、その手は仄かに光る。
すると直ぐに亀裂が小さくなっていく。
おお、すげぇ。さすがは神だな。
壊れた時空間を修復できるんだねぇ。
ふむ……
このベヒモスの空間を破る能力と、ウルドの破壊された時空間を修復する能力があれば、
問題は、このメカニズムが全く解明できてないことだな。
魔法で再現するにせよ、メカニズムが判らんとなぁ……
後で二人に聞いてみるか。
「ウルド、ありがとう。助かる」
「うむ。我の我儘でベヒモスを呼び出させたのだ。この程度は何の問題もない」
ウルドは空間を修復しつつ答えたが、なんだか少し安堵している感じ。
ま、俺が怒り出すとオリハルコン・ゴーレムとベヒモスとの模擬戦がふいになるとでも思ったのかも。
「んじゃ、工房の玄関先に移動しよう。
あそこは結構広いから、少々暴れても問題ないと思う」
準備作業はアナベル、テレジア、フィルの三人に任せて、俺たちは工房の外へと向かう。
「ウルド様と仕合うのは、いつぶりですかな」
「四万年以上前だ。忘れたか」
スケールが違うな。
歩きながら二人の会話を聞いていると結構面白い。
ウルドの率いる軍団とベヒモスは、訓練試合をよくやっていたそうだ。
破壊の権化たるベヒモスは、神が率いる軍隊とガチンコ勝負できるらしい。
どんだけ強いのか……
ウチのゴーレム部隊、良く全滅しなかったな。
後で指揮官たちを労う必要があるかも。
工房の正面扉を開けると、オリハルコン・ゴーレムが待っていた。
「我ガ主ヨ。模擬戦ヲゴ所望ト聞キマシタガ」
「ああ、そうだ。このお二方がご所望だ」
俺がそう言うと、レイがウルドとベヒモスに視線を落とす。
「いいか、彼ら神と最強の古代竜だ。
全力でやれ。さもないと、お前が破壊されるぞ」
「仰セノママニ」
レイは胸に手を当てて膝を折った。
「これが、イルシスの手のものが作ったゴーレムだな。中々強そうだ」
「オリハルコンですな。これなら存分に戦えましょう」
ウルドはレイの足をポンポンと叩いている。
レイはベヒモスも納得の性能らしい。
多分、世界最強のゴーレムだと思うよ。
ティエルローゼでは知らないが、オリハルコンはドーンヴァースでは非破壊属性だからな。
この模擬戦で、そのあたりの検証を記録しておきたい。
魔法金属のドーンヴァースでの性質とティエルローゼでの性質に差異があるのかどうか。
俺がこの疑問を持ったのは、ガラスの性質に違いがあったからだ。
ドーンヴァースのガラス材には非破壊属性が付いている。
このティエルローゼのガラスには、そんな属性はない。
現実世界のガラスと変わらないのだ。
こういった差異が魔法金属にもあるとすると、今後、ドーンヴァース製のインゴットなどの使用を考えなければならない。
ドーンヴァース製のアイテムは二度と手に入らない素材なだけに、考慮が必要だろう?
いつでも手に入るなら、そんなことを考える必要もないんだけどねぇ。
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