第25章 ── 第10話
まだ、開発の手が入ってない、トリエン中部草原地帯の一画にガルボ率いる丘陵地帯のゴブリン軍団が隊列を組んで並んでいる。
そこには、マルレニシアの所属するチーム「薔薇の閃光」も一緒だった。
「ゲルゴ・バル・アガリエ!」
「「「ゲギャルガ!」」」
ガルボがゴブリン語で大声で何かを叫ぶと、彼の手下のゴブリンが声を揃えて武器を打ち鳴らす。
「何て喋ってるんだろうか?」
アーヤに聞かれたがマルレニシアにも解らない。
彼らの仕草などを見れば鼓舞しているんだろうと想像できるけど。
マルレニシアの眼前には街道が横に伸びており、その向こうの平原のさらに向こうには広大なアルテナ大森林が広がっている。
その森林から、小さな影がどんどんと出てくるのが見えた。
──……ピーウ……
鳥のような音が森の方から聞こえてくる。
ガルボが笛のような物を鎧の下から取り出して吹いた。
──ピーウ!
呼び子?
──……ピーウ……ピーウ……
どうやら、森から出てきた小さな影と呼び合ってるようだった。
マルレニシアは望遠鏡を取り出して目に当ててみた。
小さな影は緑色をしており、赤い三角の帽子を被っている。
「レ……レッド・ゴブズ!?」
マルレニシアは知っていた。
レッドゴブスはアルテナ大森林に巣食う凶悪なゴブリン氏族だ。
時折、遊撃兵団と戦う事がある、ゴブリン軍団の総称である。
彼らは例外なく赤い三角帽を被り、通り過ぎた後には草も残らない。
個々の戦闘能力は通常のゴブリンと対して代わりはないのだが、とにかく数が多いのが特徴だった。
「ガルボ将軍!? アレと戦うのですか!?」
マルレニシアは悲鳴のような声で問いかけた。
ガルボの軍勢は、おおよそ二〇〇匹、半数がダイア・ウルフに乗っているものの多勢に無勢だとマルレニシアは判断した。
なぜなら、レッド・ゴブズは小規模であっても万単位で行動するのだ。
「ガハハ。大丈夫ゴブ。我らケント・ゴブリン軍。あやつらに遅れをとるような事はないゴブよ」
ガルボは自信満々だ。
「ねぇ、マルレーン。何かヤバいの?」
メリッサが少々不安げに問いかけてきた。
「ヤバいっていうか……無謀じゃないかと……」
望遠鏡で再び確認する。
パッと見でも数万単位のレッド・ゴブズが確認できる。
それに、見ているうちに、どんどん森から現れ人数が増していく。
アルテナ大森林にあれほどのレッド・ゴブズが潜伏しているなんて、遊撃兵団時代でも報告されていない。
いたとしても、森林全土から集まったとしか思えない。
それほどのリーダーがレッド・ゴブズにはいたという事だろうか。
マルレニシアは身震いした。
どうすればいいのでしょう、ケントさん……
彼女は眼前に集まってきている敵を見ながら、心の中で問いかけた。
すると自然と肝が座ってくる気がした。
あれは、私がやり残してきた仕事だ。
元団長として、逃げ出すわけには行かない!
「みんな、聞いて。
この戦いはどう考えても無謀。
退くことは恥じゃないわ」
「撤退するか?」
アーヤが剣の柄から手を離した。
「そうね。撤退したい人は撤退して」
「ヒヒヒ。領主閣下の部下を置いて、私が撤退するとでも?
ありえない」
盗賊のメリッサは、卑下た笑いを漏らす割に言うことは勇敢だ。
考え方は一端の騎士のよう。
非常に頼もしいのは言うまでもない。
とは言っても「今は」の話だ。
他の仲間によれば、以前はこんな性格じゃなかったらしい。
ケントさんの存在を知り、その活躍を見てからというもの、こういう性格になったと聞いている。
「私は私のできる事をする。リーダーも他のみんなも逃げたきゃ逃げな」
それだけ言うと、メリッサはしゃがみ込み、小走りに南方向に走り去る。
「みんなはどうするの?」
「あたいは逃げないよ! 若様は逃げなかったんだよ。どんな敵が来ようとも、あたいはもう逃げない!」
リククが弓を背中から外し手に持った。
「私も同様です。ここで逃げたら、ハリスにもケントさんにも顔向けできません」
リククとサラの噂は聞いていた。
ケントさんとハリスを置いて例のワイバーンから逃げたのだと。
でも、ワイバーン相手なら無理もない。
普通の冒険者なら逃げて当然。
だけど、私が仲間になった頃の二人は、そんな噂は嘘じゃないかと思えるほどに勇敢な冒険者だった。
彼女ら二人に何があったのか、マルレニシアは知らない。
人は成長するものだし、今の彼女らは遊撃兵団員たちと同じくらい優秀なのだ。
「どうも、リーダーも逃げる気はないようね。仕方ない。私も少し気張ってみようかな」
やれやれといった風にアマンダが肩を竦める。
「無論、私も逃げる気はない。冒険者として、あれほどのゴブリンを放っておくわけにはいかない。
あれがいつ市民に牙を剥くかもしれないからな」
元リーダーのアーネも、なんとか踏みとどまった。
彼女の膝がカクカクと笑っているのは見ないことにする。
確かにこの戦いは無謀だ。どうみても軍隊案件である。
「怖いですかなゴブ?」
不意に後ろから声を掛けられてマルレニシアは弾かれたように振り向く。
そこには少々薄汚れて入るものの、紫色のローブを纏い、杖を突いているゴブリンがいた。
「貴方はどちらさま?」
「私はシャーマンのジャギュワーンというゴブ。ベルパ王から命じられ、支援に来たゴブ」
ゴブリン・シャーマン?
ゴブリンの巣では見かけなかったけど、魔法の支援は心強いわね。
見れば、ジャギュワーンの装備は、古めかしいが手入れが行き届いていて、仄かに光っているように見える。
魔法の武具みたいね。ゴブリンの持ち物としては破格よね。
マルレニシアが値踏みしているのが解ったのか、ジャギュワーンがニヤリと笑う。
「これはガルボが不思議な迷宮から持ち帰った物ゴブ。我が王の王が我らに与えてくれた物ゴブ」
どうやらケントさん絡みの代物らしい。
ケントが関係しているとしたら、何の不思議もない。
マルレニシアは頷きつつ、レッド・ゴブズに目を戻した。
既に一〇万近い数まで膨れ上がっている。
とても数え切れない。
ガルボが乗るオグルグが歩を進め、街道付近まで行く。
レッド・ゴブズからも一匹出てきた。
「ゲール・ギャルガ、ウギャルギン」
「ガルボ、グルキ・ヴォガール。ベルパ、ギャルガ・ジャバラン!!」
何か話しているけど、やっぱり解らないわね。
「ククク。あの程度の軍勢で、我らに勝とうなどと、笑わせますゴブ」
ジャギュワーンが心底可笑しそうに言った。
「なんて言ってたの?」
「将軍は言ったゴブ。今日は殺す。お前ら全滅だと」
ジャギュワーンも自信たっぷりだ。
「そして、奴らは言ったゴブ。ガルボ、笑わせるのも大概にしろ。ベルパの命運は今日尽きる」
渾身の冗談を聞かされたようにジャギュワーンが爆笑する。
「我らの神は言われたゴブ。我らの王の王、ケントの軍勢に負けはないゴブと」
ゴブリンの神……それ、ホントなの?
ゴブリンを作った神は大地の神、豊穣と美を司るラーシュだと言われている。
本当なら、ラーシュ神の加護があるという事になる。
マルレニシアはサラに目をやった。
「ゴブリンの神はラーシュ神だと言われているの。サラ、どう思う?」
サラは、ゴブリンたちを見回してから、首から下げている聖印を右手で触った。そして、静かに目を閉じた。
「感じます。我がラーシュ神の加護を感じます。それ以外にも幾つか神の力を……」
凄いわね。
彼女は最近、
「なら、この戦い、きっと勝てるでしょう」
マルレニシアも自分の神に心の中で祈った。
森を生み出しし狩猟の神アルテル。我が軍勢にその御力を。
この戦いの勝利を神々に捧げます。
ガルボが踵を返して戻ってくる。
「大言壮語もあれほどとは笑うゴブ。我らに勝つ気ゴブよ」
クククとガルボが怖い顔を更に歪めて笑う。
「勝てそう?」
「奴らは知らないゴブ。我らの武具は我が王の王が与えてくれし物ゴブ。そして、彼の王の王は、神に匹敵する力を持つ者ゴブ。我らに与えられた加護は計り知れないゴブよ。
これで勝てねば、我ら丘陵のゴブリンは無能ゴブ」
ケントさんの加護ですって?
どんな凄い加護なのかしら?
それ、私も欲しいですよ! ケントさん! 私にも貴方の加護を!
マルレニシアが心から西方を旅するケントに祈った時、彼女の身体の中に、ドスンと何かが落ちてきた気がした。
あれ……? この感覚は何かしら……
マルレニシアは自分の
そして、マルレニシアの顔は徐々に満面の笑顔になっていく。
「ふふふ。私の願いが届いたわ」
「どうした、リーダー?」
アーヤが訝しげな顔になったが、マルレニシアは首を横に振った。
「いいえ、なんでもないわ。気にしないで」
マルレニシアは、今、憧れの存在から与えられたモノを秘密にしようとした。
これでこの戦いは必勝あるのみ。
さあ、ケントさんの期待に応えて奮戦しなきゃね!
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