第25章 ── 第9話

 サラの借りてきた馬に乗り、丘陵地帯へとやってきた。


 依頼を受けてから既に二日。

 早急に事に当たらねばならない。


 丘陵地帯に馬を進めると、どこからともなく、ゴブリンの集団が五〇匹ほど武器を構えてやってきた。


「人間……冒険者……ココカラハ、ゴブリンノ縄張リ」


 驚いた。ゴブリンが人の言葉を話してる……


「ごめんなさいね。

 でも、私たちはチーム『薔薇の閃光』、トリエンのギルドから派遣されてきた使者です」


 マルレニシアは受け取った親書を無限鞄ホールディング・バッグから取り出してゴブリンに見せる。


 親書を見せられたゴブリンは、小首を傾げ考え込む。


「使者? ウガル・デア? シシャートバル?」


 やっぱり、人間の言葉は理解できてないのね。


「申し訳ないけど、私達はゴブリン語は解らないの……」


 マルレニシアがそう言うと、話しかけてきた隊長らしきゴブリンが仲間のゴブリンに吠えた。


「ゲルギシ! デボルゴ・ガルボ!」


 吠えつけられたゴブリンが、ものすごい速さで丘陵に駆け去った。


「待テ、ガルボ将軍、クル」


 ガルボ将軍? 上司を呼んだのかしら?

 その上司なら人の言葉が解るのかもしれないわね。


「おい、リーダー。

 大丈夫なんだろうな?」


 いつでも剣が抜けるように柄に手を掛ける女戦士ファイターのアマンダは緊張した顔だ。

 といっても、仲間全員が緊張しているんだけど。


「あちらも警戒しているけど、襲ってくる気配はないわね」


 数ではゴブリンの圧勝だが、総合戦力としてはこちらの方が上だと思う。

 大抵のゴブリンはレベルは一桁台なのだ。

 レベル二〇を超える仲間たちの敵にはならないだろう。


 それでもマルレニシアはゴブリンたちを観察した。


 武器や防具、その動きなどを。


 武器はショート・ソードやショート・スピア、ショート・ボウと小型の物が多いが、全ての武器は良く手入れをされているようにピカピカだ。

 鎧はレザー・アーマーやチェインメイルが主だが、ブレストプレートを付けている者もいた。

 こちらも、良く手入れされている。


 マルレニシアの見てきたゴブリンとは明らかに違う。

 そんなゴブリンの行動は、よく訓練されていた。


 前衛はゴブリン・ファイターだろう。隊長らしきゴブリンを中心にスモール・シールドで身を固め、その後ろにスピア隊、最後尾に弓兵と、人間の軍隊のような構成だし、隙はなさそうだ。


 本当にゴブリンなの?

 ゴブリンの軍隊なんて聞いたことがない……


 しばらくすると、ダイア・ウルフに乗った巨大なゴブリンが猛スピードでやって来るのが見える。


 あれが将軍?


 どうみても普通のゴブリンではない。

 全身はプレートメイル、手にはハルバートを抱えている。


 騎士なのかしら……


「ようこそ来られた、人間の冒険者よゴブ」

「私たちは冒険者『薔薇の閃光』。トリエンの冒険者ギルドから使者としてやってきました」

「やはり使者ゴブか。シシャートバルなどというからビックリしたゴブよ」

「そのシシャートバルってなんでしょう?」


 将軍らしき巨大なゴブリンは、コホンと咳払いをして頭を下げる。


「申し訳ないゴブ。人間の言葉だと少々失礼な言葉になるゴブ。オレの口からはとても言えないゴブ」


 すっごい気になります! なんて言われたのかしら!?


「それで使者殿の要件は何ゴブ?」

「まずは親書を」


 手に持っていたギルドからの親書を再び見せると、将軍らしきゴブリンがダイア・ウルフの歩を進めて近づいてきた。


 借りた馬が忙しなく足踏みをする。

 マルレニシアは手綱を握る手で馬の首を撫でる。


「大丈夫。あの大狼に敵意はないわ。落ち着いて」

「大丈夫ゴブよ。このダイア・ウルフは我が王の王ケントによって遣わされし同志ゴブ。人間や家畜は襲わぬゴブよ」


 え? 王の王? ケントさんが? どういうこと?


 将軍らしきゴブリンは受け取った親書に目を通すと、怖い顔がさらに怖くなる。


「ゲス! グゲリ・ガハス! ギギル・ベルパ!」

「ギュス!! ガルボ!!」


 突然、周囲のゴブリンたちが私たちを取り囲むように隊列を変える。


「な、何? 何? 突然何なの?」

「大丈夫です! ラーシュ様が守ってくれます! 慌てては美しくありません!」


 リククは慌て、それをサラが諌めるも、彼女も少し慌て気味ですよ。


 よく見れば、ゴブリンの隊列は私たちを護るように陣形を整えていた。

 内側に弓兵、その外側は槍兵、一番外側は戦士ですから。


「よくぞ知らせを持ってきてくれたゴブね。我が王ベルパにあってほしいゴブ」

「何が書かれていたの?」

「ゴブリンが農業地帯を襲っていると書いてあるゴブよ。

 となれば、我らの出番ゴブよ。この地の秩序は我ら丘陵ゴブリンが守るゴブ!」


 ハルバートを立てて、ムキムキポーズの仕草をするゴブリン。


 良くわからないけど、ゴブリンなのに秩序側にいるような事を言うのね。

 これもケントさんの偉業なのかしら?


「我が名はガルボ! ケント・ゴブリン軍が将軍ゴブ! 安心して付いてまいられよゴブ!」


 そこまで聞いて、少し笑ってしまった。

 マルレニシアは楽しげに、そして恥ずかしげもなく俺賛美ばかりの話を喋っている。


 どうもマルレニシアはトリシアではなく俺を追って来たらしいね。白状しているのも同然だよ。


 美人のマルレニシアに慕われていると思うと嬉しいやら恥ずかしいやら赤面しそうになるけど、ウチの女性メンバーも似たりよったりなので、最近は慣れたかも。


 モテている気もするけど、爆発する気は毛頭ない。

 手を出すつもりがないからね。


 手を付けたら、いろんな関係が壊れそうで怖いし。

 できれば現状維持が一番安心できる状態なんだよな。

 臆病? 据え膳? 何とでも言え。笑いたければ笑え。

 俺は、今が一番のんびり、まったりできる人間関係なんだよ。


「ガルボね。彼はゴブリン・ジェネラルなんだよ。レベルは二〇だっけ?」

「頼れる将軍でした」


 マルレニシアは話の続きをしはじめる。



 案内された場所は丘陵の中程にある大きな洞窟。

 岩をくり抜いたような入り口だった。


 中に案内されて私たちは驚いた。

 外は自然石の岩のようだったけど、中はきちんと正確に掘られていて、岩ブロックを積み上げたような正確な通路になっていたからだ。


「すごいな。遺跡……いや、ダンジョンみたいだ」


 アーヤの驚きは間違いじゃない。

 どうみても新築のダンジョンか地下回廊とでも言えそうだ。


「嬉しいゴブね。最近、整えたゴブよ。王の王が救出に来てくれた迷宮を模してみたゴブ。立派だったゴブから、マネしたゴブ」


 奥へ進むと路地が幾重にも別れて迷路のようだった。

 辻々には囲炉裏のような物が据えられていて、必ず一匹以上のゴブリンがいた。


 長く複雑な迷路を過ぎると、大きな広間に出た。

 そこには人間を少し小さくしたような、将軍よりも少し大きいゴブリンが王冠らしき物をかぶったゴブリンが玉座に座っていた。


「おお。それが客人ゴブか? よく来たゴブね。そっちの椅子に座ろうゴブ」


 格好は偉そうなのに、気さくにニコニコするゴブリンの王を見て驚く。


 ここのゴブリンは本当に私が見てきた今までのゴブリンと同じ種族なのだろうか?


 マルレニシアの心中は驚きでいっぱいだ。


「使者ゴブね。どうやら森のゴブリンが農耕地区に悪さをしているようゴブ」


 将軍ガルボがギルドの親書をゴブリン王に渡している。

 ゴブリン王は親書に目を通すと深い溜息を吐いた。


「奴らは狡猾ゴブ。我ら丘陵のケント・ゴブリン王国に罪を着せるつもりゴブよ」

「え? 森のゴブリン? 別のゴブリン集団がいるのかい!?」


 戦士ファイターのアマンダが驚きの声を上げる。


「そうゴブ。東の大森林の南に巣食っているヤツらゴブね。

 奴らとは我が王ケントが来る前から仲は最悪ゴブ」


この丘陵地帯のゴブリンとは別のゴブリンが悪さをしているとゴブリン王は言いたいようだ。


「貴方たちではない証拠は?」


 マルレニシアの問いにキョトンとした顔にベルパ王。


「証拠? 我らがそんな所業をした暁には、我らは一瞬で全滅ゴブよ」


 ベルパ王が顎をしゃくった先には、一際大きいダイア・ウルフが寝そべっていた。

 そのダイア・ウルフは油断なくこちらを見ている。


「あれは?」

「彼はオグルグ殿ゴブ。

 我が王ケントが遣わせた派遣ダイア・ウルフ部隊の隊長さんゴブよ」


 ベルパによれば、ここにいるゴブリン国のダイア・ウルフは一〇〇匹ほどいて、その全てがケントさんの配下のダイア・ウルフなのだそうだ。

 ケントさんの意に染ぬ場合、即座にゴブリンを殺戮すると言われているそうだ。


 すごい……ギルドで聞いたけど、トリエン地方のダイア・ウルフは全てがケントさんの配下というのは本当だったのね……


 私は恐る恐る、オグルグというダイア・ウルフに近づいていく。


「リーダー! 危ないよ! ダイア・ウルフは魔獣じゃん!」


 リククの言うことはもっともだ。

 でも、それ以上に私はケントさんを信じている。


「オグルグ殿、はじめまして。私はケントさんの友人で、エルフのマルレニシアと申します」


 そう自己紹介すると、オグルグは目を閉じて私の前に頭を下げた。


「おお……オグルグ殿がそんな事をするのは初めて見るゴブよ?」

「あの冒険者は王の王の知人しりびとであったゴブね。オーサの判断は正しかったゴブ。配給の肉の割当をふやしてやるゴブよ」


 驚くベルパ王と、何やら嬉しげなガルボ将軍。


 私は何に驚いたり嬉しげにしているか解らなかったけど、オグルグの頭をそっと優しくなでた。


 もふもふで気持ちいい毛並み……


 オグルグもフムーと強い鼻息を出す。


「なるほど、このダイア・ウルフには強い心を感じます。ゴブリン王の言うことに嘘はなさそうです」


 マルレニシアは知らないが、オグルグはブラック・ファングの片腕と称される巨大なダイア・ウルフで、前はレベルは二五だった。


 今のブラック・ファングはレベル三五までレベル・アップしていて、現在のオグルグももっとレベルは高いだろうけどね。


「信じてもらえたゴブ?」

「ええ、この子からはケントさんへの強い忠誠心を感じました」

「リーダー、ほんとうなの?」


 リククが不安そうに物陰から顔を出している。


「ええ。なんとなく……解るのです」


 確信はない。でも、私には感じるのだ。

 まさにケントさんの威光だ。


 すごいな……

 ああ、ケントさんに会いたい……

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