第25章 ── 第8話

 ガチガチに緊張したマルレニシアのパーティだったが、俺の料理を口に入れた途端、全ての緊張を忘れた。

 無言、ただ無言に料理を口に運ぶばかり。

 それは残念美人を量産する魅惑の魔法と言える。


 女剣士ソードマスターが一つの皿を平らげるとほぼ同時に他の皿に目を向ける。


 そこには女戦士ファイターの魔の手が伸びていた。

 女剣士ソードマスターが、その手を自らのフォークで以て切って捨てる。

 だが、女戦士ファイターは無類無き防御力で跳ね返す。


 皿の上で熾烈なる攻防戦が始まった。

 女剣士ソードマスターはフォークをもつ腕を捻じり、敵の防御の突破を試みる。

 だが、女戦士ファイターの鉄壁防御は自由自在。

 伊達にタンク職ではない。防御に徹すれば護衛騎士ガーディアンナイトにも比肩しうるのだ。

 そして、女戦士ファイターはもう片方の手で皿を狙う。


「させぬ!」


 女剣士ソードマスターは、もう片方の手にスプーンを握る。


「ふっ! アーヤ。それができるの!? 今までそれを使って上手くいった試しがあった!?」

「やる。私は今! 今だからこそやらねばならんのだ!」


 一体何で戦ってるんだよ……


 もう、食堂のテーブルの上は戦場と化していた。


 あちらではリククと女盗賊シーフが熾烈なつかみ合いになっている。


「これは若様があたいに作ってくれたヤツ!」

「いやいや、領主閣下はそんな狭量ではない! 私ら全員平等に扱ってくれてたんだ!」


 やれやれ……


 見ればマルレニシアとサラだけは静かに食事をしていた。


「ごめんなさい、ケントさん。騒がしくて」


 苦笑交じりのマルレニシアは、ナイフとフォークでステーキを切り分け口に運ぶ。

 そして、頬に手を当てて幸せそうに噛み締めた。


「ああ、すごい。駐屯地で一緒に食べた食事を思い出します。でも、この料理の方が美味しくなってる気がします」


 サラもサラダを小鉢にとって口に運んでいる。


「ラーシュ様からの御神託があったのです。『より美しくあれ』と。醜く争いつつ神の恵みを食べるのは教義に反します」


 あれほど残念美人だったサラが一皮むけた?

 ん……? 神託?


「サラ、ラーシュ神から神託を受けたの?」


 サラは目を伏せつつも頷く。


「私は今、ラーシュ様の神託の巫女オラクル・ミディアムなのです、ケントさん。

 過去の過ちを悔い、行動を改めました。しばらくして、御神託を賜る栄誉を与えられました」


 へぇ。神託の神官オラクル・プリーストって、後から認められるんか。

 中々面白いね。

 そういや、ラーシュの加護なんてのも貰ってたね……いつ貰ったのか、どんな効果があるのか判らんが。



 食卓の戦場が落ち着き、食後のお茶が出される頃になり、漸くゴブリンとの話を聞く準備が整った。


「あれは半年ほど前でしょうか」


 マルレニシアは話し始める。


 彼女が森を出て、トリエンに居を構え、冒険者生活にも慣れたはじめた頃だ。

 すでにマルレニシアはゴールドランクまで到達し、今のパーティのリーダーになっていた。


 ギルドに仲間たちと顔を出してみると、ギルドマスターが現サブ・ギルドマスターと受付の向こうで真剣な顔で話し合いをしていたそうだ。


「おはようございます。どうなされたんです?」


 マルレニシアは、もうトップランカーの仲間入りをしているので、ギルドでも一目置れた存在になっている。


 ギルドマスターは振り返り、マルレニシアの顔を認め、破顔した。


「おお、冒険者マルレーン! よく来てくれた!」


 ギルドマスターの喜びようから、何か問題が起きているのをマルレニシアは察したらしい。


「どうしたんです?」

「うむ。至急、使者として行ってもらいたい所があるのだ」

「使者ですか?」


 ギルドマスターによれば、最近、南の広大な農業地帯でゴブリンの群れによる略奪が増えているのだという。


「え? 南のゴブリンってケントさ……いえ、領主様の同盟者なのでは?」

「そこだよ。ゴブリンが約定を違えるとは思えないのだが、被害が実際にでているんだ。

 帝国から正式に抗議が来る前にギルドで対処しておきたい」


 マルレニシアは首をかしげる。


「なぜ、トリエンのゴーレム部隊に状況を伝えないんです?

 領地防衛は領主様の管轄のはずですが」

「君も知っての通り、領主閣下は今、冒険の旅に出ていらっしゃる。

 それに今、行政長官は多忙を極めて、大変な状況だ。

 我らギルドが、局所的な治安面を支えねばならん状況だ」


 確かにとマルレニシアは思う。

 ここの所、冒険者ギルドに寄せられるクエストは、簡単なものばかりとなってきている。

 魔獣などの大きな問題は、ゴーレム部隊が出動して片付けてしまう。


 今、ギルドが受け持っているのは、ゴーレム部隊の手の回らない事についてのモノが多い。

 隊商護衛や、気になる噂の探索、果ては溝さらいまで多岐にわたる。


「その襲撃してきたゴブリンたちは、ゴーレム部隊によく探知されませんでしたね?」

「うむ。草原の走者たるゴブリンの特性かもしれん。あそこは以前、彼らのテリトリーだった。

 地の利に長けているのではないかと思うのだよ」


 ゴブリンは、草原などの地形では、無類の移動力を発揮する。

 大地の神の眷属として生まれた彼らは、限定的ながらある地形において、馬並の俊足を誇るのだった。


「それで、使者というのは?」

「うむ。トリエンの南西に小高い丘陵地帯がある。

 そこに領主閣下と同盟を結んだゴブリンたちの巣があるのだ。

 今回の件について、どういうことかと聞いてきてもらいたいのだ。

 彼らの言い分を聞いてから、行政長官に報告を上げたい」


 断る理由はない。ケントさんの歩まれた道は、私も見ておきたいから。


「分かりました、お受けします」

「助かる。本当ならプラチナランクの仕事だと思うのだが、今のトリエンにプラチナランクはいない。君たちが最上位者なんだよ」


 ここ数日、マルレニシアの所属するチーム「薔薇の閃光」は、彼女らが新たな拠点とした屋敷への引っ越しで忙しかった。

 自分たちがいない間にやっかいな事件が起きてたなんて思いもしなかった。


「アーヤ、アマンダとリクク、メリッサを呼んできて」

「了解だ」

「サラ、人数分の馬を準備してもらえるかしら?」

「解りましたわ。旅の準備についてはどうしますか?」


 マルレニシアはしばし考える。


「それは皆が集まってからにしましょう。私はクエストの受給手続きを進めておきます」


 無限鞄ホールディング・バッグは一つしかない。

 今はマルレニシアが預かっているが、この鞄はチームの共有財産となっている。

 リーダーが所持しておき、パーティの荷物は全てこれに管理する決まりにしている。

 なので、パーティに必要なモノの買付などは、全員で行くことにしているのである。


 このチームは、こと食事に関しては妥協しない。


 女剣士ソードマスターアーヤによれば、サラとリククがそうしようと決めたのだそうだ。

 彼女らのケントさん伝承によれば、ケントさんは伝説の料理人だという噂があるんだそうな。

 彼の無限鞄ホールディング・バッグにはあらゆる食材が収められ、神のごとき技によって、全ての食材は極上の料理へと生まれ変わる。


 遊撃兵団駐屯地の料理事情が、ケントさん出現時から劇的に変わった事を思い返せば、あながち間違いともいい切れない。


 西の方からやってきた冒険者からもそんな噂が聞こえてきたらしい。

 西の冒険者は、ウェスデルフ王国のさらに西からやってきたと聞いている。

 彼らもケントさんが所属するトリエンに憧れやってきたのだそうだ。


「ほんと、ケントさんは凄い方ね。団長が強引に付いていったのも今なら理解できます」


 ケントさんを初めてみた時の驚き、ファルエンケールでのケントさん伝説、トリエンに来てから知ったケントさんの冒険の数々。

 どれもケントさんなら十分やりかねない偉業だった。


 私の知るケントさんなら。


 マルレニシアはフフと笑いながらケントの笑顔を思い出す。


「では、ゴブリンの巣への使者としてのクエストはチーム『薔薇の閃光』が受注する事でよろしいですね?」


 不意に問われてマルレニシアは物思いから目が覚めた。


「あ、はい。お願いします」


 受付嬢は頷くと受注業務を淡々とこなす。


依頼受領レシート・コントラクト


 提示していたギルドカードがぽわりと淡く光り、クエストの受注が完了する。


「それでは、よろしくお願いします」

「了解しました」


 自分のギルドカードを拾い上げてベルトポーチへ納め、もう一つ渡された手紙も手に取る。

 無限鞄ホールディング・バッグに手紙を納めつつギルド会館を出る。

 この手紙はゴブリンの王への親書らしい。


 ゴブリンって文字、読めるのかしら?


 マルレニシアはゴブリンを詳しくは知らない。


 大抵の場合遭遇したら戦いになる混沌の勢力だし、基本的に普通のゴブリンしか見たことはない。

 ウギャウギャと話すのは見たことがあるが、人間の言葉を解するとは聞いてなかった。


 ケントさんは、どうやってゴブリンと交渉したのだろうか?


 ギルド会館前で物思いに耽っていると、仲間たちがやってきた。


「やっほー、マルレーン。仕事受けたんだって?」


 見ればリククがその大きな胸を揺らしながらやってきた。


 羨ましい……


 マルレニシアはリククとサラの胸をいつも羨ましく思っていた。

 エルフはあまり胸は大きくならない。

 トリシア団長はエルフでは大きな方だったけど、彼女たちには絶対に敵わない。


「あ、うん。受けたよ。南のゴブリンへ親書を渡すクエストなの。

 ついでに、どうして農業地帯を襲っているか理由を聞いてこなきゃならないの」

「南のゴブリンたちはケントさんの配下だったはずだよな?」


 アーヤが腕を組んで難しい顔する。


「そうね。そう聞いてるけど」

「領主閣下が留守だから羽目を外しているのやもしれぬな」


 ウシシと女盗賊シーフのメリッサは笑うが、笑い事じゃない気がする。


「メリッサ、趣味悪いわよ、笑うなんて」

「いや、これは失礼。ゴブリンどもは、領主閣下の威光が弱まっている今、本来の邪悪さが顔をのぞかせているのではと愚考したにすぎない」


 メリッサはケントさんへの信仰が強く、彼に仇なすモノを屠る事を望みとしている。

 ゴブリンがケントさんに仇をなしたなら、それを嬉々として屠るだろう。


「まだ、彼らゴブリンの仕業とは確定していないわ。だから使者として行くんだもの。

 でも気を引き締めて行きましょう。

 もし、そうなら、私たちだけでどうにかなる軍勢ではないわ」


 南のゴブリンはケントさんの庇護を受けて急速に勢力を増していると噂されている。

 今は、数百人規模のゴブリンが丘陵地帯を勢力図としていると聞いている。


 トリシア団長なら一人でどうにかできるんでしょうけど……


 まだ、マルレニシアにはそれほどの自信はない。


 今はやっとレベル三八まで来た。

 もう少しで以前のトリシア団長に追いつける。


 今の団長はどのくらいかしら?

 ケントさんと冒険しているんだし、相当腕を上げているわね。


 マルレニシアは「ふう」とため息を付きつつ、西方を旅しているというケント一行を思う。

 寂しくもあり、羨ましくもある。


 今は自分の成すべきことをしましょう。

 彼に今一度、まみえるまでに、もっと強くならなくちゃ。


 マルレニシアは、ファルエンケールを出る時に誓った決意を再び心に誓うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る