第25章 ── 第6話
培養槽の増産を開始してから三日。
息抜きに館の庭を散歩していた時だ。
「主様よー!?」
などという声と共に、バサバサと羽音が上空から聞こえてくる。
見上げると陽の光をバックに鳥が舞い降りてくる。
その鳥はバサバサとホバーリングして、俺の肩に止った。
「お、カラスのお頭じゃん」
「やっと見つけましたぞ、主様よ」
「そういや、アルテナ大森林に移って来たんだったな」
「お忘れでしたか!?」
うん。忘れてました。
そういや、グリフォンのイーグル・ウィンドの事も忘れてたよ。
「いや、すまん。色々忙しかったんでな」
「然り然り。主様が暇にしておられるなど、考えも付きません」
カラスのお頭は、あれ以来、ただのイエスマンだな。
「お頭がここに来ているって事は……」
「はい。偵察活動と食料探しの隊を引き連れてきています」
見回すと、館周辺の建物の屋根に二~三羽のカラスが止まって、こちらを見ている。
面白れぇ!
これはこれで敵対者に悟られずに偵察活動とかさせられそうだぞ。
ハリスに何羽か指揮させられないかね?
ダイア・ウルフたちも連動させられそうな気がする。
「いいね。後で任務を与えたいから、精鋭を一〇羽くらい回してくれないか?」
「心得ました。早速精鋭を選び出しましょう」
「それと、前に提案していた事なんだけど、まだ準備が整っていなんだ」
「主様は忙しい方ゆえ、急ぎはしません」
後で郵便要員用の魔法道具を作ろうと思う。
お頭にも特別な魔法道具を与えておく必要もあるしな。
「ところで、イーグル・ウィンドは大森林に来てる?」
「どちら様ですかな?」
ああ、面識ないんだっけ?
「えーと、でかいグリフォンなんだけど……鷲の頭にライオンの身体、大きな羽根があるヤツだ」
お頭は少し頭を傾けたが、直ぐに頷いた。
「ああ、あの大食らいですか。
我らも襲われかけましたが、我が主様の事を仄めかしてやったら大人しくなりました」
大食らいか……キノワの東にある森にいたクマを大量殺戮してたヤツだからな。
アルテナ大森林の生態系を崩しかねないなぁ。
ファルエンケールの遊撃兵団に報告を入れておいた方がいいかもしれない。
遊撃兵団とイーグル・ウィンドが衝突なんて事になったら、国際問題になりかねない。
俺は現在兵団長のマルレニシアに念話をしてみる。
呼び出し音がしばらくなってからマルレニシアの声が聞こえてきた。
「え? 何ですか、これ?」
「あ、マルレニシア? お久しぶり。ケントだよ」
「え!? ケントさん!?」
周囲を見回すマルレニシアが容易に想像できて吹き出しそうになった。
「ああ。今、念話で話しかけているんだよ」
「念話!? 噂では聞いたことがあります! 女王陛下もお使いになられるとか!」
そうなの? ファルエンケールの女王も使えたとは知らなかった。
「うん、その念話だよ。実は遊撃兵団に知らせておきたい事があってね」
「兵団ですか? すみません。もう私は団長の任から降りてしまいまして……」
え!? そうなの!?
「もう一ヶ月になります。今私はトリエンにいます」
「は?」
「それと、私は今、『マルレーン』と名乗っております」
マルレニシアに一体何が起こったのだろう?
「な、何でトリエンに?」
「えーと……私、冒険者になりました。今はトリエン支部所属なのです」
少し照れた雰囲気で、そうマルレニシアは答えた。
「何で冒険者なんかに。
収入は不安定だし、危険だし、お風呂だってそうそう入れないじゃん」
待て、早まるな! と叫んでしまいたくなったが、グッと堪える。
何か事情があるのかもしれないからな。
「確かにそうですね」
マルレニシアはフフと笑う。
「それでも……エンティル団長が見た世界を、ケントさんが見ている世界を、私も自分の目で見てみたかったんです」
そんなフワッとした理由で冒険者風情に身を落としたのかよ。
俺は一瞬目の前が真っ暗になりかけた。
「今はもうミスリルまで昇格しましたし、生活の方は大丈夫ですよ?」
何と!
もうミスリルだと!?
確かにマルレニシアは優秀だったが、ここまで昇格が早いとは驚いた。
若くして団長の後任になっただけはある。
それでも俺は彼女の事が心配だ。
「親御さんは認めているんだろうね? 確かマルレニシアは貴族だったと思うんだけど」
「ええ。母には見聞を広めてこいと快諾を頂いています。父は不満げでしたけど」
エルフは、母系社会らしく女性の発言権が強い。
母親が認めた以上、父親は口を噤むしかなかったのだろう。
「なるほど。
事情は解った。
遅くなったけど、我がトリエンにようこそ」
俺がそういうと、マルレニシアは鈴のように笑う。
「ありがとうございます、領主閣下。
それにしてもケントさんの噂はすごいですね。
トリエン支部では団長よりも名高いと評判ですよ」
まあ、色々やらかしてるしな……
「どんな噂?」
自分の噂は少し気になるよね。インターネットがないからエゴ・サーチも無理だしな。
「そうですね。
突然現れた新人冒険者だったのに、一瞬で街の周囲の秩序を確立。
あげくに伝説のトリ・エンティルを従え、国王陛下に自分の存在を知らしめた豪傑。
王国に縛り付けようと国王陛下が慌てて爵位まで与えたと……」
うーむ。
豪傑かどうかは知らんが、概ね間違いはない気がする。
「マルレニシアも随分と昇進が早かったみたいだけど?」
「そうですね。
丘陵のゴブリンとの共闘で野良ゴブリンたちを殲滅したからでしょうか?」
丘陵のゴブリンというと、ベルパ王の事かね?
何かあったのかな?
詳しい話を聞いておきたいな。
「今日は暇ある?」
「え? もちろん、あります!」
「じゃあ、夕食でも一緒に食べながら話を聞きたいな」
「はい! いつでも駆けつけます!」
いや、夕食だよ。まだ昼を過ぎたばかりだ。
「んじゃ、六時頃に館に来てくれないか?」
「よろこんで!」
そういや、今の団長って誰だろ?
「ところで……今、遊撃兵団の団長って誰?」
「ケントさんも会った事がありますよ。シャリア・メルアレスです」
ああ、あのエルフか。
ラクースの森出身のエルフだったはずだが、出世したなぁ。
確か母親はラクースのエルフの都市で近衛隊長だったっけ。トリシアとアルシュア山で共闘したエルフの戦士だ。
「了解、そっちにも連絡を入れてみる」
マルレニシアとの念話を切って、すぐにシャリアにも念話を入れる。
念話をした後に「何事!?」とかいう反応は、誰でも同じなので割愛。
「ケント様、ご連絡ありがとうございます」
ケント様?
前と何か対応が違いますな。
「メルアレス団長、報告を入れておきたい事があるんだ」
「なんなりとお聞かせ下さい」
「今、アルテナ大森林に巨大なグリフォンが出没していると思うんだが……」
「はい。承知しております」
「それ、俺たちの知り合いなんだけど……」
少しの間の後にシャリアが口を開いた。
「なるほど……通りでこちらを殺そうとしなかったわけですね……」
シャリアによると、森林内で偵察隊が巨大なグリフォンと幾度となく遭遇して、毎回戦闘になるのだが、軽くあしらわれているそうだ。
ただ、戦闘で負傷者は出るものの、これまで一人も死人が出ていないという。
グリフォンの好物である馬を連れていた事もあったそうだが、馬には目もくれなかったそうだ。
間違いなく、行動がイーグル・ウィンドだね。むやみに人類種に攻撃しないように言っといて正解だったよ。
「それ、イーグル・ウィンドって名前なんだよ。
マリスの部下になったヤツでね」
俺はイーグル・ウィンドについての情報をシャリアに細かく伝える。
「人間の言葉は解るはずなので、今度遭遇した時に話しかけてみてくれないか?」
「畏まりました。
怪我人は出ましたが、大変良い訓練になりました。
イーグル・ウィンド殿には今後もお付き合い頂きたいものです」
確かに、実戦さながらの良い訓練にはなりそうですな。
というか、今まで遊撃兵団は実戦だと思って戦っていたんだろうけどね。
「時々、相手するように言っておくよ」
「ありがたき幸せです!」
よし、これでファルエンケールとの外交問題は回避できそうだ。
俺はイーグル・ウィンドにも念話を入れて呼び寄せることにした。
マップ画面で位置を確認しながら誘導し、トリエンの俺の館に降ろした。
街の上空にイーグル・ウィンドが現れた時には街中大騒ぎになったが、俺の館にグリフォンが降りた事で、領主の関係者だと街の住人には理解されたようだった。
衛兵隊が慌てて駆けつけたけど、俺がイーグル・ウィンドの胸板に頭を突っ込んでモフモフしているのを見て、肩を竦めて帰っていった。
トリエンの住人たちよ。お騒がせの領主で申し訳ない。
と言っても、大陸東方ではグリフォンは非常に珍しい幻獣だ。
館の正面門がグリフォンを一目見ようと黒山の人だかりになったのは言うまでもない。
冒険者も大量に見に来ていたな。
こういう戦闘対象になるかもしれない野獣や幻獣、魔獣は見ておいて損はないし、冒険者として知識は大きな武器になるからな。
トリエンの冒険者たちの向上心は悪くないと思う。
さて、午後も培養槽の増産に励むつもりだったけど、ちょっと街に買い出しに出かけて、マルレニシアとの晩餐の準備でもしようかね?
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