第25章 ── 第3話
仲間たちが神々の肉体創造についてのデータ収集をしている間に、俺自身は培養槽増加のための準備をする。
基本的な材料は工房の倉庫に揃っているので、少々性能や機能をアップグレードしてみようと思う。
シャーリーの研究資料によれば、フロルの培養に二週間も掛かったそうだ。
神界の肉体を失った神々の数を考えると、そんな時間を掛けている暇は無さそう。
ということは、培養槽の容器内に魔法による時間加速の効果を付ける必要が出てくるので、基本的な培養制御回路に時間加速回路の増設しなければならない。
ついでに培養容器のガラス部分をドーンヴァースの破壊不可能オブジェクトであるガラス材を使うべきだろうか。
通常、ガラスは劣化しないと思われているが、様々な要因で劣化することもあると文献で読んだことがある。
培養に使われる特殊な溶剤がガラスにどのような影響をもたらすのか実験もしていない段階でティエルローゼ製のガラスを使うのは躊躇われる。
ウルドの反応を見る限り、ティエルローゼ製のガラス容器の耐久実験もやってられないからなぁ。
インベントリ・バッグ内のガラスの在庫を確認する。
飛行自動車を三台作ったから減ってはいるけど、培養容器五台分くらいはありそうだな。
エマ、アラクネイア、フィルには肉体創造用の培養液の準備を頼んでおく。
俺は培養槽と制御装置の作成だ。
ミスリルのインゴットをスライスし、大量に魔導回路用の板を作る。
もちろん、これはドーンヴァース製だ。
ミスリル純度一〇〇%なんてインゴットは、ティエルローゼでは手に入らない。
生体創造においては魔法の出力、安定度など、精度的な誤差が命取りになりそうだからね。
魔導回路を専用の彫刻刀的な道具で彫り込む。
非常に細かい作業で、目がチカチカする。
シャーリーの設計した回路に手を加え時間加速回路をブリッジする。
む。ブリッジ部分に魔力を溜め込む装置が必要そうだぞ?
制御回路側から流れ込んでくる魔力に少々ムラがあるため、一度ここで溜め込んで一定量の安定した魔力量にしてやらねば加速時間のムラが出来てしまう。
そんな装置あるかな? 魔導バッテリーでは大きすぎるし、コンパクトに纏まらない。
むーん。
俺は少し思案する。
ある程度の量を一瞬だけ溜め込めればいい。
魔力の出力が安定するようにすればいいんだ。
となるとコンデンサ、あるいはキャパシタ的な物があればいいな。
さて、魔力用の電解コンデンサか。
魔導コンデンサ、あるいは魔導キャパシタとでも名付けるか。
命名から入るのは俺の悪い癖だが、名前からその物の全体イメージを容易に想像できる方が何かと便利な気がするので改める気はない。
で、魔導コンデンサについてだが、魔力の性質上、濃かったり薄かったりはするものの周囲の空間にも魔力が微量ながら存在する。
こういった周囲の魔力は、魔法道具の安定的な稼働に影響することがある。
特に今回の装置のように魔力の微細な制御が必要な装置を作る場合には悪影響の方が大きい。
なので、装置の外側を魔力絶縁する必要がある。
魔力は金属、主に鉄や鉛を嫌う傾向があるらしいので、精密魔導回路は鉛で保護すると良いらしい。
自動車の反重力装置に利用した魔導リレー回路を作る時に部分的にやった手法ではあるが、今回は生体相手なので念入りにしておこう。
もう一つの魔力の性質、魔法金属付近に幾分留まる性質を利用して限定的ながら魔力を蓄積する機構を設計した。
形としては小さいミスリル製の板同士を支柱で連ねたような形だが、見た目は放熱板かラジエターみたい。
実験的に微量に魔力を流してみると、これが思いの外有効に作用した。
板と板の非常に微細な隙間を魔力が行き来し、魔力が拡散せずにその場に留まるのだ。
装置の許容量を越えた瞬間に、出力側から導線の許容量に合わせた魔力が漏れていくので、安定的な魔力を得られる。
出力側の導線の許容量を調節すれば、流動する魔力量を意図的に調整できるということになるわけだ。
なんか結構色々使いみちがありそうな発明をしてしまったな。
これなら魔力差がある者でも使った時に効果が一定になる魔法道具が作れそうですな。
魔法道具は。使う者によって効果が一定しない場合がある。
そういう物に組み込めば、効果の統一規格なんてモノも作れるようになるよね。
魔導バッテリーに組み込んで、単一とか単二とか電池みたいに必要な魔力量を一定量流せるようにすると効率が一気に上るし、魔法道具の効果を予測するのにも役に立ちそうだ。
みんなが忙しく動き回っているので、手持ち無沙汰になったのかリペアラーのアリーゼが俺の作業を興味深そうに覗いていた。
「ん? 見てて面白い?」
「はい! 何をやっているかサッパリ判りませんけど」
「今は魔導回路を作っているんだよ」
「魔導回路!」
俺は少しだけ魔導回路の仕組みについてアリーゼに説明してやる。
「これは、ココの導線から魔力が流れてくると、ココに魔力が溜まるって仕組みだよ。魔力がいっぱいになると、コッチから魔力が漏れてくる」
理解できているのか解らないが、アリーゼは目を輝かせて見つめている。
「この回路というのは何で必要なんです?」
「ああ、この先に来るのが時間魔法の魔導回路になるんだ。
流れてくる魔力量が一定じゃなかったら、早過ぎたりゆっくり過ぎたりと魔法の効果が不安定になる。
それを防ぐためだな」
アリーゼはフンフンと鼻を鳴らしている。
装置全体の概要を知っているのといないのでは修理できるかできないかも解らなくなるだろうし、覚えてもらっておいて損はないだろう。
夕方遅くに新型培養槽の原型は完成した。
あとは外装を整えるだけだ。
外装はミスリル製で、鉛で内張りをする予定だ。
この作業はマストールとマタハチに手伝ってもらおうかね。
夕食を摂りに館へと戻る。
今回はフィルもマストールも助手の二人、アリーゼ、マタハチも一緒だ。
普段、助手たちは使用人たちの食堂で食事をするのだが、培養槽絡みの話もあったので俺たちが使う食堂に連れてきたわけだ。
食堂に入ると、クリスが食事をしていた。
「すまん。先に頂いている」
「構わんさ。最近は忙しいんだろ?」
「ああ。ケントが帰ってきているのに挨拶にも出向けなかった」
クリスは今、トリエンの増え続ける人口や商取引、様々な行政を一身に担っている。
リヒャルトさんから聞いているだけでも三日に一日は徹夜しているとかなんとか。
「こっちこそ仕事を任せっきりで悪いと思ってるよ」
クリスは俺がそういうとニヤリと笑った。
「いや、構わない。
街がどんどん大きくなっていくのを目の当たりにすれば、否が応でも仕事をしなければならないからね」
クリスは「でも、今は仕事が面白くて仕方がないんだ」という。
義父だった男爵が苦しめていた住人たちに奉仕できるのが堪らなく嬉しいんだとさ。
今、トリエン地方の総人口は俺が転生してきた時の一〇倍にもなっている。
このトリエンの街だけでも今は一五万人の都市になりつつあるのだ。
既に大都市と言っても良いほどの大きさだ。
俺のいない間に随分と増えたね。
「すまん。今後、もっと忙しくなるかもしれないよ」
俺がボソリとそう言うと、クリスが片眉を上げた。
「今度は何をするつもりなんだ?」
もう、俺の無茶振りに慣れっこのクリスは驚きもしないようだね。
「そうだねぇ。神々の楽園を作るよ」
「は?」
動じそうもなかったはずのクリスだったが、フォークの動きが止まった。
「今、肉体を失った神々の肉体を作るって仕事を始めたところなんだよね」
「神々の肉体? 意味が解らないんだが……」
俺は旅先で神々と約束してしまった事を話す。
「それはトリエンの街に関係がある事なのか……?」
うーん。今現在は何の関係もないかな。
しかし、ヘパさんと約束した事も忘れてはいけない。
「まあ、今後の話なんだが、エマを救出した廃砦を取り壊して、神界の神々が自由に遊びに来れる避暑地みたいなモノを作るつもりなんだよ」
廃砦と聞いてクリスの顔が硬直する。
「あそこはアンデッドの巣窟だろう? そんな所に神々をご降臨させるというのか?」
まあ、言いたいことは解る。
日本人的な感覚だと、穢れ地に神社を建てるようなモンって事だろ?
「ま、神々の無理を聞いてやるんだ。神々の神聖な力で穢れを払ってもらおうじゃないか」
クリスは困ったような戸惑ったような顔になってしまう。
「神罰が怖いが……」
「大丈夫だ。責任は俺にある。神罰を与えたいなら俺に与えればいいと神々には言っておくよ」
俺が肩を竦めてそう言うとクリスは真面目な顔になる。
「ケント」
「ん?」
「ケントが居なくなってしまえば、トリエンの未来はない。
くれぐれも無茶はしないで欲しい」
「大丈夫だよ。そんなヘマはしないよ」
クリスは心底心配してくれてるようなので、無茶もヘマもするつもりはない。
今、神々との関係は良好だし、肉体を作ってやる準備は着々と進んでいる。
何の問題もない。
ま、不測の事態ってのが起きないとも限らないけど、そんな事を不用意に口にして変なフラグを立てないようにしないとね。
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