第25章 ── 第2話

 早速、エマ、アラクネイア、アナベルと共に工房に足を運ぶ。


 研究室に入るとフィルが一心不乱に調合台の上で作業をしていた。

 目が血走っていて少し怖い。


 俺たちが入って来たのにも気づかずに作業しているので、エマが後ろから蹴りを入れた。


「フィル!

 ケントが帰ってきたのに失礼よ!」


 フィルがやっと気づいて顔をこちらに向けた。


「おお、領主閣下!

 見て下さい!

 出来ました!

 とうとう完成です!!」


 大きなビーカーに淡く赤く光るポーションが入っている。


「おー。さすがフィルだな。上級ポーションが完成したのか?」


 俺がそう言うと、エマが処置なしと肩を竦める。


「研究バカの弟と主を持つと苦労するわね」


 エマがそう言うとアラクネイアが顔を背けて笑いを堪えた。


「いいえ、領主閣下……

 これはそれ以上なのです!!」


 血走った目でフィルが胸を張った。


「それ以上だと……

 ちょっと失礼」


 俺は「物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト」の魔法を掛けてみる。


 スゲェ……

 特級ポーションだよ、コレ……


 どうやらフィルは上級を通り越して特級ポーションを作り出してしまったようだ。


「特級だぞ、フィル。

 どうやったんだ?」


 フィルは得意げに笑う。


「製法に付きましては『データベース』? とやらに登録しておきました。

 少々製造にお金が掛かりましたが、満足の行く研究結果だと思います」


 金は問題ないと言うとフィルは少しホッとしたように肩から力を抜いた。


「これを作るだけで金貨五〇〇〇枚も掛かりましたので……安堵致しました」


 え? 金貨五〇〇〇枚!?


 俺はその金額に驚いた。


「安くないか?」

「「は?」」


 フィルだけでなくエマまで素っ頓狂な声を上げた。


「金貨五〇〇〇枚よ?

 どこが安いのよ!?」

「ええ、ボクもそう思います」


 いやいや、ドーンヴァースの頃の特級ポーションは安くても一〇〇〇〇ゴールドだぜ?

 ティエルローゼの相場で考えたら金貨四〇〇〇〇枚にもなる。

 八分の一って……バーゲンセール並の価格なんだが。


 俺の手持ちが三〇〇〇ゴールドちょい。

 消費アイテムだというのに、そんな値段なのでとても買えた金額ではなかったのだ。


「とにかく、良くやってくれた。

 ボーナスを弾まなくちゃならないね」

「何を騒いでおるのじゃ?」


 研究室に古代竜二人を連れたマリスが顔を出した。


「ああ、フィルが特級ポーションを作り出したんだよ!

 しかも、たった金貨五〇〇〇枚程度でだよ!?」


 俺が嬉しげにそういうと、マリスも古代竜たちも首を傾げる。


「特級ポーションとはなんだ?」

「知らぬ。私も聞いたことはない」


 ベヒモスに問われたリヴァイアサンが首を振る。


「特級ポーションとはのう。

 ケントが異界から持ち込んだ回復ポーションなのじゃ。

 ひと飲みでHPが完全回復するらしいのじゃぞ?」


 それを聞いたリヴァイアサンが目を見開く。


「そんな事はあり得まい。

 回復薬は定量回復が基本であろう」


 どうやら、リヴァイアサンは錬金術もかじっているようですな。


「そんなものがあったら、戦い放題だな」


 ベヒモスは興味深げな視線で俺を見た。


 俺はフィルから大ぶりのビーカーを受け取ってテーブルの上に置く。


「これがフィルが開発した特級ポーション」


 続いて、俺はインベントリ・バッグから特級ポーションの小ビンを取り出してビーカーの横に置く。


「これがドーンヴァースの特級ポーション」


 リヴァイアサンがしゃがんでテーブルの上のポーションを水平に見つめる。


物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクト


 無詠唱で呪文を唱えた彼女の目が驚きに染まっていく。


「そんなバカな……

 いや、間違いない……

 フル・ヒーリング・ポーションのようだ……」


 俺はニヤリと笑いフィルに目を向ける。

 フィルもニンマリと笑う。


「どうです?

 ウチの研究員は凄いでしょう?」

「感嘆の極み。

 錬金術者としてはティエルローゼでは一番と言ってよかろう」


 リヴァイアサンの口から出た言葉にエマもビックリ。


「フィルが世界一?

 私もうかうかしてられないわね……」


 フィルもその言葉に満足げだったが、彼はそのまま後ろにバタリと倒れた。


「フィル!?」


 俺は慌てて倒れたフィルを抱き起こした。


「ぐごぉぉ……スピー」


 俺はポカーンとしてしまった。


「寝てやがる」

「ぷっ……ケントを……驚かせるとは……やるな……」


 後ろの影からハリスの声が聞こえた。

 どうやらハリスは影に潜んで見ていたらしい。


 俺はフィルを抱き上げて近くにあるソファに放り込む。


「人騒がせなやつめ。

 まあ、成果に免じて許してやるか」

「ほんとね。我が弟ながら世話が焼けるわ」


 エマも俺の言葉に同意してくれる。


「確かにケントの周りは面白いモノが多いようだ。

 ベヒモスが見ておこうと言った事は正解だったな」

「そうだろう? ワシの勘は大したもんだろうが」

「お前の勘を疑った事はないよ、ベヒモス」


 どうやらベヒモスは野生の勘が鋭いらしい。

 直感的な脳筋は侮れないな。



 午前中は、古代竜二人に魔法工房を案内した。


 マストールは二人の古代竜に会った瞬間、跪いて硬直してしまった。

 名乗る前から跪いたところを見ると、何か感じ取ったようだね。


 その為、鍛冶場の施設に関してはマタハチが説明して回った。


 マタハチも一端の鍛冶屋の弟子らしくなって来ている。

 マストールがスパルタ教育をしているようで、東方語も上手く喋れるようになってきたらしい。

 まだ九歳の子供なだけに、砂が水を吸収するようにモノを覚えるようだね。


 ちなみに、アリーゼはというと、フロルと共に工房の保全に尽力しているらしい。

 リペアラーのユニーク・スキル持ちなので、フロルが大いに助かると言っていた。


 アリーゼはフロルをゴーレムだと知らず、人間の女の子だと思っているらしい。

 若いのに凄い子だと俺に耳打ちしてきたんで発覚した。


 エマも教えてやらなかったらしい。

 いたずらも大概にしておけよな。



 午後になってから本格的に神々の肉体創造の研究を開始する。


 古代竜二人はマリスに案内されて俺のゴーレム部隊の視察に向かった。


 きっとベヒモスがゴーレム部隊と戦いたいとか言い出すかもと思ったが、それもゴーレム部隊と指揮官たちの経験になるだろう。


 多少部隊に損害が出ても貴重な経験とは替えようがないからな。

 指揮官たちには後で謝っておこう。


 という事で、まずはアナベルの身体を調べる事にする。


 アナベルが羞恥心なしで神官服を脱ぎだして、エマが金切り声を上げたので、 脳内フォルダに映像を保存しつつ研究室から一時撤退した。


 アナベルの身体の検査はアラクネイアとエマに一任しておこう。


 俺はフロルの研究開発についての文献をシャーリー図書館で調べて過ごした。


 フロルの肉体の核には闇石が少量使われているらしい。

 重力を切り離したり、不死に効果があったり……便利物質だな「闇石」。


 死霊術師ネクロマンサー的な側面がシャーリーにあったことに驚きもしたが、アンデッドを作り出そうとしていたんじゃないので問題はないだろう。


 何時間かの検査によって、アナベルの身体の秘密が解ってきた。

 アナベルの心臓付近に「神輝石」という非常に珍しい結晶があることが判明した。


 神力を溜め込む特徴がある輝石らしく、非常に珍しい石なのだそうだ。


 信託の神官オラクル・プリーストの全てが神輝石を体内に溜め込んでいるのだろうか?

 この石がないと神々の肉体が作り出せないのだとしたら、非常に厄介な事になるのだが、俺にはそんなの問題にもならないのだ。


 何故かって?

 俺には大マップ画面の検索機能があるからね。


 神輝石というモノの希少性がどうであろうと、そのモノの特徴と名前が俺の脳に記憶された以上、ティエルローゼ上にあるモノは全て検索が可能なのだ。


 これほど便利な機能はドーンヴァースにすらなかったからな。

 今、探偵になったら探し物のエキスパートになれるに違いないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る