第25章 ── 肉体創造と神々の楽園

第25章 ── 第1話

 寝ぼけ眼で起き出した俺は、無意識に館の調理場に足を運ぶ。


 かまに火を入れ、米を研ぎ、ご飯を炊き始める。


 ボケッとかまの火を眺めながら座り込んでいると、料理長のヒューリーが欠伸をしながらやってきた。


「うぉ!? 旦那様!?」


 俺に気づいたヒューリーがしゃがみこんでいた俺に気づいて飛び上がった。


「やぁ、おはよう」

「こんな早朝から何をなさっておいでですか!?」

「ああ。今、ご飯を炊いているよ」

「そのような事は私がいたしますので……」


 主人たる者が下の者の仕事を奪っているのは解っているが、火を見ていると無心になれる気がするので無視して火の管理をする。


 実際は無心ではないんだけど。


 夢の中にウルドが出てきて釘を刺していったので、神々の身体の創造についてのアイデアを考えているのが現状だ。


 まず、神々の身体に必要な条件は何だろう?


 一番重要なのは、神力の器という能力。

 基本的に人間の魔力と似たものではあるが、これを生体に詰め込むだけの精神強度が必要だ。

 神々の器になれるアナベルに協力頂いて、身体の隅々まで調べてみようかね。


 第二に必要なのは不死性だろうか。

 神々には不老不死の肉体が必要だ。

 物理的に破壊される事はあっても、勝手に老いたり劣化したりしては元も子もない。


 第三は、それぞれの神の精神にフィットする事だ。

 こればかりは肉体のない神たち個々人と面会なり何なりが必要な気がするんだが、調整が利いて汎用的な身体を作り出さないといけないね。

 これは一つ目の神力の器を宿す身体にするのにも使えそうだねぇ。


 これらを踏まえて神々の身体を作るつもり。


 で、身体製造に必要な設備だが、実はこれは工房にあったりする。

 実験室に培養槽が一つあるのだ。


 この培養槽はシャーリー・エイジェルステッド製の逸品で、彼女の英知の結晶といえよう。


 神々の身体を作り出すのにコレを使おうと思っている。


 シャーリーがこの培養槽を作るに至った理由は何かだって?

 ナビゲーター・ゴーレムであるフロルを作り出すためだよ。


 フロルは不死生体ゴーレムだ。


 そう……

 老化も劣化もせず、ずっと工房を守ってきたフロルこそが答えだろう。

 あの素体が神々の肉体として使えると俺は考えていたわけ。


 魂のないゴーレムの身体を作り、それに神々の精神体を定着させる。

 上手くいくと思わないか?


 シャーリーのお陰で何とかなりそうですな。


 ゴーレムの素体作りは問題なく作り出せそうだが、それぞれの神々に適合するように調整するのが難しい。


 俺は魂を宿すような身体に調整するような知識がない。

 ここで役に立ちそうな人物が仲間に一人いる。

 アラクネイアですな。


 彼女は魔軍のために合成獣を作り出したり、既に種族と呼べそうな生命の創造をやってきた生命体創造のエキスパートだ。

 彼女の知識や技術に期待せずにはいられないだろう?



 などと考えているうちにご飯が炊けたので、その他の料理に取り掛かる。


 今日は鮭定食。

 こんがり焼いた鮭、だし巻き卵、カリカリベーコン、味噌汁、海苔、自前で漬けてみた大根の漬物。


 テキパキと料理を用意する俺を横でヒューリーが必死に補佐してくれる。

 彼も俺のレシピを手に入れるために必死だ。


「大根おろしを用意してね」

「畏まりました」


 大根おろしに適した卸金おろしがねは、以前俺が工房で作っておいたものだ。

 ヒューリーは器用に卸金を使って大根を卸していく。


 おかず作りをヒューリーとやっている内に副料理長のナルデルや他の料理人もやってきた。


 来た早々にナルデルが「料理長だけずるい!」とヒューリーを責めていたが、早起きしてなかったナルデルが悪い。


 早起きは三文の得って言うじゃんね。

 あれ? 三文程度しか得じゃないよって意味だっけ?

 まあ、いいか。


 鮭定食は以前にも作っていたので、ナルデルも他の料理人たちも用意を始めた。


 六人で用意するのであっという間に料理が出来ていく。

 手が増えたので、残りの準備は料理人たちに任せておくとしようか。


 俺は食堂に行き朝食が出てくるまで椅子に座って待つことにした。


 俺の次に食堂に来たのはエマだ。

 薄汚れたピンクのローブで食堂に入ってきた。


 どうやら、また徹夜で何かしていたらしい。


「あら、ケント。帰ってきたのね」


 久々に会ったというのに、この言い草。

 しかし、その目は凄い嬉しそうに細められている。


 やっぱりソフィアの言ってた通り「ツンデレ」なんですかね。


「エマ、今日から忙しくなるぞ。

 手伝ってくれるだろう?」

「今度は何をするつもり?」


 少し嫌そうな顔を作るエマだが、その目はやはりギラリと輝いている。


「ああ、旅先で神々と約束をしたんだよ。

 彼らの失われた肉体を作る」


 俺がそう言うとエマは心底驚いたような顔になる。


「神々の肉体を作るですって!?」

「そうだ。

 工房の設備があれば作れると思うんだけど」


 エマが顎に指を当てて虚空を見つめる。


「神々の肉体……フロルの素体が使えそうね。

 培養槽が一つしかないわね。

 まずは培養槽を増やそうかしら」


 さすがエマだ。

 俺の目論見と同じ所に着眼したか。


 俺がニヤリと笑うと、エマはこちらに目を向ける。


「それにしても、相変わらずケントは大事を持ち込むわね」

「それが俺の持ち味さ」

「全くね」


 そこまで言うとバンと大きな音を立ててアナベルが入ってくる。

 いつもはお寝坊さんの彼女が早起きとは珍しい。


「おはようございます!」

「ああ、今日は早いな」

「当然なのですよ! マリオンさまが夢に立ちましたからね!」


 どうやらアナベルの夢にはマリオンが来たらしい。


「何やらケントさんのお手伝いをするようにって言われたんですけど?」


 俺はコクリと頷いておく。


「ああ、神々の肉体を作る事に手を付けるつもりだ。

 それで、アナベルの身体を詳しく調べさせてもらいたいんだよ」

「私の身体です?」


 アナベルが両手で巨乳を下から押し上げてユサユサと揺らす。


 そこは胸であって身体じゃねぇよ。まあ、眼福ですが。


 次いでハリスとトリシアがやってきた。


「よう。早いな」


 トリシアはニヤリと笑ってそう挨拶してきた。


 ハリスは俺の顔色を見て、周囲を見回している。

 また何か始めそうだと勘付いたような顔つきです。


 アモンとアラクネイアが入ってくる。


「主様、申し訳ありません」


 アモンがいきなり跪いて謝るので俺は眉間に皺が寄る。


「何で謝るんだ? 何か不手際でも?」

「はい。まさか朝食の席に主様よりも遅く顔を出すとは……」


 苦笑してしまう。

 そんなことはどうでもいい。

 主の気まぐれに配下の者が気を病む必要はない。


「気にするな」

「寛大なお心に感謝を」


 アラクネイアもアモンのように跪こうとしたが、手を振って辞めさせる。


「アラネア。今日から貴女に手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「何なりとお申し付け下さい」


 俺の言葉にアラクネイアは跪く。


「今日から神々の肉体を創造する仕事に取り掛かるんだ。

 合成獣やアラクネーを創り出した貴女の手腕に期待している」


 アラクネイアの目もエマのように輝いた。


「畏まりました。妾の知識がお役に立つならば喜んで」


 彼女も研究者気質なのかもしれない。

 彼女の仕事ぶりは見たことないので、少し楽しみですな。


 古代竜二人がマリスに案内されて食堂にやってきた。


「ここは朝飯も美味いらしいではないか」

「そうじゃぞ……見れ」


 マリスが俺の座っている姿を見て、俺を指差しベヒモスを見上げる。


「ケントがもう来ているのじゃ。

 今日はケントの朝食に違いないのじゃ。

 美味いのじゃぞ?」


 俺は笑いながら「御名答」と答えてやる。

 マリスも嬉しげにニッコリ笑った。


「それはそれは、期待しておこう」


 リヴァイアサンも嬉しげに笑った。


 仲間で最後に来たのはフラウロスだ。


 猫科だからな、仕方ない。


 ちなみに。

 エマ曰く、フィルは工房に籠もりっきりだそうだ。

 どうやらフィルは特級回復ポーションの足がかりに王手を掛けたとかで、連日徹夜に近い状態だそうだ。

 上級が出来たってのは聞いていたが、俺たちが冒険の旅に出ているうちに特級ポーションへ繋がる技術を確立していたようだ。

 やはりフィルを囲い込んだのは正解ですな。



 そして朝食の時間になり、出てきた鮭定食に肉がないとかでベヒモスが少しガッカリしていた。カリカリベーコンがあるだろ。

 焼き魚があったのでリヴァイアサンは満足げでしたが。

 それでも二匹の古代竜はガツガツと朝食を食べた。


 文句を言っていた割にベヒモスがお代わりをしていたので問題無さそうだ。

 さあ、忙しくなりますね。

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