第24章 ── 第33話

 食後、王族の談話室で秘密会議が執り行われた。


 王族の談話室は、通常王族以外が入ることは許されない領域だが、秩序の守護者たる古代竜二人が来ている事で、王が是非にと俺たちも含めて招き入れることになった。


 ここには城の召使いも限られたものしか入れない。

 信用の置けないものは一切入れないのだ。

 フンボルト侯爵は、王の子供時代から王家に仕えている重鎮なので、今回は特別に同席が許されている。


「さて、お伺いできますか?」


 宴などで打ち解けた感じはあるが、王と宰相の緊張は完全に解けていない。


「うむ。私が海の秩序を任されているのは知っておるか?」


 リカルドはそう聞かれて宰相と顔を見合わせる。


「いえ……

 海の大古龍リヴァイアサン様の名前は耳にしておりますが、そのお役目などを詳しくは知りません」


 そう答えられたリヴァイアサンは軽く頷く。


「そうであろう。

 太古の時代に我らと神々によって取り決められた事ゆえ、人間どもには忘れられておろうな」


 しかし、別に秘密ではないとリヴァイアサンは言う。


「我らは海と地上を神々によって任されている。

 海には海の、陸には陸の秩序がある。

 それを護るための力として我らの存在は、この世界で認められた」


 リヴァイアサンは今回のシュノンスケール法国について切り出した。


「今回、地上の人間が海を汚し、海の秩序を乱した。

 多数の生物が戦う機会も与えられず、むざむざと死に直面した。

 これは海の秩序の守り手として看過できぬ事であったのだ」


 法国はドーガ量産のため、大量の廃棄物を海に垂れ流していた。

 そのため法国周辺の海は汚染され、多数の海洋生物に被害が出ていたのだとリヴァイアサンは眉間に皺を寄せて言う。


「そ、そんな事があったのですか」

「そうだ。

 そして、私はあの地の人間を滅ぼすことにしたのだ」


 人間が自らを万物の霊長としてデカイ顔ができる地球とは違い、ここは人間以上の力を持った英知を秘めた生物が存在する。

 その者たちが構築する秩序を乱せば、排除されるのは人間に他ならない。


「なるほど……それが古代竜様たちの怒りに触れたのですな……」


 リヴァイアサンは頷くと、鋭い視線を王たちに向けた。


「幸い、今回は其方らがケントを派遣していたお陰で、我らの労力は少なくてすんだ。

 何か礼をしたいが、欲しい物はあるか?」


 古代竜からの贈り物と聞いて一瞬だけ王たちは顔に喜色を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。


「今回は神々のお恵みでしょうか、巡り合わせと申しましょうか。

 運良く辺境伯たちがお役に立てたようです。

 我らの功績でもありませんが……

 しかし、何か礼をと仰せなら、我が王国の人間たちの安寧を今までと同じように見守って下さいますようお願い申し上げます」


 王はそう言うと頭を下げる。

 フンボルトもほぼ同時に頭を下げた。


「ふむ。無欲よのう」


 リヴァイアサンは少し目から力を抜いた。


「では、こうしよう。

 私は海の古代竜。其方らの操る浮船に多少加護を与えてやろう。

 私はこのくらいしかせぬよ」

「ワシは木っ端な竜族がこの地で暴れぬように見張ってやろう」


 ベヒモスがニヤリと笑って付け加えた。


「ありがたき幸せに存じます!」


 国王も宰相も心底嬉しそうに笑顔になった。


 彼ら自身の経験ではないにしろ、オーファンラント王国はグランドーラというエンシェント・ドラゴンに砦を破壊されている。

 最強種の古代竜が他の竜によるオーファンラントへの襲撃に目を光らせてくれるという申し出は為政者にとって嬉しいことだろう。


「安請け合いしていいの?」

「構わぬ。我らに従わぬ竜族など捻り潰す」


 ベヒモスが軽く言い放つが、怪獣大戦争という言葉が俺の脳裏にまたもや過る。


 そうなってもらっては困るなぁ。注意しておかないといけない案件だな、こりゃ。

 下界で暴れられたら被害がデカイからね。



 古代竜たちの案件が終わり、元法国の領土をどうするかという話し合いが俺、王、宰相の三人で話し合われた。


 一応、俺が陥落させた国なので俺の領土という話があったが、俺は固辞した。

 地下深くに埋まってしまったアダマンタイト鉱床はともかく、人的資源が完全に絶えたあの地の運営は面倒だし、手持ちの人員では回すことも出来ないだろう。


「今回、被害が大きかったアルバランとピッツガルトが二分するのがいいのではないでしょうか?」


 どちらの領地も大領地だし、領主は大貴族だ。他の貴族からのやっかみも少ないに違いない。


「それでは辺境伯殿の旨味はまるでないですな」


 宰相にそう言われ、ふむと俺も考える。


「では地下資源が発見された場合、採掘権は俺にあるというのでは?」


 アダマンタイト鉱床があるのは解ってるし、採掘する場合に汚染などの公害被害を抑える技術は俺が独占しているからな。


「もちろん、領主への上納、王国への納税はキッチリさせてもらいますが」

「ふむ。妥当だろうな」


 王の了承が得られればこっちのものだね。


「では後日書類にしてトリエンに送る手配をしておきます」


 宰相は王にそう告げる。

 王は「頼む」と一つ頷いた。



 事後処理などについての話し合いも終わり俺たちは城を後にすることにする。


「それでは陛下、宰相閣下、何かありましたらご連絡下さい」

「辺境伯、本当にご苦労だった」

「勿体ないお言葉です」


 俺は王の労いの言葉にニッコリと笑ておく。


「それでは失礼致します」


 俺は魔法門マジック・ゲートをトリエンへと繋げる。


 鏡面のような転移門ゲートを古代竜の二人は興味深そうに見ている。


「このような魔法は初めて見るな」

「詠唱がなかったし、原始魔法なのではないかな?」


 いえ、無詠唱で唱えているだけです。

 俺たちのようなドーンヴァースからの転生者や魔族たちには普通にできるんだけどね。


 トリエンへと転移すると、相変わらずリヒャルトさんが出迎えに出てきている。


「お帰りなさいませ、旦那さま」


 数は少ないがメイドも二人ほどリヒャルトに付いている。


「ああ、あれから変わりはないね?」

「はい。滞りなく」

「今日から二人、お客を迎えるよ。

 決して失礼のないように頼むね」

「お任せ下さい」


 打てば響くように応えが返ってくる。


 優秀な執事やメイドは便利ですな。

 アモンも執事を自称しているだけあって、リヒャルトさんの有能さには一目置いているようだからねぇ。


「では、お客さま、客室にご案内させていただきます」

「うむ。頼むぞ」

「明日は色々見せてもらうぞ」


 リヴァイアサンはリヒャルトに頷き、ベヒモスは俺に領地の案内をリクエストしてくる。


 やれやれ、面白いことって何だろうね。


 もう深夜近いので仲間たちも自室に引き取った。


 俺も寝室に入り布団へと潜り込む。



「……おい」

「ん?」

「起きぬか!」


 目を開けると真っ暗な空間にいた。


 ああ、何度か来たことあるな。


「誰?」


 マリオンにもイルシスの声なら解るが、今回の声は知らない。


 見回すと、俺の腰下あたりに小さい頭があった。


「えーと、どちら様?」

「我は神なり」

「いや、そういう事を聞いているんじゃねぇし」


 目の前に少年が立っていて胸を張って腰に手を当てている。


 どうみてもマリスの劣化版ですな。

 可愛げがある分、マリスの圧勝です。


 まあ、少年だけに可愛いとは思うが、少し居丈高で生意気そうですな。


「我の名はウルド。先日の戦い見事であった」

「一方的な蹂躙だったけど?」

「それもまた戦いよ」


 ニヤリと笑う悪ガキ風のウルド。


「そりゃどうも。

 で、今日は何の用かな?」

「ふむ。汝は話に聞くように偉そうだな」


 ウルドは面白そうに言う。


 そう言われてもね。これが俺の持ち味だよ。

 別にウルドには何の恩も義理もないしな。


「先日の褒美を渡そうと思ってな」

「褒美?」

「我の加護を与えよう」


 うーむ。俺は軍隊として戦うことはないし、別に必要はないんだが。


「まあ、くれるなら貰っておいてもいいけどさ」

「欲しくはないのか?」

「別に。個人戦闘は多々あるけど、軍隊として戦ったりしないからな」

「なるほどな」


 ウルドは少し考え込む。


「では、加護はマリオンのようなモノにしておくか。汝らが言う能力値の底上げでどうだ?」


 それはありがたいね。

 レベル一〇〇にはなったけど、ドーンヴァースのような課金要素がないので、能力値の底上げを課金できなくなった今は助かるね。


「それはいいね」


 俺が笑うとウルドも笑う。


「で、例の件は大丈夫だろうな?」

「例の件?」

「肉体の話だ」

「ああ、あれか。大丈夫だと思うよ」

「それが聞きたかったのだ」


 ウルドがそう言った瞬間、ハッと目が覚めた。


「ありゃ?」


 周囲を見回すといつもと同じ館の寝室だ。

 外は既に白じみつつあり、既に小鳥の鳴き声が聞こえている。


 何だよ。ウルドはアレを言うためだけに出てきたのか?

 困ったもんだな。

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