第24章 ── 第31話

 法国内のあちこち散らばっていた赤い光点の掃討も三日ほどで終わり、シュノンスケール法国の統制下にあった法国民は完全にいなくなった。


「作戦終了。本国に帰還する」


 ちょっとカッコつけて言ってみた。

 冷やかされたり笑われると思ったが、マリスとアナベルはニンマリ、トリシアは片方の口角を上げ、ハリスは頷く。


「テレジア、貴女に命じられたことは終わったね」


 そういうと、彼女は少し視線を落とした。


「すまぬ。ただの人間と思っていたのだ。神々の寵愛を受ける其の方に命じるなど、少々傲慢であったな」


 俺は苦笑してしまう。


 確かに神話級の古代竜は偉いと思う。


「いや、ただの人間だよ」


 俺は彼女の言葉に首を振った。


「貴女は神々の命令に従っている存在だ。

 ただの人間に威厳を持って命ずることは何の問題もないと思う。

 俺はちょっと神々と知り合いってだけで、彼らの命令なんて聞いてないからね。

 神々に願われれば聞くくらいはするけど、基本的に俺は自由に振る舞っている。

 貴女たちほどの滅私の精神は持ち合わせていないんだ」


 神々と戦争しても対等に渡り合えるほどの力があるのにな。

 その自由を神々に捧げた彼ら神話級の古代竜には本当に頭が下がるよ。


 どんな我儘でも通せる力も持っている存在が、その力を思うがままに使うのではなく世界の秩序のために使っているんだ。

 どれほどの自制が必要だろうか。


 俺も人間の秩序の中では我儘を全て通せるだけの力はあると思う。

 ただ、その力に溺れてしまうのは怖い。


 全ての自由を通せば、自ずと他の者の自由がなくなる。

 些細でも自分の我儘を通すという事は、他の者の自由を少しずつ奪っていく行為に他ならない。

 時にはその自由が他の人よりも少ない量でいいと言う人もいるだろうし、そういった余分にある自由を他の人間に分け与える事で社会というものが成立していたりすると思う。


 そうだからこそ、権力者が自制していかねばならない理由なのだ。

 力があるからこそ、自分に義務を課していく必要がある。


「ワシらも結構自由にやっているのだがな」


 少し茶化すようにベヒモスが口を挟む。


「でも、いざ問題が起こった時、貴方たちは全てをなげうって秩序のために行動するだろ?」

「ま、それが我らに課せられた義務だからな」

「そう。この世界で生きていく事を神々に約束させたのだから当然の義務であろうよ」


 魔族を含め、カリスに作られた彼らにはティエルローゼで生きていく権利は与えられていなかった。

 だからこそ、その生存権を手に入れるために神々に自らの自由を差し出したのだ。


 俺にはそんな事はできない。


 では、他の古代竜についてはどうなのだろうか?

 彼らは神々に自由は差し出していないと思う。


 ただ、世界の秩序に対抗しないという事で、神々にお目溢しされているのかもしれない。


 そういった破壊的力を持つ存在を神々が黙認している理由は何だろう?

 多分、人間が増長する事への抑止ではないだろうか?


 増長した人間は、時として神々へ反発するに違いない。

 現実世界の神話にもよくある話だ。


 転生人である俺らはともかく、トリシア、ハリス、アナベルといった高レベルな人類種が多く現れ始めれば、神々に対抗しはじめるかもしれない。

 そうなれば、ティエルローゼは混沌に陥るだろう。


 古代竜たちはそういう事態に人類を相手にするための抑止力なのではないか。

 だからこそ、カリスに作られし生物である彼らが黙認されているんだと俺は推測した。


 俺らドーンヴァースから転生してきた人間は神々に作られたのでもない。

 外世界の人間だし、神々にとっては頭の痛い存在に違いない。


 早い段階で神の一柱として神界に縛りたいんだろうな。


 アースラが良い例だろう。

 彼は転生時には既にレベル一〇〇で、神々に味方した事で神として迎え入れられたという。


 その内、俺もそういう扱いをされるのは目に見えている。

 大きな権限が与えられる以上、同程度の義務が発生するのは、先程言ったとおりだ。


 俺はそんな義務とか面倒で嫌なんだよな。

 貴族になるのすら、非常に面倒に感じたんだ。


 権力者に逆らうとその後の冒険がしづらくなるし、もっと面倒な事になる。


 どうせなら国王に気に入られた方が自由に好きなことができるかもしれないと思って貴族になったわけ。

 自分の好きなように動けるというのは本当にいい。


 実際、今はいい感じになってきている。

 それらしい理由を付けて国王に進言するだけで、思うがままに行動できているからね。


 やはり権力側に与するのは正解だったわ。


 でも神にされるのは御免被ごめんこうむる。


 好きな時に下界に降臨できない神などになってたまるか。

 下界こそ冒険の舞台だろう。


 神界に解き明かさなければならない謎があるか?

 壮大な冒険の日々が待っているか?


 俺はそう思えない。

 全てが完璧な調和、そして平穏。

 チープだが、そんなイメージしか浮かばない。


 いわゆる天国やら楽園やらって退屈そうじゃん?


 少しのスリルとサスペンス。

 人生にはそんなスパイスが必要だと思う。


 実際、今、神々で話題になっているのが「俺」らしいからな。

 多分、神界は退屈なんだろう。


 アースラも理由をつけては降臨してくるしなぁ。


 軍神ウルドすら「すわ戦争だ!」って事で降臨してたし。

 あ、あれは俺の踊りと祈りの所為か?


 そういや、マリオンも「照覧あれ」とか言ったら降臨したっけ?


 教訓。

 不用意な祈りは神の降臨を招く。


 肝に銘じておくことにする。



 と、色々考えているうちにオーファンラントの王都付近まで到着した。


 俺は王城の中庭にゆっくりと飛行自動車を着陸させた。


 慌てたように中庭付近にいた城の召使いたちが出迎えてくれる。


「クサナギ辺境伯様。ご無事のご帰還嬉しく存じます」

「あ、どうも。

 国王陛下や宰相閣下は今どこにいます?」


「執務室で政務を行っていらっしゃると存じますが、ご案内いたしましょうか?」

「そうだね。報告もあるし、よろしくね」

「畏まりました」


 召使いが頭を下げると同時に、別の召使いが足早に城の中に入っていく。

 多分、先触れになるつもりなんだろうね。


 俺たち一行は、対応してくれた召使いに連れられて王城の廊下をゆっくりと進む。


 以前、来た時のようなピリピリした感じはしなくなっている。


 戦勝祝賀会なんかやったんだし、もう戦時じゃなくなったという事だろうね。


 何度か入った事のある王の執務室前に着くと、先触れに走っていった召使いが扉の前にいた。


「国王陛下と宰相閣下がお待ちでございます」


 俺がその召使いに頷き返すと扉を静かに開けてくれる。


「国王陛下、只今戻りました」


 足を踏み入れつつ声を掛けると執務机の向こう側の国王もその前に立つフンボルトもにこやかな笑顔で迎えてくれた。


「よくぞ戻った、辺境伯殿」

「良い知らせだと期待しているぞ」


 まあ、悪い知らせは持ってくるつもりはないけどね。


「シュノンスケール法国を滅亡させて来ました」


 俺がそう言うと、二人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「は?」

「滅亡?」


 俺は重苦しく頷いた。


「法国の法王、その部下たちは全て消滅。

 法国民はひとり残らず、殲滅してきております。

 現在、法国領土内に敵対する人間は存在しません」


 さすがの国王も宰相も開いた口が塞がらないようだ。


「そ、それは……少し苛烈すぎではなかったのかね?」


 フンボルトは眉間に皺を寄せた。


「全く降伏勧告に従わなかったのか?」


 国王の言いたいことも解る。


「降伏勧告をしようとも思いましたが……」


 俺はテレジアをちらりと見る。

 その視線に気づいたのかテレジアが前に出てきた。


「その経緯に付いては私が話そう」


 突然、後ろから出てきた白いドレスの美女に、国王も宰相も怪訝な顔になった。


「この女性は誰だね?」


 俺が連れてきた以上、それほど怪しい人物ではないと宰相は思ってくれたようで、目に見えて警戒する姿勢は取らなかった。


「えーと、こちらの二人は陛下たちにはお初の顔合わせになると思いますが……」


 俺がそう言うと、ベヒモスも前に出てきた。


「ワシはベヒモスなり」

「私はリヴァイアサンと申す」


 ポカーンとした国王と宰相の顔が、名乗られた名前を理解していくうちに白く、そして青く、どす黒く変わっていく。


 そして、国王は執務椅子から立ち上がると、宰相の横まで移動する。


「ロゲール、ここは最高の礼を以て事にあたるべきだろう」

「左様です、陛下。

 この方たちの怒りを買ったらオーファンラントは瓦礫の山になりまする」


 国王は跪き、テレジアの手を取って軽く口付けをした。

 宰相はベヒモスの前で同じように跪き、深々と頭を下げる。


「最高、最古の古代竜さま方に拝謁でき、心より嬉しく思います」

「我ら人類は神々の秩序の元、生きていく所存にございます」


 そこまで畏まる必要があるのかな?

 実際、意思の疎通をしてみれば、それほど怖い人たちじゃなかったっけど。


「人間の王たちよ。そこまで畏まる必要はない。

 我らは今、人間に変化しているのでな。要はお忍びだ」


 ベヒモスがニヤリと笑う。


「今はケントに同行しておるが、用が済めば本来いるべき場所に早々に戻る。

 心配は無用であるぞ」


 テレジアは少し優しく王に語りかけた。


 オーファンラントという東側一の大国の王が頭を下げる事など、普通はありえない。

 しかし、世界の秩序の一角を護る存在の前には頭も重くなるという所か。

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