第24章 ── 第29話

 大人しく俺たちの自己紹介を聞いてた二匹の古代竜だが、それが終わると眼光が厳しいものになる。


「冒険者ケントよ。

 エルフや人間はともかく、其方は若き古代竜、世界を二分した古き魔族を従え、何を目論んでおるか聞いておきたい」


 別に何も目論んではいませんが。


 リヴァイアサンは未だ粉塵渦巻く隔離障壁にチラリと視線を向けつつ続けた。


「其方だけですらあれだけの戦闘力を秘めておる。

 これだけは聞いておかねばならぬ」


 俺は何がしたいか考えてみる。


「そうですねぇ……楽しく平和的に冒険ができればいいと思ってますが……」


 以前、誰だかに聞かれて同じような事を言った気がする。


 俺のその答えにリヴァイアサンの目に少々混乱の気配が宿る。


「冒険? それも楽しく平和的に?」


 リヴァイアサンがベヒモスに問い掛けるよう顔を向ける。


「ベヒモス。楽しく平和的な冒険というものがあるのか?」

「寡聞にして知らぬ」


 リヴァイアサンは溜息混じりに視線を落とす。


「其の方に聞いた我がバカであった」


 うわ。ベヒモス、バッサリ切り捨てられましたよ。

 もしかしてベヒモスって思考担当じゃなくて暴力担当?


 リヴァイアサンは気を取り直して俺に向き直る。


「その真意は?」

「真意と言われてもね。俺はゲームをしていただけなのに突然この世界に転生した。

 誰に連れて来られたのかもしらない。

 だったら、ゲームの続きとして自由に楽しく冒険するだけだ」


 何も目論んでないんだからな。


「それと、この世界で生きていかねばならないなら、俺の周囲に集まる人々とも楽しくやっていきたい。

 それだけだよ」


 リヴァイアサンの目の色はますます混迷を極める。


「転生……?

 其の方は……アースラ殿と同様に転生してきたと申すか?」


 流石にリヴァイアサンたち古参古代竜は転生者の事を知っているようですな。


「ああ、そうだ。

 俺が聞いただけでも、俺を含めてもドーンヴァースからの転生者は六人いる。

 知ってるか?」


 リヴァイアサンはジロリと俺の顔を窺う。


「転生者か……我の知る転生者は三人しかおらぬ。其の方を入れたならば四人目となろう」


 ま、最終兵器的な伝説のドラゴンが、情報を仕入れまくって事情通ってのも物語によっては無いこともないんだろうけど……


 情報を嗅ぎ回る巨大ドラゴンが街を闊歩するのを頭の中で想像して苦笑が漏れる。

 そんな世紀末的情景は見たくない。

 第一、巨大ドラゴンが街を闊歩したら町並みが踏み潰されるわな。情報収集どころの騒ぎじゃない。


「貴女の知っている三人は、アースラとシンノスケとタクヤの三人だろう。

 今、このティエルローゼには、それ以外に三人いるんだよ」


 俺は秩序の守護者たるドラゴンに残りの者について教えてやる。


「ふむ……イルシスの手の者が転生者であったとは……それに生物の敵たるノーライフキングとはな……」


「いやいや、ソフィアは厳密には生物ではなかった者だ。こっちに来て生物としての性格を獲得したんだろうね。

 それにセイファードは、アンデッドの長に収まっているが、ちゃんと人間の王国を運営している。派手に暴れる気もない平和的なやつだから危険視するなよ」


 俺にしたって貴族に祭り上げられて領土の運営をさせられている。

 色々考案してきたが、本当に大変なんだよな。


 だからセイちゃんの国家運営の苦労は計り知れない。

 拡張主義でもないし、鎖国に近い状態の小国ペールゼン王国は、国民の生活に不自由がないよう運営するのは至難の技だと思う。


 彼の人柄を知らないくせに、モンスター的な外見だけで害悪だとか思われたらたまらない。


「危険視はしておらぬ。

 どのような経緯にしろ、人がノーライフキングになるには死の神の寵愛があるものだ。

 その者も死の神の加護があるのだろう」


 ほう。それは面白いね。


 俺の知る死を司る神はタナトシアしかいないけど、彼女と話した時、自分以外にも担当者がいるとか言っていたっけな。


 そういえばマリオンが言った死と闇を司るのはレーファリアと別の名前を言ってた気がする。

 死と闇の神が何人もいるってのが怖いけど、人間ごときが知っていい情報じゃないかもしれん。


 何にせよ、誰かの加護をセイファードは受けているに違いないって事だね。


「アースラ殿が転生してこられた折は、世界はまさに混沌に落ちようとしていた頃の事であった。

 他の二人の頃もな。

 転生者とは世界が混迷を深める際に呼び出される存在なのかもしれぬ」


 ふむ。そういやセイファードの頃はカリオス王国とバーラント共国が大戦争をしていた頃だっけ。


 ソフィアの転生にも世界が何らかの混乱期に陥っていたのかもしれないね。

 二〇〇〇年くらい前だというから……アーネンエルベ魔導文明の崩壊あたりか?

 そういや、ベリアルにアゼルバードが破壊された頃の話だよな?

 確かに混乱期かもしれんな。


「世界の混乱に反応して転生か。俺の場合はどの混乱が関係してんだ?」


 実際、俺の経験してきた事から考えても、それほどの混乱は起きていない気がするのだが?


「其の方が既にその混乱を鎮めたやもしれぬし、これから未曾有の混乱が訪れるやもしれぬ。

 それは神にすら解らぬ」


 そういう変なフラグを立てそうな事を言わないでほしいな。

 そうなったら否が応にも関ることになりそうで嫌な気がする。


 ま、それも冒険の一つなのかもしれないけども、もっとカジュアルにサラッと解けるクエストにして頂きたい。

 コンピュータゲームと違ってストーリーもシナリオも決まってない世界でのクエストは結構大変なんだよ。


「俺の所属する国に戦争吹っかけて来たって状況があったから今回の法国には俺が出馬してきたわけだけど、あまり混迷極める状況の解決とかに駆り出されたくないね」


 俺が頭を振るとベヒモスが笑い出す。


「確かにそうだ。良く解るぞ。

 頭を使うような状況は御免こうむる」


 やはり貴方、脳筋でしたか。

 もしかして、ドラゴンに戦闘狂が多いのは貴方の血が受け継がれているからでは?


「其の方は嘘は言っておらぬようだ。

 その言葉信じよう。

 では、我らはそれぞれの受け持ちする場所へ戻るとするか」


 リヴァイアサンは一つ頷くとそう言った。


「なんだもう帰るのか?

 ワシが来た意味がないではないか」

「其方が来る前に冒険者たちが片を付けてくれたからな。

 礼は冒険者たちに云え」


 そう言われてベヒモスが恨めしそうな目をこちらに向けてくる。


「むう。其の方らに恨み言を云っても始まらぬ」


 トリシア、アナベル、ハリスはベヒモスに睨まれて顔面蒼白ですが、魔族連は涼しげな顔。


「何を言っておるのじゃ?

 暴れたいなら、おじじと戦えばよかろう。

 バハムートのおじじたちも近くにおるし、世界樹へ行けばよいのじゃ」


 腰に手を当てて恐れ知らずのマリスが言い放った。


 そういや世界樹って竜族たちの巣っぽい話でしたね。


「ああ、それではいつもと変わらぬ。

 ワシはもう少し面白い事を経験したいのだ」


 そう言われてもね。ベヒモスが面白く思う事など知らんよ。


「そう言われてものう……

 ベヒモスほどの者を面白がらせる存在などケント以外に知らぬ」


 ちょ、待って、マリスさん!?


「ほう。ケントはそれほど面白いか?」

「面白いのう。

 一年以上一緒にいるが、ケントは全く飽きぬ。

 ハリスがよく言っておるが、びっくり箱なのじゃぞ?」


 興味深そうな四つの目玉が俺の方に向いた。


 帰りかけてたリヴァイアサンまで立ち止まったよ……

 不用意なことを言うなよ……


「いや、それは違う。

 ドラゴン目線だから飽きないだけで、普通の人間だから!

 なぁ、みんな?」


 俺は振り向いて仲間たちに同意を求めた。


 聞かれた仲間たちが一斉に視線を逸した。


 え!? 俺、普通だよ!? 普通だよな!?


 それを目撃した伝説の古代竜が吹き出した。


「どうやら普通ではないようだ。

 面白い。少し其の方の生活を覗いてみる価値があるやもしぬな」


 リヴァイアサンが含み笑いだ。


「え? 覗かれて困ることはないけど、伝説の破壊の化身が二頭もウチの国に来たら周囲の人間が絶望します!」


 俺の脳裏に神話級古代竜がオーファンラントを闊歩する絶望的イメージが浮かんで、必死にそれを否定しようとする。


「ふ。心配するでない」


 リヴァイアサンはそういうと。ベヒモスに顔を向ける。


「ベヒモス。小さき古代竜に倣うとしよう」

「おうさ!」


 ピカリと二頭が一瞬光ると、巨体が一気に縮んでいった。


「これなら文句はあるまい」

「久々の人化だな」


 見れば、白いドレスを来た貴婦人とその護衛っぽい黒い鎧の男が立っている。


 白いドレスの方はアラクネイアに似た雰囲気だ。

 黒い鎧男はアースラっぽい悪ガキ的雰囲気が漂っている。


「マジか……」


 俺は絶句してそう言うしかなかった。


 こうして二匹の古代竜がオーファンラント……というか俺の行くところに付いてくる事になってしまった。


 神に与えられた任務を放棄するつもりじゃないだろうから、一時的だとは思うけど……

 何かとんでもない事になってきた。

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