第24章 ── 第24話

 男は自分の事を知っていて当然という顔で話し続ける。


 俺たちがモーリシャスの商会を一つ抱き込んだ事を前提とした計画なのだが、大量のドーガを少しずつオーファンラントに浸透させていく計画だ。


「君たち潜入部隊の次の計画だが、モーリシャスの盗賊ギルト『閃光の夜明け』と渡りを付けてドーガを売りさばかせるんだ」


 モーリシャスにも盗賊ギルドがあるとは初耳だったけど、法国はオーファンラントの各都市に長年信者を潜入させていたようなので、ある程度情報は正確だろうと思う。


 後でモーリシャスの領主、ハッセルフ侯爵に警告しておいた方がいいな。


「で、君たち。何ていう商会を抱き込んだんだい?」

「えーと、エマードソン商会って言ったかな……」


 口からでまかせだ。

 貿易都市モーリシャスの商会名なんて、エマードソン伯爵の所くらいしか知らない。

 彼には申し訳ないが名前を使わせてもらう。


「なんと!? あの商人貴族を抱き込んだのか!」


 やはりエマードソン商会の名前は知ってるか……


「ええ。運が良かったんだ。あの伯爵は金になる事に目がないようで」


 男は満面の笑みを浮かべる。


「君たちは中々やるな。さすが私の計画の実行部隊だ」


 私の……?


 俺は男をまじまじと見る。

 どうも随分と上層部の人間らしい。


 実行部隊の顔すら覚えていない男とは思えないね。


「君、名前は?」


 男は俺の名前を聞いてきた。

 さて、どうするかね。

 正直に答えると身バレしそうだが……呼びなれない偽名を使うと何か問題が起きたときに対処が難しいか。


「ケントだ」

「ふむ……噂の新しい田舎領主と名前が一緒か」

「ああ、そうらしいね。そのお陰でエマードソン商会に渡りが付けられたんで良かったよ」

「なるほど。それは運がいい」

「ところで、一階の大荷物は、アルバランと接する国境付近まで運べばいいのかな?

 あれだけの量となると荷馬車が幾つ必要になるか……」


 俺はそれとなく話題を別の方向へ逸らす。


「上の喧騒が収まり次第、国民総出で輸送することになるだろう」


 男は立ち上がる。


「では、明日の朝にでも計画の第二段階の作戦指示書を用意しておこう。

 朝一番で私の執務室に取りに来るように」

「了解」


 俺が返事をすると、男はご機嫌で立ち去っていった。


「ケント、アイツ何者じゃ?」

「随分と偉そうだったな」


 今まで口を閉ざしていたマリスとトリシアが俺に耳打ちしてくる。


 俺はマップ画面で立ち去る男の光点をクリックしてみる。


「ふむ……アイツ……法王の息子だよ。名前は……グレッグ・ミドランダル」


 ダイアログの説明によれば、奴は法王の息子で、非常に優秀な頭脳を持っているらしい。


 頭脳が優秀ならもっと別の生産的な方向で能力を発揮すればいいのにねぇ。

 計画の大きな流れは、今は亡きアルコーンが立案したんだろうけど、細部は奴が考えたって事だろう。


 で、計画の実行サポートにグーシオンが付いていたと……


「何はともあれ、俺たちの行動に変わりはないよ。

 まず、この研究所を少し調べたい」

「「「了解」」」


 休憩を終え、周囲にいる職員の錬金術師に施設の見学を頼んでみた。

 声を掛けた職員は、俺と法王の息子が仲良く話していたのを目撃していたので、誰何することもなく案内してくれるそうだ。


 で、マップ画面で推測した通り、地下一階はドーガの製造をする区画らしい。


 地下二階へと続く昇降機付近を通った時に原材料が積まれた所を通った。


「あれがドーガの原材料?」

「そうです。地下三階の坑道で鉱石が採れるんですよ」


 職員は原材料の木箱を開けて見せてくれた。


 ん? ただの薄緑掛かった石ころにしか見えないけど……


 俺は手に取りよく見てみる。

 確かにただの石なのだが、所々に小さな穴が空いている。

 顔に近づけて見ていると、その穴からニョロニョロと何か虫が出てきた!


「うわっ!」


 俺は慌てて石を箱の中に放り投げる。


「あはは。石の中のドーガルオン線虫が原材料なんですよ。

 人間の体温に反応して出てきたんでしょう」


 そういう事は早く言え。

 ああいうウニョウニョしたのは苦手なんだよ。


「線虫自体は何の効力もありませんが、錬金による工程を経るとドーガの主成分である薬液が出来上がります」


 その工程とやらを見学する。


 ある特殊な錬金薬を気化させ鉱物が入った密閉槽に吹き込む。

 すると鉱石の穴から薄っすらと紫色をした液体が少量にじみ出て来る。

 これがドーガの主成分となる液体らしい。

 その液体をさらに高濃度のアルコールと混ぜ合わせ、魔力で満たすとドーガ原液の出来上がりと……。


 処理が終わった鉱石は粉砕機で砂ほどの細かさにしてから廃棄しているらしい。

 廃棄方法は単純明快だった。

 地下一階に水路があるんだが、そこにさっきの鉱石の砂を放り込んでいる。

 この水路は下水ではなく、地下を流れる川をそのまま利用しているらしい。


 これか? 海を汚しているって奴は。


 俺は一応、粉砕前の鉱石を一つ失敬しておく。


 法国では重要な施設は全て地下にあるらしく、この地下水路を水源として利用しているという。

 英雄教の最高神殿よりも高い建物を作ってはならないという法律がある為らしい。


 地下二階は、この研究所の職員の寮や休憩所、地下三階から運び込まれる鉱石や他の錬金素材の貯蔵庫となっている。


 三階は坑道なので職員は案内を渋った。


「ここまでで良いでしょう。私は仕事に戻らねばならないので……」

「ああ、案内ありがとう。助かったよ」


 俺が例を言うと職員は頭を下げて地下一階へと向かっていった。


「さて……どうする……?」


 休憩所入り口付近に取り残された所で、ハリスに今後の行動について聞かれた。


「そうだな。地下二階から南へ伸びる地下通路、それと地下一階へ続く階段と昇降機……

 ここを爆破して埋めてしまおう。

 それ以外にこの地下へ続く道はないしな」

「爆破……?」

「うん。ハリスに任せようかと思ったんだけど」


 ハリスは少し困った顔になる。


「爆破……どうやれば……」

「え?」

「え……?」


 俺が聞き返すとハリスが少し間抜けな声で聞き返してくる。

 うーむ。このやり取り、マリスとエマを思い出すよ。


「ハリスなら出来るでしょ。この前、水蒸気爆発起こしてたじゃない?」

「あー……」


 どうもあの忍術は大規模戦闘用だと思ってたようで、他の用途に使えるなんて考えてなかったみたい。


「お誂え向きに地下水路があるし、でっかい水蒸気爆発が起こせそうだね」


 俺はニヤリと笑うが、ハリスは少し引きつった笑いになる。


「こ、こんな地下の……密封状態の場所で……想像したく……ない……」


 確かに……

 圧力釜状態だもんな。

 中の人間も蒸し焼きになりそう。


「密封処理は俺に任せてくれ。

 例の『次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド』を使えば問題ないからね」


 俺たちは南の地下通路に入る。


 パラメータを組み替えた『次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールド』を研究所の地上から地下に掛けて包み込むように展開する。


 ハリスが分身を何人か魔法のフィールド内に出した。


「準備……完了……」

「じゃ、よろしく」


 分身が影に消えて一分もしない内にフィールド内で大爆発が起きる。


 魔法で完全に隔離しているため、周囲の地響きすら伝わってこないが、中は阿鼻叫喚の水蒸気地獄と化している。


 うん。中の職員全員一瞬で死んだね。


 そしてフィールドの隔壁の向こうが崩落して完全に埋まってしまう。


「よし。任務完了。

 海を汚していた原因は取り除いたな」

「それにしても、あの鉱石は何だ?

 どうして、砂で海が汚れるんだ?」


 そういやそうだね。


 俺はインベントリ・バッグに失敬しておいた鉱石片を魔法で鑑定してみる。


「……あぁ……埋めるの少し勿体なかったかも……」

「何でです?」


 俺の嘆きの籠もった言葉に、アナベルが首を傾げた。

 さすがに、他の仲間たちも不思議そうな顔をしている。


 だってさ。

 これってティエルローゼでも何箇所かでしか発見されてない、希少な鉱石なんだもん。


「この鉱石はね……アダマンタイトだよ……」

「マジか!」


 マリスが目をまんまるにしてビックリする。


 そういや掘り出す際に土壌を汚染するとかで、エルフが良い顔しないとかでマストールが渋い顔してた事があったっけ。俺の魔法装置で解決したけどさ。


 にしても、あれだけのドーガを作れる程の産出量があったと考えると、相当大きなアダマンタイト鉱床が、法国の地下にはあったって事だ。


 それを爆破して埋めてしまった……

 勿体ないお化けが出そうだよ。

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