第24章 ── 第22話

 飛行自動車で俺たちが首都上空に到達した時には、既に検索件数でいうところの総人口は五〇万人を切っていた。


 首都北側の港あたりにヤマタノオロチの二倍はあろうかという鱗が青白く光る巨大な細身のドラゴンがいた。


 リヴァイアサンは、港を埋め尽くすような法国民に情け容赦無く攻撃を加えている。

 踏み潰し、巨大な尻尾を叩きつけ、爪を突き立てて大地をえぐる。

 その攻撃ごとに百人単位で人が死んでいく。


 法国民は男も女も子供も老人も、手に手に包丁や鍬、ハンマーや棍棒など、おおよそドラゴン相手の得物としては役立たずの武器を持ってリヴァイアサンに無駄な突撃をしている。


 あのドラゴンの怒りの余波を食らったら、無傷で済まないのは明白だ。

 こいつは慎重に事を運ばないと不味いな。


「マリス、ドラゴンとしてリヴァイアサンと対話できるか?」

「無理じゃな。我とは格が違いすぎるのじゃ。

 我の父か祖母くらいでないと話も聞いてもらえんじゃろう」


 ドラゴン界の重鎮っぽいからなぁ。まだ成人認定もされてないマリスでは荷が重いか。

 つーか、俺でも荷が重いけどさ。


「仕方ない。俺が何とかしてみるか」

「できるのか?」


 トリシアが心配そうに後部座席から顔を出す。


「できる、できないで語るわけにも行かないだろ……」


 俺は下部表示モニタや大マップ画面を調べ、安全そうな空き地を探す。

 大きな建物の南側に大きな公園らしきものがある。

 そこが良さそうだな。


 飛行自動車をその場所に移動させて着陸させる。


 よし、ここならリヴァイアサンからも見えないし、万が一ブレス攻撃が飛んできても建物が遮蔽物になるだろう。


「よし、みんな降りてくれ」


 敵地のど真ん中なので、仲間たちは無言で自動車から降り、周囲を警戒しはじめる。


 飛行自動車二号をインベントリ・バッグに仕舞っておく。


「みんなは周囲を警戒していてくれ。俺はリヴァイアサンに念話で通信を試みる」

「なるほど……」

「その手があったか」

「念話が通じてくれるといいですね!」


 ハリスとトリシア、アナベルが期待した視線を向けてくる。

 そんな中、マリスが俺の袖を引っ張ってきた。


「ケント、一つ教えておくぞ。

 エンシェント・ドラゴン同士で交わされる挨拶の慣用句なんじゃが」


 どうやら、ドラゴン同士は念話で話をする時に「拝啓、ますますご健勝のことと存じます」といった日本ではお馴染みの出だしがあるらしい。


 マリスはまだ念話を使えないが、成竜となる時に使えるようになるそうで、そういった慣習は既に教えられているという。


「いいね。教えてもらおうかな」

「うむ。心して聞くが良い」


 俺はマリスにドラゴン特有の挨拶を教えてもらう。

 それほど難解なものではなかったので、すぐに覚えられた。


 俺はリヴァイアサンに念話を掛ける。


 俺の耳にドラゴンが唸るような声が聞こえてきた。

 どうやらリヴァイアサンが念話に出たらしい。


「ガーベイ・ルード・デルソシス」


 俺は早速、マリスに教わった慣用句を使ってみた。

 これは直訳するとドラゴン語で「切磋琢磨し、力を極めん」という意味なのだが、念話で他の竜種と話をする時に使われるらしい。


「ベヒモス、遅いぞ。ようやく念話して来たか」


 うぐ。俺、ベヒモスちゃいますよ……


 どうやらリヴァイアサンは、ベヒモスとやらからの念話を待っていたらしい。


 ベヒモスって……あのベヒモスだよな……?

 リヴァイアサンが実在してるんだし、ベヒモスがいても不思議じゃないけど……


「いや、人違いだ。俺はベヒモスじゃない」

「ベヒモスじゃないだと? 何者だ?」

「俺はケント。冒険者だ」


 不機嫌そうな喉を鳴らす音が俺の脳裏に響く。


「冒険者……? 冒険者が我に何用か? 我は今、大変忙しい。

 用もなく念話してきたのであれば、我が怒りを買うと知れ」

「多忙の所、申し訳ない。

 今、貴女はシュノンスケール法国を攻撃中なのは解っている。

 その理由は知らないが、貴女に手助けできればと思って念話している」


 リヴァイアサンは少しだけ無言だったが、すぐに笑うように喉を鳴らした。


「面白い。人間の冒険者風情が我に手助けを申し出ようとはな。

 冒険者よ。名前は何と言ったか?」

「俺はケント・クサナギだ」


 リヴァイアサンは又もや少し無言になった。


「はて……どこかで聞いた気がするが、思い出せぬ……」


 会ったこともないので、知らないと思うんだけど。


「まあ、よい。

 其の方がどのような手助けをするのか、少し見せてもらおう」


 断続的に続いていた地響きが突然止まった。


「ケントと申したな。

 海を汚すこの国を滅ぼせ。

 神より賜りし我の使命を地上にて完遂せよ」

「了解した。

 どんな大義を以て滅ぼそうかと思っていたんだけど、リヴァイアサンに命じられたなら問題ないな」


 俺の顔には自然と笑みが浮かんだ。


「人間は可笑しな所に気を使うものだ。

 自らの存在意義は神によって与えられているだろうに。

 大義なぞ、それで十分ではないか」


 いや……人間は、神に使命を与えられてはいないんだよ。

 トリシアがそんなような事を言ってたし。


「ま、人間同士に説明するのに必要なんだよ。

 俺と仲間たち七人で殲滅する。

 滅ぼすだけでいいのか?」

「海を汚す原因も抹消せよ」


 ふむ。法国は海を汚すような何かをしていたのかね?

 それがリヴァイアサンの怒りを買ったんだろう。

 彼女は海の秩序を護る古代竜だしな。


「解った。そっちも調べてみるよ」

「頼んだぞ。

 本来ならベヒモスにやってもらう予定であった。

 徹底的に破壊せよ」


 物騒だな。

 海がリヴァイアサンなら、地上はベヒモスが担当ですか。

 旧約聖書まんまやね。

 という事は、ベヒモスも神々に恭順してるのかな?


「話しは付いた。

 俺たちでシュノンスケールを滅ぼせとの仰せだ」

「おー。凄いのじゃ。

 古代竜の長老からの直々の要請じゃ。張り切るとしようかのう!」

「リヴァイアサンの代わりに私たちにやれというのか?」


 トリシアは少し不満げだ。


「面倒だが、リヴァイアサンに恩を売っておくのも悪くないだろう?

 他の古代竜に睨みが聞くようになるかもしれないじゃん」


 トリシアは「ふむ」と返事をしたが、それ以上は口を開かなかった。


「海を汚されてリヴァイアサンは怒っているようだし……

 まずは、その原因を調べてみるか」


 マップ画面でそれらしい場所を探してみる。

 海が汚れるという事は、港付近に何かあるのだろう。


 港の倉庫付近に研究所というラベルが見えた。


 研究所? なんか怪しいな。


「港の倉庫区画近くに怪しい建物があるようだ。研究所らしい。

 今からそこへ向かうけど、ここは敵地だし慎重に注意深く行こう」


 仲間たちの了解の返事はなかったが、サッと隊列を組んだ事で了承された事が解る。


 場所が解る俺が先頭だ。


 公園を出て、一路、首都の北側へと進む。


 街の作りは東側の国々と似ているが、宗教国家というだけあって教会や礼拝堂のような建物が多い。


 基本的にティエルローゼの神々を否定している国なので、教会の入り口には鎧に身を包んだ男性像が立てられている。


 シンノスケをイメージしているんだろうけど、ただのフル・プレートを着ただけの人物像にしかみえないね。

 シンノスケの鎧は、黒い鎧なんだが石像では表現できないだろうな。


 路地や小路を利用して進んでいるが、人通りはない。

 北の港付近に住民は集められているんだろう。



 しばらく進んで、港の倉庫区画付近に辿り着いた。


 倉庫の裏路からコッソリと表通りの方を確認する。

 遠目に人々が陣取っているのが見えた。


 彼らのいる辺りの町並みは焼け焦げていたり、崩れたり、ボロボロだった。


 法国の人々は、死んだ者などを運び出したり、瓦礫を積み上げてバリケードっぽいモノを必死に作っている。


 指揮を執っている者の姿は見えない。


 もっと安全な後方にいるんだろうけど……

 もっとも、リヴァイアサンに睨まれて安全な場所があるのかどうかは謎だ。


 街の中心にある大神殿が敵の本拠地だとは思うけど、港からは大分離れている。

 その辺りにいるんじゃないかね?


 こそこそと移動し、研究所とやらに到着する。

 研究所の前には衛兵らしき兵士によって組織された防衛隊が配置されていた。


 リヴァイアサンが襲撃してきている非常時に、この建物だけ防衛隊が付いているってのは怪しい。

 ここが、リヴァイアサンが言っていた海を汚す原因かもしれない。

 そうでなくても、探ってみる価値はあるだろう。


 俺は仲間たちに目を向けて頷いてみせた。

 仲間たちが武器を準備し終わるのを待って号令を掛けた。


「よし、みんな。手短に敵を大人しくさせるんだ。さあ行くぞ!」


 俺たちは小路の影から駆け出した。

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