第24章 ── 第20話

 俺が戦場に到着して戦いは半日ほどで終わってしまったので、戦争の後処理はアルバランとピッツガルトの都市部隊に任せて、俺と仲間たちは国王を連れて魔法門マジック・ゲートで王城へと戻った。


「お帰りなさいませ、国王陛下!

 ご休憩のご帰還ですか? 随分とお早いお戻りですが」


 落ち着きなく謁見の間をウロウロしていた宰相のフンボルト侯爵だったが、転送門ゲートから出てきた国王と俺たちを見ると、早足でこちらにやってくる。

 そして国王の身体を隈なく見回したフンボルトは安堵の溜息を吐いた。


「どうやらお怪我もなく、ご無事のようで……」


 リカルドはそんな宰相の態度に少し憤慨したように鼻を鳴らす。


「辺境伯が付いていたのだ。無事に決まっておろう」

「それはそうですが……では、戦況はいかがでしょうか?」

「大勝利だ。半日だぞ? たった半日だ」


 嬉しそうに言うリカルドからそう聞いたフンボルトは目を見張り、俺たちと国王を交互に見る。


「一ヶ月も続いていた泥沼の戦争を半日とは……

 もう伝説級というレベルではありませんな。

 もはや神話級でしょうか……」


 宰相閣下は、もはや開いた口が塞がらない様子だな。

 相手方には亜神クラスが一人しかいないんだ。

 当然の帰結でしょうな。


「宰相、今日は戦勝祝賀会を開く。手配せよ」

「仰せのままに」


 フンボルトは直ぐに近くのメイドと側仕えらしき召使いに指示を出す。

 メイドと召使いは国王や宰相、俺たちに向けてお辞儀をすると素早く謁見の間を出ていく。


 リカルドは王座に座り、大きく深呼吸をした。


「余は戦場というものを初めて見たが、聞くのと見るのでは全く違うな」

「それはそうでしょうな。

 陛下は即位されて、戦争らしい戦争はカートンケイルで帝国との小競り合い程度でございましたから」


 何十年も断続的に続いた南の大国であるブレンダ帝国と王国の戦いは俺が完全に潰してしまった。


「今回、シュノンスケール法国の軍勢を破ったので、王国に戦争を吹っかけてくるような国は、周囲には無くなりましたねぇ」


 俺がそういうと、リカルドとフンボルトが俺に視線を向ける。


「全て辺境伯のお陰だ」

「そうですな。国内も現在は殊の外安定しております。やっとここまで来ました。感慨深いものです」


 フンボルトは先々代の暗黒期の生まれで、幼少期は貴族社会の酷い状況の記憶があるようだ。

 成人してから先代と当代の国王に使えてきたので、平和で安定した王国を築く為に人一倍苦労してきたのだろう。

 だからこそ、リカルドからの信も篤い。


 この平和が長く続けばいいな。



 その日の夜、王都にいる貴族が全て王城へ集められ、戦勝祝賀会という名の園遊会が開かれる。


 俺たちは当然出席させられている。


「此度の戦は、我々大勝利で幕を下ろした。

 これも援軍を出してくれた辺境伯のお陰である」


 国王の隣に立たされ、国王に褒め称えられる俺は、微妙に居心地が悪くなっている。


「いえ、これも俺の帰参まで持ちこたえてくれたドヴァルス侯爵閣下とマルエスト侯爵閣下のお陰です」


 今、この会場に二人はいない。


 ドヴァルス侯爵は総指揮官として戦場の後処理に追われているに違いない。


 マルエスト侯爵は戦場には姿を見せなかったが、例のドーガの販売を画策していた組織を追っているらしい。

 ドーガを売りさばいていた盗賊ギルトはピッツガルトにあったからね。

 その情報は俺がカリオハルトに行く前に国王たちに教えておいたので、その処理にマルエスト侯爵は最優先で取り掛かっているようだ。


「それで、国王陛下、今後どうなさるお積もりでしょうか?」


 俺は横にいる国王に問いかける。

 リカルドは、首を少し傾げてマジマジと俺を見つめた。


「今後とは?」

「いえ、今回の戦いは確かに終わりました。

 しかし、まだシュノンスケールの本国は手つかずですが」


 攻め込まれた王国は守りきった。

 だが、攻められた以上、まだ戦争自体は終わっていないのだ。


 ここで終戦宣言をしてもいいとは思う。


 しかし、それだけで終わらせては王国が丸損だ。

 攻め込むなり、降伏を迫るなりして、法国に負けを認めさせ、損害賠償を請求しなければならない。


 損失の補填ができ、かつ王国に利益が出るような戦利品なり何なりを手に入れねば、戦争に参加した兵士たちに報奨も払えないだろう。


 王国は今、経済的にも安定しているから、金銭での報奨はできるだろうが、折角勝った戦だし、利益を追求してもいいだろう。


 ただ、あの国の経済状態はさっぱり解らない。


 法国の指導層はジャンキーの国民から極限まで搾り取っているだろうから、金はあるのかもしれない。

 国際儀礼も無視の奴らだし、全て吐き出させるのがいいかもな。


「辺境伯、其の方が使者として法国へ参ってくれまいか。降伏勧告を任せたい」

「良いですけど、請求する損害賠償とか、戦後保証などはどうします?」

「その辺りは宰相と話し合ってくれるか?」

「畏まりました」


 俺は軽く頷いておく。


「今は勝利の美酒を味わおうではないか、辺境伯」


 まあ、そうですな。

 今、事後処理の話をするのは野暮ですかな。

 貴族たちが乾杯は今か今かと待ち構えているようだし……


「それでは諸君! 乾杯だ!」

「「「乾杯!!」」」



 園遊会は深夜まで行われ、俺も仲間もしこたま飲まされた。


 しかし、高レベルの仲間たちは酔いつぶれるでもなく、快く平然と酒を注がれ、ご機嫌で媚びを売る相手に返杯の酒を並々と注ぎ返して酔い潰していた。


 俺は会場の警備を担当しているオルドリンに近づいた。


「オルドリン近衛団長殿、少しいいかな?」

「辺境伯殿、いかがなされた?」

「明日にでも法国へ降伏勧告やら戦後賠償の請求に向かおうと思っているんだけど」


 オルドリンは、ふむと少し考えるように眉間に皺を寄せた。


「クサナギ辺境伯殿、一つご忠告をさせて頂きたい」

「忠告?」

「降伏勧告を相手が受け入れるかどうかが判りませぬ。

 戦場の敵兵を見て、私はそう感じました」


 確かにあの敵兵は麻薬中毒で死への恐れも痛みも感じていないようだった。

 血走った目で闇雲に突っ込んでくるだけ。

 本当に辟易する状況だった。


「もし、降伏勧告を受け入れなかった場合、俺はどうすればいいのかな?」

「法国が徹底抗戦を主張するなら……滅ぼすしかありませんな……」

「ふむ。やっぱりそうなるか。仕方ないなぁ」


 俺の返答にオルドリンが苦笑する。


「簡単に言いますが、辺境伯殿の手勢は七人ですぞ?

 徹底抗戦を主張されたら、一度王都へ戻って頂き、軍の再編成を行うことにした方がいいでしょう」


 うーん。時間と金の無駄だと思うなぁ。

 俺たち七人で滅ぼすのが一番早くて楽で金が掛からなくていいんじゃないか?

 それだけの戦力はあるしな。


「忠告に感謝。まあ、まずは足を運んでみるよ」

「くれぐれもご用心なされますよう」

「ああ、ありがとう」



 城の客室を充てがわれ、ゆっくりと休息を取る。


 朝には王と宰相と面会し、出立の挨拶を行う。


「それでは陛下、使者として法国に赴きます」

「うむ。よろしく頼むぞ」

「お任せください」


 俺は城の中庭を借り、飛行自動車二号をインベントリ・バッグから取り出す。


「ほう。これが辺境伯の空飛ぶ車か。随分と大きいな。ちょっとずんぐりしておる」


 見学に来たリカルドが自分の飛行自動車と比べて面白げに言う。


 確かに国王に献上した奴と比べるとカッコいいとは言い難いか。

 ワゴン・タイプだし馬車に似ていると思われているのかもしれない。


「俺のは実用重視ですからね。陛下のは権威にふさわしいものにしたんですよ」


 俺がそういうとリカルドは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「確かに、辺境伯は大所帯だからな。七人も乗るには、このような馬車型になるのであろうな」


 俺は笑いながら頷いてから、仲間たちに言った。


「よし、出発だ。みんな乗ってくれ」


 再び国王に顔を戻す。


「では、吉報をお待ち下さい」

「うむ。期待しておるぞ」


 俺は颯爽と運転席に乗り込み、魔導エンジンを始動した。


 ふわりと大きな車体が浮き上がる。


 真下を写す車載カメラに国王と近侍たちの姿が写り込んでいる。


 さて、向かうとするか。


 俺はアクセルを吹かし、法国方面にハンドルを切った。


 城から離れ、北北西に飛行自動車二号が飛ぶ。


 しばらく運転していると、助手席のマリスがジッと俺を見ていた。


「ん? 何?」

「何やら少し心配があるようじゃな?」

「んー。オルドリン子爵と話したんだけどさ。法国が降伏しないかもと言われたんだよね」

「そうなのかや? あの国の奴らはボロ負けじゃったが?」


 マリスがニヤリと凄みのある笑顔を浮かべる。


「そうなんだが、現場の状況なんて国内に引き篭もってるお偉方が考慮するとも思えないしな」

「確かに、現場を知らない指導者というのは近視眼な奴も多い。オーファンラントのリカルドは良くやっている方だろう」


 後ろの席のトリシアがウンウンと頷く。


「ま、降伏しなかったら戦争は継続だ。

 滅ぼしてしまうしかないだろうね」

「例の……大マップとかいうのを……共有してくれ……」


 ハリスに何か考えがあるのかな?


「どうするんだ?」

「敵は……完全に……殲滅する……」


 また分身が活躍するんですな。

 便利すぎるよな、「分身の術」って。


「ま、どう転ぶにしろ、気を抜かずに粛々とやろう」

「「「了解!」」」


 仲間たちの了解が車内に響いたちょうどその頃、王国と法国の国境を越えた。

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