第24章 ── 第19話

 遠目で前線の様子を見ていたのだが、突然大規模な爆発が目に飛び込んでくる。

 どう見ても火球ファイア・ボール系の魔法の爆発だ。


 何人もの都市部隊の兵とゴーレムが吹き飛ばされたのが見えた。

 俺のゴーレム兵が簡単に吹き飛ばされバラバラになったのを見ると、通常の火球ファイア・ボールとは思えない。


「陛下、前線で問題が起きたようです」

「あの爆発か!? 何が起こったのだ!?」


 国王も事態に切羽詰まった声を上げた。


「どうやら裏で糸を操っていた魔族が出てきたようですね……

 ドヴァルス侯爵閣下、都市部隊を下げるように伝令を。

 俺は戦線に向かいます」


 俺は鞘を左手でグイと掴む。


「伝令! 辺境伯殿、ご武運を」


 武運を祈ってくれるドヴァルスに俺はニッコリと笑い返した。


「大丈夫です。前線には仲間もいますので、では!」


 俺は爆発があった地点へと駆け出した。


「大丈夫だろうか……辺境伯が遅れをとるような事はないと思いたいが……」

「大丈夫ですよ、陛下。辺境伯殿は、あの魔軍参謀アルコーンを屠った冒険者ですぞ? 心配はありますまい」


 聞き耳スキルが後に残った二人の会話を拾ってきた。


 まあ、絶対に大丈夫だとは言えないけどさ……

 それでも、レベル一〇〇になった自負はある。

 現れた魔族が強かったとしても、レベル一〇〇は無いでしょ?

 確か魔軍のトップ、ディアブロが漸くレベル一〇〇だって聞いたしね。



 最前線である現場に駆けつけると、トリシアたちが集まっていた。


「ケント、どうした?」


 さっき爆発があったのに気楽な声が帰ってきて、ちょっと慌てる。


「あれ? 魔族が出てきたんじゃないのか?」


 俺は眉間に皺を寄せつつ聞き返した。


「ああ、あれか。出てきたぞ。おい、コラクス!」


 トリシアが声を掛けると、向こうの方で敵軍に剣を向けているコラクスが振り返った。


「主様、お戻りでしたか」

「魔族が出たと思って急いできたんだけど」

「はい。ヤツはグーシオン。ヤツが計画の実行者のようです」


 アモンのレイピアに似た細剣で差された方向に目を凝らすと、群衆の真ん中に人型ではないモノが見えた。


 黒いテカテカした逞しい身体に青紫のローブを纏っている。腕は四本もついていて、顔は猿のような感じだ。


「ほう。あれが七二柱の十一位、悪魔の大公爵の一人かぁ。人の心を操るのが上手いんだっけ?」

「よくご存知で」


 アモンはびっくりしているが、俺にとっては当然だ。

 ソロモン七二柱の悪魔の序列二〇位あたりまでは厨二病ならソラでも言える。

 言えるよね?


 俺は正体も見たし、目視もしたので大マップ画面でグーシオンのデータを確認した。


 ふむ……九〇レベルか……

 魔族以外の仲間たちだけで何とか倒せるレベルではあるな。


「コラクス、アラネア、フラ。どうする? 元仲間の魔族だが、戦えるか?」


 俺が聞くと、コラクスは「当然です」と言いたげに速攻で頷く。レベル的にも相手にならない相手だしね。


「この身、既に我が主の物なれば、死しても悔いは残りません」


 フラは少々レベル差がありすぎるので、マトモにぶち当たっては死ぬ。それでも参戦したいようだ。


 アラクネイアはニッコリと笑う。


「妾は彼奴を今も昔も仲間だと思ったことはありません。

 レベル的には少々及びませぬが、妾には妾の戦い方がありますので」


 アラクネイアの笑顔には、俺の言葉が「少々心外です」といったニュアンスの色が見えた。


「おい……来るぞ……」


 俺がアラクネイアに謝ろうと思った時、ハリスからの警告が聞こえた。


 見ればグーシオンが巨大な火球ファイア・ボールを二つの腕で頭上に高々と上げていた。


 うーむ。レベル九クラスの火球ファイア・ボールのようだ。

 このまま受けると、結構なダメージを受けそうだ。


 巨大な火球ファイア・ボールが俺たちに投げられた。


魔力消散ディスペル・マジック


 忽然と火球ファイア・ボールが消え去る。


 それを見たグーシオンが吼えた。


「何だと!?

 裏切り者の配下に、あのような技を使う者が!?」


 仲間かもしれないけど、配下じゃないな。


 火の魔法使いたる俺に火球ファイア・ボールをディスペルできないわけがないだろう。

 頑張れば火を自由に操れるフラウロスにもできるだろう。


 それに最近は色々とやっている所為か「魔法:魔術」スキルのレベルは既にマックスの一〇に到達している。


 「魔法:火」と「魔法:魔術」スキルが両方レベル一〇なら、自分よりレベルの低い奴の火球ファイア・ボールなんて簡単に消せる。


 それに俺は無詠唱だからな。いつでもインタラプトが可能だ。


「よし、みんな! 好きなようにやってしまえ。俺はここで奴の魔法を打ち消すのを担当しよう」


「畏まりました」

「仰せのままに」

「我が主の命ずるままに」


 魔族連の三人はそう言うと仲間たちの後ろに付いた。


「ケントの許しが出たのじゃ。我もそろそろ本気を出そうかのう」


 マリスが小さい頭をゴキゴキと左右に捻って気合を入れる。

 ハリスはニヤリと笑うと五人に分身する。


「私も突っ込みたいところだが、支援に回るぞ! トリシア! いつでも指示を出してくれ!」


 珍しくダイアナ・モードのアナベルが突っ込むのを自制している。

 色々と成長しているのかね?


「よし。コラクス! マリスと共に周囲を蹴散らせ! アナベルはハリスに強化支援だ! 私は敵の行動を妨害する」


 トリシアが指示を出すと、マリスが駆け出した。


「とぅ!」


 マリスがジャンプしたと同時にフェンリルがマリスの下に走り込んだ。


「合体! 人狼モードじゃ!」


 なにそれ!? 二身合体!?

 ガキーンと効果音でも入ればロボット物に見えそうだ。

 マリスはそれでなくても玩具の兵隊みたいだからな。


 しかし、息が合いすぎてる。隠れて練習でもしてたのか?


 アモンは「ぷっ」とマリスの珍妙な合体劇に吹き出しつつ、細剣を構える。


「行きますよ、五月雨連撃」


 グーシオンの周囲の敵兵が一瞬でバラバラのジグソーパズルのように切り刻まれていく。


「これでいいですか?」

「バッチリじゃ!」


 マリスがニヤリと笑う。


「バフ!」

「ガトリング・ソード・ランチャー!」


 フェンリルが吠え、俊敏にステップをした瞬間、マリスのスキルが炸裂する。


 瞬く間にグーシオンの周囲にいた人間はバタバタと倒れていく。


「ピアシング・マルチ・ショット……」


 幾つもの弾丸がグーシオンの四本の腕、そして太腿に穴を開けていく。


 ピアシング・アローをバトルライフル仕様に改変したスキルだろうか。

 あれでは動きたくても動けないに違いない。


 仲間たちの攻撃技の見事さに見とれていた所為でハリスを見失ってしまった。


 それもそのはず。

 ハリスは既に影に沈んでいた。


 敵の背後の影からスッと五人で現れたと思ったら……


「闇に……沈め……迅……」

「影に飲まれろ……絶……」

永久とわに消えろ……閃……」

「死して詫びろ……烈……」

「これで最後だ……斬……」


 五つの攻撃が次々に決まる。

 五人のハリスはそのまま影に沈んだ。


「おお、新技か? 五連撃?」


 気づけば俺の隣にハリスたちは戻ってきた。


「ああ……新技……『迅絶閃烈斬』だ……」


 五人の同時合体技とか……それぞれに色の違うコスチュームを作ってやりたくなるな。


 うーむ。『ハリス戦隊五忍者ゴニンジャー』とか命名したい。


 見れば何事もないように立ったままのグーシオンだったが、突然頭だけがグラリと動いたかと思うとゴロンと地面に落ちた。

 頭がなくなった首からは盛大に体液が吹き上がっている。


 ただの五連撃じゃねぇや……一箇所に一点集中かよ……


「むむ。あっという間で出番がありませぬ」

「本当です。妾に似た真似を……」


 出遅れたフラウロスとアラクネイアが不平を漏らす。


 まあ、許してくれ。

 ハリスはあれで苦労人なんだよ。


 今でこそ、トリシアと肩を並べる使い手だけど……

 出会った頃、一番能力的に悩んでいたのは彼だろうから。

 必死に俺に付いてきて、いつの間にか凄い力を付けてきた。


 しかしまぁ……

 ほんと、ハリスの兄貴はスゲェなぁ……



 敵の大将であろう魔族を倒した為か、敵の統率は完全に崩れた。


 敵部隊はみるみる駆逐され、夕方には戦場に敵兵の姿はなくなった。


 この戦場はこれで終了だ。

 魔族は討ち取ったし、後は……


 仲間たちと本陣に戻りながら、ふと振り向く。

 森林地帯の向こうはシュノンスケール法国がある。


 カリオハルト自治領を失い、裏で糸を引いていたであろう魔族がいなくなった法国は、今後どう動くだろうか。

 魔族の支配から解放されて正気に戻るにしても、戦争はまだ終わっていない。

 攻め込まれたのは、こちらだからな。戦争の終結の決定権はこちらにある。


 相手が降伏してくれたとしても事後処理を考えるとなぁ……

 国民の殆どが麻薬中毒患者の国なんて、支配するにも属国にするにも不都合ありまくりだし。


 何れにせよ、本当に頭が痛くなるよね。

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