第24章 ── 第17話

 戦場に着き、周囲を見渡す。


 こりゃ、ヒデェ。


 今いる場所は、アルバラン軍の本陣がある所なので最後方の小高い丘の上だ。

 なので、後方部隊らしき跪く都市軍の向こう側、最前線の状況も手にとるように見えた。


 リカルド国王は、跪く兵士と歓声に手を上げて応えているが、その表情は厳しいものだ。


「酷い状況のようだな」

「死体は法国の一般市民ばかりのようですが、兵士たちも相当消耗しているように見えますね」


 リカルドの重苦しい声に俺は頷きながら答えた。


「国王陛下!!」


 アルバラン本陣の一際大きい陣幕テントから、側近の貴族たちと共にヘルメットを小脇に抱えたドヴァルス侯爵が飛び出てこちらに走ってくる。


「侯爵、此度の戦、負担を掛けて済まぬ」

「いえ、援軍を幾度か送って頂き、感謝の念に堪えません」


 ドヴァルスは俺たちと王旗を持ったゴーレムに目を向け、笑顔を作った。


 いつもより少し元気がなさそうな気もするね。


「ドヴァルス侯爵閣下、国王陛下をよろしくお願いいたします。

 俺たちは早速最前線に向かいます」

「このような状況で、ゆるりと挨拶もできず……申し訳ない」


 ドヴァルスは俺たちを見て頭を下げた。


「王国の危機です。陳謝は無用です。では」


 俺はスレイプニルを最前線に向けて歩かせる。


「王旗を持つゴーレムたちは国王陛下たちの護衛に付け、後は付いてこい」


 俺と仲間たちの後を命令通りにゴーレム部隊が付いてくる。

 隊長のアーベントも来ているが、領主である俺を越権だと咎めるようなことはない。


 二〇分も歩くと最前線の最後部へ到達する。


 直ぐに最前線の指揮をとっていた兵士が、俺の部下のゴーレム部隊の隊長たちとやってくる。


「領主閣下、援軍有難うございます」

「力及ばず、敵軍を打ち破れずにいます」


 新たなゴーレム部隊の援軍に現場指揮官はあたふたしていたが、俺の部下のグローリィとバトラーは援軍の礼と自分たちの不甲斐なさをわびてきた。


「戦況は?」

「芳しくありません。敵の増援は途切れず、いくら我々が撃退しても増える一方です」


 彼らの顔にも疲労の色が見えた。


 しかし、増援の逐次投入か。

 普通、戦争においては被害の拡大を招く悪手の一つだよね?


 自分たちよりもレベルの高い兵士たち、大量のゴーレムが守る前線に、一般人ばかりの部隊をぶつけてもなぁ。

 結果は火を見るより明らかじゃないか。


 しかし、人的物量は計り知れない。

 実際、後方にいた部隊は疲弊が激しかった。

 怪我というより精神的な被害が甚大だ。


 薬にしろ信仰心にしろ、狂信的な特攻は人間の精神には堪えがたいものなのだろう。


 実際、第二次大戦での、日米太平洋戦争においては精神的なダメージを負った一部アメリカ兵の例もある。

 ベトナム戦争や湾岸戦争でも同様の事例があったという。


 軍事的に見ても圧倒的優位にいる側にPTSDなどの障害が出るのだ。


 今、この戦場はそういう状態に陥っているようだ。


「後は俺たちに任せて少し休むように。君たちもあまり顔色が良くないぞ」

「申し訳ありません。

 少し休憩させて頂いてから戦線に復帰致します」


 グローリィとバトラーが頭を下げる。


「そちらの指揮官殿も休まれるといい。後方には国王陛下もいらっしゃっている」


 その言葉に現場指揮官はパッと笑顔を作る。


「噂は事実でしたか。

 国王陛下が戦場に御成とは……」


 自分の苦労が報われたと言わんばかりの笑顔だね。

 ま、そういう側面はあるだろうな。


 指揮官たちが後方に下がったので、俺は周囲の状況を大マップ画面で確認する。


 赤い光点の群れがアメーバかスライムかというように蠢きつつ、最前列のゴーレムたちにぶつかっていくのが確認できる。

 しかし、赤い光点の群れは見る見る小さくなっていく。


「さて……この状況をどうするかな……」


 俺はスレイプニルから飛び降り、インベントリ・バッグに仕舞う。


 トリシアたち仲間もそれに従ったが、マリスだけはフェンリルを仕舞わない。

 今も続々と魔法門マジック・ゲートから援軍であるダイア・ウルフがやってきているからだ。

 ブラック・ファングも来ているので、彼と連携を取るためにもフェンリルは必要だからな。


「ここまで大規模な戦場は私も初めてだな。ケント、どうするつもりだ?」


 トリシアに言われて俺も思案してしまう。


 ウェスデルフとの戦いでも一〇万程度を相手したが、あれはちゃんとした兵士たちだった。

 ただの一般人を相手に虐殺するのも精神的に悪いよな。


「主様」


 アモンが声をかけてきた。


 珍しく何か提案があるのかな?


「ん?」

「神への奉納は致しませんのでしょうか?」

「奉納?」


 アモンは頷く。


「先の人魔大戦では、人間たちは、魔軍と衝突する前に必ずやっていたと思うのですが?」


 アモンによると、戦の開始前に人間たちは、その戦を神々へ捧げる儀式を行っていたらしい。


 踊り、歌い、叫ぶとか。


 んー。あれか、ラグビーの試合の前にニュージーランドの選手たちがやるやつ。

 日本でも相撲の土俵入りの時に力士がやってるよね。

 どっちも同じ意味の儀式の一つだと思う。


「なるほど。

 でも俺は人魔大戦の時の儀式は知らないんだよ」

「ふふ。主様の思う通りにするだけで良いのです。

 主様がやっても戦意高揚の意味でしかありませんから」


 言葉の意味は判らんが、この暗鬱な戦場の雰囲気を吹き飛ばすには効果的だろうな。


「ま、やってみよう。

 俺の知ってるヤツの見様見真似だが」



 俺は右の拳を高々と掲げて叫んだ。


「ハッ!」


 掲げた拳で左腕叩く。


「我は神へと捧げよう!」


 グッと踏ん張って、今度は両の拳で太ももを叩く。


「戦果と死せし魂を!」


 思いつく身振りとセリフを天に向けて捧げる。


 突然、俺の頭上へと光の柱が立ち上る。


 うお!? 何だこりゃ!?


 ビックリしたが、舞いを止めるわけにはいかない。


「暗黒を払いし剣と舞い、神々よ照覧あれ!」


 力強く、ハカのような身振りを続ける。

 仲間たちも俺に釣られるように真似をし始める。


 すぐに各々から光の柱が立ち上る。

 連れてきたゴーレムたちも同じように動き始めると、どんどんと光の柱が立ち上リ始め、戦場の一角はあたかも一本の巨大な光柱が立ったようになる。


 見たこともない光景に、さすがの敵も動きが鈍くなる。


 俺の声はゴーレム兵を介して他のゴーレム部隊にも中継される。

 それを聞いている都市部隊たちも突き動かされるように、踊り始める。


 俺の祝詞と踊りが戦場に広がっていく。

 光の柱がどんどんと立ち上がる。


 戦場の真ん中に一つの大きな光が舞い降りてくる。


 その光は大きな人影になる。


「ウルドの名において我らに見せよ。血湧き肉躍る戦場を!」


 威厳のある渋いイケメン声が脳裏に木霊した。


 あまりの事に、戦場の舞が止まった。


 マジか。

 軍神ウルドが降りてきた?


 突然の事に仲間たちと顔を見合わせた。


「やれやれ……ケントが関わっただけで、これだ。

 よほど神に愛されていると見えるな」


 ククッとトリシアは笑う。


「正に……ビックリ箱だ……」


 ハリスが久々のビックリ箱発言だよ。


「すげぇ! 戦いの神々の指揮官たるウルドの言葉を賜ったぞ!」


 ダイアナ・モードのアナベル大興奮。


「ほう、これが噂に聞く神事であったのじゃな。

 我らドラゴンの中にも似たようなヤツをやる一族もいるのじゃが、このような現象は聞いたことはないのじゃ。

 さすがはケントじゃのう」


 マリスも小躍りしながら飛び跳ねる。


「ああ……あの光には覚えがあります。敵方に立ち上る光の柱。

 見ていて美しいものでしたが、自分たちが光を受けるのも興味深いものです」


 アモンも感慨深そうだ。


「何やら力が湧いてきますな」


 フラウロスもアモンに同意している。


「妾もいつもより強くなった気がします」


 アラクネイアの言葉にステータスを確認してみる。


 なるほど……そりゃそうだよ。

 ウルドの加護が増えているもん。

 全ステータスが二割増しだ。こりゃ凄いや。


 通常の加護と違って戦場限定だと思うけど、これだけのステータス上昇効果があるなら、軍神への祈りも間違いじゃないな。


 戦いに勝つ為に戦いの神に祈る事が、今のティエルローゼでは廃れてしまったのかもしれないな。

 マリオン信者のアナベルも知らない神事みたいだし。


 しかし、上がったステータスを確認して思った。

 ある意味チートだよな、神の加護ってのは。

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