第24章 ── 第14話

 三柱もの神が降臨した会議室は、荘厳な空気があたりを包み込んでいる。


「聞け、下界の者たちよ。

 ケントの連れている者どもは、魔族なれど人間に危害を与えるものではないと心得よ」


 アースラが威厳たっぷりの言い回しでリカルドたちに申し渡している。


 アースラの本性を知っている俺としては、偉そうに振る舞う彼を見るだけで吹き出しそうになってしまう。

 しかし、ここで爆笑しては全てが台無しになってしまうので必死に堪える。


「ははー!」


 リカルドやフンボルト、オルドリンたちは額を床の絨毯にこすり付けるように頭を垂れているが、セプティム侯爵だけがやや好戦的に頭を少しあげていた。


「神々よ。

 以前、辺境伯はアルコーンなる魔軍参謀を討ち滅ぼしたと報告されておりました。

 しかし今、魔族を連れているとなれば……

 奸計に長けしアルコーンの策略にて、辺境伯は騙されている……

 あるいは心を操られ魔族の言いなりになっていると考える事もできるのではないかと愚考する次第でございます」


 言い分はごもっとも。

 遥か昔から魔族は人類の敵として認知されてきた。

 何万年も経った今でも警戒される存在なのだ。


 それは神々ですら同じだった。

 だからこそアルコーン討伐前にアースラは俺の前に降臨してきたんだからね。


 魔族に関しては、例え信用できる者が大丈夫だと言ったとしても、その言葉をおいそれと信じていいものではないと俺も思う。


「然り。

 未だ魔族の残党は我ら神々に敵対しているのも事実。

 じゃが、ケントの連れたるこの魔族ども。

 儂ら神々に恭順せし者どもと請け合おう。

 天上より我らが見定め、ケントに付き従う者として許しを与えた存在と知れ」


 ペパさんは見た目、立派な髭で筋骨隆々、言葉も厳しいので威厳はたっぷりです。供物マニアだけど。


「しかし、ここに魔族が現れた以上、此度の戦も裏で魔族が操っている可能性すらあるのですぞ」

「おお。セプティム侯爵、鋭いね。

 俺もそうだと推理してるよ。

 魔族の狙いはトリエンの向こう、アルテナ大森林の奥だろう」


 俺はセプティムの発言に心底関心しつつ同意する。

 それを聞いたセプティムは鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。


「え、あ、そ、そうでしょう?

 あれ? え? 操られてる本人が認めてしまうのですか?」

「いや、操られてないし、騙されてもいないからね」



 俺はニヤリと笑ってから、少し顔をしかめつつ続けた。


「俺にとってはねぇ、侯爵。

 魔族だろうが人間だろうが関係ないんだよ。

 俺の周囲の大切なものに害をなす者が敵だ。

 それが魔族だろうと人間だろうと怪物だろうと……国でも貴族でも一緒だ」


 俺はジロリと侯爵に視線を向ける。


「その逆に、俺がこのティエルローゼで生きていく中で、俺に協力してくれるものや友好的な者たちには、俺ができる限りの事をしてやろうと思っている」


 俺は仲間たちに目をやった。

 トリシア、マリス、アナベルはニッコリ、ハリスは少し顔を赤らめつつそっぽを向いた。

 そして最後に魔族三人に顔を向ける。


「この魔族三人は、元々敵対していたのは事実だ。

 だが、彼らはその後、俺の冒険や領地運営に協力してくれた者たちだ。

 彼らが魔族だからと言って、敵視するのは許さない」


 再びセプティムに目を向け、俺はそう言い放つ。

 その言葉を聞いたベリアルが、優しげに少しだけ微笑んだのが魔族たちの向こうで見えた。


 だが、俺の宣言には、セプティムだけでなく、リカルド、フンボルト、数人の貴族たちが顔面蒼白になる。


 それを見たアースラがニヤリと笑う。


「神々に恭順する数少ない魔族がいる事も肝に銘じよ。

 そして、我ら神々の言葉を疑うことなかれ。

 そのような輩は今後我ら神々に見捨てられると心得よ」


 アースラの言葉に周囲の者たちは震え上がる。

 神々に見捨てられた者はティエルローゼでは生きていけない。


「さて、厳しい話はこのくらいでいいでしょう」


 俺はそういい、神々に向き直り跪いた。


 ここは彼らのキャラ作りに付き合ってやらなきゃね。


「神々よ。

 俺のために下界への介入、申し訳ありませんでした。

 まだまだ修行と精進がたりません。

 今後も、より一層努力致しますゆえ、引き続き神界で下界の様子を見守っていてくださいますよう伏してお願い申し上げます」


 要は、とっとと神界に帰れという意味だぞ、神々ども。


「我が剣の弟子よ。

 下界への干渉は神々の禁忌に近い。

 あまり我々の手を煩わさぬように言明しておく」


 アースラめ。いつの間に俺を弟子にしたんだよ!


「左様、鍛冶の弟子よ。

 より精進し、我の目を楽しませよ。

 供物も忘れるでないぞ」


 だから、弟子じゃねぇっての。つうか供物の催促まで付いたよ。

 本当にヘパさんは供物マニアだな!


「ケントさ……」


 今まで黙っていたベリアルが口を開いたが、俺の名前を言い掛けて、一度口を閉ざし少し考え込む。そして再度話し始める。


「冒険者ケントよ。魔族の三人を共に連れ思うがままに行動してみよ。

 そしてこのティエルローゼを守り抜くがいい。

 我の望みは、それぞ。心せよ」


 言葉の真意は解らないが、魔族は自由に使えって事かねぇ。

 ま、当然自由に使いますよ。


「はっ! 神々のお言葉を心に納め、全力を尽くします」


 俺がそういうと、神々は再び光の柱になって神界へ戻っていく。


 俺は、光が消えた後も彼らのいた所を見つめ、少しだけジッとしていた。


 やれやれ、神々の降臨がここまで頻繁にあると困るね。


 ふと、会議室が静かなのに気付いた。

 不思議に思い、俺は会議室の人々に振り返った。


 国王をはじめ、貴族たちは呆然とした顔で俺の方を見ていた。腰を抜かしている者もチラホラいる。


「あれ? 皆さま、どうされましたか?」


 見れば、セプティムは泡を吹いて白目で気絶しているし。

 俺、威圧は使ってなかったはずだけど?


「クサナギ辺境伯……貴公は想像を絶するな……」


 未だペタンと絨毯の上に座ったような状態のリカルドが、溜息混じりに言う。


「そうですか? 帝国への交渉に行った時、敵に魔族がいるという事で神々の干渉があったのが初めて神を見た出来事だという報告をしませんでしたっけ?」


 その時はあんな神力オーラは纏ってませんでしたけど。


「聞いた気もするが、目の当たりにするのとは全く別のは次元であったよ。

 あれが神々という存在なのだな……余とて思わず跪かずにはおれなかった」


 大国の王は他人に跪くなんて事は、自分の親たちくらいにしかしないのだとリカルドは苦笑する。


「ま、伊達に彼らも神々と呼ばれちゃいないって事でしょう。

 中々面白い体験ができたと思っておくといいでしょうね」


 フンボルトが呆れた顔をした。


「神々の降臨だぞ、辺境伯殿。

 神官もいない会議室に降臨なさる御方々ではない」


 言いたいことも判りますが、ウチの館なんかポコポコ降臨されてましたからね。もう見慣れましたよ。


「さて、神々が承認ですが、この三人の魔族が俺に従っている事を国王陛下は承認して下さいますか?」


 俺は話の本筋を強引に戻す。


「認めざるを得まい」


 そう言ってリカルドは立ち上がる。


「我が家臣、諸侯たちよ。

 この決定に異論あるものは申し出でよ」


 誰も異論を唱えようと思う者はいなかった。

 セプティムは気絶したままだし。


「満場一致で異論なしでございます、陛下」


 フンボルトがそう締めくくるとリカルドは頷いた。


「では、改めて命じておく。ここにいる全ての者たちよ。

 今、ここで起きた神々の降臨については、口外法度とする。

 降臨で神々が話された事は、我が国だけでなく、周辺国家への影響も考慮すると極秘とすべき案件だ」


 リカルドは貴族たちを前にするときの厳しい顔で命令を下した。

 これに反したものは極刑に処すとフンボルトは付け加えた。


 怖い怖い。

 新しい法律が出来る瞬間だよ。

 思いつきを口頭で、それも非常に厳しい刑罰付きで制定されちゃうんだから王権て凄い強いよね。

 間違った法律だったらどうすることやら。


 そういう意味で議会政治とか選挙制度って大事ね。


 絶対王政の怖いところは、愚かで残忍な者が王として即位した時、誰もそれを止められない事だ。


 だからこそ、王様や家臣や侍従は、次代の国王などの権力者の教育に心を砕いて欲しい。

 諺に「三つ子の魂、百まで」ってのがあるけど、しっかり自制の利く者を育てて欲しいです。


 立憲君主制へ移行させるのも手だろうけど、そんな政治臭い工作は面倒なので俺はやらないよ。

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