第24章 ── 第12話

 三人の捕虜を魔法門マジック・ゲートでトリエンに連れていき、衛兵隊に引き渡す。

 くれぐれも逃亡させないように申し送り、そのままカリオハルトの城に戻る。


「これで一安心。カリオハルトの後処理はウェスデルフにしてもらうとしよう」

「ウェスデルフなのか? トリエンでやるんじゃないのか?」

「いや、トリエンじゃ無理だよ。金はあるが人的な余裕がないんだよ」


 俺はトリシアの問いに率直に答える。


 いかにカリオハルト自治領が小国家だといっても、トリエン地方の半分程度の大きさがある。

 そこを運営するほどの人的負担をトリエンが行うには人口がまだまだだ。


 なので、人口が多く、食料事情が厳しいウェスデルフに任せるのがいいと俺は判断したんだ。


 カリオハルト自治領は農耕に適しているため、シュノンスケール法国の食料庫としての役割を担っていた。

 農耕技術を教えたウェスデルフの更なる食料増産のためにも有効に活用したい。


「獣人の勢力が増えたら、増長せんじゃろか?

 周囲にまた攻め込んだりのう」


 マリスの言いたいことも解るが、強者への絶対服従気質のオーガスが、それを部下に命じるとも思えない。


「大丈夫だよ。俺の意に沿わない行動はしないはずだよ」


 その時はまた懲罰的制裁を加えるだけだ。

 オーガスは脳筋だが、そこまで愚かな脳筋じゃない。


 逆にマリスとかアナベルの方が、俺より強くなったと思ったら勝負を挑んできそうな気がするよ。

 片やドラゴン、片や狂戦士バーサーカーだしね。


 城から出て、救助者たちを収容している建物に向かった。


 俺たちに気付いたマッカランが走って近づいてきた。


「領主閣下!」

「ん? 慌ててどうしたの?」

「どうしたもなにも……救助した者たちが、もはや暴動状態です!」

「はぁ?」


 マッカランに案内させて急いで建物の中に向かう。


 そこで俺が見たものは、厨房に詰めかける大勢の貴族たちだった。

 警備しているゴーレム兵二体が厨房への扉の前で、貴族たちを押さえていた。

 動くこともままならなかった貴族たちが、厨房に詰めかけ大騒ぎしている。


 ありゃ、錬金薬が効果てきめん過ぎたか?


「静まれぇ!」


 俺は大きな声を張り上げた。

 マリスは直様、盾を構えて俺の一歩前に出る。


 その声を聞いた貴族たちはピタリと動きを止め、俺の方に顔を向けた。


「辺境伯殿!」


 一人の貴族が他の貴族をかき分けるように俺の方へやってくる。

 総督のスマイサー侯爵だ。


「辺境伯殿、コンソメ粥という物を頂き、我らは元気になりました。誠に有難うございます」

「それは判りましたが、この騒ぎは一体全体何なんですか?」

「それが……」


 どうやら、コンソメ粥が美味すぎて「おかわりをよこせ!」って事らしい。


 それを聞いた俺は「はぁ……」と溜息を吐いた。


 ほんと脱力しそうだよ。こいつら貴族としての品もないのか。


「スマイサー侯爵、救助された貴族たちが全員集まれる場所はないですか?」

「そうですな……城の南にある劇場なら入れそうです」

「では、そこに全員集めて下さい」

「承りましたが、そこで何を?」

「ちょっと演説を」

「?」


 スマイサー侯爵は、俺の一括で大人しくなった貴族たちを連れて建物の外へぞろぞろと出ていく。


「何をするんです?」

「お灸を据えるんだよ」


 俺はアナベルに苦笑交じりに答えて彼らの後を追う。

 気になるのか仲間たちも一緒だ。



 巨大な円形の建物が劇場だった。


 屋根の無い古代ギリシャの劇場跡などを彷彿させる建築物で、およそ一〇〇〇人ほど観客が座れそうだ。


 舞台に上がった俺は、座っている貴族やその家族たちを見回す。


「えー、各国から派遣された貴族のみなさん、並びにその家族の方々。俺はオーファンラント王国トリエン地方領主、ケント・クサナギ・デ・トリエン辺境伯と申します」


 俺がそう言うと、パチパチと拍手をする者が多数。


 何かの出し物でもすると思ってるのかね。


「今回、シュノンスケール法国の暴挙により、王国と法国は戦争状態になりました。

 このカリオハルト自治領の領民も加担し、貴方たちは捕らえられ虜囚となったわけです」


 貴族たちは頷き、「そうだ」と拳を振り上げる者もいる。


「で、ここで聞きたい。

 貴方たちは、このカリオハルトの運営を任された周辺国の方々だ。

 貴方たちは何をしていたのです?」


 そう問われ、貴族たちはキョトンとした顔をする。


「カリオハルトは小さいとはいえ、自治領国家だ。

 戦争の準備をしていたとしたら、何らかの予兆があったはずだ。

 そういった情報を貴方たちは、本国に送ったのか?」


 俺の知る限り、国王のリカルドや宰相のフンボルトからはそういう話は出ていない。

 全くの予告もなく戦争を吹っかけられたと聞いている。


「わ、我々も戦争の予兆は認識できていなかったので……」


 貴族を代表してか、スマイサー侯爵が立ち上がって弁明を始める。


「だとしたら、貴方たちは無能ってことだ!」


 俺は怒気を含む大声で言い放った。


 ビキリと周囲の空気が音をたてて凍りつく。


「今回の戦争で、何の準備もできずに攻め込まれたオーファンラントは、多大な被害をこうむった。

 法国の民たちの行動をつぶさに観察できたはずの貴方たちから何の報告もなかったからだ」

「わ、我々は自治領の運営を任務として……」


 俺はジロリとスマイサーを睨んで黙らせた。


「そもそも、こんな飛び地にシュノンスケールの領土がある理由を知っている者は?

 その運営を周辺国が担っている理由を知っているものは?」


 周囲を見回しても口を開く者はいないかった。


 俺はまた大きな溜息を吐く。


「自分たちが管理する土地について、エルフの商人よりも知らないとは……」


 俺は以前、エルフの豪商であるカスティエルさんに聞いた話をしてやる。


 このカリオハルト自治領は、元々「カリオハルト小王国」という国だった。

 小王国の王様は宗教にハマり、領地と一緒にその支配権すら法国に渡した。


 当時のオーファンラントやその周辺国は、その国王の行動に危機感を持ち、シュノンスケール法国に武力をチラつかせてカリオハルトの放棄を迫った。


 だが、法国はそれを拒否。

 戦争直前という所まで行ったらしい。


 しかし、当時のオーファンラント王国の王が、無意味な戦争を回避しようと提案したのが、カリオハルトの法国への帰属を認める代わりに、その領土の管理運営は各国の貴族を派遣して行わせるというシステムだった。


 法国はそれを受け入れ、カリオハルト自治領が誕生したという。


 まだ、二〇〇年程度しか経っていない出来事なんだが、派遣された貴族たちは歴史の勉強すらしてないとは。


 法国が飛び領を利用して何か悪さをしないように、と当時の王たちが警戒監視の意味を込めて作り上げたシステムの本質を、この貴族たちは全く理解していない。


 なんか助けた意味を見いだせなくなってきたよ……


「そ、そんな理由があったとは……」

「あったとはじゃねぇよ! その所為で俺の領民が何人も被害にあった。

 あんたらの職務怠慢の所為でだ!

 この損失、どう償ってもらおうか!?」


 俺はジロリと周囲を睨みつける。


 スマイサー侯爵はへたり込み、周囲の貴族たちも項垂れた。


「そして、さっきの体たらくだ。

 あんたら助ける価値もない無能に食事を用意してやったというのに、厨房に詰めかけ、俺が連れてきた料理人に無理強いをしようとしていたな」


 立ち上がろうとした貴族数人を睨み、その動きを止める。


「言い訳は結構。貴族としての品格もない卑しい行いだ。

 あれか?

 各国の指導者は、左遷先として、無能貴族をここに送り込んでいるのか?」


 俺の各国指導者に対する侮蔑を含む言い草に、顔を赤くして睨み返してくる貴族が数人いた。


 光点をクリックしてみれば、オーファンラントから派遣されてきた下級貴族たちだ。

 それぞれが男爵号を持った有能な文官である。


「我がオーファンラント王国の国王リカルド陛下は、下級ながら優秀な文官を派遣したと聞いている。

 その文官諸君は何をしていた?」


 睨んできた貴族に俺は意見を求める。


「我々は、文書をしたため、本国に送ったはずです!」

「その文書はどうやって送ったんだ?」

「し、信用のおける商人に託して……」


 ここまで言って、その文官貴族はハッとした顔になって口を噤んだ。


「その商人はカリオハルトの領民だったって事だろ?」

「はい……」


 有能だけど、平民については全く考えていなかったって事だな。


 自分に取り入ってきた者が戦争当時国の領民だってんだから警戒すべき案件だろう。


 まあ、ドーガを使われてて、領民が全員法国のコントロール下に置かれていたなんて夢にも思っていなかったのだろう。


 俺も思ってなかったし、これは仕方ないか。


 文官貴族たち全員が下を向いてしまったので、反省はしていると思う。

 ここは許してやろうかね。

 情報戦に疎いティエルローゼの民に多くを求めても仕方ないしな。


 それと、こういった秘密の文章のやり取りに、うってつけのシステムを俺は作れる立場にある。

 後で国王やこういった貴族たちに紹介したいと思う。


 その名も「カラス郵便レイヴン・メール」だ。

 ネーミング・センスに文句は言うな。

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