第24章 ── 第10話
料理人たちを連れてカリオハルトに戻ったが、転移門から出た彼らは周囲の状況を見て震え上がった。
「え!? ゴーレムの大群!?」
上ずった声を上げたのはエッソだ。
転移門の周囲には警戒しながら行軍する大量のミスリル・ゴーレム。
豪胆な歴戦の戦士でも怯むだろう。
「ああ、大丈夫だよ。これは全部、トリエンの防衛部隊だから」
「トリエンの!?」
ドーソンたちも声が上ずっている。
「あの……オレたちに何をさせるつもりなんですか……?」
グランツが心細そうに質問してきたので、俺は一瞬首を傾げた。
「ん? 料理だよ?」
その言葉に料理人たちは周囲を見回す。
「料理を食べそうな方はいませんが……」
エッソの言葉に他の料理人も頷く。
「ああ、あっちの建物に救助した人たちを収容しているんだ。その人達に料理を作ってもらいたい。メニューはこれから考えるんで厨房で話し合おう」
五人を厨房に案内しながら、どんな料理を作ろうか考える。
救助した者たちは碌に食事を与えられずにいた。
相当に弱っていると判断される。
だとすると、固形物はかえって体に悪いだろう。
やはり流動食を考えるわけだが、現実世界で考えても流動食ってのはマズイ料理が多いよな。
さて、どうしたものか……
ルクセイドの領主カルネ伯爵の娘セリスにも、お粥を作ってやったし、やはりお粥かね?
ただ、同じお粥を作るのも芸がない。
何か手はないものか……
ブツブツと小声で何かを囁きながら厨房に向かう俺を料理人たちは気味悪く思っているようで、段々と歩みが遅くなっている。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもありません」
料理人の先頭を歩いているエッソが苦笑しつつ歩みを早めた。
俺は五人を振り返ってジッと見つめた。
全員の技量は未知数だが……腕のいいのは確かだろう。
全く未知のレシピを教えて一年。
あっという間にモノにしたのか、客を大いに魅了して宿を賑わせているのだ。
少々難しい料理も可能かもしれない。
ふむふむ。よし。決定した。
「さて、君たち。本日の料理は、コンソメ粥を作ります」
「コンソメガユ?」
「一体どんな料理でしょうか?」
俺はニヤリと笑う。
「コンソメというスープを元に作った病人用の流動食だな。
君たちに教えるのはコンソメスープという料理だな。コレは凄い料理だから、覚えたらこれだけで店を出せるかもよ」
俺がそういうと料理人たちの目がギラリと光った。
野心は人一倍だな。
宿から飛び出して独立でもされたら、宿の主人たちに迷惑が掛かりそうだ。
俺たちは早速料理に取り掛かることしにた。
コンソメは工程も材料も多いので時間がかかる。
時間魔法を駆使すれば時間の短縮は簡単なのだが、魔法の使えない料理人にその手順を見せても覚えられないだろう。
大量に水を入れた大鍋を幾つも竈にセットする。
まず、洋風の出汁を作ろうか。
牛骨や鶏ガラなどを湯通しして雑味を排除。
昆布を投入した沸騰させた鍋に投入する。
洋風のだし汁に昆布。コレが俺のアレンジだよ。
雑に切ったニンジン、玉ねぎ、セロリなどを投入し。胡椒粒を少々振り入れておく。
あとはじっくりと煮立てていこう。
灰汁がいっぱい出るので丁寧に取り除く。
あまり灰汁がでなくなったら、火を弱くしてコトコトと時間を掛けて煮込む。
およそ三時間の工程を経て洋風の出汁が完成する。
じっくりと俺の作業を見ていた料理人たちは、メモと取りつつ鍋の中を覗き込んだりしている。
「いい匂いですね」
「このスープ、カレーに入れたら美味そうです」
確かにそうだね。ただ、これはまだ第一段階でしかない。
これではまだコンソメではない。ブイヨンってヤツだろうか?
いや、肉使ってる段階でブイヨン違うな。
野菜が中心の出汁がブイヨンで肉主体の出汁がフォン・ド・ヴォーだったっけ?
ま、日本食がベースの俺にフランス料理の基本など関係ないのだ。
出来上がった出汁を布を張った別の鍋に空けて濾します。
出汁をとった具材は俺たちの賄い料理に使う。
洋風出汁を冷やすと油が相当に浮いてくるので、これも丁寧に除去。
まだ少し濁っている。
本来のコンソメは底が透けるような透明でなければならん。この透明なコンソメの事は本来ダブル・コンソメというんだっけね。
俺は作った出汁にさらに材料を投入していく。牛肉ブロックやら野菜やら……
そしてまたじっくりと煮込む。
煮込みながら灰汁を取り、油をすくう。
何度も何度も……
えーっと、透明にするには卵白を使うといいんだっけ?
卵を割って卵白だけにする。卵黄はマヨネーズの量産に必要なのでインベントリ・バッグへ退避させておこう。
煮立た鍋に入れると効果が薄いので、沸騰させずに卵白を回し入れて、ゆっくりと少しだけかき混ぜる。
ぐるぐるとかき混ぜ過ぎると濁りの原因になるから優しくだ。
スープが半分くらいまでになるのに更に数時間。
「時間が掛かりますね……」
新人料理人ゲルニットがボソリとつぶやいた。
「そうなんだよね。究極のスープだが、時間が掛かるのが問題なんだよね。
今回は君たちにレシピを教えるために時間短縮の部分は省いてるんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、本当なら魔法で時間を短縮できるんだが」
そう答えるとゲルニットだけでなくソークスが申し訳無さそうな顔をする。
「俺たちって何のお役にも立っていないんじゃ……」
「いや、最初は俺が作るのを見ていてもらうが、その後は君たちにやってもらう。
法国では五〇〇人以上の救助者がいるんで、その人たちの食事を用意してもらうんだからね」
「五〇〇人!?」
「そうだ。全員貴族さんだから、今回の非常に手間も時間も掛かる超豪華スープを作っているわけさ」
そんなレシピを教えられているのかと五人の料理人は、ますます俺のことを尊敬する目で見てきた。
いや、まあ、尊敬されたくて連れてきたわけじゃないんだが。
俺の手間を減らしたいだけなんですよ。ホント、すみません。
鍋をチェックすると、水分が半分くらいまで減っている。
「よし、頃合いだ」
俺は空の鍋に再び布を張って煮詰めたスープを濾す。
何回かやると、完全に透明なスープが出来上がった。
味見をして、少々塩を加えて味を整えた。
「うむ。コンソメ・スープの出来上がりだ」
「「「おお……」」
黄金の透明なスープに料理人が感嘆の声を上げた。
それぞれに味見をさせると目が飛び出すほど驚いている。
「こ、これは……こんな味は初めてだ……」
「何も入っていないのに……」
「信じられない」
「貴族様に出すという話も頷ける味です」
「まさに至高のスープ!」
いや、まだ粥にしてねぇし。
「コース料理のスープとして出すならコレで完成だけど、ここから病人食を作る。みんな、米を炊く準備をしてくれ」
「「「はいっ!」」」
米は幾つもの釜をインベントリ・バッグから取り出してやると、それぞれが作業に取り掛かった。
この料理人たちはカレーやら天丼やらを作っているので米の炊き方は万全だ。
いい料理人が育っててくれて助かったよ。
米の準備ができるまで、救助した者たちを見て回る事にした。
みんな結構衰弱しているな。
歩いているうちにハリスがやってきたので、状況を聞く。
最初のうちは食料や水が配給されていたらしいが、俺たちがカリオハルトに攻め込んでからは配給が止まってしまったようだ。
殆どが五日ほど何も食べていないらしい。
俺たちの所為なのかね?
ま、戦争だし仕方ないね。
俺はハリスに案内してもらい、カリオハルト自治領の総督、スマイサー侯爵と面会した。
彼はオーファンラント王国の北にあるグリンゼール公国から派遣されている総督だ。
侯爵はかなり衰弱しているが、命に別状はないようだ。
「クサナギ辺境伯。此度の救援、感謝に堪えません」
「お礼はいりませんよ。我が領土に攻め込んできた敵を討った。俺としては、ただそれだけですから」
この侯爵はウェスデルフとの戦争の後、会議で見たことがる。
話した事はないが、自分が任されている自治領の利益を必死に守ろうとしていた事は覚えている。
「今回は災難でしたね」
「いやはや、まさか法国がオーファンラントに戦いを挑むとは夢々思っていませんでした……」
戦争が勃発する前に近侍の者たちに突然刃を向けられ、捕らえられた時は本当に何が起こっているか解らなかったらしい。
監禁された当初は、食料の配給に来る者たちとも会話ができたようで、自分たちの置かれた立場や状況などを教えてもらえたらしい。
五日ほど前から近侍たちが姿を現さなくなり、状況は解らなくなったそうだが。
「もう少し早く救出できれば良かったですね。申し訳ない」
「いや、辺境伯殿のお陰で助かりました」
俺は無言で頷いて、スマイサー侯爵の病室から外に出た。
全く以て、法国は理解し難い。
周囲の国を敵に回して勝てると思っているのだろうか。
それだけ魔族がバカだったとも思えるが、計画の進め方は手の混んだ感じを受ける。
計画の進行手順と現場の状況がチグハグな感じもするので、末端の状況を把握できるほど魔族の数は多くないと見たほうが良いかもしれない。
ただ、人間同士で殺し合いをさせるという目的だとしたら、現場など知らなくていいのかもな。
混乱を起こすだけ起こして、別働隊として他の部隊が暗躍していたりすると厄介だが。
俺はいい香りが漏れ漂う厨房に戻る道すがら、そんな事をつらつらと考えていた。
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