第24章 ── 第9話

 ハリス救出隊の行動は迅速だ。

 俺たちは次々に救出者が連れてこられるのを見越して、大きな建物を確保し、ダイア・ウルフとゴーレム兵で周囲を警護する。


 案の定、次々に分身ハリスが救助した者を運んできた。


「こ、ここは……」

「ご安心を。救助に参りました」


 救助者に笑顔と優しい声で言葉を掛け、待機中の仲間たちに受け渡す。

 救助者の男性はアモン、フラウロス、ハリス、女性はトリシア、アナベル、アラクネイア。マリスは建物の入り口の警護役だ。


 呆けた感じの貴族男性や女性は虚ろな目で何の抵抗もしない。


 薬を盛られているのかと思ったが、トリシア曰くただの衰弱らしい。何ら薬による影響はないとのことだ。

 監禁中に水や食料を配布されていなかったようだ。


 それはキツイな。


 救出活動は数時間にも及んだ。


 城の中の様々な場所に、結構な数の人間が押し込められていたようだ。


 分身ハリスは、どんどん影渡りで運んでくるのだが、分身二〇体でもここまで掛かる人数だったわけ。


 管理の為に各国から派遣されてきていた貴族だけなら数十人だったのだが、その妻子までもが全て城の上層部に囚われていたんだからね。


 法国民は城の中に二〇〇人ほどいたが、突入させたゴーレム兵への対応で人質を使う事は綺麗サッパリ頭に無かったようだ。


 人質にしておきながら使わないとはバカ過ぎるとも思うが、薬にやられた頭では状況に対して単純な対応しかできないのかも。


 俺は救助者の状況を見て、炊き出しの準備をする事にした。


 俺一人ではとても対応できないと判断し、俺の館の料理長と副料理長、帝国で料理を教えた宿屋の料理人たちに援助要請を行った。


 館の料理人たちは命令で連れてこれたが、問題は帝国で料理を教えた料理人たちだ。

 宿屋の利益もあるし、付いてきてくれるかなぁ。


 まず、アドリアーナの宿屋の前に魔法門マジック・ゲートを開き転移門をくぐると、宿屋の従業員や通り掛かりの一般人が腰を抜かしている。


 とんでもない登場に宿屋の者は唖然としていたが、俺の姿を見るとすぐに納得する者が多い。


「これはこれは、お客様!」


 以前、泊まった時に料理の伝授をしたので宿の主人なども好意的に迎えてくれる。


「師匠!」

「やあ。励んでいるようだね?」

「もちろんです!」


 俺の訪問に料理人は嬉しげだ。


「お客様、今日はお一人なので?」

「いや、今日は宿に泊まるつもりはないんだけど、ご主人にお願いがあってね」

「お願いですか?」


 宿の主人は少し不安げな表情を浮かべた。

 客からのお願いなんて面倒なモノが多いに決まっているといった顔だな。


「料理人を半日ほど借りたいんだ」

「え? ウチの料理人をですかい?」

「ああ。料理人が少し場を離れる事で損失が出るなら、それに見合った金貨を置いていくよ?」


 金貨と聞いて宿屋の主人は目を輝かせた。


「半日で金貨ですか。料理人のエッソとも相談をしないと……」

「師匠、準備ができました!」


 宿屋の主人と話をしているうちに、料理人は厨房に飛び込んで自慢の包丁を布に巻き飛び出してきたようだ。


「うお。軽装だな」

「はは。コレさえあれば、どこででも料理しますよ!」


 うはー、なんか流れの板さんみたいでカッコいい。フソウのタケノツカ村の板前さんを思い出すね。


「料理人のエッソは乗り気みたいなんで良いですよね、ご主人?」

「え? ああ、そうですね」


 料理人エッソの勢いに宿の主人も肩なしといったところだね。


「では、これを」


 俺は金貨を二枚取り出して渡す。


「二枚……」

「万が一、半日で終わらなかった時のためにね。保証としてもう一枚出しておくよ」

「ありがとうございます! どうぞお連れ下さい!」


 それほど高い宿屋じゃなかったし、金貨二枚は有無を言わせぬ金額だったかもしれないな。

 まだ金銭感覚が狂ってるかもしれないけど、今回は緊急事態なので許せ。



 エッソを連れてリムルの街へと早速転移。


 おっかなびっくり俺と転移してきたエッソが周囲を見回す。


「おお、たしかにアドリアーナじゃない……凄い魔法です、師匠!」

「ここはリムルだよ」

「リムルなんですか!? 歩きなら一週間以上かかります! 師匠は本当に凄い!」


 まあ、一般的な人間は、ここまで高度な魔法をお目にかかることはないだろうけどさ。


 宿屋周辺の通行人がやっぱり腰を抜かしていた。


 何の騒ぎだと顔を覗かせた宿屋の従業員が俺の姿を認めて奥に引っ込んだ。


 直ぐに宿屋の主人がやってきた。


「おお、ケント様! よくぞ参られました! ささ、どうぞ中へ!」

「ああ、お久しぶりですね」


 俺はにこやかに笑ったが、「様?」と敬称が付いていることに首を傾げる。


 俺はエッソと応接室に通された。


 ここの宿屋は下級貴族でも泊まれる設備を持っているので、結構豪華な応接室だ。


 一緒に入ってきたエッソも恐々といった感じでソファに腰を下ろした。


「ケント様、今日はご宿泊でしょうか?」

「いや、ご主人にお願いがありましてね」

「何でしょうか?」

「料理人を貸していただきたい」


 宿屋の主人は笑顔を崩さず即答した。


「畏まりました。全員ですか? 一人だけ残していただけると助かるのですが」


 全く拒否すらしない。


 何でだ?


「いや、全部じゃないけど……確か料理人は二人いたよね?」

「はい。今は五人おります」

「え? 増やしたの?」

「ケント様からお教え頂いた料理が評判を呼びまして。料理人二人では追いつかなくなったのです」


 あー、そういう効果があったのね。ようは宿に併設している食堂が大繁盛って事だね。


「なるほど。ここではカレー作ったもんねぇ。あれは人気が出るはずだよ」


 俺は素直に頷く。


「素材集めに苦労しましたが、うちの料理人たちが奮起しまして、今では毎日お客に出せるほどになりました。

 その御恩に報いたいと思っておりました」


 相当稼いだようだね。


「それに、ケント様は王国の貴族様だと伺いましたので……」

「え? 誰から??」

「アルフォート・フォン・ヒルデブラント伯爵閣下でございます」


 ああー、アルフォートか。


「以前、ケント様とお立ち寄り頂いてお気に召されたようで。

 ヒルデブラント伯爵閣下の常宿にお決めくださいました。

 本当に有り難いことです」


 なるほど。帝国でカレーが食えるのはここだけだからな。


「師匠、ここでも料理を伝授されたんで?」

「ああ、ここではカレーという料理をね」


 エッソの目が光る。


「師匠! 私にも是非ご教授を!」


 エッソの興奮に宿の主人も目を見開いている。


「ケント様、こちらはお弟子さんですか?」

「ああ、この男はエッソ。アドリアーナにある宿の料理人だよ」

「ほお……うちの食材はアドリアーナから仕入れていますが……なるほど」


 宿の主人も理解の色を示す。

 貿易都市アドリアーナは海の幸や山の幸、結構なんでも揃うからな。

 少量ながら米や醤油、鰹節なども仕入れられる貴重な海鮮市場が印象的だ。


「ケント様、我が宿の料理人を四名お連れ下さいませ。

 食堂は一時休業になりますが、ケント様のお力になりたいと思います」


 四人か。助かる。


「有り難い。休業補償として、金貨八枚置いていくよ」


 金貨を八枚テーブルに積み上げるが、宿の主人は首を横に振った。


「大変な金額で心を奪われそうなところですが、お連れいただく料理人に新しいレシピをご教授いただければ幸いです」


 なるほど。新しいレシピさえあれば簡単に金貨八枚程度は回収可能って腹積もりか。

 ウィン・ウィンな関係であれば断るつもりはない。


「良いでしょう。いくつかレシピを公開しますかね」


 俺の言葉に宿の主人は破顔した。


「さすがケント様でございます」


 さっそく四人の料理人が集められた。


 二人は既に知っている。

 前に来た時に俺を「師匠」と呼び、カレー作りを手伝ってくれた料理人だ。

 残りの二人は後から入った料理人だから見たことはない。


「師匠! また料理をお教え下さい!」

「ああ、教えてやるよ。それで、こっちがエッソ。アドリアーナの宿の料理人だよ」

「エッソです。一年少し前に師匠に料理を教えてもらった者です」


 エッソがペコリと頭を下げると二人の料理人が笑顔になる。


「貴方もですか! 我々もです」


 弟子仲間が増えたエッソは嬉しそうだ。


 借りた料理人は、カレーを教えたドーソン、グランツ、新入りがソークス、ゲルニットという名前だそうだ。


 後ろ二人は俺を見て「師匠の師匠か」と尊敬の眼差しを向けてくるのでこそばゆい。


「では、お預かりします」

「四人をよろしくお願いいたします、ケント様」


 主人に見送られ、俺たちは転移門ゲートを潜った。

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