第24章 ── 第8話

 創生二八七三年キリエル月(二月)一〇日、金曜日(セリア)。

 俺たちはカリオハルトに攻め込んだ。


 基本的に通常の軍隊のような軍事行動はしない。

 ゴーレム兵を分散して一体一体で攻め込ませ、縦横無尽に襲いかかってくる法国民を殲滅させる。


 ゴーレムの魔導兵でも単体で何百人も相手できるので、この戦法になった。

 それぞれのゴーレムにはマップ画面が共有してあるので、赤い光点を見逃すことはない。


 俺たちの仲間も同様だが、俺の周囲二〇〇メートル程度の範囲にいるように指示してある。


 そういった間隙を縫ってダイア・ウルフたちに更に奥へと攻め込ませる。


 ダイア・ウルフたちには見つけた獲物全てを殺すように命令してあるが、禁止事項も通達してある。

 それは獲物を食べてはならないといこと。


 ドーガの影響下にある法国民を食べた場合、ダイア・ウルフ自身に精神干渉効果が出る可能性があるからだ。


 高濃度のドーガにやられている法国民の血や肉にもドーガの影響があると考えるのが妥当だろう?



 この戦争が開始された時、カリオハルトの国境内側付近には、カリオハルトの法国民たちの軍勢が伏せていた。


 その数、およそ二〇万。


 ほぼ全てのカリオハルト領民が国境付近にいたということだ。


 マジでドーガの威力半端ねぇ。

 これだけの国民に反抗すらさせぬとはねぇ。

 独裁者とかにはマジで使い勝手のいい薬なのかもしれないな……


 しかし、そう思っても使う事は考えられない。

 麻薬ってのはマジで悪の産物だと俺は思うのだ。

 これを使うってのは最悪の所業だし、対象者を人間だと認めていないって事に他ならない。


 魔族が関わっていると予測している俺としては、この戦争を引き起こさせた魔族は完全に敵だという事だ。


 魔族には優しかったと聞くアルコーンだが、こんな計画を考えていたという事は、ヤツとは判り会えない存在だったと確信を持って言える。

 うちの魔族仲間たちにもアルコーンに友好的な感情を持つヤツもいるが、今回の件は彼らのそんな感情を打ち壊すに余りある所業だ。


 俺が静かに、そして心底怒っていると仲間の魔族三人も感じたのか、敵の軍勢に慈悲の色も見せない。



 半日もしない間に国境付近の敵勢力は、ほぼ殲滅が完了した。

 殆どが一般市民の為、ゴーレム兵やダイア・ウルフの敵ではない。


 五キロメートルほどカリオハルト領内に侵攻した頃、敵の兵站拠点らしき場所を発見した。


 その兵站拠点には多数の武器や防具が山積みになっていたが、食料は殆ど見受けられなかった。


 そして、その兵站拠点に陣取っているのは五~一〇歳程度の子供だけだった。


 彼らは必死に石を投げたりしてくるが、俺たちの部隊には何の効力もなかった。


 全ての子供たちは赤い光点でマップに表示されているので、ドーガの影響下にあるようだ。


 こんな子供にまで……


 俺の心は暗鬱に沈んだが、ドーガ中毒者に手を抜くわけにはいかない。

 もう既に救いようのない麻薬中毒者なのだ。

 人権うんぬんは関係ない。もう「人間やめますか」の存在でしかないのだ。


 ゴーレム兵に号令を掛けさせ、蹂躙が開始される。

 子供の虐殺など見たくはないが、こんな事態を巻き起こした魔族への怒りを消さない為にもシッカリと脳裏に刻み込んでおく。


 ほぼ子供を殲滅しかかった頃、兵站陣地に白旗が立った。


 皆殺しは決定事項だが、白旗を上げた以上、戦闘の意思はないものと判断し、戦闘を停止させる。


 白旗を上げた子供一〇人ほどがゴーレム兵に引っ立てられて俺の前に連れてこられた。


「降伏したいようだが……」


 俺は必死に作り笑いを浮かべ恭順を示す姿勢の子供たちの前に立った。


「もう、ボクたちは戦う力はありません。オーファンラント王国に降伏いたします」


 一番年嵩のある子供が地べたに平伏しながら言う。


「しかし、君たちは薬漬けの狂信者だろう。

 我らの捕虜になったところで恭順するとは思えないんだが」

「そんな事はありません。ボクらは薬を殆ど与えられていないのです」


 嘘だ。


 マップの光点はずっと赤いままじゃないか。

 降伏を示すただの子供が敵意をずっと持っているなんてありえない。


「だが、君たちの敵意は明白だ。俺の目は誤魔化せない」


 しかし、年嵩の子供は微塵にも作り笑いを崩さない。


「そんなことはありません。貴方さまが命じれば、ボクらは何でもいたします」


 年嵩の子供の言葉に他の子供もコクコクと頷く。


 確かに目で見ただけで判断すれば言葉通りに見えるだろう。

 年嵩の子供の光点をクリックすれば、この子供がかなり高い知力度がある事が解る。

 必死に俺たちの同情心を引き、隙を窺っているだけだと見るべきだ。


 ふと、一人の少女がフラリと立ち上がり、俺の前まで来ようとした。

 マリスが盾を構えて少女の前に立ちふさがる。


「それ以上近づくでない」


 その時、少女が胸の部分をギュッと強く掴むのが見えた。


 その途端……


──ズゴーン!!


 猛烈な衝撃波と閃光が俺たちを包み込んだ。


「うお!?」


 少々びっくりしたが、発生した爆発による影響は俺の仲間たちには殆ど無かった。

 ただ、この爆発に巻き込まれたポール・マッカランが重症を負った。

 すぐさまアナベルが治療を行い命に別状は無かったが……


 一〇人の子供が自爆攻撃で全員死んだのは言うまでもないだろう。


「マッカラン、大丈夫か?」

「アナベル様のお陰で無事です。しかし……子供ですらこれですか……」


 マッカランは悲痛な表情でバラバラになった少女と巻き込まれて死んだ子供たちに視線を向けている。


「ああ、これが法国の民だ。子供だからとて油断はならない。残念な事だがな……」


 スパイからの情報で五歳からドーガを投与されているんだ。

 油断も隙もあったものではない。


 しかし、四歳以下の子供はどうなのだろうか?

 ドーガはまだ投与されていない子供は救うべきなのだろうか?


 俺は自分の子供時代を思い出す。

 俺は三歳くらいから両親の虐待を受けていた。

 今でもその記憶は消しようがない。

 あの頃の絶望感と恨みは忘れていない。


 やはり子供といえど法国民に慈悲は掛けられない。

 経験則はないが子供にも考える力はある。

 敵国人に対する大人の考えに少なからず影響されているに違いない。


「マッカラン。ゴーレム兵を前進させよ。

 カリオハルトの都市を一つずつ潰していく。

 乳幼児以外は殲滅だ」

「りょ、了解いたしました!」


 非情ではあるが、仕方ない。

 子供たちには来世で幸せになってもらおう。

 神々にそのくらいの慈悲は願ってやる。

 このティエルローゼは輪廻転生が約束されている。


 だが、現世は諦めてもらう。


 乳幼児の殺害は指示しなかったが、保護も指示しなかった。

 幼子たちは自然の摂理に任せるとしよう。


 そこまで我々が手を血で染めて死を撒き散らす必要もない。


 大人の保護も都市の防壁もなければ、自然の驚異によって死滅するだろう。

 ダイア・ウルフが、そういった小さい子供で腹を満たすのも自然の摂理といえる。


 ダイア・ウルフの鼻はドーガにやられている人間を嗅ぎ分けられるとブラック・ファングから報告が来たので、ドーガに侵されていない法国民の捕食については許可を出したからな。



 攻め込んだどの都市にも殆ど大人はおらず、成人前の子供たちが都市に残されていた。


 残っている大人は他国人を捕らえており、彼らを人質にした。

 しかし、ハリスやダイア・ウルフの俊敏な対応で人質に死傷者は出ない。


 あっという間に五つの都市を完全壊滅させた。

 カリオハルトに攻め込んでから、たった一週間しか掛かっていない。


 残るはカリオハルト自治領の管理都市デルミオだけとなった。


 デルミオには大人が数百人ほど残っていた。

 ゴーレム部隊による攻撃で、城門は簡単に破壊される。


 城壁にいた大人たちは蜘蛛の子を散らすように都市内に逃げていった。


 マップ画面の共有があるため、半日も掛からず法国民はゴーレムによって死んでいく。


 デルミオの総督が捕らえられている城の前に立つ。


 城の扉は無警戒に開け放たれていて、罠の匂いがプンプンする。


「ハリス。各国から派遣されている貴族が何人も捕らえられているはずだ。

 すぐさま救出してくれ」

「了解……」

「マッカラン、ゴーレム兵を五〇体、城に突入させよ。残りは城の外周を固めて逃亡者を出さないように」

「仰せのままに」


 俺の命令でハリスの分身たちが影に消え、ゴーレムが素早く動きだした。


「ケント、大丈夫か?

 ここの所、気分が優れないように見えるが」


 トリシアが俺のしかめっ面を覗き込んでくる。


「余り大丈夫じゃないが、ここではこれが最後だ。

 二~三日休ませてもらってから、法国本国に行こうと思う」

「そうだな。何日か休む必要がありそうに見える。あまり無理をするなよ」


 ここは無理しないとね。

 今回の件を手早く終わらせて冒険に戻るなり、魔法道具の開発なり、何かに没頭できる状態を作り出したい。


 俺の人生にもう鬱状態は必要ないんだ。

 楽しくのんびり生きたい。

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