第24章 ── 第7話

 次の日の早朝、野営を畳むため、仲間たちそれぞれが作業をしていると、ダイア・ウルフ部隊の遠吠えがバケツリレーの如く遠くから近くに連続で聞こえてくる。


「北東より接近する人間の集団あり。警戒せよ」


 ん? 北東から?


「ブラック・ファング!」


 俺が呼ぶと、音もなく巨大な大狼が素早くやってきた。


「仲間のうち一匹を斥候に出せ。あの旗印があったなら友軍だ」


 俺はうちの紋章旗と共に上げているオーファンラント国の紋章を指差す。


「了解です」


 ブラック・ファングが素早く立ち去り、一〇分もしないうちに戻ってきた。


「主様の支配者の言う通り、友軍のようです。到着は三時間後になりそうです」


 マジで援軍なのか?


 王直轄の軍を派遣してくるには早すぎる。

 他領の軍が間に合ったとすると……隣接する領地のドラケンかモーリシャスくらいだが。


 しばらく作業をしながら待っていると、隣で作業をしていたハリスが口を開いた。


「来た……ドラケン軍だ……」


 警戒の為に周囲を偵察している分身から得た情報だろうか。


「ドラケンが? ミンスター公爵は随分とトリエンの事を考えてくれているのかもしれないね。後でお会いしたらお礼を言っておかなくちゃ」

「援軍など……多分必要ないが……」

「確かにね。ゴーレム一〇〇〇体と俺たちで十分だけど、これもお付き合いだ」


「公爵閣下は俺に恩を返しておきたいのさ。

 王族の血族の者が下の者に恩恵を受けるだけ受けて、全く恩を返せていない

なんて、外聞が悪いだけだとお考えなんだと思うね」


 もちろん、王も多大な恩恵を受けているが、王国一の広さを持つトリエン地方という直轄領を俺にほぼ無償で割譲した事で、返しきれない恩を俺は受けている……と貴族には見える。


 ミンスター公爵は貴族の体面として、自分の派閥に所属する(そう考えているはずだ)中級貴族である俺に援軍を送っていなかったなんて、それこそ他の派閥に俺を取られかねないと考えるだろう。


 俺としてはどこの派閥にも属しているつもりはないが、大貴族の半分が属する最大派閥であるミンスター公爵派閥に属していると見做された方が、面倒な勢力争いに巻き込まれないで済むので楽ちんなのだ。


「各部隊の指揮官と仲間たち全員集合!」


 俺は大声で仲間たちとマッカラン、ブラック・ファングを呼んだ。


「これからドラケンの軍隊が援軍としてやってくる。

 数は?」

「二〇〇……といったところ……だ」


 ハリスに聞くと打てば響くように明確な答えが帰ってきた。

 俺はありがとうと無言でうなずく。


「二〇〇とは大した数じゃないのう。役に立つのかや?」

「役に立つ必要はないな。ケント、この援軍はアレだろう。トリエンは孤立無援ではないと外部に知らせるためのモノだ、丁重に迎えるべきだぞ」


 トリシアはよく解っている。


「その通り。トリシアの言葉の通りの意味があると俺も思う。

 今回、トリエンは王国の北との行き来を絶たれている。ドラケンのミンスター公爵が憂いた事はここだろう」


 俺の言葉にブラック・ファングが「ああ~」といった表情をしたのを俺は見逃さなかった。


「ファング。思い当たる事があるようだね?」


 俺に話題を振られ、ブラック・ファングが頭を垂れる。


「申し訳ない。連絡を怠っていた。しかし、我々の言葉を人間は解さないため、連絡のしようもなかったので」


 そこでブラック・ファングが「ハッ」と顔を上げた。


「そういえば、主様の支配者よ。何で貴方さまは我らの言葉を喋っているのですか?」


 気付いたの今かよ! ま、かなり自然に話してたからな。

 彼らの創造主との通訳までしてたし。


「ああ、今の俺は全ての生物の言葉が何故か解るようになってね。特殊なスキルでも覚えたのかもと思ったけど……」


 スキル・リストにはそんなスキルはなかった。もちろんユニーク・スキルにもね。


「来ました!」


 ダイア・ウルフの後方の一匹が遠吠えで知らせてきた。


「道を開けてくれ」


 俺の命令で、ゴーレム、ダイア・ウルフの軍勢がザッと道を開けた。


 その道の先には、左右をビックリした顔でキョロキョロみている指揮官や副官ら馬に乗った貴族と、おっかなびっくり付いてくる歩兵隊が見える。


 ようやく俺たちの前まで来たところで先頭を歩いてきた貴族が口を開いて口上を述べた。


「ドラケン軍所属、ノイジスタット男爵です! ミンスター公爵閣下よりトリエンへの援軍として参りました」

「ようこそ、ノイジスタット男爵。

 よくここに俺たちがいると判りましたね」


 俺が感心したように言うと、主か自分が褒められたと思ったのか男爵は微笑んだ。


「公爵閣下は魔法で宰相閣下から連絡を受けたのです」


 ほう。遠距離通信魔法か。魔法道具ではないんだな。

 単発の遠距離通信魔法があるのなら、魔法道具は要らなかったかな?

 いや、俺の通信機を見て、宮廷魔術師が魔法を開発した可能性もあるか。


「公爵閣下は、すぐにトリエン辺境伯閣下が戻ってくるだろうと言い、援軍として我々をトリエンに送る事になさいました。

 辺境伯が軍を動かすなら、ここの周辺に陣を張るのではないかと……」


 ほう。戦略家、あるいは戦術家としてのミンスター公爵も中々ですな。

 俺らがトリエンに帰還して、まだ何日も経ってない。

 とすると、この援軍が出発したのは俺たちが王国に戻る前だ。

 俺の行動を予測して事前に送り出すなんて、凄い先見性ですな。


 俺はさらに思考を先に進める。


 ミンスター公爵は主戦場である王国の北西に軍を送る準備中だったって事だよ。

 遠征軍を組織するには、多大な時間が掛かる。

 大規模な軍隊にするなら数ヶ月を有するほどに。


 二〇〇程度だとしてもこれほど早かった理由は、すでに準備済み、あるいは準備中だったはずだ。


 即断即決とはミンスター公爵もやるなぁ。


 それと、戦争が始まって一~二週間しか経っていない今は、ドラケン軍はまだ招集がおわってもいないはずだ。

 この二〇〇の軍は、ミンスター公爵にとっては精鋭に違いない。


 それほどまでにトリエンの事を考えていてくれたとすると、胸アツではありますな。


「ミンスター公爵閣下のご助力忝なくお受けいたします」


 俺がドラケンの援軍の指揮官に頭を下げる。


 ドラケン軍の指揮官は、辺境伯という侯爵級の貴族から頭を下げられ、目をシパシパさせる。


「頭をお上げ下さい。公爵閣下はトリエン軍を指揮させる為に我々を派遣したのではありません。

 辺境伯閣下の指揮下に入れとの命令を賜っております」


 周囲のゴーレムやらダイア・ウルフを見回しながら、指揮官のノイジスタット男爵は慌てたように口を開いた。


 ふむ……なるほど。


 この指揮官は所属する領地の格によって、軍隊の指揮官が決まるという今まで通りの慣例で考えていた。

 ただ、ミンスター公爵がそのあたりをしっかりと言い聞かせて送り出したのが伺える。


 短い会話ながら色々と見えるものだ。

 彼のセリフとしては俺の指揮下に入るのは不本意だったに違いない。


 しかし、俺の軍隊……殆どがゴーレムとダイア・ウルフという異色の軍隊を見て自分では指揮が難しいと考えたようだ。

 公爵閣下が口を酸っぱく指揮下に入るように言った理由がこれだと判断しているに違いない。


 ま、軍人としては優秀な人物なんだろうけどね。



 ドラケン軍が到着した事で再度、野営陣地を構築することになった。


 俺たちだけなら必要になった時だけ陣地を広げれば良かったんだが、二〇〇人の生身の兵隊がいるとなると、拠点としての野営陣地は絶対に必要になる。


 兵站陣地のない軍隊は、必ず崩壊するだろうからね。

 それにドラケン軍は、強行軍でここまで来たようで疲労の色が濃い。

 少し休ませねば、使い物にはならないだろう。


 戦争開始が遅れるが、こればかりは仕方ない。



 男爵たちの軍隊が野営準備をしている間に、ブラック・ファングから事情聴取を行う。


 さっき、ドラケン軍が到着する直前、何か思い当たるような事があった風の反応をしていたからだ。


「とまあ、こういう事が度々起きていたのです。

 幸い、我らの警戒網の中の事ではありましたので」


 ブラック・ファングの報告はこうだ。


 ドラケンとトリエンを結ぶ街道の中間あたりで、旅人や隊商が頻繁に襲われていたそうだ。


 縄張りの外──ここで言う縄張りはトリエン領という事だろう──での出来事だったので、旅人たちを助けるだけに留まっていたそうだが、トリエンと王国との分断工作が比較的早い段階から始められていた事は解った。


 言葉を解する人間がいなかった為、報告を忘れていたと再び謝られた。


 まあ、それは仕方ない。

 動物と話が出来るヤツなんて、世界広しと言えど……俺とハリスくらいなもんだ、うん。


 さて、分断工作が確信に変わったわけだが、そうなると……魔族の狙いはやはりシンノスケとタクヤの遺品という事になる。


 どんだけ連絡手段がないんだよ。

 アルコーンの生存確認すらしていない魔族の杜撰さに呆れ返る。


 集まってくる情報インフォメーションを戦略や戦術に役に立つ情報インテリジェンスに昇華できて初めて武器になるんだけど、そこまでのレベルを求めなくても、ある程度の状況把握をするべき案件だと思うんだがな。


 まあ、中世レベルの世界で遠距離連絡網を発想できるヤツなんて俺くらいしかいないか……


 今までの情報で、ほぼ裏で糸を操る魔族の意図は丸裸といってもいいだろう。


 魔軍参謀のアルコーン一人で計画を動かしていたという魔軍組織の構造の欠陥ではあるが、二〇人程度の魔族で参謀部みたいなのは作れないだろうしな。


 それにしても、改めて情報の入手は多角的に行う事の重要性に気付かされる。

 各方面から解った情報の辻褄を合わせるだけで、ここまで解るんだからね。


 魔軍の目的はプレイヤーのインベントリ・バッグと装備。

 ここの神々と事を構える上で、魔族が最も重要視しているのはコレだ。


 ということは、バルネットにあるとアモンたち魔族連が言っていたシンノスケのインベントリ・バッグが非常に気になるね。


 ディアブロが確保しているようだけど、アレの中身をディアブロたちが手に入れたらどんな事になるのか……


 考えるだけで恐ろしいことが起こりそうだよ。

 ま、インベントリ・バッグのセキュリティは完璧だ。

 権限のない他の者は決して中身を得ることはない。


 ゲーム・マスターか制作サイド……要は管理者権限を持つ人間でなければ絶対にない。


 タクヤのインベントリ・バッグをモノにしてしまった俺は例外だが……


 それで最近思い当たったんだが、俺……ドーンヴァースの管理者権限があるのかもしれない。


 能力石ステータス・ストーンのコンフィグに『管理者パスワードの設定』って項目があったのを思い出したからだ。


 『管理者パスワードの管理』だよ?

 『アカウント・パスワードの管理』じゃなかったんだ。


 これは後でNPCだったソフィアと話し合わねばならない事だと思う。

 脳内スケジュールに記載しておこう。

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