第24章 ── 第6話
レベッカ率いる情報局員の行動は早かった。
その日の午後、トリエンの街にいたスパイは軒並み捕縛され、牢屋に叩き込まれた。
例の誘拐犯たちのアジトもレベル二〇台もある工作員たちの敵ではなく、全部捕まった。
死傷者もなかった事から、レベッカの情報部隊の優秀さが証明されたといえよう。
トリエン情報局の構成メンバーの半数はドラケンにいた娼婦たちで構成されている。
あの時はただの娼婦だと思って見逃したのだが、レベッカに忠誠を誓っていた盗賊ギルド員だったわけ。
レベッカの生存を知った彼女らは、トリエンにやってきて工作員として働き始めたのだった。
残りの半数もレベッカの盗賊ギルド員が多いが、盗みを働くような奴らじゃなかったようで真面目に諜報活動をやっている。
レベッカも情報局に入れる人員の選別を厳しくやっているそうなので安心だ。
後で報奨金でも出してやろう。
年間五〇〇白金貨の予算を出しているが、今回の働きはそれ以外にも出してもいいと思える。
捕まえた間者たちは例外なくドーガにやられていた。
トリエンに長く住んでいる売国奴も同様だった。
やはりドーガの流入は間違いない。
レベッカの調べでは、カリオハルトから流れてきているのは間違いないようだ。
俺はカートンケイル南の商業特区を防衛する第五ゴーレム部隊の半数をトリエン地方の防衛に回すように念話で指揮官のワッツに指示を飛ばす。
第一部隊はアーベントに率いさせて王城へ
各部隊に大マップ画面の共有はさせておいたから、キッチリと役目を果たすだろう。
残りの第四部隊と指揮官のマッカランを連れて、カリオハルトと国境を接する街道付近に仲間たちと共に転移した。
まずはトリエンの驚異になりかねないカリオハルトと一戦交えるのだ。
宰相の話では各国から派遣されている運営担当の貴族たちとは連絡が取れなくなっているそうなので、幽閉されていると判断する。
幽閉されている内は彼らに命の危険はないと思う。
既に夜の帳が降りて、周囲は真っ暗なので野営の準備に取り掛かる。
ゴーレム部隊で人間なのは指揮官のポール・マッカランのみで、全部で九人しかいないから野営も楽でいいね。
「今日のご飯は何かや?」
「明日から戦争だからな。必勝を祈願して、トンカツだ」
「ケント、必勝とトンカツに何の関係があるんだ?」
マリスとトリシアが俺の言葉にシンクロするように首を傾げる。
テーブルを運んでいたアナベルが、それを見て慌てて二人の横に並び、同じように首を傾げた。
何かの遊びだと思ったらしい。
こいつらホント仲がいいな。
「トンカツの『カツ』の部分がな。俺の国ではこの『カツ』と『勝つ』を掛けて縁起を担ぐんだよ」
「ほえー。面白い風習ですね! ニポン語ってやつですか!」
「日本語だ。俺には君らにどう聞こえてるのか判んないんだけどな」
一応意味は通じているようなので、正確に伝わっていると思いたい。
俺には喋ってる言葉も聞こえてくる言葉も日本語にしか聞こえないからね。
「閣下。食事後に明日の作戦についてお教え願いたいのですが」
マッカランが陣幕テントを張り終えてやってきた。
「ああ、マップで確認する限り、基本的に出会った人間は全て敵なので作戦という作戦はないね。
君にもマップを共有化させておくので敵かどうか判別しながら戦ってくれればいい」
「ゴーレムへはどのように伝達しますか?」
ゴーレムにどうやって敵味方識別させればいいのか解らないということだろう。
「それは大丈夫だ。君に共有するマップと同じ情報をサーバに共有させてある。
彼らも敵を簡単に判別できるよ」
早速、マップ画面を共有してやるとマッカランも画面を見て驚いている。
「凄い魔法道具です。こんな道具があったら、今後の戦争も簡単になりますな」
帝国が負けたのも必然だったとマッカランは感心している。
まあ、こんな機能があるってのは当時の俺も知りませんでしたけども。
そんなやり取りをしていると、ノッシノッシと大きな狼が歩いてくるのが見えた。巨大狼の後ろには無数の狼が従っている。
「おお、ブラック・ファングじゃ!」
マリスがトテテテと走り、ブラック・ファングに飛びついた。
ブラック・ファングのモフモフはフェンリルより柔らかいから後で俺にもモフらせろ。
「どうした、ブラック・ファング?」
「我らの主様が戦いに赴かれると報告が上がり、我らもお供させていただきたく、馳せ参じました」
相変わらず、彼らダイア・ウルフはマリス大好きみたいです。
「そうか。それは助かるね。君らにもマップ共有できるといいんだが」
「マップですか? それは何でしょう?」
「うーん。
「生憎、人間たちの使う道具を我らは使えません」
俺たちがそんなやり取りをしていると、魔族連が面白そうに見ていた。
「ん? どうした?」
「流石でございます、我が主よ。魔獣とも心を通わせているとは思いませんでした」
「ああ、ダイア・ウルフたちの事ね」
フラウロスは感心しているが、アラクネイアは少し熱っぽい視線をダイア・ウルフに向けている。
「なんと懐かしい……」
「ん? アラネアはダイア・ウルフに思い出でもあるのか?」
「カリス様がこの世界に来た時に私に与えて下さった最初の命令が魔獣を作る事でした。そしてティエルローゼで最初に作った合成生物種族が、このダイア・ウルフだったのでございます」
ほお、そんな過去があるのか。
現地生物と魔族の世界の生物を融合して合成獣を作っていたアラクネイアの仕事だったらしい。
「今では何百万頭も世界に散らばって生活している魔獣だよ」
「そんなに増えましたのね」
少し嬉しげなアラクネイアの言葉にブラック・ファングが首をかしげる。
「主の支配者よ。この御方はどちらさまなので?」
「ああ、彼女はアラクネイア、君たちの創造主らしいよ」
ブラック・ファングカッと目を見開き大きく遠吠えを発した。
周囲にいた彼らの配下のダイア・ウルフも一斉に大きな遠吠えを上げる。
だが、その遠吠えは俺にはこう聞こえている。
「我らの創造主を讃えよ! 我らの価値を創造主へ示すのだ!」
なんか凄く面白い。
彼らの主はマリスだが、創造主は別の崇拝対象らしい。
魔獣にも宗教的な概念があるんだな。ちょっとビックリした。
確かドラゴンに裏切られた経験から、カリスは魔人や魔獣という魔族を作ったそうだし、ただの忠誠心ではなく信仰心のようなもので縛った方が裏切られることは少なそうだな。
カリスやアラクネイアもそう考えたんだろう。今でもその信仰心は息づいていると考えれば、間違いではなかったんだろう。
アラクネイアは遠吠えするダイア・ウルフたちを見つめニコニコだ。
「良いものを見せていただきました。主様に仕えたことは正にカリス様のお導きだったようです」
自分の創造した生物に愛着を持つアラクネイアは、ダイア・ウルフが人間の敵とだけ思われているのではない事を知って、相当嬉しかったようだ。
「まあ、彼らはトリエンだけじゃなく、ウェスデルフ、ルクセイドなどで早期治安活動をしてもらってるんでね。
非常に助かってるんだ」
マリスがトコトコと俺たちに近づいてくる。
「なんじゃ? アラネアもブラック・ファングの仲間なのかや?」
「いいえ、マリス様。彼らは私の眷属なのですよ」
「創造主なんだとさ」
「ほほう。中々面白い縁じゃのう。我はブラック・ファングの支配者じゃ」
「まぁ」
アラクネイアはマリスの宣言にコロコロと笑う。
「では我が眷属、ダイア・ウルフの女王なのですね。これからも我が子たちをお頼み申します」
「うむ。任せておくのじゃ。モフモフで可愛いからのう。決して無碍にはせぬ」
ようはモフモフが好きなだけだよね。グリフォンもモッフモフで大好きだもんな。
そういや、ヤツは今どこにいるんだ? まだアルテナ森林に到着してないんだろうか?
「お、斥候獣じゃないですか。いつ従えたんですか?」
アモンがテントの中を整えて出てくると、規則正しく座っているダイア・ウルフの大群を見て目を見開いた。
ほう。ダイア・ウルフは魔族に斥候として使われていたのか。
確かに斥候にうってつけの魔獣だな。
「森の忍者なれば、主の戦に馳せ参じるのは当然の事」
ブラック・ファングがそう吠えたが、アモンには伝わっていないようで、彼は首を傾げている。
やはり、皆にはただの狼語にしか聞こえないんだな。
ハリスとならある程度言葉として解るっぽいけどね。
「彼らはマリスの部下なんだよ。以前、知り合ってね」
「ほう。彼らを従えるとは、さすがエンシェント・ドラゴンですね」
「それほどでもあるのじゃ~」
マリスはアモンに褒められてクネクネしている。
「して、主殿の支配者よ。敵とは何者でしょうぞ?」
「ああ、敵はカリオハルトの自治領民だと思う」
「カリオハルトとは?」
そうだな。ダイア・ウルフにも解るように説明しないとマズイな。
「えーと、このマップを見てくれ」
俺はマップ画面を呼び出してブラック・ファングに見せる。
「マップ……地図は理解できるか? これはこの辺り……周辺をを空の上から俯瞰して見る事ができる絵なんだが」
ブラック・ファングは少し頭を傾げていたが、頷いた。
「この青いのが川ですかな?」
「そうそう。よく解ったね」
すげえな、ダイア・ウルフ。
記号とか図解を瞬時に理解できるって、猿より脳みそ発達してるんじゃねぇか?
普通に知的生命体だったよ、こりゃ今後の教育次第で、非常に助かる人類の仲間になり得るぞ。
こっちには彼らの創造主がいるし、彼女に命令させれば全てのダイア・ウルフは人間陣営に組み込めるって事だぞ。
ま、人間の方にそう認識させるのは難しいかもしれないけどな。
ダイア・ウルフたちと人類は四万年も敵対してきた訳だし。
でも、俺の国だけでも、関係を改善できればいい。
狼や子孫たる犬は、太古の昔から人類の友になれたんだ。
犬よりも知性的な彼らは、人類ともっと深く友となれる可能性を秘めているはずだよね。
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