第24章 ── 第5話

 情報局の建物からレベッカと一緒に出たあたりで、情報局の工作員らしき人物がレベッカに耳打ちに来た。


 さすがに俺の聞き耳スキルをもってしても拾えなかった会話だったが、レベッカの美しい顔が一瞬強張り、眉間に皺を密かに寄せるだけは解った。


「ケント様」

「何かあったみたいだね?」

「はい。不確実な情報で申し訳ないのですが……」


 レベッカは情報の信憑性を判断できないのか言いよどむ。


「何だ?」

「ファーガソン准男爵家において異変らしきものがあるとの情報です」

「ソリスの?」

「はい」


 ソリス・ファーガソンの家の異変?


「詳しく話せ」

「はっ!」


 工作員によると、ソリスに充てがわれている屋敷において、いつもとは違う傾向が昨日より発生しているという。


 家人が慌てて外へ出ていったのを偶然工作員の一人が目撃したらしい。

 何となく不審に思い、屋敷周辺で観察することにしたそうだ。


 家を出た家人はソリスの奥方のようだった。

 屋敷では、時折、老婆が外に出てキョロキョロし、また戻っていくという事を繰り返していた。

 奥方は夕方遅くに戻ってきたが、精根尽き果てたような顔だった。


 その後、ソリスが帰宅した後、夜遅く、朝方近くまで屋敷の灯りは消えなかったという。


 ソリスはいつもの時間に役所へ出勤するのが確認されたものの、家を出る彼の顔は悲壮感が漂っていたらしい。


「それは不審だな」

「はい。調べる価値はあるかと」

「状況が状況だ。そちらは俺が調べよう。レベッカはトリエン周辺に点在する間者の捕縛に全力を投じてもらいたい」


 俺は検索した赤い光点が表示されている大マップ画面をレベッカにドラッグ&ドロップして共有した。


「これは!?」

「ああ、この赤い光点は全て俺の敵を示している。全て捕らえろ」

「即座に任務を遂行します!」


 レベッカはサッと敬礼らしきものをして音もなく走り去った。


 あんな敬礼作ったんだ。カッコイイ。



 俺は取って返す足で役所に向かう。


 俺が役所の扉を開けると、例の職員が直ぐにやってきた。


 相変わらず目ざとい職員だよ。名前は……スミッソン……ナタリー・スミッソンだったな。


「行政副長官はいるかい?」

「ファーガソン准男爵閣下ならば執務室におられます。お呼びいたしますか?」

「いや、俺が彼の所に行こう。案内してくれ」

「畏まりました」


 ナタリーに案内され二階のソリスのオフィスへと向かった。


 ナタリーがノックをすると「どうぞ」と短くソリスの声が聞こえる。


「失礼致します。領主閣下がご面会を求めております」


 ナタリーがそう言いながら入る後から俺も入っていく。

 ソリスが慌てたように執務椅子から立ち上がり、執務机の前まで出てくると跪いて俺に挨拶をする。


「領主閣下におかれましては……」

「いや、形式的な挨拶はいいよ。話を聞きたいので座ってくれ」


 俺は彼のオフィスのソファに腰掛け、対面を手で指し示す。


 恐縮しているソリスが恐る恐るといった感じで腰を下ろす。


 そこまでの彼の様子をつぶさに観察した。


 確かに意気消沈しているように見える。顔色もよくない。


「本日はどのようなお話でしょうか? クリストファ様がお館に召喚されてからまだ戻っていない件についてでしょうか」

「いや、それはいい。それ以外の話でね。

 昨日、君の家で起こった事についてだ」


 俺の言葉にソリスは衝撃を受けたような顔になる。


「そ、それは……閣下は何故それを……」

「予算編成などをやっていれば知っていると思うが、情報局からもたらされた情報からだ。何があった? 話すように」


 ソリスは逡巡する様子を見せたが、俺の命令がある以上話さないわけにはいかず、重い口を開いた。


「昨日の昼、我が家の居間のテーブルに手紙のようなものが置かれていたようです……」

「手紙? 内容は?」

「我が家の子供を預かっている……と」


 その言葉に俺はしかめっ面になる。


「誘拐……? 犯人の要求は?」

「閣下の……トリエンの行政を混乱させよと……」


 法国の仕業確定だな。


「了解した。その件は全てこちらで解決する。ソリス、君は自宅へ戻っていろ。奥方と母君の側に付いていてやるんだ」

「しかし、それでは……」

「気にするな。

 君の忠誠心から考えるに、自分の子供より職務に忠実たろうとしていると判断するが、今は残っている家族の心労が気になる。

 君の母君はまだ完全に回復していないはずだ。

 今回の事でまた寝込んでしまうかもしれん」


 ソリスは感動に打ち震えるような状況だが、彼ら家族は一箇所にまとめておいた方が監視しやすいからな。


「それで質問だが、君の子供の名前はなんというのかな? 娘がリーナってのは覚えているんだが」

「息子はタリスと申します」


 早速、大マップ画面で二人を検索する。


 ピンが二つトリエン内部の新興住宅地にポスポスと立った。


 ふむ。トリエンの外には連れ出されていないか。

 それと、同じ場所には監禁していないな。

 少しはこういう犯罪に対する心得があるのかもしれないな。


 同じところに監禁すると、利点もあるが欠点もある。


 万が一計画が露見し、監禁場所が衛兵にでも踏み込まれると、その一回で終わってしまうが、別々だと一度では失敗にはならない。

 仲間が逃げやすいというのもあるだろう。

 欠点は多くの仲間を揃えなければならなくなるので、情報の共有や計画実行における連携などが難しいという事だ。


 簡単な利点と欠点はこんなもんだろう。他にもあるだろうが、今は考慮に値しない。


「ハリス」


 俺がそういうと、影の中からハリスが現れた。


「ケント……呼んだか……?」


 その様子を見ていたソリスが驚愕するように目を見張った。


「ああ、事件発生だ。このマップを見てくれ」

「これが……?」

「こことここ。二箇所に白い光点があるだろう?」

「ああ……」

「この二人を無傷で救出してくるんだ」


 俺はハリスにも画面を共有してやる。


「了解だ……館に連れてくれば……いいのか?」

「それが一番安全だろう。ソリスはそれでいいな?」

「はっ! よろしくお願い致します!」


 ハリスはニヤリと笑うと、また影に沈んでいく。


「ハ、ハリス殿は凄いスキルをお持ちなんですね」


 ソリスがハリスのスキルの感想を漏らす。


「まあね。この世界初のスーパー素敵忍者だよ」

「スーパー? 素敵? 何か凄まじい凄いモノなのだと判断しました」


 うん。ハリスは凄いよ。彼、今は多分、トリシア並のとんでもない冒険者だから。


「では、自宅で待機しているように。すぐに子供たちは自宅に届けるからね」

「配下の家族にまで心を砕いて頂き、誠にありがとうございます。この御恩に我が家の者全ての忠誠において報いさせていただきます」


 ソリスは王国貴族では最大の敬意を表したお辞儀をしてきた。

 以前に母親を治療した時にもされたことがあるんだが、その時はまだこういう形式ばった貴族の作法は全く知らなかったんだよな。

 今はちゃんと解る。もちろんリヒャルトさんの教育の賜物ですよ。


「頭を挙げてくれ。その忠誠、大いに期待させてもらうよ」


 俺が館に戻ると、リヒャルトさんが出迎えてくれた。


 いつも思うけど、何で俺が戻ると必ずリヒャルトさんが出迎えてくれるんだろうね?

 俺が戻ると解るような、何かスペシャルなスキルがあるのかな?


「お帰りなさいませ、旦那さま」

「うん。すぐにハリスが二人の子供を連れて戻ってくると思うんで、執務室へ通すように」

「畏まりました」


 リヒャルトさんは近くにいるメイドにハリスの事を言付けると俺と一緒に執務室へと付いてきた。


 執務室の扉を開けるとソファに座るハリスと、目をまん丸にしている二人の子供が目に飛び込んできた。


「あれ!? もう!? 早業過ぎるぞハリス!」


 ハリスは悪戯小僧のようにニヤリと笑う。


 本当にもうハリスには欠点という欠点が見当たらねぇな!

 スーパー素敵忍者すぎんだろ! 負けそうです。


「任務……完了……」


 子供たちは俺の姿を見て、パッと笑顔が弾けた。


「領主様! やっぱり領主様が助けてくれたんですね!」


 男の子の方、タリス・ファーガソンが立ち上がると片膝を付いた。


 うむ。家族にしっかりと貴族の作法を躾けられているね。


「領主しゃま、ありがと・ございます」


 妹のリーナも兄を真似て跪く。


 うーん。セリフも噛んでるし。

 それと女の子の跪く作法はそうじゃない。

 それは男の跪き方ね。

 ま、まだ兄の真似しかできないんだろうから、言うつもりはないけども。


「二人とも無事だったようだね。家族が心配しているから送っていこう」

「ありがとうございます、領主様!」

「ありがと……です」


 リヒャルトさんに後を任せ、子供たちとハリスを連れてファーガソン家に向かう。


 以前、ゴーレム・ホースを見てタリスが目を輝かせてた記憶があるので、俺はスレイプニルをインベントリ・バッグから取り出す。

 ハリスは白銀だ。


「さあ、これに乗っていくぞ」

「領主様の愛馬に相乗りは、畏れ多い気が致します……」

「気にするな」


 俺はそう言って、タリスを引っ張り上げてやる。

 ハリスはリーナを抱えて白銀に飛び乗った。

 リーナはまた目をまん丸にしているな。


「では出発だ。スレイプニル、常歩ウォーク


 二人を屋敷に送ると、ソリスと奥方、ソリスの母親が涙ながらに帰ってきた子供たちを抱きしめた。


 その様子に和みつつ、彼らの屋敷を後にした。


 今後、この街の重要人物たちにも護衛を付ける必要があるな。

 飛行型ゴーレムのガーゴイルを各屋敷などに付けておくとしようか。


 それにしても家臣の家族を狙うとは下劣過ぎる。

 最初から許すつもりはなかったが……身内に手を出すとか、さすがの俺もマジギレすんぞ。

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