第24章 ── 第4話

 戦争準備は仲間たちに一任して、俺はまず捕まえたというスパイと接見した。


 特殊な椅子に縛り付けられた捕虜のスパイは報告通り、東側諸国への罵詈雑言ばかりだ。


 スパイの目は血走り、口角から泡を吹いている。

 目は瞳孔が開き気味で、まさに薬物中毒者のイメージそのままだ。


「東側諸国は全て滅ぶべきであり!」

「そんな事は聞いてねぇ」


 ギロリと威圧スキルを込めて睨む。


「我々法国は正義であり!」


 威圧が効かない。レジストの成功値も上がるのか?


「ていっ!」


 俺は首の後ろあたりに比較的手加減なしのチョップを叩き込む。


「うげっ!?」


 スパイは一発で気絶した。

 HPバーが半分以上消し飛んだのは秘密。


「殺す気か!」

「いや……煩くて、つい」


 レベッカの的確なツッコミに感謝!

 いつも俺がツッコミ役な気がするので、すごい新鮮です!


「し、失礼しました! つい!」

「いや、いいけど」


 レベッカはツッコミ担当……と。心のメモ帳にカキカキ。


 さてと、魔法でさっさと情報収集を片付けよう。


記憶走査メモリー・スキャニング


 この魔法は何度か使った事がある。

 対象の記憶を探り、映像として見る事ができる魔法だ。


 早速、俺の脳内ディスプレイに何か映像が……


「うげっ!」


 ノイズの多い映像と共に、俺の精神に何かが干渉するような感覚を覚えた。

 深い酩酊感覚、思考を乱す他者の思考が流れ込んでくる。


『人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ

 人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ

 人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ

 人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ

 人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ人間は敵だ』


 ストップ! ストップ!


 俺は慌てて魔法を打ち切る。

 クラクラする頭を正常な感覚に戻そうと首を振る。


 やべぇ。洗脳電波がバリバリだ。


「どうしましたか?」

「こりゃ相当強力な精神魔法が付与されてるな。しかし……」

「しかし?」

「これ、さっき話に聞いたドーガを改変した奴だな」

「そこまで解るのですか?」

「それと、多分だが……」

「何でしょうか?」

「いや、確証があるわけじゃない。口に出すのは控えておく」


 法国上層部がヤツらの影響を受けているのは間違いないだろう。


 ヤツらとは誰だって? 魔族に決まってるだろう。

 人間は敵だなんてあからさま過ぎるだろう。

 まさか心を覗かれるなどと思っていなかっただろうからな。


 今まで全く魔族の動向が観測されていなかったのに、ここ二年ほどの間に東側、西側問わず、ティエルローゼ全体で問題が噴出している。


 これも今は亡きアルコーンの計画なのだろうと思う。

 魔族の実行している各計画に連携が取れていない事が、如実にアルコーンが関係していたと思われる。


 指揮者がいなくなって魔族たちも手探り状態なのかもな。

 連携の取れていない敵など驚異にならんから楽でいいけど。


 ただ、今回の戦争では、正確な敵情報が押さえにくいのが問題になるだろう。

 捕虜を捕まえても、この状態だからな。


 俺は洗脳状態を解くため、魔力消散ディスペル・マジックを捕虜に掛けておく。


 殆ど抵抗もなく、人間は敵だ電波は解除された。

 これで薬を欲しがるだけになるだろ。


「……うう……」


 はい。気絶効果終了。

 ここからが尋問の本番。


「気が付いたか」

「はっ……ここは……」

「君は法国の間者として我が領地トリエンで捕らわれた」

「な、何のことだか解りません。私はただの行商人で……」

「さっきまで『東側諸国は法国の敵だ』と騒いでいたよ?」

「!?」


 アホだなぁ。精神魔法の効果がキツ過ぎて墓穴を掘ってるんだよな。

 魔族って結構アホが多いの?


「さて、法国が間者を放って俺の領地で何をしようとしているのか聞かせてもらおうか」

「し、知らん!」

「はぁ……」


 俺は溜息を吐きながらインベントリバッグからポーションの小ビンを取り出す。


「これが何だか解るかな?」

「そ、それは!?」


 捕虜の目の色が最初の時のように血走った。


「喋ってくれたら、これを君にやってもいいんだがなぁ……」

「喋る! 喋ります! 全部! 俺の知ってる事は全部喋りますから、それを俺に下さい!」


 一瞬も抵抗しないか。フィルの言ってた通りに依存度高ぇな。


 ま、このポーション小ビンの中身は下級HP回復ポーションなのだが。

 勝手に、それも反射的に勘違いしてくれるくらいだから、相当に麻薬依存が進行している。


 捕虜は堰を切ったようにベラベラと話し続ける。


 法国は今、大変な食糧危機に陥っているらしい。

 理由は知らされていないが、海上貿易路に巨大海棲生物が棲み着いたらしく、船を使った貿易ができなくなっている。


 自然の驚異によって海資源も食料貿易も止まってしまい、法国の食料庫であるカリオハルト自治領の農作物では全く足りなくなった。


 大陸西側の陸路での食料輸入は殆どしていなかったそうで、どうにもならないのだ。


 法国の西側にあるガルディア王国は東側諸国嫌いで有名らしく、法国は東側諸国だと思われていた節があり、大規模な食料輸送は認めてもらえない。


 法国は国是である東側諸国殲滅を前倒しにする為、東側で最も食料に恵まれているオーファンラントに攻め込む事で食料を確保するのが最大の目的なのだそうだ。


 うーむ。「無ければ奪え」か……

 弱肉強食が是とされるティエルローゼでは間違ってはいないのかもしれないが……

 国民を巻き込んでやることだろうか?


 そもそも敵対して大してレベルの高くない国民を兵士として投入するなんて、国力が低下するばかりではないか。

 ま、食料を最も消費する国民が減るのだから食糧難の解決にはなりそうだけど。


 実際、去年のウェスデルフで色々と俺も画策したからな。


 とまあ、ここまではスパイに知らされている表向きの情報だろう。

 確かに食料難は戦争の原因になりえる。

 放っておけば国民は簡単に暴動を起こす。

 これは現実社会でも普通の現象で、古今、歴史を顧みれば枚挙にいとまがない。

 国民を飢えさせるのは支配者が無能だと大々的に公言しているようなものだからな。


 ドーガについても聞いておく。


「ドーガの事だが」

「はぁはぁ……ああ、それだ! それ。早くそれをくれ! まだ知りたいことがるのか!? はぁはぁ……」


 既に禁断症状が出ているようで、捕虜は喚くような大きな声になっている。


 法国において洗脳薬「ドーガ」は、国民が五歳になると国から支給され始める。

 ドーガの配布は無料なのだが、もっと欲しい国民には売られてもいると……


 国への求心力を維持するための国策だとしても、これは酷い。

 中毒患者はどんどん量を増やしていくだろうし、金は簡単に集まるようになるに違いない。

 そしてドーガを押さえている国に逆らう国民はいなくなる。


 合法で手に入るんだし、必死に国にお布施をしまくる国民の姿が容易に目に浮かぶよ。


 国民に慢性的に麻薬を投与されているとなると……

 法国民は救いようがないかもしれない。

 この捕虜を見ても解るように、依存度の高い麻薬患者は手に入れるために簡単に犯罪を犯す。


 同様に裏切るのも平気だ。

 リハビリ治療も金と時間の無駄だと俺は思う。

 そもそも法国民全員にリハビリ治療なんてやってらんねぇし。

 何十万人いるか解んないしな。


「よし、こいつをやろう。口を開けろ」


 捕虜は椅子に縛られた状態で嬉々として上を向いて口を開けた。

 俺はその口に下級HP回復ポーションを注ぎ込んでやる。


「おお……」


 ゴクゴクと嬉しげに飲み干す捕虜。


 可怪しいな。中身はドーガじゃないのだが、捕虜の顔は恍惚に染まっているよ?

 プラセボ効果?


「くれ! もっとくれ!」


 顔を高揚させた捕虜が吼える。


「もっと欲しかったら、知っている情報をもっと吐くんだな」


 俺は捕虜が押し込められている尋問部屋から出た。


 少しは理性的に見えたが、薬の判別すらできなくなっているのを考えると、捕虜の精神は既に壊れていると思われる。


 これは大変な事態だな。

 法国関係者は全部、あの捕虜と同じ状態だと考えられる。

 餌を撒いて敵国人を味方に引き入れるのは不可能だ。


 まず、国を裏切らせても、保護もしたくない連中という事だ。

 野に放つのは本当にマズイ。


 国民ごと滅するのが順当か……

 本当に気が重いな。


 しかし、やらねばならないか。

 事は法国だけの話では終わらない。

 強力な麻薬の蔓延を防がねばならない。


 レベッカが言ってたように、ピッツガルトあたりでは盗賊ギルドがドーガの販路を広げようとしていたという。

 これも法国が関わっているのではないかと思う。

 敵国を麻薬漬けにして弱体化を狙ってのことだろう。


 トリエンにも出回ってないとは言い切れない。

 このあたりはレベッカに頑張ってもらうとしよう。


 よし、行動開始だ。

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