第24章 ── 第3話
戦争についての様々な事を話し合ってから、俺たちは会議室を後にする。
国王や宰相、他の貴族たちは俺からの提案などを検討し、自分たちの行動計画を立てるために会議室に残る。
廊下を歩きながら、仲間たちと話をする。
「これから直ぐにトリエンに戻るよ。トリエンも戦時体制に切り替える」
「ふむ。他の国に支援要請を行うか?」
トリシアはファルエンケールの兵団も部隊に編入してみたらどうかと提案しているのだろう。
現在のファルエンケールは外に開かれた国になったし、昔のように隠れ住む必要はなくなった。
国として立ち行かせるのに、対外的な宣伝をしておきたいのかもしれない。
一応、トリシアは俺の副官という職務に付いているが、実際は今でもファルエンケールの有力貴族の一人なのだ。
本国の利益を考えるのは当然といえる。
「いや、今回は俺がトリエンの領主に就任後、初の防衛戦争だ。俺たちだけで対処してみたい」
「そうか。だが、アルテナ大森林の周囲の平原に兵団を展開させても問題はあるまい?」
「そりゃそうだ。同盟国だし、森林付近の平野に軍を展開する事くらいは大目に見るよ」
他の国ならいざしらず、ファルエンケールの女王が俺の領土の緊急事態に悪さをするとも思えない。
まあ、うちの兵力を知っているんだ。攻めてくるようなバカはカリオハルトくらいにしておいて欲しいものだ。
城の中庭を借りて
「お帰りなさいませ、旦那様」
出迎えのメイドたちを代表し、リヒャルトさんが頭を下げた。
「ただいま。リヒャルトさん、話は聞いているかい?」
「はい。クリストファ様が、慌てたように館にやって参りしましてお教え下さいました」
俺は頷く。
「では、クリスにファーガソン、エマ、フィル、それからフォフマイアー、副官のヘインズ、各部隊長を集めてくれ。会議用の大広間で今回の事を話し合う。レベッカは?」
「本日は情報局の官舎におられるかと」
「彼女も呼んでくれ。アラネアは工房か?」
「左様です」
俺は館の執務室に寄る。仲間たちは会議室の隣の寝室に直行した。
鎧や冒険者の服を脱ぎ捨て、貴族服に着替える。
今回は領主としての仕事なので、一応体面としては貴族服で会議に出るべきだろう。
本来ならメイドが着替えの手伝いをするが、そんな面倒な事は省く。
着替えが終わったら執務室の棚からトリエンの領民名簿を取り出し担ぎ上げる。
執務室のドアを開けようとすると、ちょうどメイドが入ってこようとしていた。
「あ、旦那様……」
メイドは慌てたように名簿を受け取ろうとしたが、俺は拒否する。
「これは重いし嵩張る。君のような少女には持たせられないな」
俺がニヤリと笑うとメイドは頬を赤らめた。
名前はなんだっけ?
ミモレットだったな。
「ミモレット。皆が集まっている所にお茶を用意してくれ」
「それはフィニーたちが既に」
「ふむ。じゃあ、甘い物を用意して持ってきてくれ」
「畏まりました」
ミモレットはお辞儀をすると、階下に続く階段へと急いで歩いていった。
会議室に入ると、クリスとエマ、フィル、アラクネイアは既に来ていた。
軍部の者とレベッカはまだだ。
「いきなり呼び出されたけど何なの?」
エマが不満げな顔で口を尖らせた。
「ああ、まだ誰も話してないの? 緊急事態だよ」
「私にも関係があるのでしょうか?」
アラクネイアの対面に座っているフィルがオドオドした感じで口を開いた。
彼の目線はアラクネイアに吸い付いて離れてない。
ふむ。アラクネイアはエルフ基準で見ても妖艶な超絶美人だからな。
アラネアは俺の密命があるので最近は工房に詰めているようだけど、フィルの研究が滞っていなければいいのだが。
「ああ、緊急事態だからな」
俺がさっきから同じことしか言わないので仲間たちがプッと吹き出したりり、肩を震わせたりしている。
「ま、緊急事態の内容は全員が集まってからだ」
俺は一番奥のお誕生席に座る。
エマは「そうなの?」という顔でクリスを見る。
クリスはその視線に気付いて難しい顔で頷いている。
ファーガソンが最初に到着し、俺への長い挨拶の言葉をつらつらとしゃべる。
「今回は緊急事態だから、長い挨拶は不要だ」
「はっ! 申し訳ありません!」
跪いているファーガソンは相変わらず真面目です。
「そういえば、母君や家族は元気か?」
「はっ! 辺境伯閣下のお陰を持ちまして」
「それは良かった。席についてくれ」
ファーガソンは跪いたまま深く頭を下げてからクリスの隣の席に座った。
次に現れたのは軍部の面々だ。
フォフマイアーに連れられて入ってくる。
「閣下。お久しぶりで御座います」
「ああ、挨拶はいいや。席についてくれ」
第四ゴ-レム部隊のポール・マッカランがいないが、彼はカートンケイル要塞の南にある例の商業都市の防衛に赴任中なので仕方ない。
最後にレベッカがやってきて、俺に無言で跪いてから席に座った。
俺は集まった全員を見渡してから静かに頷いた。
「今日、みなに集まってもらった理由だが、現在、オーファンラントに攻め込んで来ている国がある。
今回はその事についての話し合いだ」
俺がそういうと、エマとフィルが顔を見合わせ、アラクネイアはキュと目を細める。
クリスとファーガソンは不安げに身じろぎし、フォフマイアーたちは目を見開いた。
「知らなかっただろう?」
「一週間ほど前に、何やら騒動があった事は知っておりましたが……」
フォフマイアーが申し訳無さそうな顔をし、ハンカチで滲み出た汗を拭った。
「敵はかなり老獪だぞ。巧妙に隠してトリエンへの攻撃を行っている。気づかないのも無理はない」
「レベッカにも全容は掴めていないだろ?」
レベッカに目をやると彼女は頷いてから口を開いた。
「ケント様、実は昨日の事なのですが、不審人物を発見し拘束しました。
現在、情報局にて尋問を行っております」
「ほう。それはお手柄だな」
俺は大マップ画面を表示してトリエン地方情報局の官舎あたりを確認する。
白い光点四つに囲まれた赤い光点が存在する。
スパイの一人を捕まえたのか。さすがはレベッカのチームだな。
「確かに敵国の間者のようだね。どんな情報が聞き出せた?」
「はい。其奴は『救世主』とやらを信奉する者らしく『救世主様、万歳! 東国に死を!』などと口走るばかりです」
レベッカによれば目を血走らせたそいつは、拷問してもそんな状態で望んだ情報は聞き出せていないという。
「魔術による支配を受けているとかはないか?」
「魔術の影響もあると思われますが、どうも薬を使われている気がします」
薬だと?
「それはどういう薬?」
「はい。軍でも使用されておりますが、戦闘前に兵士の恐怖などを取り去る為に使われている物に近い効果の薬ではないかと」
レベッカの報告で俺の眉間には皺がよる。
「ヘインズ。聞いたことあるか?」
「勿論ございます。ただ、あの薬は一般には出回っていないはずです。錬金術師の立ち会いの元でしか使用は許されておりません。これは周辺国でも同様です」
ヘインズがそういうと、フィルが手を遠慮げに上げた。
「フィル君」
俺はフィルの名前を呼びながら頷いて見せる。
「えーと、錬金術を営む者として申しますと……それはドーガと呼ばれる錬金薬ではないかと思われますが……」
「ドーガ?」
「はい。一種の精神干渉薬です。人の精神を鎮めたり高揚させたりと効果がありますが、濃度の高い物は法律で禁止されており、基本的には軍などに少量、しかも大変薄く希釈されたものが納品されると聞いた事があります」
精神干渉薬? なんだそれ?
「そのドーガという薬の効果は?」
「えーと、一般的にという事ですか?」
「そうだ」
「飲用した者には様々な効果がありますが、非常に依存性が高く使用には注意が必要になります。詳しくはしりません」
フィルは一度、息継ぎをしてから続ける。
「痛覚を鈍化させ、身体能力も若干ながら向上させるようです。
ただ、知力面には多大な影響が出るとも言われております。
使用者は暗示に掛かりやすく、犯罪者の審議に使われたりもするとか」
基本的には国のお抱え錬金術師が少量作り出す程度で、一般に出回る事はないと締めくくった。
俺の目の前は真っ暗になる。
つまり薬じゃねえのか……? このティエルローゼでも麻薬があるのか……
「で、濃度が高いドーガを使うとどうなるんだ?」
「そこまでは……わかりません」
今度はレベッカが手を上げた。
「よろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ」
「私が以前組織していたギルドはご存知でしょう?」
「ああ」
「ギルドでも少量ながらドーガは使っておりました」
レベッカがいうには、少量の希釈ドーガを鼻から嗅いでおくと、性欲が増大し大変な快楽を感じられるようになるという。
「精神に干渉するようだから、そういう使われ方もするだろうな。でも、そういう使い方は違法だよな?」
「もちろんです。違法だからこそ、少量しか手に入らなかったので」
レベッカは続ける。
「以前、私のやっていたギルドに、他の都市のギルドが話を持ちかけてきた事があるのですが」
「どんな話?」
「大量のドーガを仕入れる事が出来るので、闇で売ってみないかというものです」
簡単に言えば麻薬市場を作り出そうとしていたギルドがあるということか……
なんという危険な事を……
「いつの話?」
「私が閣下に拾われる少し前の事です」
ということは……一年半くらい前か?
俺の頭の中にドヴァルス侯爵とミンスター公爵が「各都市の盗賊どもが最近、密に連絡をとっているとかなんとか」、「冒険者ギルドに倣って盗賊どもの横の連携を図っている」などと話していた時の事が蘇る。
あれか……あの話がここで出てくるのかよ……
もし、麻薬が今回の戦争で使われているとなると相当厄介だぞ。
麻薬中毒者は、麻薬を手に入れる為に何にでも手を染める。
強制的に止めさせたとしても、再度手を出す。
日本では有名な「人間やめますか」のフレーズは伊達じゃないんだ。
麻薬依存症は治らない病気だと俺は思っているからね。
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