第24章 ── 第2話

 ティエルローゼにおける国家間戦争の流儀について説明しておこう。


 通常は開戦前に使節による宣戦布告がなされる。

 これをせずに戦闘の火蓋を切った場合、当事国以外の国への心象が非常に悪くなるのだ。


 ウェスデルフはこれをやった為に、非常に心象が悪くなった。

 オーファンラント、ついては俺の領土に対する影響を考えれば、大国たるオーファンラントが介入するのは当たり前の事だった。


 ウェスデルフは兵力でいえば大陸最強だったのだから当然の介入だったんだよね。


 んで、宣戦布告が終わると、続いて使節団と戦場の選定と開戦日時の決定が行われる。

 これは戦争を吹っかけられた方が一方的に決められる。特権らしい。


 ブレンダ帝国は毎度攻め込んでくる国だったので戦場を決める権利はなく、宣戦布告後の戦場選定はいつもカートンケイル要塞だったのも相まって、戦場選定は省かれていたらしい。

 ま、開戦日時は、帝国側が自由にしてた感はあるけどね。


 戦時前に内部離反工作はあったにしろ、大幅な国際戦時規定を帝国は逸脱していなかった。

 工作部隊が密入国している時点では問題はあるんだが、これはティエルローゼでは珍しい情報戦の一種であり、現実社会における国においては国でも行われている事だ。あの戦争には魔族が関わっていたし、仕方ない事だったと思う。


 そのあたり、現実世界の日本は戦後アメリカに骨抜きにされていて、スパイに対する法律の制定もままならない、そんなダメな国ではあると思う。



 今回の法国は、そんな戦時規定を完全に無視した所業であるため、オーファンラントから何をされても文句も言えないだろう。

 他国も今回の戦争には口を出せないはずだ。


 ま、今現在はオーファンラントが一方的な被害を受けているだけだが。


 俺が乗り出してきた段階で、王国に負けはない。

 俺が関わる以上、チームの仲間たちも冒険者としてではなく、領主の俺の部下として参戦する事になる。

 ついでに直臣たる魔族たちもいる。


 亜神クラス、人外魔境の仲間たちが全部で七人、俺も含めると八人もいる。

 俺が関わった以上、今後の法国の戦略は天にツバを吐くようなもんだわ。



 俺は大マップ画面の検索機能を用いて状況のすり合わせを行う。


 現状、敵の本隊はオーファンラントの北西側にいるのは、オルドリンの言う通りだった。


 しかし、マップの検索と拡大、縮小で不思議な事が判明した。


 赤い光点が王国内の至る所に、転々とあるのだ。

 これはトリエンでも同じで、トリエン地方だけでも三〇個以上が確認できた。


 この赤い光点は王国の軍隊内にも多数あり、法国のスパイじゃないかと思われる。


 赤い光点は、俺自身に敵対心を持つ者が赤く表示されると思われがちだが、俺の敵自体が赤く表示されるのである。


 俺への敵対行為の判断はよく判らないが、俺と友好関係を結ぶ者に敵対しても赤く表示されるので便利だったりする。


 俺の敵と判明している状態から、その者への情報収集をすれば、俺にとってどういう敵なのかが簡単に判明するので、この設定でいいと思っている。


 という事で、点在する赤い光点を一つずつ調べていく。

 判明した事実を簡単にいうと、全員、法国の国教である英雄教の信者って事だ。


 英雄教における東側の国家は全部敵らしい。


 そう、この英雄とはアースラ・ベルセリオスではない。

 救世主として名高いシンノスケが信仰対象だったのだ。


 冒険の旅に出る前、ミンスター公爵に言われていた事を思い出したよ。

 西側諸国には東側に対して快く思わない国が存在するという話だったね。


 ただ、法国自体は東側諸国のような気がするのだが。

 法国の位置は大陸の北北東にあるしな。


 何百年も前、法国ができる前にシンノスケに助けてもらった者がいたのかも知れないね。そいつが法国を建国したのなら、東側国家が全部敵というのも頷ける。


 ミネルバの住むハドソン村も蕎麦を伝えてもらって生き残った寒村だったしな。


 にしても、トリエン地方に点在する赤い光点も英雄教の信者なのだが、古くからトリエン地方に住んでいる者もいるんだ。コイツらはずっとスパイ活動をしていたんだろうか。


 後で片っ端から捕まえてみよう。

 情報を引き出してからトリエンの刑法に則って処分してしまえばいいしな。


 売国奴がどういった処罰をされるのかは知らないが、苛烈なモノになるだろう。

 裏切り者に与える慈悲は俺にはないので、そんな事は考慮もしたくない。


「陛下。まず、俺の第二、第三ゴーレム部隊、合計二〇〇〇体をアルバラン、そしてピッツガルトに派遣したいと思います」

「やってくれるか! 助かるぞ!」


 リカルドは嬉しげに立ち上がった。


「陛下の家臣なれば当然です。感謝は不要です。

 そして第一ゴーレム部隊は、王都の防衛に当たらせたいと考えています」

「王都に? それは何故だ?」


 フンボルトが怪訝そうな顔になった。


「どうも法国の間者が国中に点在しているようなんですよ。この王都にも二〇人以上の間者が確認できます」


 俺は全員に大マップが見えるようにし、テーブルの上に水平になるように表示させた。


「こ、これは!?

 王都の地図をこのように詳細に見られるとは……」

「なんと、素晴らしい魔法道具でしょうか……」


 オルドリンと副官のマチスンが感嘆の声を漏らす。

 当然、周囲にいる国王や貴族たちもだ。


「これは『遺物アーティファクト』です。俺にも作り出すことはできませんので献上はできません。悪しからず」


 一応、譲れとか言われると困るので釘を差しておく。

 ま、譲ろうとしても無理なんだけど。


「見て下さい。

 王都にも赤い光点が複数確認できるでしょう?」


 俺が幾つか赤い光点を指差すと、みんながそれを目で追う。


「確かにあるな。これが何だというのだ?」

「これは俺に敵対するものが赤く表示されているんですよ」


 赤い光点を一つクリックして情報画面を呼び出す。


『ムリエル・アハト

 一般人:レベル八

 デーアヘルトに住む木工職人。二六年前、一五歳の時にシュノンスケール法国の間者としてオーファンラントの国民となった。

 現在、デーアヘルトの英雄教管区において情報収集に従事している』


 表示されたダイアログの内容を見て貴族たちがどよめく。


「間者! 何ということだ……」

「とまあ、こんな奴らが、このデーアヘルトにも多数いるわけです」


 少しマップを縮小し、デーアヘルト全体を表示させた。

 マップには赤い光点が幾つも表示されている。


 その中の一つは城の中にあった。


「オルドリン! 城の中にもいるぞ!」


 フンボルトが慌てたように一つの光点を指差す。


「近衛!」


 オルドリンが入り口の扉の付近で歩哨をしている近衛兵に声を上げる。


「はっ!」


 直ちに、その近衛兵がオルドリンの所までやってくると仰々しい敬礼をした。


「この地図にある赤い光を示す者を捕らえ、そして連れてまいれ!」


 俺はマップを三次元表示にし、二階を移動する光点がどこにいるのか判るように縮尺も調整した。


 近衛兵はじっとマップを睨み、位置を確認する。


「把握いたしました。直ちに命令を遂行致します!」


 ガチャガチャと走り出した近衛兵が扉を開けて出ていく。


「辺境伯、感謝するぞ。

 この魔法道具がなければ、我々はいつ害されるやもしれなかった」

「いえいえ。お役に立ててよかったですよ」



 五分もしないうちに近衛兵が一人の女を引きずるように連れてきた。

 その女は王城で仕えているメイドの一人にしか見えない。


「例の者を連れてまいりました!」


 そのメイドはオドオドとした感じで俺や国王、貴族たちを見回している。


「あの……私、何か粗相を致しましたでしょうか……」


 メイドは消え入りそうな声で質問をしてくる。


 マップを一応確認してみるが、赤い光点の人物なのは間違いない。


「名前は?」

「メイア・アガードでございます」


 俺はマップの光点をクリックして確認する。


「いや、エリザ・リンネルだろ?」


 俺がそういうと、メイドは一瞬だけ俺をキッと睨んだが、すぐに作り笑いを浮かべた。


「誰の名前でしょうか。私はメイアでございます」

「隠しても無駄だよ。君は法国の間者だろ? レベル二八の暗殺者か……中々の腕前のようだな」


 メイドは右手を近衛兵に掴まれていたのだが、左手がくるりと動いたかと思った途端、小さな暗器を閃かせ、近衛兵の頸動脈を切断した。


 近衛兵の首からブシュッと血飛沫が吹き上がった。

 思わぬことに近衛兵は掴んでいたメイドの腕を離し、切られた頸動脈付近の首を押さえる動作をした。


 メイドはその隙に前方にいる国王へと飛びかかろうとした。


 その途端、俺の見ている風景が時間が極限まで引き伸ばされたようにゆっくりな感じになったように見えた。

 俺の思考回路が戦闘モードに切り替わったのだ。


 これのお陰で、最近は戦闘が非常に楽なんだよね。


「ハリス!」


 俺の掛け声にハリスが音もなく、そして素早く動いた。


「忍法……蜘蛛の巣絡みバインド・ウェブ……」


 部屋の四方八方から蜘蛛の糸のようなものが飛び出し、一瞬で暗殺メイドを絡め取る

 メイドは空中で蜘蛛の糸にからまり宙ぶらりんの状態になってしまう。


「くっ!? 何だこれは!?」

「はい、お疲れさん。君の目論見は完全終了だよ」


 一瞬の出来事に、フンボルトもオルドリンも他の者も反応できなかったが、俺のこの言葉に慌てたように動き出す。


「おのれ痴れ者め!」


 オルドリンは国王と暗殺者の間に立ち、剣の柄に手を掛ける。

 マチスンもオルドリンの左後方で剣の柄に手を置く。


 フンボルトは国王を背に隠すように動いた。

 そのフンボルトを囲むように貴族たちは肉の壁を作る。


 いいね。フンボルト閣下とオルドリン閣下たちは当然の動きだろうけど、あの貴族たち、陛下を守るように動いている。軍人職でもないのにな。

 ここにいるのは確かに陛下の直臣たちのようだ。動きにそつがない。


 こいつの尋問はオルドリン閣下率いる近衛に任せるとしよう。


「アナベル! 近衛兵さんの治癒を!」

「もう、やってるのですよ」


 見れば、俺の左側から回って既に近衛兵の横にアナベルはいて、魔法を掛けていた。


「ハリス。分身を一体、陛下の護衛に付けておいてくれ」

「承知……」


 ハリス自身は全く動いていないが、既に分身を部屋の中に潜ませていたのは、さっきのスキル使用で解っている。

 そのうちの一体を国王の護衛に付けておけば、全く問題はないだろう。


 さてと、俺たちはどう動くべきかな。

 俺たちだけで法国に攻め込むのもいいし……


 周辺国も巻き込んで大戦争にしてもいい。俺が命令すればウェスデルフの軍隊も動かせそうだしな。


 まず、後方の赤い光点を一掃してから前線へ行くのがいいかも。

 後顧の憂いは払っておいて損はないしな。

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