第23章 ── 第19話
「とまあ……地下は怪物にあふれている。それを何とかしないとダメだろうね。
ドラゴンなんかより全然ヤワいヤツしかいないから大丈夫だとは思うけど」
一応、三〇レベル程度の人員でパーティを組んで行けば、何とかなる程度のモンスターばかりだと教えてやる。
そういったパーティを幾つも送り込めば、何とかなるんじゃないかな?
ドワーフ王国自体には、レベル三〇台のヤツが結構いるみたいだからね。レベル四〇台のヤツもチラホラいるっぽい。
ちなみにレベルが一番高いのがレベル四九のランドールだ。
ソロで世界を度歩いていただけあって、ランドールは常人越えてるんだよね。
普通に英雄クラスだから。
あ、俺たちと比べちゃダメだよ。
俺にしろ、仲間たちにしろ、魔族連にしろ神話レベルのモンスター並なので。
王の御前での団長議会は、さらに続く。
オーファンラント王国、トリエン地方との貿易とかいう話は二の次だ。
坑道最奥のドラゴンは片付いたので、次は坑道を徘徊するモンスターたちの対処が最優先事項なのだ。
俺のマップ画面による坑道の構造、モンスターの分布、モンスターのレベルなどの基礎情報を元に、ハンマールで討伐隊計画が立案される事になった。
坑道の規模、モンスターの勢力状況などにを勘案し、現在ハンマールで組織できる討伐隊の構成人数、装備、数などを綿密に決めていく。
それと共に、討伐隊への兵站なども話し合われた。
実質、現在のハンマールの国力から考えても、オーバーパワーな戦力が必要になりそうな数字が割り出されていく。
どうやっても、アゼルバードの港町で仕入れられる物資では全く足りないようだ。
平時における人的物資、物流量でどうにかできるほど、坑道制圧は容易くないという事だ。
「現状を維持した状態で、坑道を制圧するには数十年規模の期間が必要だなや……」
ダーロットの言う通りだろう。
俺や俺の周囲の人的物資などで考えると大したことはないのだが、ティエルローゼの一般的な国家や勢力で考えると、数世代規模の大事業になる事が解る。
こういう経営会議みたいな物にもっと参加しておかないとダメかもしれん。
俺の常識で判断しちゃダメだねぇ。
現場の意見などももっと取り入れないと。
貴族社会でトップダウンが当たり前のティエルローゼでは余り一般的な考え方じゃないけど、こういう事をちゃんとしておかないと下の者が苦労する事になるからな。
ま、こういった会議では数値で示しているだけだから、現場ではまた別の理論が必要になってくるんだろうけどね。
戦力の損耗率とかで計画してるけど、不慮の事故、予想より強い敵など、予想外の事態は大抵起こるものだ。
全てに対処できる計画なんて立案は不可能だし、数字は予想であって確定的なデータにはなり得ない。
緻密な計画が破綻するのは、大抵の場合、数字に頼りすぎて思考が硬直するから起きるもんだ。
「毒対策が盛り込まれてないね」
俺の魔法道具や仲間のレベルなどで殆ど無視できた毒に対する備えについて、仲間たちも含めて誰も口にしないので、俺が口に出すことにした。
「毒? ドラゴンは倒されたのでは?」
どんだけ広い範囲が毒汚染されてると思ってんだ。
そんな作業まで俺たちが片付けてこなきゃならん事案だったか?
俺は首を振り難しい顔をして見せる。
「二〇〇〇年分の毒汚染だ。
一日かそこらで浄化できるような凄腕はいないだろ」
ドラゴン退治をした後では尚更だ。
「た、確かにそうだなや……では毒対策についてだが……」
ダーロットさんよ。それは宮廷魔術師のお前の担当じゃないのか?
「解毒薬散布の為の薬草の採取からになるだなや」
薬剤師団の団長が渋い顔で答えた。
「解毒剤用の薬草の備蓄は?」
「五〇〇人分程度だなや」
「足りぬな?」
「全く、足りぬ」
となると中央森林への遠征隊を先に組織しなければならんという話になる。
今までの討伐計画は塩漬けにして棚に戻さねばならないと……
ほんと、いつまで掛かるのか。俺としては、精霊鉱石をとりあえず手に入れたかっただけなんだが……
いっそ、四大精霊が揃ってた時点で作ってもらった方が早かったかもしれんな。
まて、今は五行の考えが主流なんだっけ? 「金」属性の精霊が必要なのか?
で、「金」属性の精霊って何ぞ?
俺の厨二知識にも無い存在だわ。
金属性と金属製って紛らわしいね。「きん」属性なのかな? 「かね」属性なのかな?
などと脳内で考えていた時だった。
腕に装備している魔法道具から音がピーピーと鳴り出す。
議会中の人間の目が俺に集中したのは言うまでもない。
マナーとしては会議中は切っておくべきなのだろうが、この装置に電源スイッチはないのだ。
「あ、失礼。通信の呼び出しだ。少し中座させてもらうよ」
俺は慌てて玉座の間から退室する。
外に出て小型翻訳機のスイッチを押して通話状態に。
「こちらケント。どちら様?」
「ああ、繋がりましたな」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「フンボルト閣下?」
「クサナギ辺境伯殿。緊急事態だ。早急に王城へ出頭願いたい」
「緊急事態ですって? 一体何が?」
「戦争だ」
え? 何て? 戦争?
小型翻訳機から聞こえた宰相フンボルト侯爵の声が信じられない。
今のオーファンラントに戦争を吹っかけるような国がまだあるのか?
魔術王国と名高いブレンダ帝国、妖精の国ファルエンケール、ラクースの森に存在するエルフの国シュベリエ、セイファードが治めるペールゼン王国、大陸最強の軍隊を持つウェスデルフ王国。
上記の名だたる国と友好的な関係を保っているんだぞ?
オーファンラント西側の群小国家で、ダルスカル小王国、カリオハルト自治領も考えづらい。
ウェスデルフとの戦争でオーファンラントの実力は知っているはず。
となると、隣接している国はあと二つ。
グリンゼール公国?
いやいや、あの国はオーファンラントの承認を受けた貴族の国。承認国を攻撃するはずはない。
となると? 残されたのは……
「えーと……もしかしてアルバランあたりが攻め込まれたとか?」
「良く解っているな。法国から突如、攻め込まれた。
それとトリエンにも侵攻が確認されておるのだ」
「なん……だと……?」
法国。
これはカリオハルト自治領の本国と言われる国の事だ。
正式には「シュノンスケール法国」という。
英雄神を祀る宗教国家だと聞いている。
「なんで法国がオーファンラントを!? カリオハルトも加担したんですか!?」
「全く情報がないので解らぬが、軍隊……と言っていいのか解らぬが、アルバランに攻め込んできたのだ」
フンボルト閣下によると、今のところアルバランとピッツガルトあたりが軍隊と小競り合いをしているらしい。
トリエンからはカリオハルトの武装難民が大挙して押し入ってきたという報告が来て以来、何の音沙汰もないらしい。
情報線が分断されていると見て間違いない。
こんな一大事が起きているのに何でトリエンからは一言も報告が上がってきていないのだろうか?
「了解しました。すぐにでも王城へ向かいます。三〇分ほど下さい。仲間を集めます」
「頼むぞ。アルバラン方面から上がってきた報告が不穏なのだ。敵は恐怖も興奮も無く死兵となって襲いかかってくるという」
確かに不穏な話だ。
戦争となれば、通常の兵士なら恐れも興奮もあるはずだ。
死兵とか意味判らん。
「それでは閣下、三〇分後に謁見の間に
俺は通信を切って、少し思案を巡らせる。
トリエンの状況が心配だ。一回連絡を入れてみるか?
俺は念話チャンネルでクリスへ回線を開く。
「ケントか?」
「ああ、そうだ。状況の報告を」
「状況? ああ、例の武装難民の事だな?」
「そうだ」
「今は落ち着いている。市民などからの新たな報告はない」
どういうことだ? 戦争だぞ? そんなはずはない。
「アルバランとピッツガルトが法国と戦争状態だとフンボルト閣下からの通信があった。北との連絡は付いているのか?」
「北と……? そう言えば、北からの商人の流入が全くないな」
机の上の書類を調べているのか、ガサゴソという音が混じって聞こえてくる。
間違いない。分断工作が行われているぞ。
俺はもう一つ念話チャンネルを開いた。
「え!? 何コレ? 何の音?」
「レベッカ。ケントだ。何か報告があるんじゃないのか?」
「え! ケント!? いや、閣下! ちょうど良かったわ!」
やはり報告があるか。
「今、ウチの工作員が何人か戻って来ているのよ。
一人は発狂状態、もう一人は虫の息の重態よ」
「カリオハルトへ送り込んでいる工作員じゃないのか?」
「さすが閣下ですね。その通りよ。それと北へ続く街道の全てが武装した何者かに封鎖されているらしいの」
やはりな。
しかし、レベッカにも通信機を二〇個ほど渡しておいたはずだが……
「通信機はどうした? 俺に直通だと言っておいたはずだぞ?」
「ごめんなさい。部下全員に渡してしまって……私の分が無かったのよ」
少々間抜けな事をしてしまったとレベッカは反省しきりだ。
「ふむ。工作員たちには直接、俺に繋がるって事は説明しておいたのか?」
「ええ。してあったわ。でも、閣下に直接繋がるのが恐れ多かったのかも……」
それは考えられる。でも、それとコレとは別の話だぞ。
「カリオハルトへの工作員は全部で何人だ?」
「今言った二人だけよ」
俺の目の前は真っ暗になった。
二人とも通信もせずに発狂状態に重態だと……?
一体何があったのか。
精神魔法によって記憶を調べてみる必要がありそうだ。
「いいか、その二人は絶対に死なすな。どんな事があっても生かしておけ!」
「了解よ」
レベッカとの通信を切り、玉座の間へと足早に戻る。
こんな所で坑道制圧会議などやっていられん。
今直ぐにオーファンラントへ戻らなければ。
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