第23章 ── 第18話

 俺たちがリンドヴルムに向かう為に通った坑道は、現在支配種族がいなくなった支配者の空白地になっている。

 そこを狙った雑魚モンスターどもが熾烈な領地争いを始めていた。


 ゴブリン、コボルトは脆弱ながら数が多い為、オーガやトロルといった大型で強靭なモンスターとも渡り合えている。


 知性を持たぬ魔獣や大型原生生物は、集まって来る知性型モンスターに襲いかかったり、死体などに群がっている。


 そんな道を戻っている俺たちも、戦いに巻き込まれてしまう事も多くなる。


「キリがないのじゃ」


 前衛を務めるマリスもウンザリしはじめている。


「そうは言ってもね。魔法で戻るってのも無粋な感じがするだろ?」


 やはり凱旋となれば、多少の演出も欲しい所だ。


「では、我が力で焼き尽くすのはいかがですかな?」


 イフリートが何気に怖い事を言う。


 仲間たちは大精霊が俺に随行しているのに気付いているが、努めて見えないフリをしているようだ。


 強大な力を秘めた大精霊という存在が目の前にいる以上、多少でも不興を買ったりしたら世界の根幹を敵に回しかねないという警戒心からだろう。


「それって地下のマグマに干渉しようってんじゃないだろうね?」

「土と火の大精霊がいる今なら、可能な排除方法ですぞ?」

「却下だ!!

 坑道のみだけでなく、上のハイマール王国にも甚大な影響があるだろ!

 それに、坑道がマグマに埋まっちゃ何の意味もないぞ!」


 イフリートの物騒なモノの考え方は覚えておくとしよう。

 他の精霊にも警戒しておいた方が良さそうだ。

 精霊にとって生物なんてそんな程度にしか考えていないという証左かもしれないからな。


 仲間たちが精霊を無視しているのも頷けるというものだ。


「ま、余力なぞ気にせずガンガン進むのじゃ! 凱旋じゃからのう!」


 マリスはスキルを駆使して、どんどん道を切り開く。

 それに巻き込まれたモンスターは一瞬で切り刻まれていく。

 アモンも瞬速の剣で障害をミンチと化している。


「楽しいですね、主様。カリス様と轡を並べた戦場を思い出しますよ!」


 こいつも物騒だ。武を体現しているにしても、もう少し知性的で気品のある事を言って欲しいものだ。


 ま、いつもは気をつけて執事然とした言動と行動をとっているんだろうけど、戦闘に入ると頭に血がのぼるんだろうなぁ。


 トリシアはバトル・ライフルで確実に敵の急所をスナイピングして無駄弾は使わないように戦闘をしている。


 アナベルは生き生きとウォーハンマーを振り回している。


「うはは。的がいくらでも出てくるな! 狩り放題だぜ!!」


 言わずもがな、いつも通り好戦的ですな。狂戦士って異名は伊達じゃないか。


 ハリスとフラウロスは組んで中々面白い戦い方をしている。


 フラウロスによる火属性魔法で敵を分散させ、動きを止め、その隙を突いて分身が不意打ち攻撃を仕掛けている。


 完全に命を絶たずに身動きがとれないように負傷で留めているのも面白い。

 これは他の無傷だったり、まだ動けるモンスターに、仲間を救援させて無駄に戦力を削ぐという行動戦術だろう。


 影渡りシャドウ・ウォーカースキルを行使する者同士で何らかの共感があったのかな。


 こうやってみると、我がチームは圧倒的だな。

 一〇万、二〇万の軍隊でも余裕で渡り合えるに違いない。


 レベル一〇〇のシンノスケが単騎で大陸東方を絶滅寸前に追いやる事ができたワケだ。


 こんな存在を地上に置いておくのは確かに危険だと神々が思うのも解る。

 人間がある一定の強さになった時、神々が神界にスカウトに走る意味がコレだよ。

 ファルエンケールの女王がトリシアを派遣して俺に付けたのもコレが理由ですな。


 ま、俺は完全無欠じゃないけど、自分の持つ力を暴走させるような愚かな事はするつもりはない。

 ティエルローゼを破壊する事はしたくないからね。



 行きの時よりも時間が掛かったが、午後の早い時間に縦穴の下まで辿り着くことができた。


 この地域は来た時と同じように静かだ。

 実力のあるモンスターたちの間で協定でもあるのかもしれない。

 そこは俺の預かり知らぬところなので、ドワーフに任せる事にするつもりだ。


 大型昇降機に取り付けられている紐を俺は何度か引っ張る。


 これは縦穴の上まで繋がっていて、下の者が引っ張ると上にあるベルが鳴るようになっている連絡装置だ。

 これを鳴らすと昇降機を上げてくれるのだ。


 紐を引っ張ってから二分ほどすると、昇降機がギシギシと不安になる音を鳴らしながら上がり始める。


 精霊たちとはここでお別れしておこう。上に連れて行ったら、また大騒ぎになりかねない。


「んじゃ、精霊諸君。協力ありがとう。また、何かあったら呼んでいいかな?」

「お声がけ、お待ちしております」

「召喚なされれば、このイフリート、即座に参上つかまつる」

「主殿、此度のような機会だけでなく、酒盛りにも是非召喚を」

「主様……またね……」


 四大精霊を気軽に呼べるとか……俺、チート過ぎ。


 精霊たちは登っていく昇降機のタラップを見上げながら、それぞれのエフェクトで姿を消していった。

 ウンディーネは、地面にバシャリと。

 イフリートは炎が燃え尽きるように。

 シルフィードの暁月坊は小型の竜巻に入って四散。

 ノミデスは土に埋まっていった。


 上昇するタラップの上から精霊全員が消えた事を確認してから、俺は縦穴の上を見上げた。

 まだ灯りなどは全く見えない。真っ暗な穴がずっと続いている。


 さて、ここからが長いんだよなぁ。現実世界のエレベータと違って人力だからねぇ。

 その内、魔導エレベータでも作ってやるかね。


 上りは二時間ほど掛かった。


 タラップがドワーフの街の階層に到着し、ガコンと音を立ててロックされる。


 縦穴の周囲は、近衛兵団、戦士団、衛兵団、宮廷魔術師団によって、ギッシリと埋め尽くされていた。


 何かあった時のための用心だろうが、こんなに詰め込んでいては、万が一戦闘になった時に身動きが取れないだろうにな……


「冒険者殿、お戻り!!」

「「「おおおおぉぉぉ!!」」」


 近衛兵の一人が声高に宣言すると周囲の者たちが大きな歓声を上げた。


 近衛兵団の指揮官クラスの人物が近づいてきて話しかけてくる。


「冒険者殿、ご首尾は!?」


 俺はニヤリと笑ってインベントリ・バッグからあるモノを取り出した。

 それは五〇センチ以上もはあろうか、リンドヴルムの牙の一つだ。


 近衛兵団の指揮官は俺に渡された牙を受け取り、プルプルと震えている。


「おお……おお……コレはまさに……」


 指揮官が力強く牙を頭上に掲げた。


「見よ! ドラゴンの牙だ!!」


 指揮官はさらに力を入れ、背伸びをして、全員に見えるように牙を掲げる。


「皆のもの! 刮目して見よ!! 忌まわしきドラゴンは倒された!!!」


 縦穴周辺の広場は大喝采と歓声で溢れた。


 俺たちはバシバシと周囲のドワーフに叩かれる。

 激励や称賛のためだろうけど、なぜか尻を叩かれまくってる。


 普通なら背中や肩を叩きたいんだろうけどドワーフだからなぁ。


 マリスは同程度の身長だからいいんだが、トリシアとアナベルは尻を叩かれ、叩いたドワーフたちにゲンコツを落としまくってる。


 彼女たちの周りに気絶したドワーフが山盛りになっていくのを俺は黙って見守るしかなかった。


 女性の臀部を触ったら、そうされても仕方ないからね。女性の防衛反応だし。


「道をあけるだなや!」

「道を開けよ! 議会長のお通りだ!」


 例の団長議会の司会をしてた宮廷魔術師団長のノームがやってきたようだ。


「冒険者殿!!」

「よっ、片付いたよ」


 ユイロース・ダーロットは、近衛指揮官の掲げるリンドヴルムの牙と俺たちを交互に見つめてくる。その顔には混乱と理解が交互に浮かび、目に確信に似た色が光った。


「やってくれただなや!?」

「当然だ。レベル九〇程度のドラゴンなら、今は余裕だよ」

「おおおおおおおぉぉぉぉ!」


 両の拳を固め、前かがみになりながらダーロットが吼える。


 積年の望みが叶った人間の反応かな。


 俺たちは大勢のドワーフやノームたちに歓迎されつつ城へと案内され、待合室でしばらく待たされた後に俺たちは例の玉座の間に通される。


 団長議会が夜になったというのに再び招集されていた。

 玉座には、王に相応しい格好でランドールが窮屈そうに鎮座している。


「王よ! 冒険者殿、ご帰還にございます!」

「あー、うむ。見れば解る。で、やったのか?」


 ダーロットなどに目もくれず、ランドールは俺たちに直接話しかけてくる。


 俺は黙って頷く。


「例の物を!」


 ダーロットに指示され、近衛指揮官が俺が渡したリンドヴルムの牙を恭しく掲げて王座のランドールに届けた。


「デカイな! これがドラゴンの牙か! 初めて見るぞぃ」


 ランドールは牙をどう加工したら工芸品として価値が出るか──という職人の目で調べていると思われる。


「その牙は記念に進呈しよう。結構な価値があると思うけどね」


 ちょっとイヤらしい卑下た商人っぽい台詞を言ってしまった……

 ま、俺も社会に出た時は営業職だったから仕方ない。

 企業を売り買いする立場だったから商人には違いないかな。


 ランドールは玉座から降りてきて、俺に右手を突き出してきた。

 俺はそれを力強く握りしめる。


「これで鉱山は我々のものじゃな」

「いや、ランドールとハンマール王国の物だよ。

 今後、俺の領地と末永い交易をしてもらえると有り難い」


 ランドールがニヤリと笑ったが、そんな簡単には行かないだろうな。


「ま、坑道には魔物やら何やらが、まだまだ大量にいるからね。

 それを駆逐するなりして鉱石を安全に掘れるようになってからの話だよ」


 俺たちのやり取りを見ていた、団長たちが不安げに顔を見合わせていた。


 俺は坑道がどうなっているのか、ランドールと団長たちに簡単にだが説明してやることにした。


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