第23章 ── 第17話

 リンドヴルムを倒したので、解体や戦利品の回収は皆に任せ、俺は精霊たちと周囲を確認する。


 ノーミーデスが自由を奪っていたにしても身体から滲み出していた毒素は、否応なく周辺環境を汚染しまくってきたようだ。


 二〇〇〇年間だもんなぁ……そりゃぁ汚染も広がるか。


 まず、この汚染をどうにか浄化しないと、上のドワーフたちも坑道に入ることはできないだろう。


 となると、俺の魔法装置「土壌汚染浄化装置」の出番だろうと思うかもしれないが、あれは鉱物汚染の浄化用だ。

 有毒物質には違いないが、ドラゴンの垂れ流した毒素には効果は薄いに違いない。


 ま、とりあえずの目的は果たしたんだし、今は良しとしよう。

 今後、この国との貿易などに目処が立てば、毒物汚染の浄化装置などを売り出すのも手だろうし。


「しかし、ひどい状態だわ」

「そうですね。ノーミーデスが言うには、地底に侵入したドラゴンがドワーフたちに悪さをし始めたので自由を奪ったそうです。しかし、彼女には少し荷が重かったのか中々うまく行かなかったと……」


 ウンディーネが引っ込み思案のノーミーデスの代わりに答えてくれる。


 この大坑道は土の精霊ノーミーデスの住処で、彼女がこの地の安寧を保っていたらしい。

 このノーミーデスは見た通り、生まれてからそれほど経ってないらしく、リンドヴルムを封じるのが精一杯だった。


「ノーミーデスは言っています。悪いドラゴンを倒して頂きありがとうございますと」


 恥ずかしがり屋だがいい子のようだ。


「どういたしまして」


 ニッコリ笑いながら手を差し出すと、ノーミーデスはウンディーネの影に隠れながらも小さい手を伸ばして、俺の指を掴んだ。


 握手のつもりだったが、彼女にはちょっと俺の手は大きすぎたか。


 む? ノーミーデスに掴まれた指から何か力のような物が俺に流れ込んできているような気がするぞ?


「しかし、精霊すげぇな。俺の魔法と同じ効果のある障壁を作り出してたし」

「主殿、精霊は世界を司る力。ちょいと力を集めれば、あのような事も可能ですぞ」


 暁月坊の爺さんが髭を撫でながら得意げに言う。


「なるほどね。それにしても二〇〇〇年間維持してたのも凄い」

「力は循環しておりますゆぇ。地に満ちる生物のように有限ではありませぬ」


 イフリートが軽く説明してくれたが、人間が使う魔力と精霊力は別物で、精霊力を人間が使えるようにする為の媒体が魔力であり、呪文とは精霊力を精霊が魔法の効果に変換するのに必要な言語となる。


 エマが仮説を立てていた理論は正しかったという事になる。


 精霊に言葉を届けるのは非常に難しいらしく、素養のない人間には不可能だとか。

 ということは、俺はそれがかなり上手くできる存在という事だろうか。

 結構いい加減に魔法術式たる呪文の構文を作ってるけど、発動が失敗したことないもんなぁ。


「ん? となると神官たちの神聖魔法はどうなんだ? アレって神の力を使ってるとか聞いたような?」

「ああ、それですか」


 ウンディーネがイフリートに代わって答えてくれる。


「基本的には同じです。ただ、神が間を取り持つかどうかだけが違いです」

「となると、神様に頼めば俺も神聖魔法が使える?」

「神によって効果が変わりますが、そんな感じです。呪文を構築する単語は同じですが、文法は神によってバラバラですね。我々には理解できないので神が代弁してくれるのです」


 ということは、純粋な魔術の呪文は精霊語に近く、神聖魔法はスラング的な感じかね?

 同じ日本語でも津軽弁やら鹿児島弁では同じ言語なのか解らなくなるほど違うもんだしな。


 神が通訳しているとは面白い。

 そのあたりをイルシスに今度聞いてみたいもんだ。


「さて、ここの毒汚染……どうしたもんか」

「あたし……の力で徐々にだけど浄化できる……ます……」


 ノーミーデスが小さい声で喋った。


 俺は振り返って、彼女を見たい衝動に駆られたが、振り向かずに頷いておく。


 こういう引っ込み思案の子はジッと見つめるとテンパるだろうからな。

 視線を合わせず話を続けるのが順当だろう。


「しかし、それではノーミーデスが大変だな。俺にも何かできるか考えておくよ」

「ノミデスで……いい……です」


 ちっちゃいハリスみたいな喋り方ですな。微笑ましい。

 ん? あれ? ノミデス? それ、俺が勝手に略して使った名前ですよ?


「前に……そう言ってた……」


 俺が不思議そうな顔をしたら、そう彼女は答えた。


 ふむ。ゴブリン王を助けた時に使ったアレか……

 俺の厨二呪文は、精霊たちに理解できる言語で伝わっていたと……


 まて、そうなると……

 ノミデスがティエルローゼ全体をカバーしてんの?


 いやいや、それはありえんな。

 総体として精霊は一つだが、個体としては複数いるはずだ。

 ドライアドも複数いたしな。


 ただ、同じ属性の精霊は思考を繋げる事ができるんだろう。

 だから、リンドヴルムを封じていたはずのノミデスにも聞こえた。

 そう考えれば辻褄は合うね。


 俺はインベントリ・バッグからガラスの小ビンを取り出して、周囲の石や土を採取しておく。

 後で成分分析をして、土壌汚染浄化装置の改良に使いたい。


 小ビンにガラスの蓋をしてインベントリ・バッグに収める。


「これでよし。後で浄化用の魔法装置を作ろう」


 ウンディーネが嬉しげに笑った。


「うふふ。主様は世界の安寧に力をお貸し下さいますのね」

「当然じゃろう。主殿は誓約に縛られし存在。先代と同じようにこの地を守って下さる」


 そこ、何の話ですか。


「そうそう。リサも言ってたっけ。何の話なの? 詳しく聞いてないんだが」

「主様は、主様の御心のままにあられればよい。主様の存在こそが重要なのである」


 イフリートが厳つい顔でズイと近づいてくる。


 怖いっす。主に顔が。


 先代ってのが消えた創造神の事だとすると、俺は創造神の二代目って事かね……

 またもや面倒なことになってるのが判明したか……

 変な義務とかなければいいんだけど。


 少々慣れたのかノミデスが俺の近くまで来て鎧からハミ出てる服の裾を掴んでた。


「主様……コレ……」


 ノミデスが指を指している。

 なんだろうと指の先を目で辿ると、俺の腰に装備しているインベントリ・バッグだ。


「コレがどうかした?」

「ここ……じゃない世界と……繋がってる……」


 ほう。どこと繋がってるんだろうか?


「これは、この世界の代物じゃないんだけど、解るの?」

「判りますぞ、主殿。我らとて、どことは申せませぬが……」


 ふむ。となるとドーンヴァースと繋がっている可能性があるな。

 やはりドーンヴァースのデータ・ストレージに繋がってるんだろうか。


 それだと納得できる部分がある。

 バッグ内の時間が止まっているってヤツだ。


 だって、物質として保存されてるんじゃなく、コンピュータ上のデータとして保存されてるんだろうからね。

 データじゃそりゃ腐りもしないだろうしな。


 生物が入れられないのも、命はデータとして記録できないからかもしれない。

 肉体はドーンヴァースのデータでしかないが、そこに俺の魂が入った状態が今の俺なのかも。


 ま、哲学的な事を考えても仕方ない。

 現状を受け入れる柔軟性がないと精神崩壊してしまいそうだしな。



「ケントー! 大量じゃ!」


 マリスが両腕で大量の鱗を抱えて走ってきた。


「おお、リンドヴルムのヤツだな」


 俺はマリスの抱える鱗の二枚を手に取って眺めてみる。


 厚さは二センチもある。

 鱗と鱗をぶつけてみると、キーンと綺麗な金属的な音がする。


「品質は悪く無さそうだな」

「そりゃそうじゃ。腐ってもエルダー・ドラゴンの鱗じゃぞ?」


 物品鑑定アイデンティファイ・オブジェクトの魔法を唱えて鑑定してみると当然ながら「リンドヴルムの鱗」という名前だった。


 フレーバー・テキストによれば、あのリンドヴルムはレベル九〇だったようだ。


 なるほど。そりゃ結構簡単に殺れた訳だよ。

 ドラゴンは基礎能力が人間より遥かに高いけど、レベル差ってのは非常に大きな利点だからな。


「これ、もらって大丈夫だよな? ドワーフたちに権利を主張されたりしないかね?」

「大丈夫じゃろ? その鞄にいれておけば、誰も判らんのじゃ」


 確かに。

 リンドヴルム素材は全部インベントリ・バッグに仕舞っておこう。


 解体はハリスの分身チームが手際よくやってた。

 骨、皮膚、肉、臓器。ドラゴンの死体に無駄な所などない。

 ドラゴンの血も樽に何個も確保できた。


 エルダー・ドラゴン素材だから、普通のドラゴンのモノより品質も価値も高い。

 ドーンヴァース時代から、それは変わっていないだろう。


 普通の冒険者なら売るところなのだろうが、金には困ってないからクラフト素材として活用しようと思う。

 工房に持って帰れば、エマもフィルも大喜び間違いなしだな。


 これだけの分量があれば、ドラゴン素材の活用法も色々研究できそうだし。


「よし、凱旋だ!」

「「「「おう」」」」


 こうしてドワーフ王国の地下坑道を汚染していた精霊魔竜リンドヴルムは倒された。


 後々、何故勇者たちの仲間にドワーフ、ノームがいなかったのかとハンマール王国では物議を呼んだそうだが、同行できるほどの高レベルドワーフがいなかった所為だと結論付けられた。


 ドワーフの修行好きという性質は、この時の教訓により培われたと言われるようになったそうな。

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