第23章 ── 第15話

 漸く、マリスとアモンが俺の所まで走ってきた。


「ケント! こやつは……リンドヴルムじゃ!」


 リンドヴルム?

 リンドヴルムってドイツに伝わる翼のないドラゴンだっけ?


「リンドヴルムは毒と火を吐くドラゴンじゃが……」


 しかし、マリスもこの岩に覆われたドラゴンを見て戸惑っている。


「リンドヴルムってのは岩に覆われてるのか!?」

「いや、そんなことはないのじゃ。

 しかし、こやつは……

 もしかしたら病気か何かに寄生されておるのやもしれぬ」


 病気、寄生虫……


 それでこんな事になるとも思えないんだが。


「おい! リンドヴルム! 助けろと言ったな! 話ができるなら今の状況を話せ!」


 俺は大きな声で語りかける。

 しかし、リンドヴルムは身震いするばかりだ。


「殺せ……」


 リンドヴルムの言葉はそれだけだ。


 しかし、この力場が消えない事には殺すことなどできない。


「力場を消せ! 外からは何もできんぞ!」


 必死に話しかけるが、リンドヴルムは力場を消さない。


 その時、ふと気付いた。

 多分、リンドヴルムには俺の言葉が聞こえていない。


 それは当然だ。あの力場に本当に何も通さない。

 空気の振動も通るはずがないからだ。


 多分、力場に物理干渉した事で俺たちの存在に気付いたに違いない。


 ということは、ヤツと対話する手段は……


 俺はスキルリストから念話スキルを選んだ。


──プルルル。


 ワンコールで繋がった。


「聞こえるか!? 今、念話で話しかけている! 力場を消せ! これがある限り、俺たちには何もできない!」


「無理だ(ヤラセハセヌ)」


 なぜか二重に言葉が聞こえる。


「俺の意思では(動ク事マカリナラヌ)」


 お前の意思で無理なら、この力場は何で出てるんだよ……


「何で声が二重に聞こえるんだ?」

「俺の意思では自由にならぬ(抵抗サセヌ)」


 俺はマリスに目をやった。


「マリスの言う通り、何かに取り憑かれてるかも」

「ほえ?」

「念話してみたんだが、声が二重に聞こえるんだよ」

「精神寄生されとるのじゃろか?」


 なんです? その物騒な言葉は……


 精神寄生というと、アナベルにマリオンが降りた時みたいな感じだろうか?

 一体何が精神に取り憑いているのか。


「おい、リンドヴルム。何に取り憑かれている?」

「分からぬ(トドマレ)」


 状況は何となく理解できた。


 このリンドヴルムというドラゴンは、何かに取り憑かれて自由が効かない。


 聞こえているもう一つの声からすると、その何かはリンドヴルムの自由を奪い、ここに縛り付けているといった印象を受ける。


 となると、敵か味方かといえば、どちらかといえば味方じゃないか?


 リンドヴルムを縛り付けている存在は、リンドヴルムの自由を奪うのが精一杯で操ることはできていない。

 それだけリンドヴルムが強力だという事だが、二〇〇〇年もの間、ここに縛り付けているとなると、通常の存在ではなさそうだ。


 神様か何かでは? と思うも念話のリストにリンドヴルム以外に知らない名前は増えていない。

 となると神ではない。


 神以外で、それだけの力を発揮し続けることができる存在っているか?

 寡聞にして知らんが……


 うーん。わからん!


 俺が匙を投げようと思った瞬間。

 耳元で子供のような声がヒソヒソと耳打ちしてきた。


「あれ、精霊」

「精霊が取り付いてるの」


 は!?


 周囲を見回すと、シルフがパタパタと飛んで消えていくのが見えた。


「精霊だと!?」


 俺はリンドヴルムを見上げた。


「なんじゃ? 精霊がどうかしたかや?」

「お静かに。主様は今、思考を巡らせて解決策をお考え中です」


 マリスの問いにアモンがシッと口に手を当てた。


 精霊がやっているとすると、どの精霊だ?

 地中深くでドラゴンを縛り付けられるほどとなると……土の精霊か?


 火がイフリート、水がウンディーネ、風は天狗……いやシルフィードだろ。

 となると、土は?


 俺が土の精霊として厨二呪文でつかうのは、ノームの女性形の名前だ。

 大地の精霊、土の精霊として、パラケルススが提唱したのがノーム。


 しかし、ドーンヴァースは「ノーム」というプレイヤーが使える種族がいるので、土の精霊は「ノーミーデス」という言葉が使われている。


 そこから俺は厨二呪文で土の精霊をノミデスと呼んでいる。


 ならば……


「土の精霊ノーミーデスよ。俺の声を聞け!」


 力場の中だというのに俺の声に反応したのか小さい女の子に似た何かが、リンドヴルムの背中に生えた結晶の影から顔を出した。


「リンドヴルムの拘束を解くんだ!」


 だが、ノーミーデスらしき女の子はパッと隠れてしまった。


 ぐぬぬ……何だよ、俺は精霊の主のはずだろ。誓約によって言うこと聞くんじゃないのかよ。


「無駄だ……やつは聞く耳など持っていない……」


 リンドヴルムの声が脳内に弱々しく聞こえる。


 どうすりゃいいのか。もう解かんねぇ。


「くそ。誰でもいいから、アイツをどうにかしてくれよ……」


 さすがに弱音を吐いてしまう。だってマジでどうしようもないもん。


「ご命令のままに」

「我が主のために」

「お呼びとあれば」


 項垂れた俺の周囲から声が聞こえた。

 マリスでもアモンでもない。曲がり角の向こうの仲間たちでもない。


 俺は顔を上げる。


 マリスのランタンのシャッターの隙間から炎が吹き出し、腰の水袋から水が飛び出す。そして俺の近くに空気の渦が土埃を巻き上げた。


「イフリート、参上仕る」

「ウンディーネ、お側に」

「シルフィード……暁月坊ここに」


 うお、大精霊全員集合か!?

 え? 暁月坊さん……本名はシルフィードなの?


 ツッコむ所はそこじゃないと思いつつも、脳内ではツッコんじゃう。


「あれ? 五大精霊じゃない? 四大精霊?」

「ははは、主殿。世界の根幹をなす精霊は元来四種類ですぞ」


 暁月坊さんが笑いながら言う。


 いや、俺もそう思うけど。ティエルローゼは陰陽五行に移行してるっぽいからな。

 火、土、金、水、木だと風の出番がないからかもしれないけど。



「ノーミーデス。我らの主の言葉に従うのです」


 ウンディーネが優しい声で諭す。


「お前はずっと精霊界に戻って居らぬから知らぬのだろうが……主様に失礼であろう!」


 イフリートが炎を強めつつ怒りを示す。


「ま、イフリート殿、ここは力ずくがよろしかろう」


 暁月坊さんが物騒な事を言う。


「二人とも、お手柔らかにね」


 ウンディーネは優しげだけど止めないらしい。


「それでは参る」

「イフリート殿との共闘は久しぶりじゃな」


 大精霊二人がリンドヴルムに突進する。

 力場に阻まれると思ったが、すんなりとすり抜けていく。


 やはり全ての源たる精霊には効果なしか……


 次元隔離戦場ディメンジョナル・アイソレーション・バトルフィールドの弱点は精霊って事だね。


 ま、精霊召喚サモン・エレメンタルは神の御業とか言われてて、使える人間は殆どいないだろうし、弱点にもならないだろうけど。


「うがぁああぁぁぁ!」


 リンドヴルムの悲鳴が耳に飛び込んできた。


 見ればイフリートとシルフィードの合体技「爆炎嵐ストーム・エクスプロージョン(勝手に命名)」でリンドヴルムが焼かれていく。


「あらら……リンドヴルムごと焼かれてるけど……大丈夫か?」


 俺の心配そうな声にマリスが笑う。


「炎の吐息を使えるドラゴンじゃ。死ぬこともないじゃろ」


 本当にそうだったらいいんだが。

 何せ、二大精霊の合体技だからなぁ……

 とても無事には済まないはず……と思うのは間違いなんだろうか。

 つーか、どうみても尻尾とか炭化しているよね?


 熱気を含む風がこちらまで飛んできている。


 あれ? 熱気?


 俺は目の前にあるはずの力場に手を伸ばしてみる。


 さっきまであった力場が綺麗に消えている。


「おお。力場が消えたな! イフリート! 暁月坊さん! そこまでだ!」


 俺の命令で炎逆巻く風の防風がすぐさま消え、二人の大精霊は元の位置まで戻ってきた。


「お役に立てましたかな? 主殿」

「うん。助かったよ。サンキュー」


 大精霊相手に軽薄な礼の言葉を掛ける俺。


 しかし、暁月坊は非常に嬉しげだし、イフリートも厳しい顔ながらウンウンと頷く。


「さあ、冷やして差し上げますよ」


 ウンディーネが恵みの雨を地下深くだというのにリンドヴルムに振りかけた。

 雨がリンドヴルムの焼けた鱗に降り落ちるとジュウジュウと音を立てて水蒸気になっていく。


 精霊って何でもアリだな。

 ちょっと強力すぎる気もするけどね。


 そういや、リンドヴルムを覆っていた岩も結晶も綺麗に消えてしまったようだが、土の精霊ノーミーデスごと燃やしちゃった?


 周囲を確認すると、ウンディーネの腰のあたりにしがみついている女の子を発見。


 これがノーミーデスか。マリスよりちっちゃいな。


 俺がジーッと観察していると、ノーミーデスが顔を赤らめ、さっと隠れた。


 コミュ障か……気持ちは解るぞ。

 俺もリアルじゃ似たようなもんだったからな。


 仕事の時は仮面を被ってたから何とかなったが、素の俺は彼女と大して変わらない。


 こっちに来てから、大分変わったと思うけどね。

 これも仲間たちのお陰ですかな。

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