第23章 ── 第13話

 翌日の朝、地下探索の準備を終えた俺たちは、王城へと向かう。

 新しい王であるランドールとは既に話はついているので、簡単に挨拶を済ませると、すぐさま地下への縦穴へと案内された。


 縦穴周辺には、宮廷魔術師団の魔法使いスペル・キャスターたちが円陣を組んで儀式魔法を絶えず唱えている。

 二〇〇〇年もの間、この封印の儀式魔法をずっと維持してきた宮廷魔術師団の任務が、とうとう終わりを迎える時が来たのだ。


 呪文を唱え続ける彼らの顔に嬉しげな色が見える。


 交代制だとしても二〇〇〇年は長かっただろう。


 救世主たるシンノスケでも単独でドラゴンを撃破することに手を付けなかった事を考える。


 レベル一〇〇でも二の足を踏むんだからなぁ……結構強力なドラゴンかもしれないね。

 ヤマタノオロチとの対戦よりキツイのかなぁ……


 もっとも、地下への侵入許可が降りなかっただけという事も考えられるけどね。


 宮廷魔術師団の団長ダーロットが、儀式魔法を続ける魔法使いスペル・キャスターに号令をかけた。


「これより封印を解く! 詠唱止め!」


 一斉に魔法使いスペル・キャスターが詠唱をやめると、縦穴に蓋をしていた封印魔法が見る見る輝きを失っていき、そして魔法陣が消えた。


 ダーロットが俺たちに振り向き、縋るような目の色をする。


「ドラゴン討伐、よろしくお願いしますだなや」


 俺は頷いた。


「ああ、任せろ。必ずドラゴンを倒して帰ってくるよ」


 俺の言葉に仲間たちも頷く。


「当然じゃ。古代竜の名に掛けて、約束を違えることはせんのじゃ」


 マリス、ここでそれは秘密だろう。ダーロットも首を傾げているぞ。


「私の腕を食った赤龍とは別のドラゴンだが……今度こそ、ドラゴンを倒してみせよう」


 トリシアは義手を撫でつつ、決意を口にする。


「私もやってやんよ!」


 ダイアナ・モードのアナベルは相変わらずだ。恐れ知らずというか、なんというか。頼もしくはあるんだがな。


「……とうとうケントとの約束を……果たす時が来たな……」


 なんか約束してたっけ? ああ、ドラゴン討伐の時は手を貸すってやつか。

 確かに、エンセランス戦でもヤマタノオロチ戦でも手を借りてなかったな。

 今は、それ相応にレベルも上がってきたし、摩訶不思議スキルのオンパレードになったハリスなら、一緒に戦えそうではある。


「ふふふ。我らの力、存分に主様にお見せする時がきました」

「然り。我らの主に役に立つ所をご覧頂かねば」


 アモンとフラウロスもやる気満々ですな。

 魔族でも飛び切り優秀な剣士であるアモンと、接近戦、魔法戦、召喚術とオールマイティにこなすフラウロスも頼もしい戦力になるだろう。


「それでは朗報をお待ちしておるだなや」

「ああ、行ってくる」


 縦穴に設置されている大型昇降機は非常に古いが、職人団員たちの手早い点検で稼働に問題なしと判断される。


 俺たちが昇降機に乗ると、職人たちが昇降ハンドルをゆっくりと回し始める。


「カミさんのためならエーンヤコラ! 子供のためにもエーンヤコラ!」


 なんか日本にもありそうな掛け声だな。

 そういや、ダレルが数を数える時も日本語っぽい数え方してたっけ?

 ハンマールに少し親近感が湧きそうだよ。


 ギシギシと不安な音を立てつつ、昇降機のタラップが降りていく。

 大マップ画面によれば、この縦穴はおよそ五〇〇メートルほど下まである。


 縦穴の様子を降りながら観察してみると、所々に横穴がある。

 横穴の周囲にはデッキが備え付けられているが、年月が経ちすぎて崩れている箇所もある。


 あの横穴一つ一つに貴重な鉱石があるとなると、ハンマールの地下資源採掘能力は途轍もない気がする。

 これは、ティエルローゼの金属相場を一気に低下させる可能性がある。


 出し惜しみさせるか、生産力以上の金属消費を伴う施策を考える必要があるかもしれない。

 しかし、中世期ほどの文明レベルで、それほどの金属消費を行えるかどうか……

 少し頭を悩ます事になりそうだ。

 ある程度、出荷のバランスを取るようにランドールと話し合ってみるか。



 一時間半ほど昇降機で降りていくと、ようやく最下層が見えてきた。

 上から落ちてきた朽ちた材木などが、地面にうず高く積もっている。


 ガコンと昇降機のタラップが地面に接して大きな音を立てる。

 剣を抜き周囲を伺う。


 何の音もしないが、大マップ画面を確認する限り、ドラゴン以外の生物もいる事が判明している。

 コボルトやゴブリンなどの人型生物はもちろん、サラマンダーなどの魔獣も存在するようだ。


 ドラゴンのいる場所は、大マップ画面ですでに解っているので、最短コースでドラゴンに向かおうと思う。


 ただ、二〇〇〇年間も封鎖されているし、汚染の影響などもあるだろうし、人型モンスターにしろ魔獣にしろ、どんな変容を遂げているか解らない。


「アナベル。汚染モンスターが結構いると思う。

 汚染の種類は解らないが、毒性物質による汚染であれば、解毒キュア・ポイズン系の魔法が役に立つはずだ。

 準備は怠るな」

「了解だぜ、ケント」


 俺はトリシアに目を向ける。


「暗闇での探索になる。暗視ナイトビジョン系の魔法を絶えず皆に掛けてくれ」

「解った」


 トリシアは指示を聞いて、すぐに魔法を唱えて始める。

 仲間全体をカバーする中位魔法『暗視全体化オーバーオール・ナイトビジョン』が全員に効果を表す。


 それと同時にマリスが腰に下げたランタンのシャッターを閉める。

 暗視ナイトビジョンが掛かると、ランタンの灯りですら眩しいのだ。

 シャッターから微かに漏れる光程度で十分見えるからね。


 縦穴の最下層は四方八方に横穴が存在する。


 俺はその内の一つを選択して奥に進んだ。

 この横穴がドラゴンへ続く最短コースの道となる。


 ゆっくりと坑道の横穴を進む。


 坑道の壁の所々に結晶のような物質が見える。

 俺は、サンプルとして少量の結晶を採取しておく。


 紫色の結晶に毒性は感じられない。


 地下最下層全体が汚染されているわけじゃないのかな?


 無数に枝分かれしている坑道を三〇分ほど進むと、奥からキャタキャタと聞き慣れぬ声のようなものが聞こえてきた。


 マップには赤い光点が二〇ほど確認できた。


「敵が来るぞ」


 俺は短く仲間たちに警告する。


 マリスが大盾と剣、トリシアがライフルを構えた。

 ハリスは懐のミスリル製手裏剣を抜き出す。

 アナベルは支援魔法を唱え始めた。

 フラウロスは火槍フレイム・ジャベリンを唱え、四本の槍が空中に待機した。

 アモンもレイピアを構える。


 警戒態勢しつつ待っていると敵が姿を現した。


 捻じくれた緑の鱗に覆われた四肢、顔には瘤のようなものが無数にあるが、犬に似ている。


 コボルトだ。普通のコボルトより大きめで醜悪な外見だが。

 レベルは平均で一五といったところだろう。


 二〇〇〇年もの間、弱肉強食の地下坑道で鍛え上げられたといったところか。


「キャガウ!」

「ガウルル!」


 皆にはそう聞こえただろう。俺には「獲物だ!」、「やっちまえ!」と聞こえる。


 こちらは七人、向こうは二〇匹。

 ま、当然襲ってくるわな。貴重な食料にしか見えてないだろうし。


「戦闘開始だ!」


 号令を掛けると、トリシアがライフルを断続的に連射した。

 スキルを使うほどじゃないと判断したようだ。


 トリシアの正確な射撃により、コボルトの頭がポンポンと吹っ飛ぶ。

 マリスとアモンも着実に仕留めていく。

 ハリスの手裏剣はコボルトの喉を貫通し、彼の手に戻ってくる。

 フラウロスの炎の槍も容赦なく敵を貫き焼き尽くした。


「戦闘終了……」


 最後のコボルトから手裏剣を回収したハリスが静かに宣言する。


 ものの数秒でコボルトは全滅した。


 ま、レベルが二〇以下のモンスターなら、何千匹いても俺たちの敵じゃないやな。


 コボルトからの戦利品は無いに等しかった。

 原始的な鉄製の棍棒や粗末な小剣などで、防具らしきものはなかった。


「なんじゃこりゃ、拾う価値もないのじゃ」

「ドワーフが残していった武器だろうか?」


 マリスとトリシアが拾い上げたモノを俺も確認する。


「二〇〇〇年前に作られたモノにしては新しい気がするなぁ」


 となると、コボルトはこの武器をどこから手に入れたのだろうか。

 コボルトが稚拙ながら鍛冶を行っているとか?

 ありえなくもないが……少々考えにくいと思うんだが。


 この地下でコボルトはヒエラルキーの最下層に位置する存在だろう。

 ない知恵を絞って鍛冶を行ったとするならば、見上げた努力と言わざるを得ない。

 といっても、こんな武器じゃ最下層は抜け出せないだろうけど。



 その後、奥に進むにつれ、段々と強い魔物が襲いかかってくることが多くなった。


 それと共に空気がどんどんと淀み始める。

 呼吸すると喉にくる感じというか……何となく呼吸がしづらい。


 俺は皆に用意しておいた魔法の濾過マスクを装備させた。

 これは空気に混じった毒素を魔法の力で浄化するためのものだ。

 これよりも奥に行くには必須装備といえる。


 俺は「準備しておいて良かった」と胸をなでおろす。

 備えあれば憂いなしとは、よく言ったものですな。

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