第23章 ── 第10話

 ランドールが落ち着いて俺の申し出を何とか把握したらしいので、詳しい説明をする。


「ハンマール王国が実在したじゃと? そんな眉唾な話を信じられるわけあるまいて」


 やはり、すでにマストールとランドールの世代においてもお伽噺の類と思われていたらしい。


「事実じゃぞ? 我もドワーフの地下都市を探検したのじゃ」

「マリスの言う通りだ。そこにはドワーフ、スプリガン、ノームなどが多数住んでいた」


 マリスとトリシアも俺の説明を補完した。


「ううーん。もし、実在したとして何千年も放置されておったら、既に他の者が支配者になっておるはずじゃろ。その支配者と支配権を巡って争うなぞ、面倒この上ないではないか」


 ランドールはマストールと氏族の長を掛けて争っていた頃の事を思い出したのだろうか。


「ワシは気ままに何かを作ってる方が気が楽なんじゃが……」

「そう言われてもなぁ……マストールも継ぎたくないとか言うし」

「マストールが? ありえん。ハンマールの地下には幻の鉱石が埋まっとると聞く。本当に王国が存在したなら、マストールが黙っているわけがない」


 俺と知り合う前ならそうかもしれないな。精霊による魔法鉱石が存在するとか言う話だし。


 だが、マストールたちに言わせると、魔法の付与、いわゆる魔化技術の方が魅力があるんだそうだ。


 どんな属性が含まれているか解らない未知の魔法金属よりも、しっかりと属性魔法力効果を自由に付与できる魔化技術に軍配が上がると。


「うーむ。魔法文明の復活ってのも考えようにしては、人の人生に弊害が出るのな?」


 ポリポリ頭を掻きながら、トリシアに苦笑してみせた。


「まあ、そうだろうな。普通に魔法付与をするなら、儀式魔法になりかねない。私も一人で付与作業する場合は死と隣合わせだったからな」


 以前、トリシアが双眼の遠見筒を魔化した時の様子を思い出す。


 トリシアの魔化は彼女自身のMPが足りなくなる事が多かった。

 しかし、トリシアにはHPやSPを代償に足りないMPを補う事ができるユニーク・スキルがあった。


「ケントやシャーリーとは違い、普通はそんなものさ」


 俺とトリシアのやりとりを不思議そうな顔でランドールが見上げる。


「使徒さまは魔法付与をできるのか?」

「ああ、できるよ」


 俺が頷くと、マリスが口を挟んできた。


「できるなんてレベルじゃないぞ?

 自分で道具を作って、どんどん魔法付与していくんじゃからのう。長き年月を生きた我ですら見たこともない男じゃからな!」

「一人で作って一人で魔法付与じゃと……一人で全てが完結した職人なのか……?」


 信じられない者を見たといった顔でランドールは俺を見る。


「まあ、鍛冶はマストールとヘパさんに教えてもらったからな……魔法は俺の得意分野だし……」

「一人で……」


 ランドールは少し下を向き考えてから頭を上げた。


「使徒さまは、ワシがハンマールの王になる事をお望みなのか?」

「うーん。俺は誰が王様になっても構わないんだよ。俺の望みは王国の地下深く。精霊が作り出すという魔法鉱石だよ」

「魔法鉱石?」


 ランドールも目を輝かせる。


「うん。魔法金属といえば、ミスリル、アダマンチウム、オリハルコン。この三つが主に知られているよね?」

「左様。

 ミスリルはドワーフなら簡単に作り出すことができる。

 アダマンチウムは、アダマンタイト鉱石が必要じゃて、少々厄介じゃがの。

 オリハルコンは神々の作る金属じゃて、ドワーフでは無理じゃ」


 それには俺も頷く。

 インベントリ・バッグからミスリル、アダマンチウム、オリハルコンのインゴットを取り出して、地面に並べる。


「魔法金属はこの三種類。だが、ハンマールの地下には、コレ以外の魔法金属を作り出す鉱脈があると聞いた」


 マストールは、並べられたインゴットを目を皿のようにして凝視している。


「こ、これは……オリハルコンじゃと……? いや、ありえん……しかし使徒さまなら……」


 ワナワナと震えつつもオリハルコン・インゴットを手に取り、あちこち調べている。


「今、下界でそのインゴットを加工できるのは、マストールだけだ」


 俺がそう言うと、ランドールは手からインゴットを取り落した。


「何故じゃ……あやつばかり神に愛される……何故ワシではないのじゃ……」


 いえいえ。貴方も十分ヘパさんに愛されてると思うけど?

 実際、ランドールの方が先にヘパさんの加護を受けているようだし。

 死んで肉体が滅んだとしても、多分、使徒として神界に召されるだろうね。


 マストールはヘパさんの弟子になった事でようやくその資格を得た。それも最近も最近の話だよ。


「まあ、その辺りについては、ヘパさん自ら加工方法を伝授してくれるように後で俺が取りなしておく」

「本当か!?」

「少し時間は掛かると思うが、約束しよう」

「一〇年は待てぬぞ?」


 一〇年って、長寿種族は本当にタイムスケールが人間とは違うな。そんなに掛けるつもりはない。


「は? 今年中に何とかしてやるよ」

「おお……」


 そこから、話は迅速に進む。

 ランドールは長年の放浪生活に終止符を打ち、ハンマールでの定住生活を了承した。


 王になる事で、俺への地下最奥のドラゴン討伐の許可も出してくれるという。

 更に、精霊由来の魔法鉱石の採掘再開ができた場合、俺の工房に優先的に回してもらえる特権も約束してくれた。


「その手の金属が大量に出るのじゃろ?」

「話によると、アダマンタイトも出るらしい。昔は大陸のアダマンチウムを一手に担っていたらしいからね。

 それだけでも食いっぱぐれのない国と言える。国の運営は楽だろうね」

「ふむ。なるほどのう」

「それと、あの国は金銭感覚が外の世界と全く違っている。そこを外の世界に合わせて運営しないと、外界の金融事情が崩壊しかねない。

 ランドールさんにはそこの手綱をしっかり握って、コントロールしてほしいんだが」


 金相場が四〇分の一とか、ホント勘弁してもらいたい。


「了解じゃ。ワシとて、放浪生活でその辺りの訓練はしておる。

 大陸の真ん中まで出てきた所じゃが、突然手持ち貨幣の価値が半分とか、かなり驚いたわ」


 西側にハンマールがあった所為だと思うが、貴金属類の総量は西側に軍配が上がる。

 貨幣の大きさが二倍なのは、貴金属の総量が多かったからという単純なものだと思う。


 大陸東側はシンノスケが暴れたため、壊滅的な被害にあってしまった。

 人口、文化、経済、様々な物資も灰燼に帰した。


 新たな貴金属の採掘など夢のまた夢だったろうしな。

 

 数百年を経て、ようやく落ち着いて豊かな生活を送ることができるようになったのが、現在の東側国家の現状と見ていい。



 既に夕方になってしまったので、森の中で野営する事にした。

 今までのランドールの生活なども聞いておきたいし、ランドールの職人技についても見ておきたい。

 ハンマールに送ってからは、そういう事はできそうにないからね。


「使徒さまは料理も一級品か!」


 俺の作ったホワイト・シチューにランドールは物凄い感動していた。


「そうじゃろう。ケントは本当に凄いのじゃぞ。何をやらせても一級品じゃ」


 えっへんと何故かマリスが得意げなのはいつもの事。


「私の選んだ男は凄いだろう」


 トリシアも似たようなもんでした。


「はぁ……神より信任を得る人物は半端ないスキルの持ち主じゃなぁ」


 周囲からの容赦ないヨイショで、居心地が悪い。


「トリシアと出会った頃は、トリシアの伝説的冒険者具合を妬まずにはいられなかったんだがなぁ……」

「確かにのう」


 俺の愚痴にマリスがククッと笑う。


「我もトリシアに憧れて住処から出てきたのじゃし」

「ワシがファルエンケールを出た頃、トリシアは既に冒険者として外界に出ておったの。八〇年ほど前じゃろか?」

「ああ、私が冒険者を引退する二〇年近く前の事だったな」

「マストールが冒険の途中、アダマンタイトの鉱床を見つけた頃じゃ」


 ランドールは感慨深げに目を細める。


「先祖のお伽噺では、王国を出たハンマー氏族の目標がアダマンタイト鉱床じゃったからの。

 ワシは完全にマストールに負けたと感じたんじゃ。あの頃は目の前が真っ暗になったもんじゃて」


 ランドールの過去を知っているトリシアがいるおかげで、色々と話が聞けた。

 シャーリーと手を取り合ってファルエンケールを出奔し、冒険者になった頃のトリシアの話とかもね。


 ランドールが放浪の旅に慣れてきた頃にシャーリーの暗殺を知って、急遽ブリストル、現在のトリエンに向かった話も興味深かった。


 その頃トリシアは既に伝説的冒険者で、仲間を死なせた事がランドールには信じられなかったそうだ。

 実際にはグランドーラとの戦いの後だから、トリシアはチームを解散した後の話になるんだが。


 ランドールはブリストルでシャーリーの霊廟をハンマー氏族と共に心を込めて作った。今でも凄い芸術的な価値がある建築物だしね。


 その後も放浪を重ねたランドールは、些か悟ったようだ。

 氏族の長になるという望みがちっぽけなモノだったんじゃないかと、ある時思ったそうだ。

 そんな欲望に意味を見いだせなくなったのは、ある村での出来事だという。


 とある村の少年にトリシア人形をせがまれた時だった。


 自分の知人の人形を強請られたランドールは、地位ではなく行動が人々の尊敬を集めるのだと知ったのだ。

 例え、地位があったとしても、人々に知られていなければ何の意味もない。


 それに、高い地位を手に入れた後、人々に知られるような偉業を成し遂げられるだろうか?

 身動きもままならぬ老いぼれとなった時、その地位は自分に何かしてくれるのだろうか?


 自分の知らぬ所で、自らが成してきた作品が人々の手を巡っていく。そちらの方が面白いのではないか。


 ランドールは放浪の末に手に入れた人生哲学が正しいのではと今では思っているらしい。


「ま、ヘパーエスト神さまに認められる事は、今でも最大の望みじゃが」


 ランドールは俺の出した日本酒を煽りながら笑った。


「ランドールさんが今手掛けている作品は何なの?」

「おお、見たいか? 見せてやろうぞ。今は、こんな物を作っておる」


 ランドールは腰から下げているバッグから何やら取り出した。


 俺の目の前に置かれたモノは、石造りの人間大の彫像だった。

 しかし、関節部分が作られており、デッサン人形っぽい代物だ。


「これは?」

「いつか、魔法付与技術を持つ者に出会ったらゴーレム化してもらいたいと思って作っておった石人形じゃ」


 ストーン・ゴーレムの素体か。

 俺は職人の目で、ランドールのストーン・ゴーレムの素体を観察する。


 ふむ……面白い構造だ。ただ石を削っただけじゃない。

 中心は固く、外は柔らかい素材……日本刀みたいな設計思想だな。


 関節部分は花崗岩を使って球体関節か。外装は安山岩か。


 外面装甲に衝撃を受けた場合、中まで衝撃が届かないようにしているっぽい。

 考え方としてはイギリスの戦車に採用されているような、複合装甲的な感じか?


 ふむ……非常に面白い。

 俺も、随分とゴーレムを作ったが、装甲にこの思想を入れたことはなかったな。

 なるほど、複合装甲か。これを魔法金属製のゴーレムに導入したら、面白そう。

 俺もやってみようかなぁ。

 チョバム装甲ゴーレム……か。手入れとか、修理は大変そうだけど、やってみる価値はありそうだ。

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