第23章 ── 第9話

 俺たちは第一工房の三階へと通された。

 この三階の大きな部屋はマストールの執務室兼会議室だそうだ。


 俺たちが到着した時には、マストールの息子たちは全て揃っていた。


「それで、団長閣下とワイバーン・スレイヤー殿が何の用事ですかい? 親父の事だと聞きましたが」


 長男のルクソールが代表して口を開いた。


「今回の件はマストールも含めて君たちの一族に関しての問題についてだ」

「俺らの一族?」

「そうだ。ハンマール王国という国を知っているな?」

「ハンマール? 爺さんたちから聞いてた事あるよ。お伽噺だろ」


 五男のヴィントールが眉唾な話を聞いたと言わんばかりに口を挟んだ。


「いや、ハンマール王国は実在するよ。今、マストールはハンマール王国にいる」


「何だって!? いつの間に旅に出たんだよ、親父は!?」

「いや、俺が連れて行った」


 次男のフェンダールの突っ込みに、今、ハンマール王国での状況を息子たちに説明する。


「たはー、さすが親父。ワガママ言い出したら聞きやしないか」


 四男ネクタールが、呆れたように額に手を当てて首を振った。


「でだ、ルクソールだっけ? 君にハンマールで王様になってほしいんだが?」


 俺が提案すると、ルクソールは眉間にシワを寄せる。


「待ってくれ。何で俺が親父の都合に振り回されなけりゃならん。お断りだ」


 ルクソールは、現在ファルエンケールにおける工房責任者として動くわけにはいかないという。


 マストールの息子たちに話と話してみて、彼ら五人は王様になる気はなさそうだ。

 今、ファルエンケールの所属する東側を離れる事は、彼ら職人にとってマイナスでしかないらしい。

 ファルエンケールで採掘可能になった魔法金属、トリエンの魔法技術……そこから出て行くなど、今のファルエンケールのドワーフには考えられないらしい。


 マストール自身が言っていた事と同じだな。


「そりゃそうだけど……王様になるのは長男の努めだとか言ってたぞ?」

「確かに、ドワーフの仕来りではそうだ。親父も長男だったから氏族の長になった」


 ルクソールは遠くを見つめるような目をする。


「俺はそうは思わない。一番腕の良い者が受け継ぐべきだと思っているんだ」

「腕の良い?」


 ルクソールの話によると、マストールの代におけるハンマー氏族で最も腕の良かった者は、他に居た。

 その者の名はランドール・ハンマー。後にランドール・ファートリンと名乗った男だ。


 彼はハンマー氏族の傍流ながら、マストールと腕を競い合った。そして、その腕はマストールを越えていた。


 しかし、彼はハンマー氏族の長にはなれなかった。傍流だし、長男でもなかった。


 彼はハンマーという氏族名から、「ファートン」、『堕ちたるおちたる』という動詞に、「リン」、『人』という単語を足した「ファートリン」という名前を名乗りだした。


 それ以来、ランドール・ファートリンは諸国を漫遊する旅に出たという。


「俺は叔父を尊敬している。彼にこそ王族を継ぐ資格があるのではないかと思う」


 うーむ。そんな話は聞いてないが……確かにランドールというドワーフに継がせても良さそうだな。

 ハンマールの団長の選出方法などを考慮するとね。


 マストールの息子たちの希望もマストールと同じだとすると、ランドールと接触してみるしかないな。

 継承権のある者たちの総意みたいだし。



 さて、ランドールか。時々出てくる名前だけど……


 俺は大マップ画面でランドール・ファートリンを検索してみる。


 ポスッとマップに一本ピンが落ちた。

 それは、まだ俺が行っていない場所だ。中央森林、世界樹の近く。


 くそっ。面倒だな。


「ランドールってヤツは、世界樹あたりにいるっぽいな」

「ほう。我の住処の近くかや?」


 マリスが俺を見上げる。


「そうらしいけど、どうやってコンタクトを取るかな……」


 接触した事がない人物に念話する事はできないし、行ったことのない場所に転移することもでいない。

 フェアリーリングを使ってみるという方法もあるが、ハンマール王国の地下探索もしてないのに、他所に出向くのも俺としては嫌だ。


 しばらく思案した結果、念話回線を開いた。


「むむ。我が裏切りの信徒よ。何用か?」

「裏切ってねぇし、信徒じゃねえよ」


 少々不機嫌そうだが、念話に応じてくれたようだ。


「ヘパさん、ランドール・ファートリンと名乗るドワーフを知っているか?」

「ランドール? はて、聞いたことがあるような……?」

「マストールの従兄弟だね。マストールより腕の良い職人らしいんだが」

「む。我が使徒の従兄弟であったか。ふむ。ではアヤツであろうな。我が加護を受けし者だ。名前などは覚えておらぬ」


 やはりランドールはヘパーエスト神の加護持ちだったか。

 あのマストールに勝つほどの腕前なら当然だろう。


 マストールもヘパーエストと師弟関係になった今は加護持ちになったっぽいけどね。


「んで、ヘパさん。頼みがあるんだが」

「何だ? それ相応の供物の用意があるんだろうな?」


 やはり神との交渉には交換条件は必須か。

 ヘパさんは肉体を失っていない神なので、身体って訳にはいかないか。


「んー。まだ先の話になるが、神の楽園なんてどうかな?」

「なんじゃと? 楽園とな?」

「ああ、地上に自由に降臨できる神々の集う場所を用意してやろう」

「ほほう……となれば、供物は思いのままか?」


 ヘパさんは乗り気のようだ。


「ヘパさんの言う供物ってのは俺の作った料理って意味でいいのかな?」

「概ねはそうじゃが、人族の信仰も我々神は欲しておるぞ?」


 全ての神の神殿を用意し、最高司祭を配置してはどうかな。

 全ての神がどれだけいるか判らんから、どれほどの敷地が必要になるか……


「そこも少し考えてみよう。ただし、その楽園の外に神は出られない。そういう条件は必要になるよ? 人々に直接干渉出来ないって規則を忘れんな」

「それは承知しておる。

 良かろう。頼みとは何じゃ?」

「ランドールと話がしたい。できるか?」

「ふむ。我を経由して念話を繋ぐって事でいいな?」


 俺はニヤリと笑う。

 ヘパさんは話が早くて助かるわ。


「それでいい。やってくれ」


 微かなノイズが聞こえた後、ヘパさんの視界が俺に転送された。


「お、これが神界から下を覗く感覚か。面白いな」


 上空からぐんぐんとズームされて、森の中をスキップして歩く白髪のドワーフが視界に飛び込んでくる。


 そして呼び出し音が鳴る。


 視界に見えているドワーフが、突然キョロキョロと周囲を見回し始めた。


「な、何の音じゃ!?」


 そして接続音。


「どうも、ランドールさん?」

「誰じゃ!?」

「俺はケント・クサナギ。ヘパーエスト神に頼んで、ランドールさんに念話を繋げてもらっている」

「ヘパーエスト神さま!」


 ヘパーエストの名前を聞いた瞬間にランドールは身を投げ出して平伏した。


「あ、俺はヘパーエストじゃないけどね。ちょっとお願いがあって念話してるんだ」

「それでも貴方様はヘパーエスト神さまの使徒さまに違いありませぬ!」


 いや、それも違うんだが。


「そういう話はいい。今からちょっと試したい事があるんで、少し待っててくれ」


 俺は念話を切ると、トリシアとマリスを見る。


「ちょっと試したい事がある」


 俺は魔法門マジック・ゲートを使った。

 案の定、魔法が発動して、鏡面に似たゲートが開いた。


「やっぱりな。目で見た情報があれば転移できるって訳か」


 マストールの息子たちは、これまでの念話や転移門の出現に、驚きすぎて声も出ないようだった。

 もう、彼らには用がないので、別れの挨拶だけして、転移門に飛び込む。


「よっと。ここが中央森林か」


 ゲートを出た所の真ん前の木の幹に背中を押し付けて目を剥いているドワーフが一人。


「か、か、神の降臨か!?」

「いや、人間だよ。ケントだ」

「使徒さま!」


 五体投地に似た土下座状態のランドールは、マストールに似たドワーフだった。

 スキップしてたし、少しお茶目な感じかも。


「使徒じゃねぇし。弟子ではあるかもしれんけど」

「弟子!? おお、素晴らしい!」


 ゲートから、トリシアとマリスが出てくる。


「む!? トリシア? エンティルの後継者か」

「久しいな、ランドール」

「ワシはあそこにゃ戻らんぞ?」


 トリシアの出現でランドールはファルエンケール絡みだと思ったようだ。不機嫌そうな顔になってる。


「そんな話をしに来たんじゃない。ケントの話を聞け」


 トリシアがニヤリと笑うと、ランドールは俺に視線を戻した。


「使徒さまはワシに一体何をしてほしいんじゃ?」

「使徒じゃねぇって。頼みってのは……王様になってくれねぇかな?」

「は?」


 ランドールはポカーンとした顔になってしまう。


 旅の職人戦士であるランドール・ファートリンは、唐突すぎて申し出をすぐには理解できないようだ。


 ま、氏族の長になれなくて出奔した人物だし、説得は難しくなさそうだね。

 腕は申し分ないし、ハンマール王国の王としても問題ないだろう。

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