第23章 ── 第7話
しばらく呼び出し音が鳴り続け、ようやく繋がった。
「なんじゃ! この不快な音は!」
俺の耳元でマストールの怒気を含んだ声が聞こえた。
「ああ、マストールか、ようやく出たな」
「む!? この声はどこから……ケントの声に似ておるが」
「そのケントだよ! 寝ぼけてるのか?」
「むむ? ケントじゃと? 帰ってきておるのか? 姿を見せんか!」
どうやら、俺が近くで透明化の魔法でも使って話しかけていると思っているようだ。
きっと、工房内の鍛冶場でキョロキョロしているに違いない。
「いや、周りを探しても俺はいないよ。今俺は念話で話しているんだよ」
「念話じゃと!? また、器用な事をしておるのう。で、何の用じゃ。今、ワシはアダマンチウムの鎧を作っておってのう。後で魔法の付与をしてくれ。マリスに似合いそうな出来じゃて」
マストールめ……やっぱり鍛冶三昧で楽しんでいたか。俺だって、色々作りたい物のアイデアが溜まってるんだぜ。ゆるせん。
「今、俺たちは『ハンマール王国』って所にいるんだが、聞き覚えはないか?」
俺がそういうと、マストールは何か言い掛けてから言葉に詰まったように黙り込んでしまった。
やはり心当たりがあるんだな。
「お前、ハンマール王なんだって?」
「い、いや、し、知らんよ」
そう言っているが、ひゅーひゅーと音にならない口笛が聞こえるんですけど。
反応がアナベルと一緒だぞ……
「マストール……!」
俺は少しドスの聞いた声で呼びかけた。
「ま、待て! 確かにワシの祖先はハンマール王国の王様じゃったが、ワシはもうただの鍛冶屋じゃぞ! 今更、王じゃと言われても困る!」
「困ってるのは俺たちの方だよ!」
どうも、マストールは王族の義務とか知ったことじゃないという感じだ。
しかし、それでは俺たちが困るんだよ。
これから、地下坑道の最奥に入る許可を取りたいのに、今持ち上がっている問題を解決しないなんて選択肢はない。
「そこで待ってろ。今から迎えに行く!」
「ま、待て、ケント! 早まるな! ワシにも心の準備が……」
「お前の準備を待っている暇はない」
俺は
「おお……! 見たこともない魔法じゃ!」
門が開き波打つ鏡面が現れる。それを見た豪華なローブ姿のノームが感嘆の声を上げた。
門に飛び込むと、鍛冶場に出る。
鍛冶場の扉から逃げ出そうとするマストールが見えたので、素早くその首根っこを掴んだ。
「話せば解るんじゃ! 勘弁してくれ!」
どこの犬養首相だよ。
マストールはジタバタと暴れるが、俺の筋力度に勝てるわけもなく、簡単に宙吊りにされる。
「逃さん。王の義務を果たしてもらうぞ」
「許してくれ! ワシはまだ鍛冶の真髄を極めておらぬのじゃ!」
「それはハンマールの団長たちの前で言え」
俺はまだ閉じていない
広間に戻ってくると団長たちの視線が、ジタバタと暴れる薄汚れた作業着姿のマストールに集まっているのが解った。
「団長諸君、これが君たちの王、マストール・ハンマー陛下だよ」
団長たちがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。
そしてぞろぞろとひな壇を降りてくる団長たち。
「王よ! ご帰還お待ち申しておりました! 我ら家臣、二〇〇〇年の時を越え、王に従う所存!」
ローブのノームが跪くと、団長たちもそれに倣って跪いた。
マストールはというと、どことも知れぬ広間で居心地が悪そうに身じまいを正している。
「そう言われてものう。ワシはただの鍛冶屋じゃて……」
未だに観念していないのか、マストールは安っぽい逃げ口上だ。
「いいえ、そのご尊顔。我らに伝わる王の肖像画に瓜二つ。違えようもなく、貴方は我らの王にございます!」
そう言うと、玉座の後ろにあったカーテンがサッと開かれた。
そこには巨大なドワーフの肖像画。ドワーフの芸術家が仕上げた渾身の肖像画に違いない。
どうみてもマストールです、はい。
マストールもそれを見て、目が泳いでいる。
「他人の空似という話も……」
「いい加減にしろ。戻りたくないなら戻りたくないで、ちゃんと彼らと話をしろ。二〇〇〇年も待たせているんだ。ハンマー氏族の名誉に掛けて、自分でどうにかするべきだろ」
俺がそういうと、マストールは恨めしそうに俺を見た。
トリシアやマリスが笑いを堪えて肩を震わせていた。
ハリスは笑いを堪えきれなかったのか、影へと消えていくのが見えた。
アナベルは何事か解らないようで、にこやかな顔を崩さず周囲をキョロキョロ見回している。
魔族二人は主人と家臣たちの感動的再開に感慨深げに頷いていた。
マストールを王座に座らせ、団長たちとの会合が進んだ。
まず、マストールに氏族を率いて王国に帰還してほしいという請願がドワーフたちから上がったのだが、マストールは頑として拒否した。
今やファルエンケールにおけるハンマー氏族の立ち位置が無くてはならないものになっている事をマストールは口にした。
エルフたちの国の行く末など家臣団たる団長たちには関係ないのだが、長きに渡る流浪の旅の果て、ファルエンケールに行き着いたハンマー氏族としては安住の地を捨てるつもりはないだろうと、マストールは言った。
確かに、二〇〇〇年も定住地を持たなかったとしたら、ハンマー氏族としては王権など紙くずみたいなものだろう。
しかし、団長たちも二〇〇〇年もの間、ずっと王族に放置されてきたのだ。折れるわけにはいかないのだ。
いつまでも王が不在のまま、王国を運営していくのでは溜まったものではないのも事実だ。
「ならば、我ら臣民を王の元へ移住させて頂きたい」
マストールはその提案も拒否した。
「この国の人口を全てファルエンケールで養うなど現実的じゃないじゃろ」
確かにマストールの言う通りだろう。
ファルエンケールの総人口は大凡一万人程度で、ドワーフ王国の数分の一程度しかない。
そこにハンマール王国臣民数万が移住したら、ファルエンケールの権力基盤である評議会がガタガタになるに違いない。
それではエルフたちとドワーフの間に要らぬ争いが起こるのは目に見えている。
女王もそう思うだろう。
あのファルエンケールが瓦解するような事は、俺も認められない。
俺がそう言うと、トリシアも頷いた。
さて、どうしたものか。
マストールが帰ってくるのが一番だろうけど、本人が嫌がってるからなぁ。
一応、団長議会に王と認められたみたいなので、彼が嫌と言えば臣民は従うしかない。
だからといって、そのまま放置もされたくない団長議会も必死でマストールを説得している。
長い団長会議で、マリスは飽きてきたようで座っている椅子の上でモジモジと動き出している。
ハリスが時々、影から現れてはアナベルたちに屋台料理を差し入れているが、アナベルもマリスと似たようなもんで落ち着きなく広間をウロウロしている。
トリシアは難しい顔でマストールと団長たちのやり取りを聞いているが、ファルエンケールの不利益になりそうな方向に進むと、口を出していた。
トリシアは元遊撃兵団の団長だし、ハンマー氏族を取られてしまう訳にはいかないんだろうなぁ……
俺がジッとしているのでアモンもフラウロスも大人しくしているが、俺にとっては些末な事と判断しているのか、この話し合いには無関心のようだ。
さて、困ったな。
このままでは平行線のまま、話は進みそうもない。
俺が何か提案するべきかもしれない。
一応「調停者」とか言われてたしな。
俺は椅子から立ち上がる、マストールたちのところまで行く。
魔族二人も俺の後ろに付いてきた。
「ちょっといいかな?」
俺が声を掛けると、マストールが懇願にも似た雰囲気を目に浮かべて俺を見た。
周囲の団長たちも俺に目を向ける。
「いくら話しても、平行線のままみたいなんで提案したいんだが」
「いいぞい。ケント、解決の糸口になるなら、遠慮なく発言してくれ!」
「マストール、その前に一つ聞きたい」
「なんじゃ?」
ジッとマストールを見ると、少し不安の色が見える。
「マストールに息子はいるか?」
「息子じゃと? 五人おるが、それが何じゃ?」
「じゃあ、長男をハンマール王国に帰還させて王様になってもらったらどうだ?」
「なんじゃと!?」
マストールは信じられないという顔で俺を見た。
「ワシの息子は第二工房の責任者じゃ! それはダメじゃ!」
「ダメじゃじゃねえだろ。王の責務を蔑ろにしてんだ。長男くらい差し出せ! ハンマールの臣民の身にもなれよ!」
「しかし……それは祖先の罪で……」
「祖先もクソもあるか。既に当主であるお前に相続された罪だ。お前もワガママばかり言うのはやめろ」
王族としての教育をマストールは受けてないんだろうなぁ。
俺が本などで手に入れた知識から考えるに、王族とは臣民のためにあるものだ。
舵取り役である王族を失っているいハンマール王国は、長い間国としての機能を停止し、他国に貴金属を安く買い叩かれて、国益を損ない続けている。
国の支配者として、そんな態度は許せない。
どの国の指導者であれ、身と心を砕いて国を富ませようと努力しているに違いないというのに、マストールがそれじゃダメだろう。
「マストール、お前が王の座に戻らないなら長子たる男が、その責務を負わねばならない。
そうは思わないか?」
マストールは眉間に皺を寄せつつ、目を膝の上に落とす。
「解った。ケントがそう言うのじゃ、仕方なかろう。でも、我が息子の望みも聞いてくれぬか。ワシは息子が良しとするなら、息子をハンマールに差し出そう」
自分は戻るつもりはないのか……息子をスケープゴートにするとは、少しマストールの評価を下げる事になりそう。
といっても、冒険したいが為に、領地をクリスに任せて旅暮らししている俺が言えたもんじゃないとも思っている。
マストールが嫌なら、それも尊重してやりたいんだよね。
あとはマストールの息子に意見を聞いてみなけりゃならないな。
長男も嫌だと言ったら、次男、三男と聞いて回る必要が出てくるが。
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